55 旅立ちの時
「ぶっ――あはははははっ!」
時を止めては、まるで意に介さずと王の間に佇むサラブレッド。それに思わずと腹を抱える第二王女エヴァは、ひとり広間の端で凍り付いた空気を温める。
「や、やるのかサラブレッド!」
そこに重なる怒声に似た大声。クロナが勢い任せにサラブレッドの胸倉をつかんでは、茫然自失と立ち尽くす周囲もまた、はっとして現実へと引き戻される。
「貴様ら――!」
「もう一回言ってみろ! いや言わなくていい! とにかく黙ってろ! サラっ、サラブレッド! まったく大人しそうな顔をして! 俺の何が気に入らないっていうんだ!」
声だけは誰よりも出ているクロナ、逆を言えばそれだけの怒り。構わずと笑い転げるエヴァの目に、薄っすらと涙が浮かぶ。
「この――! この美味しい野菜を作るしか能のない馬頭が!」
「たはっ、そっ、それはっ、クロナっ、それはっ、おまえっ、褒めてるのかっ」
「静かにしていろエヴァ・クラーリ!」
矛先を変えては、何故か真に迫るクロナ。意表を突かれたように閉口するエヴァの顔は、どういうわけか、ほのかに赤く染まっている。
とにかく――そう叫んでは、再び最上段へと目を向けるクロナ。冷めた表情で王が見返しては、半ばやけくそのように指をさす。
「この際だから言わせていただきますけど! イグナシオが貴族にならないと言ったときなんて、それはまあ嬉しかったもんですよ! それにこの国を出ていったのだって――!」
不遜にも捲し立てるクロナ。ただその背後で人知れず開かれた扉が呼び込んだのは、それ以上の不敵だった。
「エクスプロージョン――!」
クロナが振り向く間もなく炸裂しては、問答無用と退場を促す閃光。やれやれと、転がった先でエヴァが拾い上げては、牛頭が無事を告げるように煙を吐く。
「一点ものだぞ」
「分かっています」
ならいい。そう簡単に返すエヴァはクロナの襟首を掴み上げ、強引に引きずっては、すぐに扉の向こうへと消えていく。
そうして交わされる短い視線のやり取り。残ったおまわりとサラブレッドに微笑を返す少女は、真っすぐな目で王を見上げる。
「付き合わせてごめん。みんな」
「ヒヒーン?」
「ワンッ!」
「グルルル……」
「ハハッ」
少女に見据えられては、ピクリとも表情を変えない王。取り付く島もないかと思いきや、一向に引き下がらない少女に、先に王が折れる。
「何のつもりだ。アリアーヌ」
「私は私が王族であることを否定するつもりはありません。ただそれは私の出自がそうだからというだけのこと。そこに生じる義務はあるとしても、そこでどう生きるかを決めるのは自分です」
「言いたいことはそれだけか?」
「あのバカ、牛頭のことを許してあげてください。あれはあれで自分の務めを果たしたに過ぎないのですから。だから、もう行きます」
もはや会話は不要と一方的に背中を見せるアリアーヌ。当然と並ぶマスコットたちと扉を目指しては、引き留める声にくるりとアリアーヌだけが振り返る。
「どこへ行くつもりだ」
「どこへ? そんなのは決まっています」
アリアーヌから突き上げられる力強い拳。そこから人差し指だけが伸びては、勢いよく正面へと振り下ろされる。
「西!」




