53 少女の守ったもの
いくら雑多な町でも昼下がりには落ち着きを取り戻す。それは王都であっても、王都ではないそこでも変わらない常だった。
ただその日だけは特別、真昼の喧騒が残されていて。
「おい、毛布は一人一枚だ。そこ、風下に可燃物を置くなと言ったろう。何? 喧嘩だと? まったく、ここの連中ときたら自由なこと極まりないな」
ふらりと現れては、避難民へと一方的に寄り添う王族。それでもと何故か受け入れてしまう人々を遠目に、芋の皮むきに勤しむニーナは、人知れず微笑する。
「殿下、張り切ってるにゃあ」
「もしかしなくても、王城に居たくないだけかも……?」
聞きなれた声にニーナがふと振り返れば、空のかごを手に歩み寄ってくるクロナ。そのまま手伝うよと芋を掴んでは、ニーナの対面へと腰を下ろす。
「クロにゃあは相変わらず殿下に遠慮がにゃいにゃあ?」
「その口ぶりだと、ニーナさんもそう思っているみたい?」
どちらからともなく顔を見合わせては、自然と流れる沈黙。それでもと止まることのないニーナの手元に、クロナはそういえばと静けさを破る。
「僕はまだ、ここに来て日が浅いのだけれど」
「にゃあ?」
「気分転換は誰にでも必要だと思うんだよね」
「にゃにゃあ?」
そしてクロナは言う。芋の皮むきで勝った方がエヴァを王城に送り届けようと。
「気持ちは嬉しいけどにゃあ……」
ニーナは少しだけ考えるように顔を俯かせたのち、やはりダメだと首を左右へと振る。
「にゃあはこう見えても結構、忙しい身にゃあ。それににゃあだって少しは――」
「その点、エヴァは上手いよね」
「にゃんだかいつもより強引だにゃあ……?」
ニーナはため息をつき、どこか観念したようにクロナへと笑いかける。
「まさか、にゃあに勝てるとでも思ってるのかにゃあ?」
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王城を照らす陽光、差し込んでは午後の陽気を演出する一室。王国の頂点、王フレデリック・イッポリト・ドゥ・ブロイはまどろみの中で耳を傾けていた。
「早期の避難に貢献し……衣食住はもちろん、医療面からもその生活を支え、現在も帰還の目途が立たない西側の住民を中心に……彼らの活動に、王都の住民からも橋渡しとしての役割を期待する……確認中ではありますが、王都近郊にて、帝国兵と見られる武装集団を退けたとの情報も上がってきております」
淡々とした男の声に一区切りついては、ようやくかと目を覚ます王。これ見よがしに主張しだす欠伸を押し殺しては、それでと真意を問う。
「国民の後押しもあります。如何様にも利用できるかと」
「貴族にでもするつもりか?」
「イグナシオの例もあります。むしろ前車の轍を過ちと見るのならば、少数ゆえ丸ごと召し抱えるというのも……ただ了承するかは怪しいところですが」
「では、何を送る」
「それは――」
前触れもなしに言葉を詰まらせては、そのまま黙り込む男。その沈黙の長さに当然と王が訝しんでは、何かを言おうとして、口からは空気だけが漏れる。
「イグナシオの件は確かに残念だった。ただ王国とて限りある資源の内であるということを忘れるな。恐れていては政治も国も立ち行かなくなるぞ」
「それは……」
「申してみろ」
「はい……」
そして男は口にする。ありません、と――。
「何?」
思わずと、王の眉間に皺が寄る。ただ念入りに背中を押された手前、男にはもう引き下がるだけの余地が残されてはいなかった。
「帝国から捕虜の交換要請が……」
「交換? どういうことだ。王国にはそもそも……」
「はい。ただ奇妙な被り物を被った者が、東の洋上に現れた帝国艦隊を沈めたと……現地では助けられたという帝国兵が――」
「もうよい」
王はすべてを承知したように天を仰ぐ。男の報告、その信憑性……ひとたび王に語れば、それは遠からず真実になる。いや――。
「見合うものがないのなら、こちらで見繕えばいいだけのこと」
「それは、領地……でしょうか。しかしそれでは現有貴族たち、とくに西からの強い反発が予想されますが……」
「連邦の一件。エヴラールから聞いておるな?」
「はい。殿下の活躍あってこその終戦と心得ております」
「ほう?」
それだけかと、王はその目の動きだけで男を問いただす。
「い、未だに軍部では、此度の帝国戦における評価が割れているようでして……アリアーヌ殿下を推す声も小さくないと……そう、聞き及んではおりますが……」
「あるではないか」
「なっ――そっ、それは……その、彼らを……王族の末席にお加えになると、そういうことでしょうか」
「躾けるなら早い方がよい。手懐けるなら首輪をはめてやればよい。違うか?」
「それは……貴族が力を落とした分、軍が増長することを考えれば、これ以上ない適任者とも言えますが……」
「民衆の心理はどうだ。未だ目途の立たぬ西方奪還――良い目くらましになるのではないか?」
「如何様にも利用できるとは、申しましたが……これは」
男はもはや笑うしかないと苦笑を浮かべては、決まったなと王が席を立つ。
「これでしばらくは時間を稼げるだろう」
「急ぎ使者も立てましょう。あるいは西方奪還の足掛かりになるやもしれません」
「間違っても共和国の連中を招いたりはするな?」
「御冗談を」
男の愛想笑いを最後に、部屋には物悲しい陽気だけが残った。




