46 連なる線
信用、あるいは信頼といった繋がりを担保に交わされる見えない契約。それを借りという――。
普段から着慣れていればこうも不格好には映らないであろうに。式典用とは違う、実戦に即した鎧に身を包んだ連合国の高官、フィンレイは思う。
返さなければな……。
フィンレイは重ねて繰り返すように、声にならない声で胸の内を吐露する。
「返したいんだから仕方ないよな……」
フィンレイは未だ悩める自分を情けなく思いながらも、このままではだめだと、足りない勇気を補うように、か弱くも内で燻る使命感に訴えかける。
「借りは大きいぞフィンレイ。それもとてつもなくだ。だが返せないわけじゃない。対等でいたいんだろフィンレイ……。対等でいたいんだろ……フィンレイ!」
自らを奮い立たせてはどうにかと振り上げた右足。今なら引き返せるという誘惑に、フィンレイは震える手を拳に変えて、舐めるなとそれまでの自分に決別する。
まるで身を投げるような一歩、しかし踏み出してしまえば何のことは無い。足裏に感じる確かな大地が、あとは前進あるのみとフィンレイの背中を押す。
「ふっ……はは、はははっ」
何だ。何だ何だ何だと、フィンレイの胸の内に湧き上がってくる言いようのない高揚感。フィンレイはたった一歩という短い距離と時間の間に、自らの生き方とこれからを垣間見たような気がした。
「俺は越えたくて越えた! 文句あるか!」
フィンレイは誰でもいいから聞いてくれと喜びを爆発させる。右に左に、己に、祖国に。ありったけの空気を吸い込んでは、ついには抑えきれないと走り出す。
「ざまあみろ! 政治も国も関係あるか! 誰かを救うのに理由なんてあってたまるかってんだ!」
「たまには良いこというじゃないですかクソ長官殿! ただ越えたのは俺の方が先ですぜ!」
「長官! 長官! 何か機嫌がいいみたいっすけど! なんかいいことでもあったんすか! あ! ちなみに一番乗りはこの俺ですよ!」
「ちょうか――」
「うるさい!」
フィンレイはたまらずと足を止めては、その場で盛大に地団太を踏む。
「俺が一番最初に越えたんだ! だから俺がすべての責任を取るんだ! だからお前らは大人しく――」
「長官! そんなこと言って手柄を独り占めする気でしょう! これは俺の独断ですよ!」
「おい! ふざけるな! 誰が独断を許し――」
フィンレイはふと言葉に詰まり、口を閉ざす。その間も絶え間なく視界に流れる軍勢は、我先にと先陣を切っていく。フィンレイも馬鹿ではない。彼らの思惑に触れては、どうするべきかわからなくなってしまう。
「ナーッハッハ! 長官殿! 許してないから独断なんでしょう!」
「おい! 言ってやるなよ! 長官殿がかわいそうだ!」
「なーに! ちょっと戦果をあげればすぐに機嫌も直るさ! そうだろう長官殿!」
フィンレイを呼んでは、ろくに返事も待たずに消えていく背中。追い抜きざま残される軽口は、果てしなく軽いというのにフィンレイの心を強く揺さぶる。
「馬鹿どもが……」
フィンレイの囁くようなそれが誰かに届くことはない。
ただけたたましい騒音の最中――フィンレイは一体感の裏で一人特別扱いされている自分に気付いては、少しだけ寂しさを覚えた。
「友達が困ってたら、助けるのは当たり前か……」
まったく、気持ちのいいことを真っすぐにいってくれる――。フィンレイはいつかの情景に今を重ねては、ひっそりと苦笑に似た笑みを零す。
「線引きされた現実に目を瞑っていた過去。到底、清算できるものではないな……。まったく、知らず知らずのうちにそんなことも忘れてしまうとは……」
フィンレイはやめだと、着ているだけで息苦しさを感じる鎧に手をかける。
「大人になったのなら子供を守れ……男に生まれたのなら女に優しくしろ……。そうだ。この世に生を受けたのなら、せめて恥ずかしくない生き方をしよう! 俺は何のためにここにいる! 俺も戦うぞ!」
フィンレイはたった一本の槍だけを手に、長官という役職すら邪魔だとその重い鎧を脱ぎ捨てる。
「長官! 何やってんですか! 危ないですよ!」
「うるさい! お前らこそ俺を置いていくな! 俺だって戦える!」
「聞いたぞ長官殿!」
喧噪の中にあって尚も頭に響くのは、純粋に男の声が誰よりも大きいからだろう。振り向くフィンレイを背後から問答無用と拾い上げるのは、フィンレイもよく知る連合国一の自由人、デーゲンハルトだった。
「お前なんでっ――!」
「理由が必要か?」
「はぁ?」
「心配するな! この連合国一勇猛な剣王が直々に、最前線へと連れて行ってやるぞ! ガハハハハハハッ!」
「ガ――ガハハハって! ええい! もうどうにでもなれええい!」
一線を越えた先で交わる二つの点。連合国北部、帝国国境線上にて。浸透する面を奇しくも導いたのは、フィンレイという男の小さな一歩だった。




