45 帝国審問官エーベルハルト・フォクトの予断
動揺、衝撃、困惑。取り留めのない感情渦巻く白い広間の中心で、帝国審問官エーベルハルト・フォクトは見回しては自然と見上げた階段の先で思わずと目を疑う。
銀髪に似た白髪……天使のような趣……レギーナ・スタルチュコフ……。
エーベルハルトはそれだけでも冷や汗ものだというのに、後を追うように現れた一同の顔ぶれを見ては、驚くよりも先に、なるほどと急に納得してしまう。
帝国代表団に皇太子エヴラール、それにあの牛頭……各国の代表がこうも勢揃いとなれば、ここがどこで自分が何のためにこのような手の込んだ扱いを受けているのか、その大凡に見当がつく。
だからだろうか。隣から上がった諦めの悪い声に、それで気が済むのならとあえて制止する気にもならなかったのは。
「クロナ……」
広間の下から見上げては呟かれる男の第一声、それは予期せぬ再会の言葉だった。
「やあ。久しぶりだね」
「相変わらずそのすかした態度は健在か。律儀なものだな?」
「そういう君は少し変わってしまったみたいだ。昔はもっと余裕があったと思ったけど」
「吠えるなよクロナ。俺からしてみれば、まだマスコットなんてやってるお前の方がどうかしてるんだよ」
「素直だね」
「ちょっと!」
乱暴なようでどこか親し気、そんな両者の歯に衣着せぬ言葉の応酬。一度は空気に流されながらも、冷静に待ったをかける赤毛の少女――アリアーヌ・デュムーリエは、何故か脇から女性に支えられては、何かがあったことを予感させる。
「第六王女アリアーヌか。まさかとは思ったが、こんな子供まで巻き込むとはな。クロナ、お前まさか別人じゃないだろうな?」
「それはお互い変わったってことなのかもね。それに――」
「だから! ちょっとって、言ってるでしょ!」
アリアーヌから決して鋭くはない蹴りがクロナへと飛び、触れたかどうかも怪しい内にふらふらと自ら足元をもつれさせては、すかさずとエルフが飛び込んでくる。
「アリアーヌ様っ」
「ちょっと、アリアっ。まだ本調子じゃないんだから……」
「分かってる。でもあいつの顔……クロナ。私、見たことがある気がするんだけど」
「うん」
クロナはどこか嬉しそうに告げる。
「彼の名前はイグナシオ・コルデーロ。今は"前勇者パーティー"と、そう紹介したほうがいいのかな」
「イ――! イグナシオ……」
クロナの丁寧な紹介に合わせて最前列へと進み出てくるのは、エヴラール・ラ・フォンテーヌ・ドゥ・ブロイ。辛うじて皇太子としての体裁は保っているようだが、見開かれた両目は言わずもがな、鼻息荒くその真偽を確かめたがっている。
「お前は本当に……本当にイグナシオ……イグナシオ・コルデーロなのか?」
「これはこれは皇太子殿下。確かに見た目は少しばかり変わっちゃいるが、それも環境に合わせて順応しただけのこと。そうだろ? クロナ」
「さてね」
クロナはどこまでも素っ気ない。ただここまで伏せられたイグナシオの生存。知っていたのか、はたまた知らずにそう見せているだけなのか。
どちらにせよ、皇太子の見せる反応に対して、クロナのそれは裏打ちされた自信のような何かを感じさせる。
分かりやすいのは情報の差。ただ……と、ありえない思考に横やりを入れるのは、上段からの厳しい視線。無視できないエーベルハルトはやれやれと声を上げる。
「感動の再会をしているところ悪いが――」
まずはと値踏みするように広間を見回すエーベルハルト。適役として目をつけていた二人を壁際に捉えては、あくまでも今見つけたように語り掛ける。
「ああ、ちょうどいいところに帝国の審問官殿がいるじゃないか。もし可能なら、この現状を説明してはくれないか?」
「むっ、むごっ! むごむごむごっ!」
「いや何言ってっか分かんねえから……一応言っておきますが、私にも皆目見当が付きませんのであしからず」
「そうか……」
「むごむごっ!」
「いいからお前はもう黙ってろっ」
期待通りの足踏み、ついでに口を縫い付けた男へと飛ぶ流れるような肘打ち。簡単に避けては、それで何事もなかったかのように二人の表情は真顔へと戻る。
「では他に誰か説明できるものはいるか?」
必要なのはそう印象付けること。そして手に入れた無知という盾。現状と帝国との接点を否定しつつ、やはりそいつしかいないと思わせるクロナへと目を向ける。
「誤解ですよ。僕はあなた方がどうやってここに来たのかも知らない。ただその可能性を憶測で語ることはできますが……それがお望みですか?」
エーベルハルトは怪訝な顔をするほかない。ここでとぼけるなと強気に出たところで分が悪いのは目に見えている。
何よりも追及して詳細を語られた際に弁明もとい、とぼけなければならなくなるのはこちらのほう……。
上段のお偉方にはこれで納得してもらうとして……怪しまれない程度に補足して、話題は打ち切るに限るか。
「最後に見たのは赤いリボン……そういえば潜水服の野郎が手を振っていやがった……なんだ。全部夢だったみたいだ」
「自己解決されたようで何よりです」
エーベルハルトは肩をすくめては道化を演じ、なんだこれはと腰元に提げた鞘へと剣を収めていく。これ以上は得るものがない、正にそういう合図だった。
「ここまでだな」
エーベルハルトの意図を汲んでか――それまでの沈黙を破るのは、イグナシオと同様、運悪くこの場に顔を出してしまった白い外套姿の男だ。
「契約は果たされた。それでいいな?」
エーベルハルトからして黙っておけば煙に巻くこともできたであろうに、形式を重んじてか、それとも身分を明かすことに抵抗がないのか。男はわざわざ自身の所属国を正面に見据えては、よく通る声で問いかける。ともすれば自然と集まる注目。節々に違いはあれど、同じく白い外套に身を包む皇国代表団は、その場で何も言わずにただただ苦い顔を浮かべるしかない。
「ではこれにて失礼させてもらうとしよう」
「おい!」
男はそれを無言の肯定とみなしたのか。イグナシオの呼びかけを背に、白い外套をはためかせた次の瞬間には、元からそこには何もなかったかのように見えなくなる。
「くそっ……! おい! 話が違うぞ! エーベルハルト・フォクト!」
「おいおい。どこの誰だか知らないが、そいつのためにもやめないか?」
よせばいいのに、すでに矛を収めたエーベルハルトに詰め寄るイグナシオは、半ば脅しのように、同時にその余裕のなさを物語るように、手元で黒い刀身を光らせる。
「どっちがだ。エーベルハルト・フォクト」
「そう何度も呼ぶなよ。元勇者パーティーのイグナシオ・コルデーロさん?」
「何が元だ。ふざけるのも大概にしろよ。俺たちの目的はまだ果たされていないはずだ。そうだろ。エーベルハルト・フォクト」
「やれやれ。俺はお前の友達でも、ましてや親兄弟でもないんだぞ? 俺たちが……いや、あんたがここにいる時点でもう話はついてるだろ。何ならその辺の酒場にでも繰り出して、やけ酒にでも付き合ってやろうか?」
「お前の軽口に付き合う気はない。重要なのはこれでお前が終わりにするつもりなのか、どうなのかだ」
「終わりも何も。覚めた以上、同じ夢は見られない。そうだろう?」
「ならここで続きを見ればいい。違うか?」
イグナシオは広間の下から上の一団へと、その刃の切っ先を走らせてはもっとも忌避すべき相手を指し示す。
「正気か?」
「俺ならやれる」
「冗談きついぜ……。なあ? あんたもそう思うだろ? 連邦の白、レギーナ・スタルチュコフさんよ」
エーベルハルトは流石に乗るわけないよなと念押しするように、当のレギーナを流し見る。
「ふぅん? 別にどうでもいいんだけど……」
イグナシオを見下ろしては、目を瞠る軽率さで対面へと飛び降りるレギーナ。華麗な着地を決めては、いつでもどうぞと余裕の笑みを浮かべる姿は、エーベルハルトに見誤ったと後悔させると同時、独自の理論で生きる戦闘狂を想起させた。
「流石にこうも連邦の流儀を無視されちゃ、私にも立場ってものがあるからね?」
「おいおい。俺は別にあんたに戦えって言ってるわけじゃないんだがな」
「でも相手はそのつもりでしょ?」
「ったく、煽る先を間違えたか……」
エーベルハルトは無い時間を稼ぐように視線を外しては、ほんの数秒と言わず瞬く間に理解する。これは無理だな……。ただ被害は小さいに越したことはない。
「なぁ、どうやったら――」
「あーあー。そういうのはもうあの珍妙なのだけにしてくれる?」
「レギーナ・スタルチュコフ。昔からお前の最強が鼻についてしかたがなかったんだ」
「へぇ? 私は気にしたことないけど、ああ、そういえば、最強って言ってもパーティーだもんね? 王国最強さん?」
レギーナは傍から見る限りでは、何も提げられていないように見える腰元へと手を伸ばす。当然、何も提げられていないのだから、手は空を切るはずなのだが……。
同じ戦闘を生業とする者として、握られた何かを幻視しては、それが構えだと分かってしまうからこそ、エーベルハルトは余計にイグナシオから離れられなくなる。
「おいおい。お二人さん本気かよ」
「ご機嫌だなレギーナ・スタルチュコフ。不可視程度で有利になったつもりか?」
「ふふっ。群れなければ粋がることも出来ない最強がどの程度が見極めてあげる」
「フッ」
高まる熱、向かい合わせの不敵と余裕。もはや衝突は避けられないだろう……引き延ばしも限界――となれば離れるしか……。
「用があるのは僕だろう?」
たったの二歩。されど押し出されるように退いた先で、エーベルハルトはまだ見ぬ剣戟に安堵する。
「ったく……あんたが出てくると話がややこしくなるのよ……」
あからさまに顔をしかめるレギーナ。続く舌打ちはイグナシオのものだ。
しかし水を差した張本人であるクロナは、どこ吹く風と短くアリアーヌに耳打ちしたのち、一人広間へと飛び降りるでもなく、普通に階段を下りてくる。
すかさず邪魔をするなとイグナシオが横目で説くも、手を挙げてはあのと待ったをかける少女の声に、レギーナはついにと構えを解く。
「まったく……これだから牛頭は……で? 何? 王国の第六王女。アリアーヌ・デュムーリエさん?」
「あ、えと、協力を……要請します」
「協力? ふぅん? それで?」
「へ?」
「取り込み中なのが見て分からない?」
「あ、いや、ええと……」
真向から押し切られては視線を彷徨わせるアリアーヌ。数秒と経たずに助けを求めて狙いを定めた先は、発端であろうクロナの後頭部だった。
「うっ、牛頭! あんたが言い出したんだから――」
「うん」
「う、うんって……ったく、なんなのよもう」
返事はするがそれだけというクロナの対応に、アリアーヌは当てが外れたと明後日の方を向く。
「ずいぶんと仲がいいんだな? クロナ」
「そう言われたのは初めてだよ。ただ彼女は歴とした王女様でね」
「第六位が何を」
「それからレギーナさん。立場上それが仕方のないことだとしても、彼との戦闘は控えてもらえませんか」
「また何を言いだすかと思えば……それは何? 命令? あんたは私の何?」
「ただの提案で済むのならそれが一番です。話し合いなら第六王女からの正式な要請も必要ない。収めてはもらえませんか?」
「へぇ……? 流石は元勇者パーティーといったところ? 人の威を借りるのもお手の物ってわけだ。ああ、そういえば今はギルドのマスターだったかな? 群れなければ誰かと向かい合うことも出来ないなんて、本質はそこの男と変わらないね?」
「なら斬るかい? 僕を」
言いながらクロナは進み出る。一定の距離を取り、向かい合う最強の間へと。
「クロナ、お前の出る幕じゃない。いいから引っ込んでろ。俺が斬ると、そう言ってるんだ」
「イグナシオ。僕は君に要請するような真似はしたくない」
「部外者が分かった気で口を利くなよ?」
不動を貫くクロナ。対するイグナシオも頑固さでは負けてはいない。
「ちょっと……いい加減にしてほしいんだけど」
「クロナを斬るつもりか」
「なれ合いはその辺にしてもらえる?」
「他の連中がどうだろうと、俺はこいつを当事者だとは認めない。クロナ――俺たちは先に進む。そこをどけ」
「あぁ……もう斬る。もう斬ろう。もうまとめて絶対に斬る」
「イグナシオ。その言葉を聞いて安心したよ。でもそろそろ憶測が現実に追いつく頃合いだ」
「何?」
「勝手に盛り上がっているところ悪いが――」
見計らったように上段から投げかけられる声。無機質な目で広間を見下ろす共和国代表団の男は、その場のすべてを脇に追いやり、酷く冷めた様子で言い放つ。
「ここは一度話し合いのテーブルに戻ろうじゃないか。きっとその方がいい」
「いまさら何を」
「同感」
こいつら……。もはや手に負えないとそっと距離を取るエーベルハルトは、もういっそのこと気が済むまで戦ってくれと静観することにする。
連邦か……気になるのはお預けを食らった王都の攻略だが……。
「連合国軍が帝国国境線を突破したようだ」
「は――?」
エーベルハルトの開いた口が閉じたのは、それから数秒後のことだった。




