31 それは人生で初めての積極的な開き直りだった
「ちょっと、あの旗……」
人魚のヤナに促されては船の甲板からのぞく海の水平線。連邦まであと少しというところでアリアーヌたちが目にしたのは、ある一隻の船だった。
「黒地に赤……あれは……開いた瞳孔でしょうか。アリアーヌ様」
アリスンは船を遠目に見ては若干の危機感を覚えたようにアリアーヌへと視線を送る。
「ええ? 全然見えないけど?」
アリアーヌは横から言われて水平線をより一層睨みつける。しかしいくら目を凝らしたところで、ぼんやりと海上に浮かぶ黒っぽい影はアリアーヌからしてただの影の域を出ない。
「っていうか、何? 赤の瞳孔……? 何それ? 聞いたこともない旗だけど、もしかして海賊か何か?」
「ア、アリアーヌ……あんたそれでも一応王族でしょ? そのくらい、って……」
ヤナは言いながら途中で目を細めては、それまでの考えを振り払うようにそっと頭を振る。
「あんたが普通の王族なわけないわよね……。あれは皇国の討伐隊の旗よ」
「何かすごくバカにされてる気がするんだけど……。ていうか皇国の討伐隊ってことは代表団の護衛か何かなの? もう私たち以外はとっくに連邦入りしてると思ってたけど」
「護衛ではないと思うよ」
クロナは少し離れた場所から船を見据えたまま続ける。
「あれは純粋に魔族を狩るためだけに動く、皇国の中でも一際独立性の高い――」
「ちょっと! もう少し簡単に説明してよね」
クロナを射抜くアリアーヌのジトっとした視線。クロナは一瞬の間を挟んではほとんど即答に近い形で意訳する。
「猟師」
「ふーん?」
「いやいやいや、それはそれで簡単すぎるでしょ。ていうか言われて確かにって思う部分もあるけど、ようは魔物専門のが王国にはいるでしょ?」
「冒険者? でもそれって、あっ! そっか! それが皇国ってことは、もしかしてその専門が魔族ってことっ?」
「そそ。つまるところがお金をもらって魔族を狩るわけね」
「へー! あ、でもさでもさ! 皇国ってそういうのが他にもいっぱいいるんでしょ?」
「私も別に皇国についてそこまで詳しいわけじゃないし、その国の内情までは分からないわよ? けどあれだけは特別なのよ。それこそ皇国というか、私たち連合国もそうだし、もちろんアナタたち王国にとっても他の国にとってもね」
「そうなの?」
「ええ。難しい理屈は抜きにして説明すると、あれは国には属しているのだけれど、政治的には切り離された独立部隊なのよ。というより集団といった方がいいのかしら? まぁ、表向きには政治に絡んでいないとされてるから、その動きと幅に変に自由度と速度が伴うのよ」
「ええっと、要するにどういうことなの?」
「まぁ、その、なんていうかさ。色々なところで厄介ごとを起こして回ってる連中ってことよね」
「ふーん。じゃあ今も魔族を追ってるのかな?」
「さぁ……? 私にもそれは分からないけど、クロナはそこのところどう思ってるわけ?」
ヤナの声に甲板に集まった一同の注目が自然とクロナへと集まる。しかし当のクロナはと言うと――何やら気になることでもあるのか――海上のある一点を見据えたまままるで動こうとしない。
「何……?」
「連邦まではあとどれくらいかな」
流れを無視しては不意に問いかけるクロナ。
「さぁ? 私は連邦に行ったことはないし……でもアンタの話じゃもうそろそろなんじゃないの?」
ヤナは眉を吊り上げては妙なことを言うと、訝し気な表情でクロナの横顔を見据える。
「水泳は得意かな」
「はぁ?」
誰に言ってんのと言いたげな表情のヤナ。誰の目から見ても不自然な問答を繰り返すクロナは、そうしてまたおもむろに船室へと目を向ける。
「おまわりさんを呼んできてもらえるかな」
「え?」
「アリアを頼んだよ」
クロナは流れるようにヤナへと目を向ける。その直後――。討伐隊との中間に位置する海面が急激に押し上げられ、数秒と経たずに隆起した海面からは、人の常識を遥かに凌駕する巨大な一本のタコ足が突き出していた。
「まったく……」
気付かないわけだわ。ヤナはうねる軟体をぼんやりと眺めて心の中で開き直る。
――だってデカすぎるもの。




