27 第四王女サラ・ディ・トマソの精彩
その日。王国の皇太子エヴラールは、かつてないほどの充足感に満ち溢れていた。
「行ってらっしゃーい!」
「頼んだぞー!」
港に詰めかけた民衆。列をなした騎士。そして見送りに参列した王族の面々。ゆっくりと動き始めた船上からそれらを眺めるエヴラールの姿は、正に彼自身が幼少の頃よりかくあるべしと思い描いてた王族像そのものだった。
エヴラールは自身の境遇に陶酔する。そして鳴りやまない歓声に応えるように、自然と体の横で固く握りしめられていた拳をそのまま頭上に突き上げる。
「うおおおおおおおお!」
「エヴラールさまー!」
一段と沸き上がる歓声。暑苦しいまでの熱気。開戦間近とさえ噂された王国の中で、今やエヴラールは民衆にとっての希望であり、同時に精神的支柱としての意味合いも持ち始めていた。
「お兄さまーっ!」
不意に港から聞きなれた声が耳元へと届いては、エヴラールはふと我に返ったように視線をある場所へと走らせる。
同じ王族でありながらもまるで王族らしからぬ振る舞いを見せる彼女は、参列する王族の中でも一際目を引くため、すぐに見つけることが出来た。
「行ってらっしゃいませーっ! お兄さまーっ!」
人目も憚らずにその場で大きく飛び跳ねては、また同様に両手を振り回すサラ。兄の門出を全身で祝う妹の姿は、本来ならば王族の一員として諭すべき振る舞いなのかもしれない。
ただエヴラールはあえてその健気さを受け入れては、一人の兄として笑顔を浮かべた。何より彼女をよく知るエヴラールからして、どこまでも純粋な妹の気持ちを責めようという気にはまるでなれなかったのだ。
「サラー!」
船上から自分でも生まれてこのかた出したことのないような大声を出しては、しかし観衆の声に紛れてエヴラールの声はすぐにかき消されてしまう。
むしろこのような状況下で尚も、エヴラールの下へと声を届け続けているサラのほうが異質、もしくは特別なのかもしれない。
「サラー!」
エヴラールは片腕を突き上げたまま、それでも二度三度と諦めずにその名を叫ぶ。しかし届かない。いくら声を張り上げたところでその間も開き続ける距離を前に、ただ虚しさだけがどうしようもなく募り続ける。
くそ……。内心で毒づくエヴラール。港へとすぐにでも引き返して直接妹と言葉を交わしたい気分に苛まれるが、それが出来ないと分かっているからこそ余計にもどかしい。
きっとサラも分かってくれるだろう。そう頭によぎっては、そういえばと一瞬で手の平を返すエヴラール。我ながら言い考えだ――。
善は急げと、エヴラールは顔だけで背後へと振り返っては、そこで手持ち無沙汰にしている今回特別にと招いた随伴者に向けて声を投げる。
「ミランダ・ジーナス。妹の――いや。すべての王国民のために花火でも打ち上げてくれるか?」
エヴラールの要請にしばし無言で顔を見合わせる王国の現勇者パーティー一行。エヴラールは何も言わずにただその行く末を見守る。
それは命令に似た願い。相手は王国民ではあるものの、騎士でもなければ軍人でもないのだ。断られたら無理強いは出来ない――。
ただ流石は勇者パーティーと言ったところか。顔色一つ変えずに、ミランダの口からその答えはすぐに出た。
「分かりました。やってみます」
「助かる」
すでに豆粒サイズにまで小さくなった群衆を前に、エヴラールは少しばかりの威厳を残して笑った。
それからほんの数秒の内に短い打ち合わせを経て、エヴラールの頭上へと打ちあがる火炎の球体。それを海面から立ち昇る一筋の海水が追いかけては、見事なまでに打ち消し合う。
「見事だ」
エヴラールは上空に架けられた光の橋を見て、そう満足気に頷いた。
「綺麗……」
そして兄が肉眼では捉えられなくなってすぐのこと。周囲の目も気にせずに慌ただしく壇上から駆け下りたサラは――そのままの勢いで飛び込んだ馬車の中から――他ならぬ兄の計らいで生まれたその光景に恍惚の表情を浮かべる。
「流石はお姉さまの作品ですわ……」




