26 中立の翼
王国の東に広がる豊かな大海。その洋上に位置する海洋国家、連邦――。
それぞれが独立した行政権を持つ州の集合体である連邦は、それぞれの州の代表者総勢九名からなる連邦最高評議会をその政治的象徴として機能させることで、個でありながら群という特殊な政治体系を有するに至っていた。
そしてその日。必要最低限の調度品のみで揃えられた小さな応接間へと呼び出された連邦評議会議長アルマ・フォスを待ち受けていたのは、天真爛漫を絵にかいたような一人の少女と、艶やかなたてがみをビシっと決めた訳の分からない紳士風の馬頭だった。
「初めまして! 私は王国の第四王女、サラ・ディ・トマソです! どうぞよろしくお願いしますね!」
「ヒヒーン?」
アルマ・フォスは当然のように言葉を失った。
♦
「共和国に続いて皇国まで……」
連邦に王国の第四王女が突如来訪してから早七日――。
議長室にて一人。日々の執務に精を出すアルマ・フォスは、いつの間にやら現実になりつつある、第四王女サラからもたらされたある一つの予言を前に、たださめざめとした笑いを浮かべる事しかできないでいた。
「これで帝国に共和国……そして皇国と役者がそろってしまった……」
まさか、と。話を聞いた当初にはまるで信じる気にもなれなかった得体のしれない虚構が、自身の手元で徐々にその現実味を帯びていく感覚。自然と言いようのない気持ちの悪さを感じては、じわりと喉の奥が熱くなる。
――誰かに操られている。
アルマ・フォスはここ数日で抱いた小さな疑念を次第に漠然とした確信に変えつつあった。
「王国の魔女……」
心当たりは一人しかいなかった。今思えば第四王女と声高に名乗っておきながらも中身はまるで幼子のような――そんな王族らしからぬ彼女の語り口は、むしろそうでなければ説明がつけられないものだった。
きっと彼女も操り人形の一人に過ぎなかったのだろう。そう思うとあの分不相応かつ、外見に追い付いていない言動もひどく納得のいくものに思えた。
「女狐が……」
思わず誰もいないことをいいことに毒づいては、反射的に口元を押さえる。前触れのない吐き気。そのあまりの強烈さに、もしかして聞かれたのではないかというあるはずのない錯覚にまで陥ってしまう。
あり得ない……。自身を縛る強迫観念を僅かに残った理性で振り払うように、未だ胸元で渦巻く不快感を無理やりに飲み込もうとする。
四苦八苦。しかし収まりを見せない。時間の経過とともに徐々に精神はすり減らされ、体を駆け巡る正体不明の不安に涙すら浮かべてしまう。
それはいうならば拍車のかかった負の連鎖。正常を裏返したかのような現実に、ただただ怯えては身を固くした。
「――ナ……」
思わず救われたい一心で零れたその一片。弱り切った心身が最後の最後で絞り出すようにして掴んだ彼女の名。もう頼れるとしたら彼女しかいない。
この国で唯一その者に対抗し得る存在。決して虚像などではないと知っているからこそ信じられる連邦の白。私は、もう……レギーナ……。
「――呼んだ?」
そんな中で彼女に声をかけられたのは、きっと偶然などではなかったのだろう。彼女の腰にまで伸ばされたその銀髪に似た白髪は、正に天使の羽そのものだった。
「うん……」
彼女がそこに居る。ただそれだけで天真爛漫な王女を幼子のようだと評した私は、まるで赤子のようにただポロポロと涙を流し続けた。
彼女はそんな私を何も言わずにただその両手で優しく抱きしめてくれた。
温かい――。全身に不思議な温もりを感じる。それまで自身を内側から蝕んでいた、自分のものではない何かがするりと音を立てて抜け落ちていく。
「帝国に共和国……ふぅん。皇国も来るんだ……」
彼女は私を抱きしめたままそう静かに頭上で呟いた。その表情は窺い知れないが、今は一秒でも長く彼女の胸の内に抱かれていたい。
「王国のだけないのは……そういうことかな……いや……ふぅん? そっか。エヴァの奴――やっと王城から出る気になったのかな……?」
連邦=王国の東に位置する海洋国家、中立を名乗る




