02 古巣の声
森の現状を聞かされてから早三日。店番をしながら対策を考えつつも、かといって誰もつかまらないので動けないでいた。
その日の内に店の掲示板へと自ら張り出した依頼書も、今のところお客さんとの世間話にしか役に立っていない。どうしたものか……。
「ナ」
聞き覚えのある声に思わずと自分の耳を疑いそうになる。それでもと期待を込めて振り向けば、ちょうど潜水服にうさ耳姿のネクロマンサーさんが、大きな袋を担いで店の裏口から入ってくるところだった。
「れ」
「うん?」
手っ取り早くと床に袋を下ろしては、その口を開くネクロマンサーさん。中から大量に顔をのぞかせる様々な瓶詰を前に、もはやそれ以上の説明は不要だった。
「なるほど。アーノルドさんの代わりってことでいいのかな?」
「ん」
言うが早いか、その場でくるりと回転するネクロマンサーさん。流れるように裏口を押し開けたところで、その背中に待ったをかける。
「あ、ちょっとだけいい?」
「に」
その場で足を止めては、顔だけで振り向くネクロマンサーさん。依頼であることを前置きとして話しては、その詳しい内容についてはと、掲示板に目を向ける。
「ら」
「ええと、条件つき、なら?」
「トフツトミツミトツ、トフツトトツトミツツトツトトミトミト」
それは王国では聞きなれない言語だった。ただしその単調な音と並びは、冒険者であれば知っていてもおかしくはないものだった。
「ええと……後処理なら、ね。うん。その時はお願いするよ。ありがとう」
「ん」
小さく頷いては、すぐに扉の向こうへと消えていくネクロマンサーさん。その後ろ姿を静かに見送っては、仕方ないかと人知れず決意したのとほぼ同時――閉じた扉がまた勢いよく開かれる。
「ハハッ」
わずかに浮かせた腰をそのまま下ろしては、その愛くるしい姿に思わずと笑みを浮かべる。どうやら店を閉めなくて済みそうだ。
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ハチ騒動が収まってから数日。出かけたその日の内にことを済ませて帰ってきたミスター・マウスさんは、甲高い笑い声を残して、またすぐにどこかへと行ってしまった。
そして再びギルドホールへと顔を見せたネクロマンサーさんの手には、なんとハチの佃煮という新商品が握られていたのだ。
これがほんの数日前のことだというのに、聞いた話では王都でちょっとした流行になりつつあるらしいというのだから驚きだ。
安くて美味しい。そういう触れ込みでまた、ギルド『夢の国』の看板商品が増えた瞬間でもあった。
ただし……。ハチミツ、佃煮、加えてニーナさんが自主制作したギルドメンバーのグッズ販売店としてはそれなりに繁盛しながらも、ギルドとしての花形である依頼については相変わらずのままだった。
ただそれも考えようによっては、マスコットの手を借りる必要のない平和な世界ということなのかもしれない。
ハチ騒動はそういう意味でもギルドの在り方と、マスターとしてのメンバーとの向き合い方を再確認するいい機会だった。
というのも指摘された手前、しばらくの間メンバーの行動把握に奔走することになったのだが……そこには問題は愚か、いちマスコットとして見習うべきメンバーの真摯な姿や姿勢があるだけだった。
たとえば犬頭のおまわりさんは日々王都の警備と治安維持に尽力し、王都の内外からその信頼を集めている。
全身ネズミのミスター・マウスさん、ミス・マウスさんコンビもまた、日々街頭で多彩な芸を披露しては、幅広い年代から――特に子供たちからその人気を集めている。
馬頭のサラブレッドさんは王都の外で作物の栽培に精を出し、そのこだわり具合からたくさんとはいかないが、収穫したらその内に持っていくとその美声で嘶いていた。
そして熊頭のアーノルドさんはといえば、ネクロマンサーさんと王都の外にある加工場にこもりっきりで、日々次なる新商品の開発に明け暮れている。
最後に猫耳メイドのニーナさんだが、ギルドホールの裏庭に小さな作業場を建てては――趣味というにはいささかクオリティの高すぎる――メンバーのグッズを次々と生み出している。
マスターとしては負けていられない。
そんな思いもあるが、同時に店番をすることでメンバー個人個人の自主性が保たれるというのであれば、それもまた一つのギルドに対する貢献の仕方なのかもしれない。
「クロナ! 元勇者パーティーのクロナさんはいるか!」
昼のピークも過ぎたころ、集中力の欠けた頭に響く盛大な声。鈍いながらも反射的に入口へと目を向ければ、額に大粒の汗を浮かべて肩で息をする男。かつての"同僚"がそこにいた。
「ゆっ、勇者パーティーが……全滅した……!」
ミスターマウス=ネズミ(黒、薄い橙色、全身)、甲高い声、バルーンアート
ミスマウス=ネズミ(黒、薄い橙色、全身)、リボン(赤)
おまわり=犬頭(茶、白、被り物)、自警団風、爽やか
サラブレッド=馬頭(茶、被り物)、紳士風、嘶き