14 乱立する脅威
「いつからお前はマスコットとやらのファンになったんだ?」
帝国の中枢。首都ランカルジュの一室。報告書から顔を上げる男。帝国陸軍国境方面部隊最高司令官イルムガルト・ノイシュテッターの表情には、落胆というよりも呆れが強くにじみ出ていた。
「わっ、私は決してそのような――」
「冗談だ。それよりもいよいよもってただのイロモノ集団という認識は改めなくてはならなくなったな」
イルムガルトは手にしていた報告書をわざとらしく目の前の机へと投げだしては――会議室に勢揃いした軍事、内政、外交――それぞれの担当官たちを前にその責任の所在を問う。
「エスコバル。今回の一件は参謀本部主導だったはずだ。何か言いたいことはあるか?」
「ハッ!」
イルムガルトに目をつけられては、慌てて立ち上がる男。エスコバルは額に脂汗を浮かべながら、一人その顔色を悪くしていく。
「こっ、今回の一件につきましては裏で何者かの介入があったものと――」
「お前は何を言ってるんだ?」
「ハッ! 失礼いたしました!」
「違う……そうではない。今回の一件の成否など我々帝国にとってはどうでもいい……いや、仮に裏で何が起こっていようとも、我々は攻め入るに足る情報とそこにある利益、そして大義名分さえあればいつでも王国の国境線を越える準備は出来ていた。そうだな? エスコバル」
「ハッ! 王国との差は歴然であります!」
「しかしだ。我々は今回の一件においてその攻め入るに足る情報と……元々なかった大義名分を逆に相手へと与える羽目になってしまった。この意味が分かるか? エスコバル」
「ハッ! 王国が戦端を開くというのであれば我々帝国に待っているのは勝利のみであります!」
「違う……違うと言ってるのが分からないのか。エスコバル」
「ハッ! 失礼いたしました!」
「まったく……誰かこいつに分かるように説明してやれ」
イルムガルトは直立不動のエスコバルをそのままに、同席する各担当官へと順に視線を送っていく。
「イオニアス」
やがてその視線はある一点で止まり、イオニアスと呼ばれた男は渋々といった風に腰を上げる。
「閣下」
「言い訳はいい。エスコバルはお前の部下だろう。お前が話せ」
「分かりました……」
イオニアスは苦い顔を一度エスコバルに向けては、絵に描いたような青い顔を見てやれやれと話し出す。
「まずは……部下の、エスコバルのいう仮にという話ですが……王国は帝国相手に戦端を開くようなことはしません。これは王国がその仮想敵国でもある共和国との国境線を抱えている限り――現王政ではありえないことです。しかし閣下も仰られたように、王国が情報と大義名分の二つを手に入れたとなると……それはまた別の話になってきます」
イオニアスはそこでエスコバルに目を向ける。
「現段階においての王国が帝国に攻め入るに足る情報と大義名分。エスコバル。明確化してみせろ」
「ハッ! 王国の傀儡となったエルフがその全てかと!」
「王国の掲げる旗印としては申し分ないだろうが……エルフからの情報などたかが知れている。現王政もエルフの声に耳を傾けたりはしない。それ自体が重要視されていない以上、攻め入るに足る情報とは呼べない。エスコバル。もう少し頭を働かせろ」
「ハッ! では今回の一件における背後関係から推察するに、王国は帝国に間者を紛れ込ませていた、そういうことでしょうか!」
「違う。何もかも違う。今回の一件はこの話に関係ない。答えはお前が述べたように……エルフだ」
「ハッ! ……と申されますと!」
「ハハハッ! なるほど。エスコバルは優秀な帝国人と聞いていたが、どうやらそれは本当らしいな? イオニアス」
豪快に笑うイルムガルト。名前を呼ばれたエスコバルは何も理解していないようにきょとんとしているが、イオニアスの方は何とも言い難い表情で感情を押し殺している。
「お戯れを……閣下」
「何。我々のような連合国戦を経験してきた者と、そうでない者との違いだろう。しかしこればかりは些細な認識の差として片付けるには手痛いな? イオニアス」
「面目次第もございません。しかしまさか術式ごと首輪を解体できるものが王国に存在するとは……むしろその事実の方が、今回の一件において何よりも重い収穫になってしまっているかと……」
「出費としては手痛すぎるがな。エスコバル。お前はエルフについてどう認識している?」
「ハッ! 帝国の貴重な労働力であり、資源であると認識しております!」
「酷い認識だ。改めろ。奴らは帝国の資産ではあるが、消耗品ではない。感情もあれば、意思もある。ただそれを我々が管理し、制御しているというだけだ。教えてやる。エスコバル。王国が帝国に攻め入るに足る理由――それはエルフたちが帝国を憎悪しているということだ」
「しかし例えエルフが首輪を失ったとしても、我々に弓引くことは出来ない……筈――!」
「そういうことだ。エスコバル。奴らは首輪という脅しから解放されたところで我々の管理下からは逃れられない。しかし今回その術式を解体した奴がいる。それも報告書を見る限り、一瞬でだ」
「イルムガルト閣下」
そこで内政担当の男が声を上げる。
「何だ?」
「閣下は南部のエルフが全て王国の戦力になりうると……」
「そうは思わないさ。奴らが一瞬でその術式を解体できると言ってもたかが十やそこら。帝国に一体どれだけの亜人がいると思う。例え奴らがことを起こしたとしても、こちらの処理能力を上回ることはない。仮に解放したとて、精々が数百程度の戦力。それも足枷にしかならないようなクズばかり」
「それでは王国との戦力差に変わりはないのでは?」
「王国とはな」
イルムガルトの言葉に目を見開いては硬直する内政担当の男。
「そういうことだ。エスコバル」
イルムガルトに止めだと言わんばかりに目を向けられては、背筋を凍り付かせるエスコバル。自身のそれまでの楽観を前に、ただ沈黙しては静かに息をのむ。
「イオニアス。王国に使者を出せ。どんな手を使ってでも連合国との同盟を結ばせるな。共和国には私が行く」
「ハッ!」
イオニアスのそれまでを別人かと思わせるような敬礼。次の瞬間には回れ右して会議室を後にする。
その背中を追うように、扉の向こうへと消えていく各担当官たち。いつしか静まり返った室内には、イルムガルトとエスコバルだけが残されていた。
「さて、エスコバル」
イルムガルトに視線を向けられては、断頭台を前にした罪人のように身を固くするエスコバル。その動悸は加速度的に早くなり、ほんの数秒の内に呼吸すらままならなくなる。
「エスコバル」
「は、はっ――」
「お前には悪いが――」
そしていざイルムガルトがすでに死に体なエスコバルに処断を下そうとしたその時――。
「閣下!」
ノックもそこそこに入室してきた伝令係の男は、エスコバル以上にままならない呼吸である事実を告げた。
「皇国から――使者が!」
イルムガルト(・ノイシュテッター)=帝国陸軍(参謀)国境方面部隊最高司令官
イオニアス(・ベック)=(帝国陸軍)参謀
帝国の亜人=(元連合国領)現帝国南部で生きる人とは違う種族の総称
連合国=帝国南部(亜人生活圏)に国境線をのぞむ亜人の複合国家




