13 曲がらない王道
『美味しい……』
煌びやかな金髪に透き通った翠色の瞳を持つ端整な顔つきの一団。エルフと呼ばれる種族で統一されたその一団のリーダー。アリスンは手にしたお椀からほんの一口――木製の匙で湯気の立ち昇るスープを口元へと運んでは、それまでの張りつめていた雰囲気をほんの少しだけ緩ませる。
「ヒヒーン?」
「ワンッ! 『ご満足いただけたようで何よりです』」
そんな微笑ましい光景を前に、調理を担当したサラブレッドとおまわりの二人は一段と満足げな声を上げる。
「なんて言ってんの?」
目の前で交わされるエルフの言葉に興味津々といった様子のアリアーヌ。クロナを一瞥しながらも、エルフ同様に手にしたお椀からスープを掬い上げては、目下その意識は半々といったところだ。
「美味しいってさ」
「ふーん」
リーダーであるアリスンが口にしたのを見ては、その後に続くエルフたち。どんよりと重たかったそれまでの空気も、その匙が進むにつれて徐々に彼女たちが持つ本来の柔和さを取り戻していく。
『美味しい……』
『うん……美味しいね……』
目を細めては優しくその目尻を下げるエルフたち。中にはその美味しさに対して何やら思うところでもあったのだろう――感極まった幾人かは、その目の端に大粒の涙を浮かべる。
「そんなにお腹減ってたの? 確かにこの美味しさは空腹には効くだろうけどさ」
そう言いながらも匙を進め続けては、誰よりも早くスープを平らげるアリアーヌ。空になったお椀をおかわりとすかさず頭上に掲げては、阿吽の呼吸で大きな鍋を抱えたサラブレッドが近づいてくる。
「大盛りね!」
アリアーヌの威勢の良い声になみなみと注がれるスープ。サラブレッドは嬉しそうに嘶く。
「ありがと馬頭。それと犬頭も。すごく美味しいわ」
「ヒヒーン?」
「ワンッ!」
アリアーヌの率直な感想。サラブレッドとおまわりの声色も心なしか高くなる。
「てかさ、なんで犬頭も牛頭もエルフの言葉が分かるわけ?」
「マスコットに語学は必須だからね」
「ふーん……」
クロナの声にそっとスープを掬う手を止めては、逡巡するように明後日の方向へと視線を逸らすアリアーヌ。
「あのさ」
『あの――』
「うん?」
ほぼ同時に上がるアリアーヌとアリスンの声。向けられた当のクロナはというと――僅かに先んじたと感じられたアリアーヌへとその顔を向ける。
「あ……いや、やっぱいい」
声を上げながらもどこか躊躇うように言い淀むアリアーヌ。その一連の動作から何かを察したのか。クロナは一瞬の間を開けては、サラブレッド同様忙しなく動き回るもう一人へと目を向ける。
「おまわりさん」
「ワンッ!」
『第六王女アリアーヌ・デュムーリエ殿下がエルフの皆さんと直接話したがっています。あとで先生役をお願いできるかな』
「ワンッ! お任せくださいクロナ殿。アリアーヌ様もご安心ください。三日もあればエルフの皆さんと、そうですね。簡単なお話程度であれば問題なく出来るようになりますよ」
「ホント!? って――ふんっ」
喜んだかと思えば次の瞬間には、ぷいとへそを曲げているアリアーヌ。どこまでも真っすぐな性格ゆえに、その顔には教えてほしいと。そう自分から言いたかったと分かりやすくも書いてある。
「あ、あの、アリアーヌ様。にゃあも良かったらアリアーヌ様とご一緒にお勉強してもいいかにゃあ?」
「へ? 別に全然良いと思うけど、ねえ? 犬頭?」
「ワンッ!」
「た、助かるにゃあ……」
ニーナの申し出に快く同意を示すアリアーヌとおまわりの二人。ほっと胸をなでおろしながらもジトっとクロナを射抜くニーナの視線は、どこかエルフの言葉なんて分かるわけないと、そう言いたげだ。
『第六王女……』
『で、殿下……?』
配慮が足りなかったなとニーナに向き直ろうとしたところで、遅れてクロナの耳へと届けられるエルフたちの困惑交じりの声。
あくまでも順番を優先するクロナはニーナへとその視線で謝りながら、流れるように声の中心へと向き直る。
『そう。この赤毛の少女こそが王国の第六王女、アリアーヌ・デュムーリエ殿下。色々と事情はあると思うけど、簡単に言うと今は君たちの保護者ということになるのかな』
『保護者……そういえば私たちの首輪はどこに……』
『ご心配なく。私おまわりと――そこで鍋を抱えている馬頭のサラブレッドさん。そして熊頭のアーノルドさんで適切に処理いたしました』
『しょ、処理って……それって――』
『はい。あなた方は現時点において帝国の支配下にありません』
『あ……アリスン……!』
『ソフィー!』
おまわりの淡々とした説明に信じられないと目を大きく見開いては、首の感触をその手で確かるエルフたち。すぐに噛みしめるようにして喜びの声を上げる。
しかしそれも一時のこと。水を差すように待ったをかけるのもまた、同じ淡々としたおまわりの声だというのだから、その責任感は並大抵のものではない。
『ただし現状は楽観できるものではありません。我々を標的とする帝国の監視下には引き続きあります。そして語弊なくあなた方を取り巻く現状を申し上げますと、アリアーヌ殿下はあなた方の味方と言えますが、王国はその限りではありません』
『あなたは――「みなさんはどうなのですか?」』
エルフの言葉に続けて、流暢にも王国の言葉を使いこなすアリスン。同時にその意思を確かめるようにしてはアリアーヌ一行、総勢九名へと視線を向ける。
「うぇえっ!? 王国語話せたのっ!?」
「失礼をお許しください、殿下。加えて多大なる恩義を受けながらも挨拶が遅れてしまい誠に申し訳ございません。私は――私はエルフのアリスンと申します。今は殿下のお力添えもあり、それ以上でもそれ以下でもありません」
「べっ――別にそんな、謝るようなことでも……って、あー! もしかして私変なこと言った!? 言っちゃった!? あーもう! 恥ずかしくて思い出せないから思い出したくないけどでもでも思い出さないと恥ずかしいようなも気もするし――」
「まぁまぁ」
「分かってたんなら教えなさいよ!」
半ば錯乱状態のまま、横から手にしたスープをお椀ごとアリアーヌに分捕られるクロナ。
「ええー……」
かなり早い段階で教えていたはずだけど……とクロナが困惑している内に、アリアーヌは一瞬で空になった容器を強引にまたクロナへと押し付ける。
「申し訳ございません。殿下」
「い、いいのよ? 謝らなくて。全部悪いのはこの牛頭なんだから」
「ええー……」
空の容器を手に、牛頭の下で遠い目をするクロナ。
「ていうか何で話せるの? ていうかその綺麗な髪触ってみてもいい? ていうかその肌とか耳とか、あーもうっ! とにかく触ってみてもいい!?」
「え、ええ……どうぞ。殿下」
「やったぁ!」
アリアーヌの勢いに押される形で、ぐいぐいとその距離を物理的に縮められていくエルフたち。若干引き気味なエルフはさておき、初めから相手に興味津々なアリアーヌは、ここぞとばかりにその感触を確かめていく。
「あ、あの、殿下……」
「うんー?」
「その、くすぐったいです……」
「ぐふふっ」
「下品だぞ、アリア」
「うっさい!」
アリアーヌからクロナへと向けられるきつい眼差し。しかしその迫力に反してアリアーヌの口元はどこまでも緩み切っている。
「やれやれ……アリスンさん。王国語はどの程度まで?」
「全員日常会話には支障がない水準です」
「なるほど。となるとやはり標的は我々ではなく、王国そのもので?」
「正確には――」
そこで一度口を噤んでは言い淀むアリスン。クロナへと向けられた視線はそのままに、一度瞼をゆっくりと閉じては呼吸を整えるように小さく息を吐く。
「王都です」
「なるほど」
その一言で何もかも察した様子のクロナ。
「王都……」
そして繰り返すように呟かれるニーナの声。
「王都に行ってどうするつもり――」
「ニーナさん」
半ば捲し立てるかのように口早になるニーナ。横かららしくないとクロナに待ったをかけられては、ニーナは自分でも驚いたようにその視線を彷徨わせる。
「クロにゃあ……」
俯きざま、色濃い不安をその顔にのぞかせては、微かに震える両手でメイド服を握りしめるニーナ。
クロナは一瞬だけ迷ったのち、すでに覚悟は出来ていると言いたげなアリスンへと顔を向ける。
『アリスンさん。王都には観光目的で?』
あえてと言語を変えては、段階を踏むように一歩だけ核心へと近づくクロナ。しかしその思惑に反して、アリスンは俯くニーナへと真っ向から踏み込んでいく。
「王都に潜入後は……真っすぐにギルド街を目指す予定でした」
「クロにゃあ……」
どこか分かっていたといいたげなニーナ。悲し気に揺れる瞳は、それでもと静かにアリスンを捉えていた。
「うん」
クロナは小さく頷き、そんな二人の覚悟に応えるようにして言葉を続ける。
「それはつまり冒険者、あるいはそれを管理する組織自体が狙いだったということですか?」
「分かりません。私たちは何も……ただ首輪があれば、それは一人でも可能だったと思います」
アリスンは毅然とした態度で語る。その中で種族を取り巻く環境や、自らの境遇を持ち出さないのは――背中に集まる視線からして――それが彼女たちの総意であるからに他ならなかった。
「それってさ、アリスン。それって、私にはよくわかんないけど、無理やりやらされてたことなんじゃないの?」
ただアリアーヌには関係ない――。そう言わんばかりに突き立てられるのは、相手が意図して使わなかったからこそ誰もが口にしなかった、"彼女たちの盾"だ。
「そ、それは……」
「なら別にいいじゃん? ニーナもそれでいいでしょ?」
アリアーヌはあっけらかんと言い放つ。それぞれのしがらみや事情はそのままに、それはそれとしてと気持ちのいいぐらいに言い放つ。
「……ごめんなさい。アリスンさん……皆さん」
「いえ……」
誰もが惚れ惚れするようなアリアーヌの剛腕ぶり。エルフたちはただ圧倒され、マスコットたちはその被り物の下で苦笑に似た笑みを浮かべる。
「アリアーヌ」
そして見計らったように呼ばれるその名前。クロナは浮かべた微笑を声に乗せて、いつになく真剣な眼差しでアリアーヌを見据える。
「何よ」
「ここからはアリアとして。同時に王国の第六王女としても考えてほしい」
「アリアーヌだっていってんでしょ。まぁ、言いたいことは分かるけど」
手を出さない代わりにそっぽを向くアリアーヌ。絡めた腕をアリスンから離しては、初めからそうと決めていたようにニーナの隣へと腰を下ろす。
「アリアーヌ様……」
「ニーナは心配しすぎ。いい? 何かあったら私がドカン! 爆発四散で木っ端みじんの大団円なんだからっ。ねっ?」
アリアーヌの見せる優しい眼差し。ニーナは思わずその鼓動を強くする。
「それに馬頭も犬頭も熊頭も。ネズミとウサ耳はよくわかんないけど……きっとニーナの力になってくれるだろうし。それに……私もね」
「アリアーヌ様……」
照れくさそうに顔を見合わせては、それでも視線を逸らさないニーナとアリアーヌ。
「まっ、僕が含まれてないのはそれだけ頼れる相手が多いということで」
――心温まる光景。クロナはいつまでも眺めていたくなるような気持ちを抑えて、機を見るように仕切りなおす。
「話を戻すことになるけど、ここからは一ギルド単位でも手に余る話になってくると思う。それはこの場に第六王女が当事者として居合わせている必然性から考えても――例え最善を尽くしたところで、その影響が国家間にまで波及してしまうことは避けられないと思う」
「よくわかんないんだけど、私は別に何か特別なことをしようってわけじゃないんだけど?」
「それを僕らが尊重しても、その周囲が許容するとは限らない。極端な話をするなら、この場にアリアーヌの意思は介在できない」
「はぁ? 何それ。気持ち悪いを通り越して普通に気分悪いんだけど」
「うん。僕もその通りだと思う。だから僕らは第六王女としてのアリアーヌではなく――ただのアリアとしてこの件に介入すべきだと思う」
「それって……一体何がどう違うわけ?」
「意識の転換、優先順位の入れ替え。この現状を現状足らしめている前提を覆す。大局的観点を捨てて、この大局を作り上げた何者かの目の前で局所的な勝利を狙う」
「全然意味が分かんないんだけど」
「ワンッ! 要約するにもう勝てないから好きにするということですね」
「ええっ!?」
「クロにゃあ。結局にゃあたちはこれからどうなるのにゃあ?」
「それを今知っているのはこの大局を作り上げた張本人と……おそらくこの場に僕らを動かしたエヴァぐらいだろうね」
「クロにゃあにも分からないことがあるんだにゃあ?」
「うーん、見当はつくけど憶測の域を出ない。つまり分からないってことだけは確かに分かってるんだけどね。とにかく今後はアリアが彼女たちをどうしたいかによって――その目的も趣旨も変わってくる」
「また私に丸投げ? ……勝手に負けといて先頭に立てだなんて、ホント牛頭よね」
「代わりは出来ても適任なのはアリアだけなんだ。正直、この場に居合わせたのがアリアじゃなかったら僕はお願いしていないよ」
「ふーん? まっ、勝手に私のことを買うのはアンタの勝手だけど? まぁ、今回は私も思うところがあるし……その口車に乗ってやるのもいいかもね?」
「ありがとう。これからもしアリアが何を成すとしても――僕はアリアの願いを叶えられるように尽力するよ」
「にゃあもだにゃあ! アリアーヌ様っ!」
ニーナの声に続くマスコットたちの賛同、しかしそれだけでは終わらない。
「殿下。私も微力ながらご協力させていただきたく思います」
「アリスンだけじゃなくて私たちもお願いします!」
「「お願いします!」」
初めはアリスン一人から――そしてそれは次第に彼女たちの総意へと変わっていく。
「まったく……ホントに仕方ないんだから。でも、ふふっ。うん。まかせなさい? 問題なんて私の拳にかかれば、この通り! 一撃爆散よ!」
勢いよく立ち上がっては、座っているアーノルドめがけて華麗な拳の連打を披露してみせるアリアーヌ。その全てを綺麗に手の平で受け止められては、いつしかの再現のようにクロナへと向けてほんの数歩で飛び上がる――。
「エクスプロージョン!」
「おお……」
小さな爆発に遅れて湧き上がる周囲の歓声。そしてニーナから漏れるまたという声。
「クロにゃあが焼肉ににゃってる……」
ゴロゴロと地面を転がっては、ピタリと止まる黒焦げのクロナ。満足気なアリアーヌは大森林を指さしては仁王立ちする。
「牛頭! 私決めたわ!」
そしてアリアーヌはどこまでも真っ直ぐな目をして言い放つ。
「帝国のバカを殴ってエルフみんなと友達になる――!」
「それなら目指すべきは連合国かな」
クロナは九十度回転した視界をそのままに、その清々しいまでの宣言を後押しする。
「なんだかよくわかんないけど顔を洗って待ってなさいよ! このアリアーヌがどこまでも曲がったその根性――叩いて叩いて、叩き潰してあげるんだからーっ!」
ギルド『夢の国』総勢八名。第六王女アリアーヌ・デュムーリエ改め、ただエルフと仲良くしたいアリア。そしてアリスン率いるエルフ十六名――。
帝国のバカを殴ってエルフ全員と友達になるべく、連合国行きがここに決定した。
アリスン(・アーノルド)=煌びやかな金髪に翠色の瞳を持つ端整なエルフ
ソフィー(・アラール・デキシュ)=アリスン率いる十六名の内の一人




