12 後ろ向きエルフと前向き少女
「ハハッ」
全身を黒い外套で覆った、見るからに怪しげな集団が大森林から姿を現したのは、それからほどなくしてのことだった。
「ヒヒーン?」
統率の取れた動きで半円状に広がっていく黒装束の集団。その総数は見えている限りで十六名……とこちらのほぼ二倍ながらも、そこから進み出てくるのはその中央からの一名のみだ。
「グルルルル……」
呼応するように横からアーノルドさんが歩み出ては、あくまでも相手との直接的な衝突を避けるように低い唸り声を上げては威嚇する。
しかし止まらない黒装束の集団。その場で立ちはだかるように足を止めたアーノルドさんに対して、進み出た一名を軸に広がった集団は、二人を中心に囲い込むようにしてその輪の半径を徐々に小さくしていく。
そしてアーノルドさん目掛けて相手が踏み込んだその瞬間――。
誰よりも早くその火蓋を切ったのは、黒装束の集団でもなければ渦中のアーノルドさんでもない。
こちらの背後から飛び出してきたおまわりさんと、ほぼ同時に横並びの列から飛び出したサラブレッドさんだった。
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「エヴァのやつ……」
上空を赤黒く染める凄まじい爆炎に、その余波として空間を大地ごと揺らす衝撃の波。鳴り響く爆音と共に打ち下ろされる爆風が背後の馬車を揺らしては、繋がれた馬が今にも走り出しそうなところを先頭のニーナさんが何とか引き留めてくれている。
「わっ――! 私じゃないわよ!?」
爆発を前にあたふたと走り寄ってきては、自身の潔白を訴えるアリアーヌ。
分かっているとその肩に軽く触れては、目の前の現状にどう収拾つけるべきかと渦中の栗を拾うべく歩み出る。
「助かりました。我が友サラブレッド」
「ヒヒーン?」
黒装束の集団――総勢十六名を一か所に集めては、その周りを取り囲むのはアーノルドさんとおまわりさんにサラブレッドさんの三名。
こちらに気を利かせてくれたのであろう。意識を失っている十六名を前に、あくまでも王国の一ギルドマスターとして対応すべきなのか、それともエヴァから直接依頼を受けた一マスコットとして現状に対処すべきなのかを頭の中で推し量る。
ここに至るまでの経緯……。足踏みすること自体はさほど問題ではないとしても、それでも早いに越したことはない。適切な判断が求められる中で、不明瞭な点が多すぎるというのも考え物だな……。
「わっ。わーっ! 私初めてエルフって見たかも! ねね、触ってみてもいい!?」
非常に厳格な問題を抱える種族を前にしても、ただ珍しいものは珍しいとして純粋な好奇心を隠そうともしないいつも通りのアリアーヌ。
そういえばと今回の視察団の代表はアリアーヌだったなと思い出しては――難しい問題は後回しにして――とりあえずと目の前の比較的小さな問題から片付けていくことにする。
「うーん、アリアーヌは自分が眠ってる間に勝手に自分の体を触られたらどう思う?」
「えっ? そんなの普通に爆発四散させるけど」
「なら今のアリアーヌは爆発四散一歩手前ってことだね」
「え? あ、でも、その、うん、まぁ、そっかぁ……」
残念そうに肩を落としては、顔を俯けるアリアーヌ。
「でも絶対に触らせないってわけでもないだろうし、目を覚ましたら折を見て直接本人に聞いてみるといいよ。きっとアリアーヌの対応次第では触らせてもらえるんじゃないかな」
「でもエルフって人間のこと嫌いなんでしょ?」
「それは、まぁ、うん。否定し辛いところだけど、逆にアリアーヌはエルフのことをどう思ってる?」
「え? よくわかんないけど……」
アリアーヌはひとしきり考えては、考えるまでもなかったなとすぐに答えを出す。
「別に嫌いじゃないと思う。そもそも今日初めて会った相手を嫌うとか意味分かんないでしょ」
アリアーヌはあっけらかんと言う。ただそれは大多数を常識とするなら……いや、この場での大多数は明白だった。
「ワンッ! 流石は我らがアリアーヌ様ですワンッ!」
「ヒヒーン?」
「え? え? 何? 私何か変なこと言った?」
「いや、ただアリアーヌがそう思っているのならきっとエルフとも仲良くなれるんじゃないかなと、そう思ってね」
「そ、そう? でも私エルフ語なんてしゃべったことないんだけど」
「あぁ、それならきっと大丈夫。帝国語は勿論。話してくれるかは分からないけど……たぶん王国語も堪能だろうからね」
「へ? なんで? え?」
「まっ、何はともあれ。僕もアリアーヌの意見に賛成として……みんな。そういうことだから、一応覚悟はしておいてね」
視線を送ってはまるで動じないマスコットたち。返される沈黙はどこまでも心強い。
「え? 覚悟? え? 何? 何の話? 何なの? え? ねえ。ちょっと。犬頭。この牛頭は一体いま何の話をしてるわけ?」
「ワンッ! 要約するに入国審査といったところでしょうか。彼女らは違法な入国を経て、正式に王国へと亡命、またはアリアーヌ様の庇護下に入られたと考えるのが簡単でしょう。しかしその大胆な決断たるや……このおまわり感服いたしました」
「え? そ、そう? まぁ、よくわかんないけど……。熊頭はいいの?」
「グルルルル……」
「いや呻き声あげられても分かんないから」
「ハハッ」
アリアーヌの声に一斉に頷くワスコットたち。
「まぁ……別に、いいならいいけどさ」
アリアーヌはどこか照れくさそうに視線を逸らしては、頬をほのかに赤くする。
「さて――今後の大まかな方針としては、いまアリアーヌが示してくれた通り。今後の事細かな内容については、次の街で他のみんなと詰めるにしても、エルフ帯同で入れるほど優しくはないだろうし……何よりも彼女らの誤解を招きかねない。上の反応を待つ意味でも視察団の予定はキャンセルして、今日はこのままこの場所に留まろうと思うのだけれど、みんなはどう思う?」
「ええっ! い――」
「ワンッ!」
「ヒヒーン?」
「グルルルル……」
「ハハッ」
「い……?」
「い――いい、いいいいやじゃないわよ! ああもう! 絶対明日の朝ごはんで後悔させてやるから! この牛頭!」
ぷいとそっぽを向くアリアーヌ。
「え? 僕だけ?」
「ワンッ! 羨ましい限りですな。クロナ殿」
「ヒヒーン?」
「グルルルル……」
「ハハッ」
そしてアリアーヌは一人、頬を膨らませては問答無用と大股で馬車へと戻っていく。その背中を静かに見送っては、残ったマスコット同士でそろそろと顔を見合わせる。
「監視の目はどうされますか?」
「いま潰したところで結局帝国への報告の形が変わるだけだと思うけど……仮に潰した場合に得られる利点といえば、エルフの生存をある程度隠しておけるってことぐらいかな」
「しかしそれは王国にとって利益が少ないという意味で、逆に損失にもなりかねないかと」
「それは王女様の意向に反するだろ」
重低音に目を向ければ、最もなことをいうアーノルドさん。
「あくまでも便宜上の話です。私もアリアーヌ様の意向はとても好ましいものと思っています」
「どちらにせよ、自分たちの手で扱いきれるカードじゃない。エヴァならあるいは……とも思えなくもないけど――帝国がここまでの捨て駒じみた強硬策に出る以上、今から後手に回るのはあまり好ましい展開じゃない」
「あくまでもこれは私の予想ですが……アリアーヌ様は今後連合国を目指されるべきかと」
「べき? また妙な言い回しをするね。おまわりさん」
「クロナさんの方からそれとなく誘導してもらえると助かります」
「何か考えが?」
「ことが起こった際に最も自由に動けるのが連合国かと」
「こと、ね。うーん……どうだろう。確かに最終的な目標としても、エルフとの折り合いという意味でも必然的にそうなるだろうけど……王国から離れるのは少し危険度が高い気も――っと」
微かな音に足元の一団へと目を向ければ、一人のエルフがどこまでも虚ろな目でこちらを見上げている。
『何で……生きて……』
「あー、ええと。『僕の名前はクロナ。話の前にまずはご飯かな』」
エルフ=連合国出身




