10 第六王女アリアーヌ・デュムーリエの拳
「というわけでギルド『夢の国』は、第二王女エヴァ・クラーリ殿下からめでたく初依頼を受けることになりました」
「何がというわけよ!」
ギルドホールを内から揺らす少女の声。アリアーヌ・デュムーリエは言うが早いか、見事な回し蹴りをクロナへと向けて披露する。
「ちょっ――! ちょっと! 何で邪魔すんのよ!」
間一髪、二人の間に割って入るのはアーノルド。そして蹴りを真っ向から受け止められたアリアーヌはというと、これまた言うが早いか――感情の赴くままにアーノルドのその下段へと今度は逆回転で足払いを披露する。
「ちょっ! なっ、何なのよこいつ!」
防御すらしないアーノルド。それでも微動だにしない巨体を前に、アリアーヌは果敢にも連続攻撃を仕掛けていく。
「こっ――! このこのこのこのこのこのこのこのこのこのこのーっ! ッチ――! エクスプ――!?」
室内で爆発はまずい――クロナが踏み出そうとしたところで、音もなくアリアーヌの背後から伸ばされる手。その口を優しく塞いだサラブレッドによって、主にギルドホールの危機はまたもや間一髪で回避される。
「――! ――!」
サラブレッドの手の中でじたばたと元気に暴れるアリアーヌ。すぐに解放されては、サラブレッドの鼻先でその鉄拳が空を切る。
「なんなのよこのギルド!」
どこまでも腑に落ちない様子のアリアーヌ。そこにクロナが見計らったように進み出ては、静かに膝を折ることでその視線を正面からまっすぐに捉える。
「な、何よ……」
「アリアーヌ殿下」
「何よ!」
ほとんど反射的に、クロナへと向けて一挙動で突き出されるその拳。再びアーノルドの手によって防がれては、また振り出しへと戻りそうになる。
致し方ない。クロナは意図してその呼び名を呼ぶ。
「アリア」
「っ――だ・か・ら! 私をそう呼ぶなって言ってんのよ!」
アーノルドへと逸れかけた意識を強引に自分へと繋ぎとめるクロナ。アーノルドに腕を掴まれたまま、力任せに暴れ続けるアリアーヌを相手に、クロナは二、三発いいのを貰いながらもそれでも諭すようにその名前を呼ぶ。
「アリアーヌ」
「うっさい!」
「第六王女アリアーヌ・デュムーリエ殿下」
「うっさいって言ってるでしょ!」
追加で更に数発いいのを貰うクロナ。ここで引くわけにはいかない……。
「これは依頼で――我々は、断ることも出来るんです」
「っ……は、はぁ?」
アリアーヌの手足がそれでピタリと動きを止める。その顔に浮かぶのは困惑というよりかはどこか呆れたような、同時にあり得ないものでも目にしているかのようなそんな雑然としたものだった。
「依頼は引き受けた以上、全力で達成するべくギルドは行動します。しかしそれが自身の、ひいてはギルドの手に余る案件だと判断した際には、これを断るのもまたギルドマスターである自身の役目なのです」
「……あんた、ちょっと師匠と顔なじみだからって調子に乗ってるとその牛頭吹き飛ばすわよ?」
「言った筈です。我々は全力で行動すると。仮にこれから私が話すことをすべてお聞きしていただいた上で、それでもまだ自身のこれからにご納得できないというのであれば……それもまた致し方のないことでしょう」
「言ったわね? 私は必ずアンタの頭を吹き飛ばす。一回受け切ったぐらいで図に乗ってるみたいだから言っておくけど、あれが私の全力だと思っているのなら大間違い。死なないように手加減してやってたってことを、身をもって分からせてあげる」
どこか勝ち誇ったように笑うアリアーヌ。クロナも少女が感情にどこまでも素直だからこそ、表立つ言葉もまた真実以外のなにものでもないとすぐに理解する。
恐らく説得に失敗すれば今度は黒焦げでは済まないだろう。数分後、もしく数秒後の自分が消し炭にならないことを祈りながら、クロナは静かに覚悟を決めた。
「殿下のお言葉、このクロナ肝に銘じておきます」
「無駄口叩く暇があるならその舌引き抜かれない内にさっさと話せ」
「分かりました」
折った膝を元に、くるりと回転しては元の位置へと戻るクロナ。そうしてギルドホールに勢ぞろいしたギルドメンバーたちを前に、クロナはそれではと場を仕切りなおす。
「改めまして。もうみんな何となく分かっていると思うけど、今回第二王女から受けた依頼は、第六王女――アリアーヌ・デュムーリエ殿下の護衛です。諸国を見て回りたいというアリアーヌ殿下の意思を汲む形で、第二王女エヴァ・クラーリ殿下がその名目として与えてくださった王国国内の視察をお手伝いします」
「ワンッ! 質問いいですか?」
その場から一歩進み出ては挙手するおまわり。
「はい、どうぞ。おまわりさん」
「失礼ながら。それは今のアリアーヌ殿下のお姿を拝見する限り、その意思に反しているように思えるのですが?」
「その通りです。完全に、とは言わないまでもそれはそぐわないものです。ただ同時にこれは第二王女エヴァ殿下からアリアーヌ殿下に課された、一種の試練でもあると私は考えています」
「ワンッ! どうやらエヴァ殿下とクロナ殿の関係性をまずはお聞きした方がよろしいようですね」
「はい。私とエヴァ殿下の関係性を簡単に説明すると……前勇者パーティー時代の知り合いといったところでしょうか。勇者パーティーとして王城を幾度も訪れるうちに、エヴァ殿下がその場に同席しているだけのマスコットであるこちらに興味を持たれた。また同時に立場ある者として、同席しているだけの自分自身とその境遇を重ねたのが始まりだった――と、本人からは聞いています」
「ちょっと……師匠の元恋人とか言わないでしょうね」
「お互いに立場は弁えています。そしてアリアーヌ殿下の師匠とそれなりに付き合いの長い自身が思うに……エヴァ殿下は意味もなくアリアーヌ殿下の意思に反するような行いをなさるとは思えません」
「つまり……その行いには何か意味があると、そうクロナ殿はお考えなのですね?」
「はい。ただそれが何かまでは分かりませんが……殿下本人が話されなかった以上、それはまだ可能性の域を出ないのか、はたまた今回の依頼がその試金石であり、今後の指針に成り得ると判断されているのか。ただ一つだけ言えるのは、エヴァ殿下がそうしなかったということは、そうはできない何らかの事情がそこにはあったということです」
「なるほど。では今回エヴァ殿下がそれでもと依頼されたということは――その理由もまた然りということですね」
「はい。何かあるのは明白です。心当たりということであればアラクネの一件ですが……勇者パーティーを間近で見てきた私の個人的な見解からして、あの程度の脅威に勇者パーティーが全滅するとは思えません。恐らく勇者パーティーは蜘蛛とはまた別の何かに……いえ、これ以上は余計な憶測を生むだけですね」
「クロにゃあ……王国は大丈夫にゃのかにゃあ?」
そのひらひらとした服の裾を両手で握りしめては、今までにない不安をのぞかせるニーナ。
「心配ないですよ」
クロナは努めて明るい口調で断言する。
「そのためのエヴァ殿下です。そしてその行方はもしかしたら……今正にアリアーヌ殿下の肩にかかっているのかもしれませんね」
「うっさい……うっさいっての……ホント……」
アリアーヌはそれまでの勢いを削がれたように、斜め下へと視線を逸らす。そしてクロナもまた、牛頭の下でアリアーヌ同様その視線を逸らしていた。
やり方としてはかなり、いや正直やり過ぎている……。ただそこにエヴァの思惑が絡んでいる以上……やらないという選択肢は今のところない。
「さて、どうされますか? アリアーヌ殿下」
クロナは酷だと感じながらも、王族としての責任感を刺激するように急かす。
「うっさい……。ちょっと今考えてる」
「ではそんな殿下の背中を押す一言を私から。この依頼を受ければきっと、殿下の望むような、そんな強敵に出会えると思いますよ」
――アリアーヌの反発する理由。
それはエヴァ曰く、アリアーヌ自身のどこまでも純粋な強さに対する探究心からくるものだという。そして先代勇者パーティーという個人の頂点がいなくなった王国では、もうこれ以上強くなれないと、そうアリアーヌは思っているらしい。
そんなアリアーヌが結果として国外にその希望を見出したのは、当然の流れだったのかもしれない。
しかしアリアーヌには立場がある。第六とはいえ、仮にも王女であればそうそう自由の利くものではない。思い通りにならない毎日。周囲に当たることでしか、その鬱憤を晴らせなくなってしまったのだろう。
そこにマスコットとはいえ、勇者パーティーの唯一の生き残りであるこちらが顔を見せればどうなるか……。
アリアーヌ自身、それで解決するとは思ってはいなくとも、色々と思うところがあったのだろう。
結果として先日の行為に走ったとはいえ、アリアーヌはどこまでも真っすぐに、だからこそ今もこうして必死に頭を悩ませているのだろう。
――アリアーヌは王族の一員でありながら、一人の少女でもあるのだ。
エヴァは厄介払いだと茶化していたが、それもまたエヴァなりの優しさであり――同じ王族として生きていかなければならないアリアーヌに対して――こういう生き方もあると、依頼という形で指し示してくれているのかもしれない……。
「それは……」
おもむろに視線を上げるアリアーヌ。
「あながち、嘘じゃなさそうだから……今回だけは、その。口車に乗ってやってもいいけど」
それはギルド『夢の国』における初の依頼が決まった瞬間だった。
「ありがとうございます。殿下」
「うっさい。あと私はアリアーヌだから。つぎ殿下って呼んだらその牛頭、蒸発させるから」
「承りました。アリア」
「そっ――その名前で呼ぶなぁっ!」
いつかのようにまた下から飛んでくる少女の拳――。
宙から見下ろしたギルドホールは、いつからか和やかな雰囲気に包まれていた。
アリアーヌ・デュムーリエ=王国の第六王女、赤毛、自由奔放




