激闘! ポッキーゲーム
「コウ、今日は毎年恒例のポッキーゲームをしようよ」
放課後の教室で、俺にそう話しかけてくるのは花も恥じらう女子高生。幼なじみでクラスメートの宮本美咲。
黒髪ポニーテールと凛とした佇まいの、大和撫子という言葉が良く似合う美少女だ。
「おお、ついに今年もこの時期が来たか」
「ホントはポッキーの日にしたかったんだけど、しばらくどの店も売り切れだったからね」
まったく日本人ってミーハーなんだから、とか言いながら、美咲はやっとこ仕入れた赤いポッキーの箱を俺の目の前で振ってみせる。
「まあ、ポッキーゲームはいつでも出来るから構わないが、どこでやる?」
「ウチでやろうよ。今日は親がいないから、思いっきりできるよ」
「そうか。じゃあ、カバンを置いたらすぐお前ん家行くわ」
「うん。先に帰って待ってるね」
そう言って、ポニーテールを揺らしながらパタパタと教室を出ていく美咲を俺は見送る。
なんか、男子クラスメートの視線がグサグサドスドス刺さって来るような気がするけど、気のせいか?
*
俺こと佐々木光治郎と、宮本美咲は隣同士に住む幼なじみ。
物心ついた時から一緒にいる、気心知れた間柄である。
俺と美咲は10歳くらいの時から、毎年この時期になるとポッキーゲームをする事に決めていて、かれこれ7年くらいやってるけど7戦7分け。全て引き分けに終わっている。
だけど、俺は心に決めた事がある。そのためにひそかに修練を積んできたし、今年こそは美咲に勝ちたい。
ポッキーゲームに勝つことができたら、俺は美咲に愛の告白をするんだ。
美咲の家は剣道一家で、家業は道場を営んでいる。
美咲の実家の離れにある剣道場で、黒一色の胴衣と袴を身に付けた俺は、白い胴衣と紺色の袴を纏った美咲と対峙する。
まずは中央の神棚に一礼し、正面を向いて互いに礼。
そして、俺と美咲は手のひらサイズの赤い箱から、チョコポッキーをすらりと抜き放ち、それぞれ構えた。
「イヤァーッ!」
まず仕掛けて来たのは美咲。上段の構えからいきなり渾身の一撃を繰り出してくる。
俺はそれをポッキーでいなしつつ、返しの突きを放つ。だが、美咲に体捌き一つで軽くかわされた。
ヒュ、ヒュンッ!
美咲は頭と胴を狙った二連撃を放って来る。すかさず俺はそれらを受けて弾く。
俺はいったん体を離すと、再び美咲と向かい合う。
擦れあったポッキーから漂う、チョコレートの甘い香り。
昨年までだったら、二、三合打ち合ったところで互いのポッキーが折れていたはず。
そして今年は、今の攻防で美咲のポッキーが粉々に砕ける予定だったのだが。
「コウ……、あなたもポッキーに『気』を通せるようになったの?」
「お、分かるか? その通りだ」
ヴゥゥン!
俺がポッキーの柄を握る手に力を込めると、青白い闘気が得物を覆う。
俺がこの一年で編み出した、ただのスナック菓子でしかないポッキーに、鋼鉄並みの強度を付与する技。
名付けて、必殺『オーラポッキー』。
技名が厨二っぽい? 余計なお世話だ。
ん? 美咲のやつ、『あなたも』って言ったか?
「じゃあ、私の技も見せてあげるね」
キィィン!
美咲は中段に構えると、鮮やかな桃色のオーラをポッキーに纏わせる。
さすが、俺の幼なじみ。考える事が一緒だな。
オーラも女の子らしくかわいい色だ。……いや、これは?
「どう、私の気の色は? チョコポッキーがイチゴポッキーに見えるでしょ」
「マジか」
まさか、自分のオーラでイチゴポッキーを再現するとは。
これは一本とられたな、剣道だけに。いや、ポッキーだけに?
「『縮地』」
フォン! ガキィン!
一瞬で間合いを詰めた美咲の面打ちを、俺はとっさにポッキーで受ける。
「うわっと、危ねっ!?」
「油断大敵よ!」
さらに縦横に繰り出される斬撃を、ポッキーの刃を立ててかろうじて止める。
「くっ……、でりゃあっ!」
「『陽炎』」
俺はズバッと美咲の胴を横に薙いだが、斬ったのは残像だけで、スッと姿がかき消える。
瞬間、背筋に走る戦慄。
美咲が暗殺者みたいに、背後の空中からポッキーを突き下ろす攻撃を仕掛けて来た!
ズドンッ!
俺はとっさに前方に飛んで受け身を取る。
「えっ、抜けない!?」
美咲のポッキーが床板に突き刺さってしまい、俺は一瞬の隙を見て取った。
「好機ッ!」
俺はすぐさま反転し、地面を蹴って美咲に迫る。
「どおりゃあっ!」
俺のポッキーが、青白い光芒を描いて美咲の頭部を捉える。
取った!
ガキィン!
金属が交錯したような音が響き、火花が散る。
しかし、美咲の右手のイチゴポッキーは床に深々と刺さったまま。
「……なあ、それはズルくねえ?」
俺の刃を止めたのは、彼女の頭上。その左手にはナッツが散りばめられたアーモンドクラッシュポッキーが握られていた。
「ズルくないわ。もともとウチの流派は『二刀流』、むしろこれが本来あるべき姿よ」
宮本美咲は悪びれずにそう言って、右手は上段にチョコポッキー、左手にはアーモンドクラッシュポッキーを正眼に構える。
ならばと俺も対抗して、右手にポッキー、左手にトッポを構えるが。
「それは反則よ」
「それもそうだな」
俺は、ボリボリとトッポを食べる。
ポッキーゲームはあるけど、トッポゲームは無いもんな。
「テヤァーッ!」
「おおおおっ!」
ガガガガガガガッ!
俺と美咲は、試合場の中央で激しく打ち合う。
美咲のアーモンドクラッシュポッキーからアーモンドの破片が飛び散り、俺の頬を掠めて血の筋を刻むが、それに怯んでいる余裕などない。
「おらおらおらおらーっ!」
「二天一流、水の太刀『玄武』!」
2本のポッキーによる絶対防御で、美咲が俺の連続攻撃を全て弾くと、俺はたたらを踏んで体勢を崩す。
まずいっ!
「もらったわ! 二天一流、火の太刀『朱雀』!」
ゴオウッ!
美咲は、燃え盛るオーラと裂帛の気合とともに、2本のポッキーを同時に叩きつけて来る。
これをまともに食らえば、俺のポッキーが折れる!
そう判断した俺は、ポッキーを引いて手首で美咲の一撃を受けた。が。
ゴキッ……!
「がっ!?」
鈍い音が身体に響き、俺は手首がへし折れた事を知る。だが、俺はすぐさまポッキーを左手に持ち替える。
美咲は一瞬表情を曇らせるが、すぐに二刀の構えを取り直す。
「コウ、あなたの負けよ。利き手を失っては、もう勝ち目はないわ」
「まだだ。手首が折れても、ポッキーは折れてねえ。むろん、俺の心もな!」
激しい痛みに襲われながらも、俺は左手一本で美咲に立ち向かう。
しかし!
「二天一流、地の太刀『白虎』!」
バキーッ!
「ぐあーっ!?」
美咲の鋭い突きが俺の左腕を捉え、残った片方の手の骨も折られてしまう。
得物を取り落としてうずくまる俺に、美咲は。
「コウ……、もうやめよう? これ以上は、あなたをただ傷つけるだけになってしまうわ」
「いや、まだだ……! まだ俺は負けちゃいない……、両手がダメでも、まだこの手がある!」
俺は、床に落ちたポッキーを口にくわえて、美咲を見据える。
ああ、そうだ。いつも、お前は俺の先にいる。
剣道の大会で俺が地区優勝をすれば、お前は県優勝。
俺が県で優勝をすれば、お前は全国制覇を成し遂げる。
思えば俺は、ずっとお前の後を追いかけていたかもしれない。
お前は俺の目標で、俺の憧れで……。
「だから、ポッキーゲームだけは、絶対に負ける訳にはいかないんだよ!」
「くっ!?」
俺はがむしゃらに首を振り、口で構えたポッキーで斬撃と突撃を浴びせかける。
俺のなりふり構わぬ攻撃を読み切る事ができないのか、美咲は防戦に回っている。
「コウ! どうして、それでそんなに戦えるの!?」
「分からん! でもなんか、ポッキーゲームは口にくわえた方がしっくり来る!」
なぜだろうな?
「二天一流、風の太刀『青龍』!」
ババババババババッ!
龍が舞うような、美咲の美しくも激しい連続斬り!
だが俺は、デンプシーロールの動きでそれらを受ける。
反動で俺のポッキーからチョコレートが剥がれ落ち、まるでプリッツのようになってしまったが、何とか全て凌ぎきった!
「『つばめ返し』!」
ガッ!
俺は、振り下ろしと斬り上げを同時に叩き込む技で美咲の手からポッキーをはね飛ばす。
しかし、怯むことなく美咲は跳躍し、空中でポッキーをつかみ直すと。
「これで最後よ! 二天一流奥義、空の太刀『麒麟』!」
天駆ける神獣のオーラを纏い、美咲は天空から大いなる一撃を放つ。
だが。
「ポッキー一刀流、最終奥義……」
ズバッ!
「『冬の煌』」
俺はくわえたポッキーで居合い斬りを放ち、美咲が持つ二刀のポッキーを断ち斬った。
*
「うわああああーん!」
戦い終えた剣道場の真ん中、美咲は座り込んで大声で泣く。
俺も美咲の隣に座り、落ち着くのを待つ。
こいつの泣き顔を見るのは、十年ぶりぐらいだな。
「なんで、コウが勝っちゃうのよー!」
「あ? なんでって言われても、今回ばかりは俺も負けるわけにはいかなかったんだよ」
そんなにポッキーゲームで負けたのが悔しかったのか?
しょんぼりとうつむく美咲に、俺は。
「好きだ、美咲」
「……えっ?」
「ずっと前から、女の子として好きだった。これからは幼なじみとしてだけじゃなく、恋人として付き合ってくれないか?」
俺は美咲の瞳を見つめ、ありったけの気持ちを伝える。
「な……、なんで、コウが告白するのよー!? ポッキーゲームで勝ったら、私が告白しようと思ってたのに……」
美咲は顔を真っ赤にしながら、俺の肩をポカポカと叩く。
そうか、お前も俺と同じ気持ちだったんだな。
さすが、俺の幼なじみ。考える事が一緒だな。
「で、返事は?」
「いいに決まってる」
分かっていたけど、それを聞いて俺はホッとする。
すると。
「痛てててててーっ!」
「ど、どうしたの、コウ!?」
「両手の骨が折れていたのを忘れてた……」
美咲はあわてて副え木と包帯で、両手をぐるぐる巻きにしてくれる。
さすが道場の娘、手際がいいな。
「だけど、これじゃポッキーも食えやしないぜ」
「大丈夫よ。私が食べさせてあげるから」
美咲は赤い箱からチョコポッキーを取り出し、パクっと自分の口に入れる。
おいっ、と思わずツッコみそうになったが、美咲は俺に向けて「食べる?」とばかりにくわえたポッキーを突き出して来た。
俺たちがポッキーゲームの本当のルールを知るのは、後の話。
俺は美咲と一緒にポッキーを両端から食べ進め、そのまま止まる事なく唇を合わせた。
おしまい