悪役たちの嗜み
私はサブキャラである。悪役令嬢ですらない。ただのサブのサブだ。そしてこの物語でいえば第一王子もまたサブキャラである。
この乙女ゲームは第三王子と恋に落ちるパターンが一番人気だった。ゲームのパッケージも第三王子が表紙だった。
そして第三王子は最後王位を継承する。第一王子が不慮の事故で死ぬからだ。
「何やってんの?」
自分の身体がびくっと跳ねたのがわかった。第三王子ハウルとヒロインのメロの恋路を中庭の影から見ていたからだ。順調だなぁと。リアル乙女ゲーム現場に感動していた。
転生しても至って平凡でなんの特徴もない多少爵位のある家の娘に生まれた私は、すっぱりヒロインになるのは諦めてたまぁーにゲームの進み具合を眺めていた。
だからこの人は第一王子で、よくよく考えれば第三王子よりよっぽど警戒しなければいけない相手だということをその時の私は忘れていた。
「順調かなと。」
「私の弟の失態をかい?」
「失態……?弟?」
振り返って土下座しそうになった。この世界に土下座なんて文化はないから通じないだろうけど。
「ルーク殿下。」
「君は他の令嬢と違って二人を応援しているのかい?」
「いや、その、」
第一王子が二人の恋路を応援していないのは有名だ。てか9割は応援していない。ゲームのメインキャラでヒロインを好きな男達しか応援していない。そもそもメロ以外うちの学校には平民がいない。
「私は反対だよ。」
「そう、なんですか。」
殿下の登場にうんとはいしか言えなくなった私は、二人の様子なんて気にも止められずここから逃げることしか考えていなかった。
「あの、」
「ん?」
「なんで反対何ですか?」
「私が死んだら誰が王になるんだい?第二王子がいない状況でハウルしかいないだろう。妻があんな娘なんて、ただでさえ今は貴族たちの派閥が安定していないのに余計な波紋を生むようなこと……頭が痛くなるよ。」
自分が死んだ時のことを考えているらしい。事実。私が知る未来は貴方が死ぬのだけど。その先のこの国がうまく進んでいったのかなんては知らない。ゲームは二人が結ばれたところで終わっているからだ。
でもよく知らない私でも。何だがポツリと声が漏れた。
「ルーク殿下が死ななければ良いと思いますけど……、」
目を見開かせて言われる。
「私だって自らは死なないよ。」
「……そうですね。」
「死にたいとは思わない。」
数秒の無言。耐えかねて声を出す。
「自分が死んだら何も分からなくなると思います。」
「私もそう思うよ。」
「死んでしまったら、この国のことなんて知ったこっちゃなくないですか?」
なぜか驚いたように視線を合わせられた。そして。
「っふ、……まぁそれもそうかもな。」
そう言われた。コクリと頷くと。
「お前名前は?」
「ユウと言います。」
今日の無礼を知られたくなくて、誤魔化すように家名は言わなかった。
「覗き見もほどほどにな。」
ルーク殿下は大変真面目で、王になるにふさわしい人だ。国の利益を考え、隣国の姫と結婚することが決定している。第三王子にも攻略キャラにも勝るとも劣らない見た目をしていながら、心の悩みの一つも表情には出さない人だ。そして第三王子が憧れでありながら比較対象にされてネックに思っている人物であり、第三王子が本当の成長を遂げ王になるために死ぬ人でもある。
何だかなぁと思う。
二人の恋はまだ序盤だ。出会ったばかりだ。第一王子はライバルキャラとかそんな立ち位置ではないが二人の恋を邪魔する人間の一人で。この時、私はそんなストーリーを変えてしまったようだった。
「ルーク殿下ってどんな人?」
「どんな人って言われても、私が知るわけなくない?」
「まぁそうなんだけどさ。ハウル王子より殿下派って言ってたから理由があるのかなって。」
「え。単純に顔が殿下の方がタイプだからだけど。」
何だその理由は。
「あと剣術とか使えるのかっこよくない?」
「そんなの使えるの?」
「魔法もすごいんだよ。今日放課後模擬試合やるはずだから見に行く?」
どうするか迷ったけれど、なんとなく予定がないから同行した。そして体育館には山ほど女の子がいた。もうそれはそれはすごい数で殿下にキャーキャー言っていて耳が痛くなって見るのをやめそうになった。耳を塞ぎながら試合を見ていると。視線があった。
気がした。気のせいだと思うが。なんだか馬鹿にしたように笑ったような気がした。
「え、今こっち見たことない??」
ここら一体の女の子がキャーキャー言って倒れた。そこまでか。かっこいいとは思うけどさ。なんか変な感じ。そう思っていた。
そんなある日のパーティー。そこそこ爵位のある人間しか来れないやつで。スチルの一つである。第三王子がパーティーに来たことがないというヒロインを連れてくるのだ。私の予想ではきっとルーク殿下はまた頭を抱える。
なんかちょっと面白い。
他人事みたいに最初に登場したルーク殿下と隣の国の姫様を眺めていた。綺麗だなぁとか思っていたのも束の間、第三王子とヒロインが登場して殿下は姫様の手を離して周りの従者達に何かを言い始めた。苦労人だ。大変そうだ。
でもそんな時また視線があったのだ。えってなった瞬間。口パクで何かを言われた。
「ちょっとこっちに来い。」
なぜか分かってしまった。そして王族に従順なそこそこの貴族の私はずっこけながら慌てて殿下の元へ走った。そしたら女の扱いとか全然されず腕を掴まれて耳打ちされた。
「ユウお前多少魔法の成績が良かったな。」
異世界に来て興奮して魔法だけは頑張ったのだ。
「変幻の魔法で私になれるか?」
「え、」
「なれるかと聞いている。」
「い、1時間程度なら。」
「十分だ。変われ。私は貴族達の動揺を抑えに行ってくる。謝りにも行かなければならない。少しの間頼んだぞ。」
言われればいうことを聞くしかないのが凡人貴族というものなのである。男のダンスなどあやふやな記憶しかない中必死に踊った。頑張った。姫様にダンスの後にお礼に頬にキスをされて身体が停止した。同性なのに綺麗すぎて顔が赤くなってしまって、今日はおかしいわって微笑まれてしまった。
さすが殿下だ。全年齢対象の乙女ゲームの先をいっている。なんかいい匂いするし可愛いし。ドキドキしまくりで。でも疲れるし上手い返答も分からないしで、疲弊してダンスの後は適当な理由をつけてその場を離れてしまった。
疲れた疲れたと思った矢先。殿下は、殿下のはずなのに頭を下げていた。ダンスパーティーの見物の席。爵位の高い人物達の数人に、それでも殿下より下の人間のはずなのに頭を下げていた。弟がすまないと。悪役令嬢の父親に頭を下げていた。
私くらいにはわからない、上の上の貴族の世界にあるがんじがらめの何かに殿下は謝っていた。
「だい、じょうぶですか?」
「頭くらい安いものだ。いくら下げても何も失いはしない。」
ハンカチを渡すと受けとられて。それよりと話しを進められた。
「ダンスは大丈夫だったか?」
「な、なんとか。」
「ならいい。すまなかったな。あとで礼をする。これは後ほど洗って返すよ。汗をつけてしまった。」
そんなことはしなくていいと言って、ハンカチを返してもらおうとすると腕を掴まれた。
「お前が男だったらな。もっと勧誘しやすかったんだけどな。」
視線があった間の後。
「ユウ、許嫁はいるか?」
「いない、ですけど。」
「好きな男は。」
首を横に振ると。
「私の侍女にならないか?」
殿下は少しだけ自分語りをした。極度の人間不信であると。将来にあたりできる限り信用のおけるものをそばに置きたいと。
私は大した貴族の娘ではない。でも侍女をやるほど低い身分でもない。下から数えるよりは上から数えた方が高い身分ではある。でも王族の、しかもほぼ100%後継のこの人にそう言われたら、後継の兄様は立派に育っている私の家では、多分侍女になることは決定している。
「家には」
「まだ言っていない。ユウの意志で決めるべきだ。多分今の現状を見るに仕事は少なくはない。婚期を逃すかもしれない。ユウぐらいの家に生まれているなら決して良い条件でもない。」
なんだそれ。はいと言うなと言われてる気がした。
「なぜ私なんですか?」
平凡だ。物語の世界であるから特殊な能力を持った人間なんてたくさんいるのに。
「気が置けない相手だと思ったからだ。」
は?え?気が置けない?どういう意味だっけ。いい意味か。悪い意味か。対して頭がよくないからわかんないんだけど。
「つまり気に入ったということだ。」
「な、何をですか?」
「死んだ後のことを考えるのをやめられた。父にはもしもを山ほど言われたが、自分が死ぬもしもを考えるのはやめた。私がこの国を支えていくことを前提で考えられるようになった。お前のおかげだ。」
そんなことってあるか。覗き見のあの瞬間。たったそれだけで。
「自分が死んだ先は生き残った人間が考えるべきだ。そうだろ?」
「そう、だと私は思います。」
「だからお前が欲しい。私もお前の考えには賛成だ。」
「なら、なんでハウル王子のために頭を下げるんですか?」
ふって笑われる、また馬鹿にされた。なんとなく笑い方で分かってしまった。
「弟を助けるのが兄の務めだ。」
あぁこの人は温かい人なんだなと思った。まじめで優しい人なんだと思った。ハウル王子を怒鳴りながらそれでも見捨てず影では迷いなく助けられる人なのだと思った。
それを知ってしまったら、私の体は勝手に侍女になることを承諾していたんだ。なると決まったらルーク殿下は大変に厳しい人だった。温厚な性格とは裏腹に従者にはけして優しい人ではなかった。
「紅茶がまずい。」
「……入れ直します、」
こんなやりとり毎日だ。その度、入れてもらうばかりで紅茶なんか入れたことがないんだから仕方がないだろと言いそうになる。魔力を確かめられてよくわからない家庭教師に稽古をつけられるようになった。やり直しと何度も叫ばれて萎えている。
紅茶を出して文句を言われなくなったのが3ヶ月後。喜びに悶えてしまったのは言うまでもない。
「私の魔力瓶を渡しておく、」
「はぁ……」
「何かあったらこの魔力を辿れと言うことだ。」
「辿るってなんですか?」
「教師に聞いて勉強しておけ。」
はいしか言えないが何を言っているかわからない。魔力を辿る方法ってのを随分長い間苦労して憶えると、皆の違いを判断できるようになった。殿下の魔力量は多い。イラつくと色が変わる。ハウル王子のことになると色が変わることが多い。
「殿下。」
「ハウ」
「もう今日はその名を聞きたくない。」
そう言われてもと思いながら固まると。
「続けろ。今日は誰に謝りに行けばいい。」
「陛下に、」
「は?」
「陛下が勘当だと。ユリア(悪役令嬢)様の前でメロ様を婚約者にすると言った事実を聞いてしまったようで。」
「あの馬鹿、本当に」
救いようがない。そう顔に書いてあった。それでも重い腰を上げる殿下は、自分の父に頭を下げにいくようだった。
「貴様、それ以上ユリア嬢を侮辱するならば」
現場は今まさにだった。殿下が私の名を叫ぶ。え、いや。どうしろと。陛下が腕を上げてハウル王子を殴ろうとしている。私が魔法で止めたら侮辱罪で死刑だ。できることは。できる。飛び出して代わりに殴られた。魔法で抵抗もしなかったせいで身体が後ろに吹っ飛んで皆の目が点になった。
「父と子の問題に侍女風情が口を」
陛下の身体が停止した。結局死罪になりかけて惜しくも家柄に救われた。
「お前、リラントルの娘か。」
「そうですよ。父上。暴力に頼るのはおやめください。」
腕を持ち上げられて、横抱きにされる。そこまでしていただかなくてもと焦ると暴れるなと怒られた。
「ハウルのような馬鹿息子も考えものだが、お前のような計算ばかりしているのも癪に触る。」
陛下の舌打ちする姿はその綺麗な顔には似合わなかった。
「父上と陛下に何か関係があるのですが?」
「お前知らないのか。私の父とユウの父は親友だよ。この国に戦争が多かった祖父の時代に戦争で仲良くなったと聞いた。そしてお前の母が父上の初恋の相手でな、お前の容姿は父上にはよく使える。」
そんな事実知りもしなかった。まぁそりゃただ魔力量が多いからって侍女に誘われたりなんかしないよな。と謎に納得していると殿下は私を横抱きにしたのは見せるためだったと言うようにおろしてハウル王子を手当てしてやれと言った。
「怪我をした部分をお見せください。」
「なぜ兄上は好みの女を侍らせているのに何も言われず、たった一人の好きになった人を愛したいと言う私は殴られるんだ。」
治そうと近づけた腕を掴まれた。抵抗できないわけじゃない。殿下ならまだしもハウル王子に負けるような実力ではない。でも。王家に抵抗なんてものはできない。
「この女なんて、父上の妾の女にそっくりじゃないかッ!」
「何を言う。妾の女よりずっと父上の好みのはずだ。」
「っ……触るなッ、お前のような計算高い女が一番嫌いだ!」
え、えー……。手を振り払われてその場に立ち尽くすと殿下は行くぞと気にも止めていないようだった。
「殿下、」
「なんだ?」
「殿下は姫さまが好きですか?」
「……どうかな。そういうことは考えたことがなかったよ。」
なんだ突然と言われて。
「殿下はきっと正しいのです。でもハウル王子の方が人間らしい。」
「何が言いたい。」
「私は殿下が心配ですよ。」
なんだお前生意気だなと睨まれた。だってそうじゃないか。人を好きになってしまうのは仕方ない。ハウル王子が悪いわけじゃない。陛下が私の母を好きだったのも仕方がない。父上は聡明でとてもかっこいい人だから陛下にだって勝るのかもしれない。
でもそれを全部ひっくるめて利用しようとするなんて殿下は怖い人だ。優しいのに、怖くて。
攻略キャラたちとヒロインが学校のカフェでお茶を楽しんでいた。殿下に今日は大丈夫だと言われていたから友人と普通に授業を受けていたその日、関心がないわけではないに無関心のふりをして横を通り過ぎようとして声をかけられた。
「昨日の、」
一瞬自分が声をかけられていることに気がつかなかった。腕を掴まれて慌てて振り返った。
「侯爵の娘が侍女など聞いたことがない。」
ざわりとしたのは私とハウル王子の接触は異常なことだったからだ。それと同時に敵意剥き出しの王子に皆が何事かと焦り出した。
「あの、」
「しおらしい顔をして、兄上にどうやって取り入った。身体をうったのか。」
「っ、そんなこと……していません。」
「ではなんだ。脅したのか。」
必死に首を横に振った。
「もう少しハキハキ話したらどうだ。仮にも兄上の侍女なんだろう。そんな華やかなドレス身分にあっていないんじゃないか。」
なんでこんなこと言われなければならないんだ。王族相手にハキハキ話せって。一般ピーポーは緊急性のある事態に弱いんだ。否定したいし、怒りがあるのに声が出てこない。王族相手に何かをなんてヒロインでもない私には到底無理だ。必死に周りにはルーク殿下とのつながりを隠していたのに今日で全部台無しだ。
画面の前ではあんなに輝いて見えたハウル王子が悪魔に見える。
「ハウル王子。この娘が何かを」
「兄上をたらし込んだ悪魔のような女だ。私の手で正体を暴いてやる。」
がっと腕を引っ張られて髪を掴まれる。私はこの人にこんなに恨まれることをしただろうか。正体って。そもそもそんな関係じゃないし誘ったこともないし。涙目になりながら恨み辛みを頭の中で唱えていたが、騎士のような男に髪を引っ張られて持ち上げられた時にぶちぶちと髪がちぎれる音がして情けない声が漏れた。
「いっ……、」
無礼だと。お前ごときが私に触れるなんて爵位を考えろと。私だって悪役令嬢のような言葉が頭の中では浮かぶのだ。でも凡人だから先の恐怖を考えて声が出ない。
情けなく泣くことしかできない。殿下が認めてくださった魔法だって同年代には負けるはずがないのだからこんな連中一瞬でどうにかなるのに。悔しい。
「何かいったらどうだ。」
「殿下をたぶらかしたことなんて、」
「私はどうやって取り入ったかを聞いている。聞いたこと以外答えるな。」
そんなことを言われたら言う言葉がないんだ。黙り込むと騎士に拳を入れられそうになった。防衛本能だった。勝手に身体が動いていた。
「反抗するか、」
「ハウル王子には抵抗しません、でもあなたは違う。」
「俺の行動は王子の命だ。反抗する方がおかしい。」
「それならハウル王子が殿下の侍女だといった私に手を出したあなたはどうなる。」
ムカついた。何もかも。力ない自分が。この実力が全然伴わない家柄ばかりの世界観にムカついた。だから。胸元に潜ませた小刀で髪を切って逃げ出した。
皆が目を見開く。そりゃそうだろう。この世界では女の髪は命より大切なものだ。でも。現代日本を知っている私はショートの可愛さを知っている。聖人君子のヒロインじゃない。むかつくし。見返したいとも思う。
「じゃあ私が直接手を下せば文句はないか?」
ハウル王子がいうわけだ。非情な目で。私の顎を掴んで視線を合わせる。
「そこまでだ。」
知らぬうちに腰を抱かれていた。びくり。
「殿下、」
「短い髪も悪くないな。よく似合う。」
そんなこと言う人だったか。驚きすぎて固まる。
「私がこの女に誘われたと。癪だな。大変癪だ。……私は誘われない。女などに心は動かされないし、私は誘われる立場ではなく選ぶ立場の人間だ。それに侍女になにをさせようと私の勝手だ。お前たちは私の行動に何か文句があるのか。ハウルお前もだ。何か私に言いたいことがあるのか。」
ひどく冷たい声だった。いくぞ。その声に大人しくついて行ったが、心はひどい有様だった。
「す、みません。」
「全くだな。」
王家の人間に与えられた部屋の一室。座れと言われて椅子に座り込んだ。ひどい疲弊でもう立てないような気がした。
「鏡を見ろ。」
言われたままに顔を上げて、殿下がハサミを持っていることに気がついた。パサリ。髪を切られて、落ちていく。丁寧にとても綺麗に切り落とされて。
「世界中の殿下との恋を夢見る女性に恨まれそうです。」
「きっと明日から短い髪が流行る。ドレスはやめろ。似合う服を用意してやる。」
メイド服かと思ったが、用意された服は男とも女とも取れない服だった。でも自分でも似合っていると思った。
「これは、」
「今の騎士団の団長も着ている。私の信頼を寄せるものに着させている。誇り高くいろ。けしてプライドをなくすな。」
コクリと頷くと、殿下はそれで良いと言った。大人しくしている私に殿下はらしくなく気を使ってくださっているようで。話をかけてくださった。なんだかそれが余計に泣けて。
「殿下、」
「なんだ。」
「なんで殿下はそんなに優しいんですか。」
「……世間一般はハウルの方が優しいと有名だろう。」
「私のようなただの貴族の娘は、貴方が私一人のために声を荒げて助けてくれたという事実を一生忘れられません。」
「感謝しろよ。」
「もちろんです。感謝いたします。私にできることならなんでも言ってください。」
こき使ってやるよと笑った殿下の顔がいつもの殿下で安心した。制服なんて存在しない貴族の学校で、殿下の用意した服はとても目立った。短い髪は一週間もたたず流行ったけれど、なんだか少し遠巻きにされるようになった。
私のことをよく知るクラスメイトは、どうやって殿下と仲良くなたのかと詰め寄ってくるばかりだけど。立場を黙っていたことを察してくれていたらしい殿下は今の立場がバレたことにより堂々と私を呼び出すようになった。
「ユウ、」
「は、はい。」
「なんでそんな息を荒げている。」
「え、あの、走ってきたので、」
「別にそこまで私は暴君ではないし、普通の仕事はメイドに頼むだろう。」
「そう、ですね。」
焦ってきたのに怒られると思っておらず身体が停止する。
「まぁ従順なのはいいことだが。」
じっと眺められて視線を逸らすと、こちらを向けと言われた。
「放課後時間はあるか?」
「今日は、剣術の家庭教師が来る日なんですが……、」
殿下が雇ったんですけどね。相手は女と言うことより侯爵家の娘だと言うことで扱い辛そうにしている。女の顔に傷でもつけたら、死罪になってもおかしくないからだろう。
「あー、そうか。まぁ今日は休め。休むことは私が伝えておいてやる。ここに行ってこい。」
一枚の写真を渡された。そこに写っているのは私と同じ服を着ているミルクティー色の髪の男だった。
「騎士団長ですか?」
「そうだ。」
騎士学校に通っていると言うことは貴族の息子ではないのだろう。少し驚いた。私たち貴族の学校を出た男たちの一部は騎士団に入って、名ばかりの位をもらって贅沢している人間が多量にいたはずだったから。
「毎年、祭りの時には国で1番の剣術使いを決めるだろ?」
「はい。」
「その時に父に平民の部門も作ったら面白いだろうと言ってやったんだ。その時の優勝者だ。母の病気を治してやりたいと。妹たちを奴隷に売らずに家族みんなで暮らす方法を探していると言うから。家を与えて母親を王立病院に入院させてやった。」
さすがぶっきらぼうのくせに心の優しい殿下だ。
「そしたら、できるなら私の側で命をお守りしたいと言われたんだ。全てを守れなくとも見えてしまった範囲の民を守るくらい、できなかったら王として失格だろう。」
なのにそんなことを言うから。言葉が止まった殿下を見つめていると見過ぎだと言われた。こっち見ろって言ったの殿下なんですけどね。
「お前魔法が得意だろう。こいつの母親の様子を見てきてやってくれないか?」
少し身体が停止するくらいには驚く。この人の優しさに。私たち貴族の傲慢さとは目も当てられないもので。悪役令嬢がおかしいのではなくこの世界がおかしいのが私から見た見解で。私だって前世の記憶がなければこの人に見初められることもなくひどい貴族として生きていた自信がある。この人がどれほど王として聡明に設定されているのか知らないが。死ぬと分かっている殿下がハウル王子にとって心のつっかえになりまくるために。
作者は本当にこの人を完璧な人間に設定したのだと思った。
「もちろんです。殿下。」
だから少し驚いた顔をされる。
「お前は、平民に魔法を使ってやることに抵抗はないのか?」
貴族の中には山ほどルールがある。平民はヒロインのような例外以外魔法が使えないから、平民のために魔法を使うことが禁止されていて。だから貴族は治せても、平民が治せないものが山ほどある。どんな大金が積まれてもそのルールは大抵変わらない。貴族は平民を大変バカにしていて。見下していて。奴隷くらいに思っている。貴族は平民とは結婚できないし、新しい貴族は魔王でも倒さない限り生まれないが、消えていく貴族は沢山いる。
そもそも魔法使いとは数が少ないのだ。私は一族が魔法使いを生業としているから皆使えるが、魔法使いってだけで貴族の中では立場がぐっと確立する。ヒロインがこうやって貴族の学校に通っているのも平民なのに魔法が使えると言う奇跡みたいな現状を殿下が監視すると言ったのが始まりだったような気がする。確かそんな設定だった。
貴族とは王に言われても平民に何かしてやるのを嫌うのだ。それを私が嫌がらないのは、前世の記憶があるからだが、そもそもこの人がこんなに優しく設定されているのもゲームの世界観なのだから、後ろめたく思う必要もないだろう。設定で優しくさせられているこの人を理解できない人間が多いのもまた設定なのだから。せっかく前世の記憶を持っているのなら、理解して差し上げられるよう努力しよう。
「魔力なんて一日有れば全快ですよ。それで一人の命が助かって、殿下の大切な人が幸せになるのになんで嫌だと言うんですか。」
目を見開く殿下に跪く。
「貴族の常識より、貴方の命令の方がよほど力がある。貴方は王になる男なんですから。」
私は医者ではないので病名なんてものは分からなかったが、赤ん坊の時から魔力を使い切っては気絶するってのを繰り返して魔力だけは一族でも優秀な方なので、とりあえず一族に伝わる回復魔法と聞いた症状に合わせたものを毎日かけに行くことにした。
挨拶がてら騎士団長の顔を見たら頭を下げられた。
「ありがとうございます、ありがとうございます。貴族様、」
出会った瞬間に頭を下げられたけれど。この男。攻略対象じゃないか。写真の時は顔が全部写ってたわけじゃないから判断できなかったけど。一周した後に出てくるキャラが3人いてそのうちの一人だ。心酔していた殿下が死んで、しかも家族まで死んでダメになりそうになっている時にヒロインに心を救われるって設定だった。
「気にしないでください。まだ治せる確信があったわけではありませんしね。」
「それでも、」
口元を指先で塞ぐ。
「同じく殿下に仕える者同士、もっと気軽な仲になりませんか?仲間のピンチはお互い助け合いましょう。貴族様ではなく気軽にユウと呼んでください。」
「は、はい。ユウ様。」
私の知るこの男はもっと氷のように冷たい男だった。貴族にも気後せずタメ口をきいて、でも実力がありすぎるから、誰も触れられない、王に認められていた誰もが欲しがるそんな存在。
「呼び捨てでお願いします。」
「ユウ、」
「はい。名前を聞いてもいいですか?」
「ライン・ルーズベルトと言います。」
「ライン。お母様のところへ案内してくれますか?」
症状を聞いて当てずっぽうで魔法をかけて5日ほど。ラインの母親は目を覚ました。泣いて喜ぶラインに2人きりにした方がいいなと判断してその日は一言声をかけて病棟を去った。殿下に多分病はもう問題ないと言うことを伝えると明日からまた家庭教師のところに行っていいと言われた。
殿下はクソ真面目なので気付いていないかもしれないが、別に私は勉強が好きなわけではない。ていうか嫌いだ。言えないが。
ありがとうございますというけどさ。
「そういえば、セオドアの王にパーティーに招待されたんだ。」
「そうなんですか。」
「なんだお前女なのにパーティーは好きではないのか?」
女なのにって。いや別に好きだけど。好きですけどっていうと。
「お前はリトル(殿下の許婚)の護衛をしてほしい。」
「え、私行くんですか。」
「そうだ。セオドアの城の作りをよく見てこい。」
了解ですって語尾にハテナマークつけて返事をしたら。
「お前な。分かってるのか?」
「多分分かってないです。」
渋い顔をされた。
「私は慈悲のある王でありたいと考えるが無欲ではない。」
やばいバカには何言ってるかわからない。
「つまりだ。」
「はい。」
「セオドアは私が支配するべき国だと考える。」
目を見開くと。
「世界統一を目指さぬ王などいるか?」
「ど、どうでしょう。」
足を踏まれた。
「い、ないと思います。」
「そうだ。いないんだ。地位も名誉も権力も、興味がないのが美徳ではない。野心がなければ弱き王になってしまう。女の世界では見れない景色を見せてやる。」
だからお前は安心してついてくればいい。笑顔がカッコ良すぎて停止する。カッコ良すぎるわ。アホみたいな返事をしたら格好がつかないなお前と笑われた。
パーティの日。初めてドレス以外の格好で会場の中に入った。魔法使いの男女比は国によってまちまちだが、魔法使いの世界だけは男でなければバカにされるということはない。
隣国の魔法使いと最近の魔法について話しながら姫のそばで各国の情勢を見比べていた。
「ユウ。」
「はい。」
「ユウって魔法が得意なのよね。」
「まぁ一応魔法使いですので……苦手ではありませんが。」
「あの失礼な女に気づかれないように水をかけて欲しいのだけれど。」
崩れない笑顔で嫌がるそぶりの一つもしない姫さまの言葉にえ?ってすごい失礼な声が出てしまった。
「聞いていたでしょう。ドレスも宝石もバカにされたわ。あんなブスに。」
びくっ。こわ。震えてしまった。その無垢な笑顔でそんなことを言うんですか。早くなってしまった瞬きはこれが本物の姫様か確かめるためだった。でも姫様の言うことなので。
「気づかれないように頭からぶっかけますか?」
「そうね。泥水か真っ赤なワインにしなさい。あの白いドレスが癪に障るの。ここは結婚式場ではないわ。」
言われた通りにしたら姫様は綺麗すぎる高笑いをしていた。女の世界って想像より怖いのかもしれない。姫様ってヒロインと同年代だからいじめとか騒ぎとか私や殿下の年代より多い。しかも殿下の婚約者として異国から来てるから嫌がせとかも受けているのかもしれない。
悪役令嬢の派閥だし。まぁそんな優しい性格はしてないんだろうな。嫌われてないみたいだからいいけど。
「あー良い様。赤いドレスはお似合いねって言ってくるからここで少し待っていて頂戴。何かされそうになったら守ってね。」
「も、ちろんです。」
固まってしまった笑顔に殿下は爆笑していた。
「リトルは元からあんなんだぞ。」
「だ、ってあの時のパーティではあんなに優しい笑顔で私と踊ってくださって。」
「自分の国になるからと本性を隠しているんだ。」
へ、へーと生返事をするしかなかった。
「そうだ。ユウ。今の隙にセオドアの兵の振りをして城を見回ってこい。リトルの様子は私が見ている。」
「了解です。」
城の中を見回っていたら、ラインが女の腰を抱いていた。びっくりして目を見開いてしまったが、今は兵の姿をしていることを思い出して視線を逸らした。アイツ殿下の護衛じゃないのか。女癖が悪いなんて設定あったっけと思いながら通り過ぎる。
「っぁ……こんなところ、アース様、」
「君があんまり魅力的だから。」
アース様っておもっくそ偽名やんお前。もうガン見したすぎて視線逸らすだけで必死で。逃げるようにその場を立ち去った。部屋の数と間取り。脳内で地図を完成させて、魔法で具現化する。ポケットに隠し込んで、元の姿で殿下の傍に行くと早いなと満足そうに言われた。
ダンスが始まって姫と殿下が踊っているのを眺めていると誰かに声をかけられた。
「一緒に踊ってくれませんか?」
綺麗な白髪の男だ。騎士のような服を着ていて、意味不明さに言葉の出てこない私にその男は私の掌にキスをしてきた。
「あの、私ここには従者として来てまして」
「でも貴族の方ですよね。身につけているものが違う。」
「ですが、今も護衛をしてまして。」
「はい。」
「だからですね?そんな時間はなくて」
「一曲もダメですか?」
根本的にはっきりしない性格の自覚はあるし、男にも女にも殿下にも姫様にも、詰め寄られたらまぁ言い返せなくて。日々苦労してる自分は、こんな事態が苦手で苦手で。
「俺はセーラルイ国の公爵リース・フレリアと言います。」
しかも公爵家って言ったしねこの人。セーラルイって言ったらうちの国の10倍でかい国だしね。権力とか財力とか頭が上がらないもんだから。どうしていいかわからなくなって身動きが取れなくなる。
そんな時弱い魔力が頭の中に流れ込んで声が聞こえるのだ。
「リース・フレリアと言ったらセーラルイの中でも有名な貴族だ。必ず気に入られてこいよ。」
ばっと殿下の方を見たら、顎で踊ってこいと言われた。こ、こういう時は突き放すんだなぁ……。差し出された手のひらに手を添えるとぐっと距離を詰められた。ダンスうめぇな。ついてくのに必死。でもリース様は余裕なようで声までかけてくる。
「王様の侍女ってことは爵位は結構高いのかな?」
「え、いや、そんな、たいそうなものではありませんが。」
「この格好で近づくと貴族は嫌そうな顔をして侍女は頬を赤く染めるんだよ。」
そういえばこの人騎士の格好してるんだよな。なんで?私のように王様の騎士ってわけでもなさそうだし。
「それで公爵って明かすとみんな面白い反応をする。」
性格クソ悪いなおい。笑顔を引きつらせたらまた笑われた。
「君はちょっと予想外の反応で面白い。」
いや、だって一応侯爵ですからね父。ハハって視線を逸らすとなんで侍女なんてしてるの?って悪びれない笑顔で言われた。
「殿下に、侍女にならないかと誘われて、」
「惚れてるの?」
「惚れてはいませんが。殿下のためにできることはなんだってしたいと思っていますよ。」
「へー。」
そんな興味なさそうな返事をするならなんで聞いたのさと思ったり。顔色を伺うと名前を聞かれた。
「ユウと言います。」
「ユウね。ルーク殿下にもよろしく言っておいて。また縁があれば会いに行くから。」
この言葉が意味していたことを私は随分たってから気づくのだが、その時はまた会いにくるという言葉に焦りまくっていた。殿下はそんな私によくやったというばかりなのである。
パーティが終わり、案内された部屋の一室で殿下の指示のもと集められた私たちは報告会をしていた。
「えっと、まず城内、それから外の警備、半径2キロの大まかな建物の配置です。」
魔法で地図を書く、簡単に言うとエクセルと拡大コピー機的な感じで印刷して皆の前に提示する。
「姫は短気なバカ女、王子は美人が誘えばすぐに寝る色狂いね。王子に関しては、政治をお付きのメガネの男に任せっきりよ。何にもわかってない。」
姫様がバサリと扇子を扇いで、私に着替えを持ってこいと言った。
「内政を担ってるガルボの妹に声をかけましたが、いい具合に乱れているように思われます。王子の暗殺計画が動いており、主犯はガルボ。何も知らない王子ですから随分堂々と謀反を起こそうとしているようです。好機であるかと。」
ラインは一礼して発言をした後、殿下はふむと顎で手を触る。
「戦力に関してはたかが知れてるな、リトルが逆上させた姫の騎士とユウが一瞬の交戦をしたが、大したことはなさそうだ。さて、今日この4人で奪ってしまうことも考えていたがセーラルイの公爵家がいるとなると話が変わってくる。目はつけられたくないなぁ。」
今日!?この場!?何も話知らないよ。困惑して下を俯いていると。
「ユウ。」
「は、はい!」
「セーラルイのリース公爵はどのような男に見えた?」
「え。」
「お前踊っただろう、」
そ、そっすねぇ~~~。緊張しすぎて何しゃべったかよく覚えてねぇ~~~って思いながら。
「良い性格をしているな、と。」
「だろうな。あんな大国の公爵がこんな小国のパーティに参加するなんて、私と同じことを考えているようにしか思えない。」
私と同じことって。皆そんなにセオドアが欲しいんですか。こんな税金が高くて国民がボロボロの国欲しいですかね。バカな私にはわかりかねます。
「あと、騎士のふりして女性をだまして後から公爵とばらすのが趣味だそうです。」
「ははっ……、そうか。ユウ。今晩リトルに服を借りて、王子の部屋に行ってこい。」
「え?姫様の服、ですか、」
「そうだ。女装だ。」
いや女です。
「お前は王子に秘める思いを抱え続けたどこかの令嬢だ。そして今晩、その思いが爆発して一晩限りの恵みを懇願する。分かったか?」
3回瞬きして。
「つ、つまり、」
あのバカ王子と寝ろってことですかって言ったら殿下が噴き出した。
「別に自分の貞操が大切じゃないなら、好きにすればいいと思うが。私はそんなに部下を大切にしない男に見えるか?」
「ど、どうですかね、」
また足踏まれた。
「思わないです、」
「じゃあ私がお前に下す命はなんだ?」
分からないですと言おうとしてにらまれた。分かるだろうと。
「……殺してこいってことですか、」
「お淑やかな令嬢のふりして王子をだました後に暗殺者だと言って絶望させてやれ。それならきっとセーラルイの公爵も喜ぶだろ?」
人殺しなんてしたことがない。あるわけがない。貴族とは、何もなければ一生を安全に守られた、自分が神だと信じ込んだ醜悪な生き物なのだ。平民を馬鹿にして、誰かを馬鹿にし続け、自分を特別な人間だと信じ続ける、バカな生き物なのだ。
こんな人に出会わなければ、私だって、傲慢で幸せな日々を送れたのに。
「慈悲は必要ない。王家の示す高い税金のせいで国民は朽ちる寸前、生まれた子供は毎年冬を越えられず死に果て、女子供は奴隷として他国に売り払われている。貴族でさえ誰も尊敬する者はいない。」
「そんな国、いりますか?」
「今は価値のない国だ。どこの国にも嫌われ馬鹿にされる国だ。それを、誰もが欲しがる国にするのは誰だ?傲慢な王様に逆らえず、死にゆく人を助けられるのは誰だ?私が、無力な国民を救う。来年の冬。私ならこの国で死者を出させない。豊かな国を奪い合うのは、我らの傲慢だ。国民は望まない。貧国を救うのが私たちの務めだ。出来る者が知らぬふりをするのは怠惰だ。許されるべきことではない。ライン。お前は国に戻り兵を連れて来い。私はセーラルイの公爵に話をつけたのちガルボと姫を討ってくる。夜が明ければこの国は混乱のうちだ。少しもたたず私のものとなる。」
お前にかかっていると殿下が笑う。殿下に着せられたこの2回に1回くらい男に間違えられる服は。人間不信の殿下が気の置けない相手に着せる服。殿下の信頼を持ち続けるのは簡単ではないと思う。すべてができて当然だというように話されるのは苦しいとも思う。私は未来を知るだけの平平凡凡人間なのだから。
だって、私だって、同級生の女の子とあの人がかっこいいねと笑っていたかったし。嫌いな奴にせっかく侯爵に生まれたんだからマウントの一つでも取ってやりたかった。この先の殿下の未来を知らなかったら、逃げ出していたと思う。でも、私は、殿下の国に住まう一国民だ。
貴族も、王様もバカにする平民を想い、不出来な弟を見捨てず自分の頭を軽いと下げる。戦うときには兵に任せきりではなく自ら剣を持つ。この人が王にならずして誰がなるのだ。誰が私たち国民を幸せにしてくれるというのだ。
自分の進むべき道が正解なのか日々不安だ。姫様は当然のように悪役令嬢たちの味方をしているし、正規ヒーローのハウル王子には出会うと暴言吐かれるし、ライン以外の攻略対象には通りすがりにガン飛ばされるし。肝が冷えまくりだ。
でも、助けたいんですよ、ホント、マジ。こんなかっこいい殿下の傍で信頼されているなんて幸せだ。ラインと私が一番殿下のファンだと思う。俺らの殿下最高にかっこいい。貴方を王様にしたい。
「ユウって意外と綺麗な顔してるのね。」
姫様がメイクしてあげるから席に座ってと私の腕を引いた。
「意外とって、姫様に言われても、あんまりうれしくないというかなんというか。」
「姫様じゃなくてリトルって呼んで。」
「リトル様ですか?」
「そう。公爵や侯爵の娘で気を使わなくていいなんて、ユウくらいだもの。貴方みたいな変わり者は大好きよ。」
「変わり者ですかね、」
「貴方が変わり者じゃなかったら誰のことを言うのよ。最初男の子か女の子かわからなくて迷ったのよ。こんな変な髪初めてみたわ。」
「すいません、」
「心が男の子だったりするの?」
「いや、普通に男性が好きですよ。この髪にはいろいろありまして、」
ハウル殿下との話をしたら姫様は声を荒げて笑った。
「あははっ、なにそれ。良いざま。みんな驚いていたでしょう。やっぱりユウ最高よ。ルークも気に入るわけね。」
「殿下は、なんで私なんかを信頼してくれるんでしょうか。そんなに秀でたものなんてないと思うんですが、」
「あら嫌味?こんなに魔法の才能があるのに、」
「それこそ最近ハウル王子が好きだと言っている平民の方のほうが魔法は得意だと思いますが、」
「あれは魔力バカなだけでしょ。ユウが負けるわけないじゃない。ハウルもバカだけど、だからといって平民の女がハウルを誘うなんて身の程知らずだと思わない?てかハウルってそんなにいい男かしら。私があんな風に魔法を使いこなせたなら、男なんかに媚びずもっとうまいやり方をするわ。せっかくの平民に生まれて才能もあるってのに、見る目のない女。平民の価値は自由だってことなのにね。」
そんな風に悲しそうに笑うものだから、平民になりたいんですかと、そう聞いてしまった。はっとなったら別にいいわよと笑われた。
「平民になりたいというかうらやましいのよ。自由で才能もあることが。私は好きでもない男と結婚して、知らない国の知らない国民に笑顔をふりまかなければいけないのよ。そこまでしても自由なんて夢の夢なのに。」
「で、殿下のこと好きじゃないんですか、」
「あんな腹の奥何考えてるかわからない男のどこを好きになるのよ。一度のミスで簡単に失望する人間の傍で気が休まる?むしろユウはルークに惚れているんじゃないの?」
「惚れているというか、なんというか、殿下の作る国を見てみたくありませんか?国では水面下でいろいろな派閥がささやかれていますが、私は殿下の作る国を見たい。生まれたときから王になるべく育てられた殿下が、当たり前のように平民のことを考えて下さる。それがどれだけ幸福で素晴らしい王に恵まれているのか、貴族たちは馬鹿ばかりで気づかないのです。殿下ならきっと来年セオドアの国民を幸せにしてくれます。私はあの方に王になってほしい。」
「惚れてるじゃないの。」
「惚れてますかね、」
「ルークは自分に心酔している人間しか信用しないの。人間不信だから。貴方が着ているその服は、ルークが自分のものに印をつけているのよ。私のことは一生信用しないでしょうね。だって私はルークが死んでも笑って生きていけるもの。」
「……ひ、姫様って怖い女ですよね。」
「あら、リトルと呼べと言ったはずよ。」
「リトル様、」
「なーに、ユウ。」
びくっと肩を震わせると、リップがずれるわよと怒られた。
「でも安心しなさい。ルークを夫と認めないわけではないわ。私が父上にハウルに嫁げと言われていたら、お付きの騎士でもたぶらかして暗殺させていたもの。ルークは私の夫にふさわしい男だと思っているわ。」
笑顔がきれいすぎて怖かった。耳元に唇が触れる。
「ルークの好みの下着を教えてあげようか。」
もう怖くて怖くて飛び上がって逃げ出すように立ち上がると、いたずらっぽく笑われて鏡の前に立たされた。
「ほらできた。化粧はドレスは女の武装よ。どんな優秀な男も女で馬鹿を踏むの。今日の暗殺だって、ルークやラインには出来ない。貴方だけが出来ること。誇り高く生きなさい。私はルークなんかは簡単に見捨てるけど、自分のプライドを失うくらいなら死ぬわ。そのくらい気高い女でいなさい。貴方は戦う才がある。男になんて負けるな。」
そう言って着せられた控えめな露出の少ないドレス。その下には姫様が勝負ようだといった下着を着せられた。ものすごくエロかった。ちなみに殿下の前で着たらげって顔をされたのでぶん殴ったと言っている。意外と殿下と姫様はお似合いなのかもしれない。政治的に。最強だと思う。
バレるといけないので気配を消して王子の部屋の前まで移動する。ノックをして、猫なで声を出した。前世、整形をしたいから風俗で働いていた親友が教えてくれた男のたぶらかし方を思い出した。今の私はぱっと秀でた花の美人ではないけれど、殿下の下さった服を着てから綺麗な顔をしているとよく褒められる。
陛下を惚れさせた母譲りの、控えめで中性的な、性別を問わず人を誑し込める顔をしているはずだ。だから大丈夫。姫様にも褒められた。
「ん、キミは?」
「あの、ナドリック(セオドアの王)さま、私、」
こんなところで簡単に思っておらずとも泣ける自分は、絶対にヒロインにはなれないなと思う。
「ずっとナドリック様をお慕いしていて、」
「どうした。そんな思いつめた顔をして、こちらにおいで、」
さすが色狂い。大して身分も確かめずこの部屋に入れるのか。まぁ、殿下も侍女にも手を出していると言っていたから身分なんてどうでもよいんだろうな。部屋の扉が閉まった瞬間、部屋全体に防音の魔法をかけた。
「今日のパーティーで、もしナドリック様と踊れたら、この恋はあきらめようと、そう思っていました。でも、」
「あぁ、今日は僕の婚約者が騒ぎを起こしてしまってごめんね。キミとのダンスのチャンスを逃してしまったのか、僕は。なんてもったいないことをしたんだろう。でも、そのおかげで今日キミは勇気を出して僕に会いに来てくれたんだろう。」
コクリ。一歩踏み出して抱き着くと受け止めてくれる。そしてうまいことベッドに招かれる。
「ナドリック様、」
「なんだい?」
「もし子が出来てしまったなら殺されてもかまいません。貴方をそれほどまでに慕っております。だから、どうか、一晩の愛をくださりませんか。」
深い艶めかしいキス。二度目の人生初めてのキスが、好きでもない今から殺す相手になるとなんて思っていなかった。ベッドの上、押し倒されて、上半身の洋服に手をかけられる。
「それほどまでに好かれているとは僕も罪な男だな。」
「……はい、ナドリック様は罪なお方です。私の心を日々、こんなにも苦しめて、愛おしい想いにさせる。」
「キミの名前は?」
「私の名前、……ユウと、いいます。」
王子が期待したように上半身を脱ぐ。生肌。心臓の位置が視界に入った瞬間、圧迫する。
「ぐっ……!?」
「貴方を殺す、女の名前です。目に焼き付けて死んでください。」
死体は殿下の命通り、派手に、必ず殺されたことがわかるように捨ておいた。殿下に魔力で連絡を取ると部屋に行くと言われた。殿下のほうはと聞くとお付きのガルボも姫もすでに討った後だといった。さすが過ぎる。
自分の痕跡を消していると、バサリと肩に何かをかけられた。見ると、今日殿下が着ていたパーティー用のタキシードの上着だった。
「殿下、」
「お前意外と派手なのつけるんだな、」
「っ!?い、いやこれは、リトル様が、」
「あ、見たことある、」
そして一瞬顔が青ざめる。
「殴られたんですか」
「聞いたのかお前。私にも言い分があるんだぞ。あまりに私への態度がひどいからいつかは世継ぎを作らなければいけないんだぞと言ったら、真昼間の執務室で脱ぎだしたんだ。いつでもどうぞって。10歳の夏の真昼間に真っ赤な下着。トラウマだ。恐怖で吐きそうになって、逃げ出したら、大の男がこんなにいい女に反応しないなんて失礼だろと顔面を殴られた。リトルに口で勝つのはあきらめた。あれは女じゃない」
「俺はそういう気の強い女性好きですけどね」
びくっ。誰って。振り向いたらセーラルイ王国のリース公爵だった。
「な、なんでここにいるんですか」
「いや、面白いものを見せると言われたからついてきたんだけど。ユウだってその話の女性と変わらないくらい強いじゃないか」
「え、どこがですか」
「俺の国にはこんなにかっこいい女性はいないよ。完璧な暗殺だ。この部屋の防音も息をのむ」
「だろう。私の部下は優秀なんだよ」
殿下がうれしそうに私を自慢して肩を抱く。なんだその、子供がはしゃぐようなうれしそうな声。照れる。恥ずかしい。これが恋なのか惚れているのか、正直身分違い過ぎて自分じゃよくわからない。でも。殿下が喜んでくれているのならよかった。
下着が見えっぱなしだったからか、タキシードの前を止めてくれて、短い髪をかきまぜられる。
「よくやった。さすが私のユウだ。明日を楽しみに待っていろ」
夜が明け、昼を迎える前にセオドアは落ちた。その事実に嘆く国民はおらず、私たちの豊かな国の現状を見て手を合わせる者さえいた。あの少しの時の間にリース公爵と仲良くなった殿下は、セーラルイと同盟を組む話をセオドアの国でしていた。話が難しすぎて何を言っているのかは不明だった。
帰り道慌ててドレスからいつもの服に着替えた。馬車に乗る姫様とは反対に、数か月前に必死に覚えたたどたどしい馬の上で、国民の歓声を聞く。女の世界では見れないものを見せてやる。殿下の言葉を思い出した。
国民の歓声はいつまでも私の心に残っている。
「ユウ先輩、サインをくれませんか」
「え」
ヒロインが目の前に現れたのはそんな一言だった。
「貴族の女性が戦いで前に立ち活躍する。私の地元の宿場町では、たくさんの国の人々がユウ先輩の話でもちきりです」
「それは、どうも……、でも私サインなんてないので、握手でいいですか?」
「え、あっ、ありがとうございます」
照れたような顔をされて。複雑な気持ちでいると、びゅっと彼女が目の前から消え去った。そして今の瞬間とは打って変わって顔をパチンと叩かれた。
「女が戦場で戦うなど、間違っている。女性は守られるべき存在だ。お前のせいで、メロが、お前のように強くなり戦場で戦いたいと言い出した」
ハウル王子がぎゅうと拳を握る。人の考えとはそれぞれだ。決してハウル王子の考えが間違っているとは思わない。それが大半であるし、それを望む女性も多いだろう。てか私も別に戦うの好きじゃないし。怖いのやだし。血もいやだ。
あんまり、彼が泣きそうな顔をするものだから、逆上すらできなかった。
「ハウル王子は、大切な女性を守れるような人になればいいんじゃないですか」
「は?なぜおまえが私にそんな口をきく」
「100人いれば100通りの考えがあるものです。結婚を真実の愛だと考えるハウル王子がいて、結婚は政治の道具だと考える殿下がいる。女性は守るべき存在だと考えるハウル王子がいて、女には女の武器があると考える殿下がいる。どちらもいてこそ、この国はよい方向に進むと思いますよ」
知ったような口をきくな、そう水の魔法で全身びっしゃびっしゃにされた。そんなに私のこと嫌いか。今いいこと言ってない?ため息つきながら服を乾かした。
「お前ハウルに嫌われてるな」
しかも殿下のいい笑顔がクソムカつく。誰のせいっすかね。
「ハウルは馬鹿だが優しい。アイツが王になったら私とは違う国を作るだろうな」
「そう、ですね」
「平民を婚約者になんて言い出した時は狂ったかと思ったが、城下では平民と貴族の恋にみな夢を見るらしい。考えを変えれば、上が平民に手を差し伸べるのは身分の差をなくすのに良い手段だしな。アイツはそこまで考えていないだろうが。でも、ユリア(悪役令嬢)のことを想うと難しい話だ」
はぁそんなため息をついて。
「お前は優しい男が好きか?」
数回の瞬き。質問の意味を考えあぐねて。
「殿下は優しいですよ」
「質問に答えろよ」
「それでも私は殿下の国が見たいです。ハウル王子ではなく、殿下の国を見たい」
「お前は一生ハウルには嫌われるよ」
割と落ち込んだ。前回のセオドアの件でリース公爵と仲良くなった殿下は、順調にセーラルイとの同盟を進めていた。そんなころ、私と言えば、殿下の原作死亡時期が近づいて焦っていた。そしてついに殿下が言う。
「セーラルイとの同盟の印を押しに行ってくる」
無意識にばっと立ち上がっていた。
「わ、私も行きます」
「もともと連れて行くつもりだったが?なんだ。やる気だな。リースに会いたいのか?」
変な顔をされて恥ずかしくなった。姫様にも笑われた。違う。違うんだ。これでも必死なんだ。はっきり言って、原作で殿下の死因なんて事故死ってことぐらいしか知らないのだ。メロとハウルの関係がこんくらい進んだなって感覚だけ。もしかしたら時期も間違ってるかもしれない。私がいることでなんか少しくらい変わっているかもしれない。なんも変わってないかもしれないけど。
警戒しまくりの私はセーラルイに行く道、ラインに馬車の操縦を変わってもらった。普段はこんなことはしないが、馬車に防御魔法を張りつつ馬を走らせる。セーラルイは私の国からは少し遠く2日ほどかかる。1日と少しが立った山道。道場ぬかるんでいた。ラインが途中で交代しようと言うが、不安で譲らずにいたから眠いし、なんて思っていたころだ。
激しい音がした。上を見る。木、岩、泥。土砂崩れだった。日本にいたころ。災害にあったわけではない。でも。自然災害とは人間が逆らえない唯一の恐怖と言っても過言ではないものだ。自分を奮い立たせる。行かないようにしましょう。そう言わなかった理由はなんだ。殿下を守り切ると決めていたからだ。
「ユウッ……なんの音だ!」
魔力に気合を入れる。魂を込める。防御魔法の壁を厚く強固なものにする。自分の身など安いものだ。この国の未来を想えば、殿下が生き残ることが最重要だ。そんな思いで、土砂が流れ落ちるのを待っていた。
そして崩れ落ちた崖の淵、馬車の部分だけぽっかりと泥がない状態だった。馬車を魔法で少し先の道にずらし、あたりを見渡す。キラリ。その光には見覚えがあった。剣だ。
「ライン。殿下を頼みます。すぐに戻りますから」
そうして追いかけた先にいたのは、ハウル王子の持つ騎士。以前私の髪をつかんだ男。
「……なぜここに」
「お前こそ、ボロボロで良いざまだな」
「っ……、」
「王子を王にする。ルーク様ではなく。ハウル様が、この国の王にふさわしい。魔力のないお前なんて、ただの女だ。以前の恥、ここで晴らすべきだな」
よく考えれば、私はこの男のルートやってないんですよ。あんなに睨まれているけど、ハウル王子派だったから。容姿だけで言ったら黒髪の殿下より、金髪キラキラハウル王子がめちゃめちゃ好きだから。黒髪クール男子系のこの男はあまり興味がなくて。多分そんなことを言っている場合じゃない。
ラインが殿下が死んだことによって失望していたように、殿下の死因についてほかのキャラであれば明かされていた部分があったのかもしれない。攻略キャラが誰かは知っているが、ハウル王子以外のルートを私は知らない。
振るわれた剣は何とかよけた。でも次の攻撃が、よけきれず片目に刺さる。痛いなんてレベルじゃなかった。何度も言うが私はつい数か月前まで紅茶もろくに入れられないただのご令嬢で、魔法を生業とする一族だから魔法はできるが、こんな騎士たちの剣に魔法もなくついていけるわけないのだ。
声も出なかった。マジで、殺される。そう思ったが、足も手も刺されていないが痛すぎて動かなかった。
「安易な気持ちで女が戦場に入るからこうなるんだ。後悔して死ね」
返事できる余裕なんてあるわけがなかった。逃げられない。死ぬ。もしかしたら、殿下の死因は土砂崩れの事故ではなくこいつに殺されたのではないかと、同行したラインが生きていたのは、殿下が私と同じようにラインを土砂崩れから守ったから、そして殿下も私と同じように魔力が尽き、と考えたとき。
「殺させねぇよ。こいつが死ぬときは私も死ぬ時だ。なぁ、ユウ」
「で、んか……」
「お前はハウルのところの騎士か」
「殿下、なんで傷すら」
「お前はユウを舐め過ぎだよ。魔力が全快ならお前など手も足も出ない。これはハウルの意思か?」
「違う、俺が勝手に、ハウル様に王位を継いでいただきたいと」
「どんな言葉も信用ならないから、話を聞く意味がないな。個人的には殺してやりたいが、今は内乱をしている時間などない」
肩に短剣を突き刺した殿下は大丈夫だ死なないと笑い騎士を縛り上げた。追いかけてきたラインに騎士を投げつけ、馬車の後ろに括り付ける。殿下がしゃがみこみ私の肩を抱いた。
「こちらを向け」
「殿下、目が」
見えませんと声も出なかった。安心して右目からは涙がこぼれたが、左目から流れたのは本当に血の涙だった。
「左の瞳に意識を向けろ。今治療してやるから、痛みを意識しろ」
見た目は綺麗に元通りになったが、左目はほとんど見えなかった。痛みがひいて呼吸を整える。
「す、いません。見苦しいところ見せて、ありがとうございます」
「いや、お前だったら完璧に治せたんだろうが、私はお前ほど魔法の才がないから、うまく見えないだろ。お前がいなければ死んでいたというのに、治してやることも」
刺された事実は、誰かを殺した時以上に、私にとって大きな衝撃だった。前世を足しても経験したことのない痛みで、普通にトラウマだ。でも。不慮の事故死(?)は防げた。殿下を助けることができた。私は運命を変えた。その事実が痛みがなくなった途端、実感になり。うれしくて。私は殿下とラインを2人まとめて抱きしめた。
後から思うがその時は本当にどうかしていた。魔力不足でテンションが逆にハイになっていたのだ。
「良かった、殿下が生きてる。うれしい、ほんとに、良かった。殿下、怪我はないですか」
「……あぁ、ない。どこも問題はないよ」
良かった。良かったと。数分喜び続けてセーラルイの移動途中馬車の中で眠ってしまった。飛び起きたころには到着していて、殿下は無事セーラルイとの同盟を終えた。久しぶりに会ったリース公爵は私を見るなり親しそうに手を振った。こんな繋がりも令嬢として生きていたらありえないものだったと。そう思う。
セーラルイからの帰り道、国での盛り上がりとは反対に皆真剣な面持ちだった。
「ハウル王子は殿下を好いていらっしゃいますよね」
私のその一言に2人とも黙り込むとは正直思っていなかった。
「私とハウルの関係は複雑でな。皆も知っていると思うが私とハウルの母上は私が幼いころに亡くなっている。と、いうことになっている」
「え?」
「いや、私の母上は亡くなっていることに間違いはない。ハウルの母が生きているのだ。そう、ユウの母上によく似た妾。父上は、その事実を母上がなくなるよりも前にもみ消し、母上との子供ということにした。私とハウル。あまりに似ていないだろう」
そんな事実に違和感を持ったことはなかった。だって。私にとってこの世界はゲームの中で。痛みも感情もすべて現実のものだが、髪の色なんかは仕様だと思っていたから。
「だからその事実をハウルさえ知らないはずなんだ。私たちが育ち前王妃にあまりに似ていない事実を、貴族たちが噂する可能性も私はできる限り抑えていたはずだ。だが、ハウルの傍にいた騎士の母親がハウルの乳母だ。ユウの母と父上の関係を知っている時代の貴族たちは声に出さないだけで気づいている。私はそのせいで何度も頭を下げた。あの能のない前時代の老害に。少なからず貴族たちの間にハウル派と私派がいる。教えない優しさなど、知らなかったものからしたら酷い裏切りだろうな」
溜息をつく殿下に、心臓をつかまれたような気分になる。乙女ゲームのファンブックとかに載ってるやつなんだろうなこれ。私がちゃんとプレイしてたら回避できたんだろうか。それとも、殿下を助けた時点で回避できない事件だったんだろうか。殿下が死ねば、こんな問題何も起こらずハウル王子一択で、乙女ゲームの中で内乱なんてものはキャラクターのいい設定の一つになったんだろうが。
私にとっては深刻だ。だって、私は殿下を王にしたいのだから。ゲームの結末はそのままだっていいのだ。ハウル王子とメロが結ばれようが悪役令嬢が結ばれようが今の私からしたらどうだっていい。
ただ。殿下が生き残ってくれれば。ハウル王子は殿下をどう思っているのだろうか。
「兄上、なぜゼノン(ハウルの騎士)を閉じ込めるのですか!?」
「だから何度も言っただろう。私を侮辱した罪だ。当分牢からは出さない」
ハウル王子がどこまで知っているのか。それがわからない限り殿下は動く気がないようだった。暗殺されそうになっても、殿下はハウル王子を想うのか。内乱が起こるのはもう避けられないような気がする。
「殿下、私はゼノン様の解放を望みます」
「……なぜ、平民のお前の言うことを私が聞かなければならない」
学園の廊下、ヒロインメロと殿下の対話。私は肝を冷やしながら聞いていた。
「人とは時に間違いを起こすものです。間違いを悔い改めることで人は学びそして成長するのです。上に立つ人は、許す心を持たなければ、傲慢な王になってしまう。ユウ先輩もそう思いますよね!」
突然信頼のような目でそういわれて。どもってしまった。声が出なかった。でも仕方がなくないか?殿下を殺そうとするハウル派を殿下が待てと止めるから歯を食いしばって見て見ぬふりしているのだ。私を殺そうとした騎士は、牢獄で五体満足に生きている。殿下の命を脅かす可能性しかない男を解放することにうなずくことはできない。
「いや、あの、私は殿下の部下ですので、メロ様の言うことに頷くことは」
適当なごまかしを述べようとして、殿下に腹パンを入れられた。結構マジで痛かった。
「ユウが許しても私は許さない。一生だ。許されるべき罰など存在しない。一つの過ちで、たいていのことは終わりだ。私は失望したものに二度目のチャンスを与えることはない。生かしているだけでありがたいと思うことだ。……あそこで死んでいたら私はお前もハウルも生かしてはいなかったぞ」
行くぞと言われて慌てて後を追いかける。
「あの、殿下、私のことは別に」
「許すか許さないかは私の権限だ。お前に助言される言われはない」
「……はい」
あぁ。ダメだ。何か良くない方向に進んでいる気がする。うろたえている私に、姫様が笑いかけた。
「なーんか。男どもは大変そうだね。ユウお茶に行こ」
「え。あの」
「ラインが傍にいるんだから大丈夫よ。行くわよ」
ずるずる引っ張られてお茶を注がされる。
「下手になったわね」
「うっ……、すいません最近こっちの練習はおろそかで」
「ユウ。ルークがお茶の味にうるさい偏屈だってよく知ってるでしょ?好かれたいならお茶は必須よ」
「リトル様はどの視点で話してるんですか!?」
「ルークなんて会話のつまらない男と一生二人なんて嫌気がさすでしょ。でも、ユウが側室に来てくれたら私の未来はだいぶ憂鬱じゃないわ」
「そんな複雑な関係になりたくないです」
「じゃあセーラルイのリース公爵はどう?」
「え、なんでリース公爵なんですか」
「彼、ずいぶんユウに興味があるようだったから。それにこの国のためにもとても良い案でしょ?」
それは間違ってないから口ごもると姫様が笑う。
「ほんっとユウはルーク並みの口下手ね。それでルークが好きって、しゃべらない二人で、2人きりの時はどうしてるの?」
「2人の時は殿下が話してくださいますよ」
「あら妬ける。私と二人の時は返事しかしないくせに」
それは姫様がマシンガントークでめちゃくちゃしゃべるからじゃないでしょうかとはさすがに言えなかった。だって怒られるから。
「まぁ、内乱は避けられないでしょうね」
「っ……」
「普通にやればルークが負けることなんて万が一にもないでしょうけど。あの男、身内にはお人よしだからね。ハウルがどれほど事実に対してルークを恨むかがキーポイントでしょうね」
「ハウル王子はなぜ怒るんですか」
「自分が正妻の子ではなかったのよ。その事実は王家にとっては大きな問題よ。対等な跡継ぎ争いから、ルークが死ななければ跡を継げないという現実に代わるのだから。ルークとハウルは根本的に考えが違う。いくらルークが跡継ぎ争いにその事実を出さないと心に決めていても、事実を知ったハウルは気が気じゃないでしょう。信じることなどできない。そうすれば、ハウルはルークを殺すしかなくなる。行動は必然的なのよ。偶然なんてありえない。貴方たちを襲ったあの事件はハウルの知らない水面下で起こっていたなんてルークの望む事実はあり得ない。ルークが一番わかっているはずよ。妾の子のくせに陛下は大好きなあなたの母親のことが忘れられず、ハウルを甘やかしてきた結果があのバカなのだから」
「ハウル王子は」
「全部知っている。その上で、ルークの自分への愛情を確かめている」
自分の行動一つが、何かの間違いで、全部が失敗に終わってしまわないか。それだけが心配だ。ハウル王子も、ヒロインも、ゼノンも。皆私たちの敵だ。どうにかこうにか失敗して、私たちが全員殺される未来が浮かぶ。
もう後に戻れないところにまで来て、思うのだ。私も物語に存在していたモブで。ちゃんと悪役として活躍しちゃってたんじゃないかって。だってムカつくよ。愛情を確かめるなんて。殿下を、実の兄を殺そうとして。そんなことを考えるなんて。ちゃんと、しっかり、怒りがわいてしまう。収めることなどできない。
殿下。私はどうすればいいんですか。どうすれば貴方を助けることができますか。貴方の弟は全部知っていて、貴方を試そうとしていると。言ったところで信じないとわかっているから、姫様は言わないのだ。知っていてなお、もしかしたら、ハウル王子が何も知らないかもしれないと心のどこかで思っているのかもしれない。
「ユウ。ルークは不器用な男よ。人間不信な分家族やあなた達に深い愛情を持っている。私はそれを利用されるのは不愉快だと考えるわ」
「私もです」
「でしょう。ルークの愛情を貰うのは容易ではないわ。私はいらないけれど、欲しいと思う者は少なくないの。それを無償で受けられるハウルが、恩を仇で返すのは間違っている。ユウ。貴方が正しい恩の返し方を示しなさい」
「はい、リトル様」
「そこは姫様でしょう」
「はい、姫様」
「よろしい。貴方が忠誠を誓った男が間違っていなかったと示すときよ」
物語は、順調に時を進める。魔王の邪気に侵された平民が大量死を遂げていることが判明し、それから数日ヒロインメロが聖女として巷を騒がせた。以前からメロの存在を見出していたハウル王子への支持が上がり、今が最高潮だろうというときに、ハウル王子は悪役令嬢ユリアに再度の婚約破棄を申し込んだ。
「私、レオナルド・アリ・ハウルは、本日をもってセミタル・ナキ・ユリアとの結婚を破棄する。理由は、聖女メロに対する非礼、侮辱、いやがらせはもちろんのこと」
陛下は、さすがに拒否することができず黙り込み。ハウル王子はつづけた。
「私、レオナルド・アリ・ハウルの暗殺計画を、第一王子レオナルド・アリ・ルークと共に練っていた事実からである」
集められた貴族たちはざわめきだち。そして、跡継ぎ候補としてハウル王子の名が濃くなり、殿下が焦りから行った可能性があるのではと、皆が騒いだのだ。殿下の顔はとても静かなものだった。何もかも知っていたようなそんな顔だった。
壇上の下で涙の止まらない私の脇で、一度ぎゅっと私の手を握り、貴族様といつも態度を崩さないラインが剣を抜いた。止めようと背を抱いた。でも。
「よって私は、セミタル・ナキ・ユリアとレオナルド・アリ・ルークの死罪または無期懲役を望む。証拠は今から提示しよう」
そう言ってばら撒かれる紙を止めきれなかったラインが剣で切り裂いた。そこからはひどい。血に濡れる貴族たち。ハウル王子が要請した兵士と、殿下の兵士が争いになり。聖女騒ぎで兵士を増やしたハウル王子を前に私たちは劣勢だった。
ハウル王子が剣を抜く。殿下の首に剣を添える。殿下の声は、遠く、聞こえるはずもない音量だったのに、私には聞こえた。
「なぁ、ハウル。私はお前が愛おしかったよ。たった一人の弟だ。間違いなく父上を通して血がつながっている。赤ん坊のお前が籠の中で無邪気に笑い私の手を握ってくれた時。私はお前を守らなくてはいけないと思ったんだ。お前が妾の子供だと知る必要なんてない。父上の愛情は問題なくお前に注がれていたし、お前が王位を望むなら、私はお前に与えてやるのだって惜しくなかった。お前に与えてやるとき、この国を少しでも大きくしてやりたかった。お前は私よりずっと平民たちのことを想っているから、私が後ろで支えてやれば何の問題もないと、そう思っていた。お前は、私なんかよりずっと見る目があるから、私はメロが聖女なんてこんな騒ぎになるまで気づくこともできなかったよ。だからお前にふさわしくないと、そう何度も言ってしまった。悪かった。私がいないほうが、お前は安心してこの国を作ってゆけるか」
「何を、世迷い言を!!」
「お前はまだ知らないことが多いから、私は心配だよ」
「そんな言葉信じられるか!!」
そう叫んだハウル王子が剣を振りかざす。身体は馬鹿正直だった。動かずにはいられなかった。許せないよ神様。ありもしない暗殺計画を全部殿下に押し付けて、ハッピーエンド?そんなの許さない。殿下は殺させやしない。
殿下に振りかざされた剣を受け止め、内臓に剣が刺さったのを感じたとき、外の騒がしい音量すら一瞬聞こえなくなった。それでも生命を燃やした。姫様の言葉を頭の中で何回も唱えた。私が忠誠を誓った殿下は何も間違っていない。この国を幸せにするのはこの人で。国民を救うのはこの人だ。
ハウル王子ではない。たとえそれが、物語から逆らっている事実だとしても私は認めない。誰よりも強いのに。頭もいいのに。弟想いなその愛情からありもしない暗殺計画を黙ってしまうこの人が、ここで死んでいいわけがない。
「ユウ、お前、何をやってッ!」
「殿下が許しても私は許さない。私は貴方が作る国を見るために、女を捨てて貴方に仕えたのです。貴方が王になる事実以外、絶対に認めない」
「早く手当てを」
ぱっと殿下の手を振りほどき、魔法でハウルを拘束した。どうせ死ぬなら、ハウルの兵士を皆殺しにしてやろうと思った。姫様に叫んで、必ず正しい事実を白日の下に晒すことを頼んだ。慣れない剣を持ち、殺した兵士から魔力を奪い、城を血の海にした。ラインのほうは問題ないだろうが、この戦いの前にハウルに刺された箇所が致命傷で、終わったころには立てなかった。
でももう大丈夫だ。敵の兵士は皆殺しだ。殿下を脅かす力は、私が、
「バカがッ……、お前、何をやっているんだ、ホントに、お前私のために死ぬつもりなのか」
目を閉じかけて怒鳴りつけられた。殿下は魔法も剣術も得意だが、回復魔法っていうのは致命傷にはほぼ効果がない。だからそんなことをしても無駄だ。殿下に無駄ですよと笑うと、無駄なわけあるかと叫ばれた。
「だって、自分の大切な人が、ありもしない不名誉を被って死のうとしているんですよ。本人はそれでいいと思ってる。でも、私やラインは、殿下の物なんです。殿下が死んだ世界でなんて生きていけないですよ。貴方が王になると信じて、付いてきたのだから。ずっと貴方のいない世界で、貴方のありもしない罪を聞かされ続けるんですか?私は殿下に忠誠を誓ったのに。貴方が女には見れない世界を見せるといったのに。殿下はハウル王子のことばかりですか。絶対私のほうが、殿下のことが好きですよ。……大好きです。これは恋なんて、そんなたった一つの感情じゃないんです。私、婚約者もいないのに左目は見えないし、顔も体も傷だらけだし、大好きな殿下には婚約者がいるんですよ。それでも婚期なんて遅れても、男みたいだって言われても、殿下の下さった服がうれしかった。殿下に信頼されるなら他の人の言葉なんて気にならなかった。殿下を幸せにしたかったんです。それくらい好きだったんですよ。殿下が幸せに笑ってる姿が見たかった。貴方のもとで救われるたくさんの命を見たかった」
「なんで今更、そんなこと、お前だけが死ぬなんてことありえないと私はあの時言ったはずなのに、好きだなんて、そんな事実打ち明けるなっ……、」
「ははっ……でも気づいてましたよね殿下。私が殿下を好きだって」
「……気づかないわけがないだろう、お前は私が触れるだけで顔を赤くするのだから、」
「殿下は罪な人ですよ。女の子の恋心利用して、国家統一なんてたちが悪すぎる。」
「ッ……、仕方ないだろ。お前を傍に置く方法が思いつかなかったんだ。」
「でも、その気にさせたのだから、貴方の国を作ってください。女の愛は怖いんですよ。裏切りは許せない。真面目で厳しくて不器用で、優しい殿下が好きでした。私は殿下の作る国が世界で一番幸せだと確信しています。だからどうか、長く生き、王であり続け、たくさんの人を救ってください。」
殿下の手が体温が暖かくて、その体温は殿下の冷たい言葉とは裏腹に、この人の深い愛情を示しているのだとそう思った。殿下が自分のために泣いてくださったのなら、そこらへんで殿下に振られた令嬢より、少しは殿下に近づけた人生だったのかもしれない。
「……私もユウが好きだったよ。」
「どうか、それは一生の秘め事で。」
恋や愛に狂い、落ちる貴族を幾度となく見てきた。父上もその一人だった。ユウの母に恋をして、それを一生引きずり、妾と子供を作り、一部の貴族に頭が上がらない。私はそんな風にならないと、心に決め生きてきた。
だが出会いとは突然で、恋とは逃げられない偶然なのだ。
「死んでしまったら、この国のことなんて知ったこっちゃなくないですか?」
そう笑う彼女に恋をした。見目も声も中身も何もかも、触れるだけでほほを染めるそんな彼女が好きで好きでたまらなかった。リトルが言うのだ。
「そんなに好きなら側室にすればいいじゃないですか。何が問題なんですか。ユウも必ず喜びますよ。私も貴方と毎晩同じ部屋で寝なくて済むなんて飛んで喜ぶ」
「側室なんて、ハウルのような思いをさせたくない」
「別に子供の心配をするなら私とは子を作らなければいいんじゃないですか?」
「お前そんなに私が嫌いか」
「いや別に。いい戦友だとは思ってますけどね。作らなくていいなら作りたくないですね」
「あぁ、そうかよ」
「侯爵家最大勢力の一番の才の持ち主がルークにメロメロで、愛しい婚約者は寛大に二人の仲を認めてるってのに何を迷ってるのかと思いまして。別にハウルがしている身分違いの恋でもありませんよ。私がいなければ正妻だっておかしくない」
「……うるさい」
「そんなことを言ってると誰かに取られますよ。女の恋は切り替えが早いですから」
そんなリトルの言葉とは裏腹に、ユウは私の傍で私を信頼し続けた。迷いなく命を懸けて私を守った。身体に傷をつけても瞳が見えなくっても、私が無事でよかったと泣いて喜んだ。普通に過ごしていたらお茶を飲んでパーティーをして、リトルのように綺麗なドレスを着れたのに。
私のわがままでこんな生活を送っているのに、殿下が無事でよかったと笑うのだ。
たった一人の、己の命を捨てても守りたいと思った弟がユウを刺した時、私の目の前は真っ暗に染まった。ゼノンとて、何度殺してやろうと思ったかわからない。血の涙を流し、私を抱きしめたユウがなぜそんな風に笑うのか私にはわからなかった。それなのに、ユウは致命傷を抱え、兵士たちを倒す。私を守り、好きだと言って死んでゆく。冷たくなる身体が怖かった。そんな現実受け止められるわけもなくて、酷い吐き気がした。
ユウ。私とて、常にお前を傍に置くことに必死だったのだ。学校を卒業するまでリトルとの結婚もできなければ、側室を迎えるにしたって傍に置いておくことなどできない。ただお前を傍に置きたかっただけなんだ。
こんな風に命を賭して守ってほしかったわけではないのだ。あの優しい笑顔で殿下とそう微笑んでくれるだけで、私は毎日幸せだったのだ。
お前は私に国を作れというのに、その国にお前はいないのか。そんな国でお前は私に笑えというのか。止まらない涙に、ユウの冷たくなっていく身体を抱きしめていた。
「ルーク殿下」
聞き覚えのある声に、おもむろに顔を上げる。
「っ……、リース公爵、なぜここに」
「それは、俺のお姫様を助けに来たからですかね」
「だが、ユウは」
「助けたら俺にユウをくださいね。約束ですよ。殿下。彼女が目を覚ましたら、次に俺は、百年の恋から彼女を覚まさせないといけない。こんな情けなく泣く国王の、しかも側室なんて俺が認めませんからね。さあどいて。セーラルイはだてに大国ではない」