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わたしと先生

作者: 火灯 心

※対話体小説とは、地の文が存在しない、会話文のみで成立する小説のことである。

 ◆◆◆


「ねぇ、先生。わたしたち、出会ってから今年でもう三年目だね」


「そうね。きみはもう三年生なんだから自動的にそうなるわね」


「じゃあさー、わたしたちの三年目をお祝いしようよー」


「進級祝いなら私じゃなくきみのお母様としなさい」


「わたしは先生とも祝いたいのっ! どうせ暇でしょー?」


「もしかして養護教諭を暇だと思ってる? あなたが見てないだけで私も結構忙しいのよ」


「それは勤務中の話でしょー? わたしはその後のことを言っているんですけどー?」


「……子どものきみと違って、私は帰ってからもやることがあるの。洗濯物とか夕飯の準備とかその他色々!」


「いやいやー。だって先生一人暮らしじゃん。わたし知ってるよ? 洗濯物は休日に纏めてしかやってないし、夕飯の準備とかご飯炊くだけでおかずはスーパーの半額惣菜じゃん」


「なっ!? な、なんできみがそんなことまで知っているのよっ!?」


「え? なんとなくでイメージで言ってみただけだけど? えー? まさか、図星ですかぁ?」


「へっ!? い、いやー。そんなことあるわけないじゃない。ふふふー」


「いやー保険室の先生なのに女子力皆無なのが実に萌えますなー。でもダメだよ先生。美人さんなんだからもっと着飾らないと」


「やめてよ。こんなおばさん、今更着飾ったって……」


「おばさんて、先生まだ二十代でしょーが。本物のおばさんに殺されるよー? ほら……肌だってまだこんなにピチピチだし」


「ピチピチ中三のきみに言われてもねぇ……。て、こら、先生の顔を馴れ馴れしくペタペタ触らないの!」


「あはは! 照れてる照れてる。もっと触りたかったけどまぁいいや。それよりお祝いの話だけど、どう? してくれる?」


「…………しません」


「どうして? ……わたしのこと、嫌い?」


「そうじゃありません! 教員が一生徒を特別扱いしたりなんてしちゃいけないの! きみをお祝いしたら皆もお祝いしなきゃいけなくなるでしょ!」


「先生ったら真っ面目―。でもそういうとこも好きー。……じゃあさ。お祝いはしなくていいから、わたしが無事に三年目を迎えられたお礼を先生にするのはいい?」


「お礼って、私は養護教諭として当然のことをしたまでで……」


「ううん。わたし、先生が居なかったら今も学校なんて来てなかったと思う。確かに先生は仕事だったのかもしれないけれど、わたしが教室に戻れたのは先生のおかげなんだ。だから、わたしは先生に感謝してもしきれない」


「……何? 急に恥ずかしいこと言い出して。顔、真っ赤よ?」


「もう! 自分が恥ずかしいからって水差さないでよ! ……とにかく! わたしは先生のおかげで救われた。だから、改めて、ちゃんと感謝を。……ありがとう、先生」


「……はい、どういたしまして」


「それで、ね? 今日はプレゼント用意したの。受け取って、くれる?」


「……まぁ、受け取るだけならいいわよ」


「本当? じゃ、じゃあ、ちょっと、こっちこっち!」


「え? ちょっと、何よ。ベッドの方まで引っ張って……」


「……はい、どうぞ」


「どうぞって……一人でベッドに仰向けに寝て、何をしているの?」


「貰って下さい。わたしの、処じ――あいたっ!? ちょっ、体罰反対!」


「お黙り。きみは私を懲戒解雇させたいの? って、あ、こら脱ぐな! やめなさい!」


「そんなこと言って、照れてるだけのくせにー。どう、興奮した? 一年の頃に比べたらわたしも結構女らしくなったと思うんだけど」


「……生徒に欲情するわけないでしょう。それに中三女子なんてまだまだガキよガキ」


「えー? そうかなぁ? 胸ならもう先生超えたと思うけどー」


「――っ! いいからさっさとボタンを締めなさいっ!」


「えー、折角いろいろ準備してきたのにー、先生、据え膳食わぬは何とやらですよ?」


「私は女だから何の恥もないわよ。というかきみはもっと恥じらいなさい! そしてさっさと服を直す! こんなところ誰かに見られたらどうするのよ!」


「面倒くさーい。じゃあ先生が直してよー。ほらー」


「きみ…………いい加減私も怒るわよ?」


「へぇ、じゃあわたしは大声出して人呼ぶね?」


「え、は、はあっ!? あ、悪魔なのっ!?」


「ふっふー、ほら先生、はーやーくー?」


「くぅぅ……っ! お、覚えてなさいよ……もうっ!」


「ひゃん!」


「っ!? へ、変な声出さないのっ!」


「だって先生、手つきがやらしいんだもん。……ほら、最後まで、して?」


「わ、わかったから、じっとしてなさい! ………………はい。いいわよ。全く、いつまでも子どもじゃないんだから、もう少し慎みを――んんっ!?」


「ん――ん。……ありがと、先生。お礼のプレゼントあげたから。唇にするのは、初めてだったよね……」


「き、き、きみという子は、どこでそういうことを……っ!」


「きゃあ怖い。退散退散っと……。じゃあね、先生。また明日ー! 今度は先生の方からしてねー!」


「あっ、こら! 待ちなさい! こらっ! ………………はぁ。全く」





「……もう、三年、かぁ。早いものね…………」



















 ◇◇◆


「ようこそ保健室へ。一週間ぶりの学校はどう?」


「…………別に」


「そう。紅茶を淹れるんだけれど、きみも飲む?」


「…………いらない」


「あら残念、今日のは結構いい奴なのに。……大丈夫。他の子も先生方もみんな授業中。ここには私ときみしか居ないわ。何も気にしなくていいのよ?」


「…………別に、気にしてなんかない」


「きみは、強い子よ。きみは自分の意思で保健室登校を選んだ。悲しみは癒えずとも、それでもきみは前を向いた。強い子よ」


「そんなんじゃ、ない……」


「大丈夫。きみならきっと、乗り越えられる。だから――」


「そんなんじゃないって言ってるでしょっ!」


「……じゃあ、どうして、ここへ?」


「…………お母さんが、悲しむから」


「お母様に言われて来たと」


「違うっ! ……お母さんはわたしなんかよりもずっと強い人。お父さんが死んで、誰よりも悲しいはずなのに、自分のことよりもわたしのことをまず考えてくれた。どれだけ悲しくても、辛くても、落ち着いてからでいいから、自分のペースで歩きなさいって」


「そう。素敵なお母様ね」


「でもわたしは、逃げた。耐え切れなかった。でも、いつまでも家にいたら、お母さんがずっと辛くなる

から。だからわたしは……」


「……そう。辛かったね。苦しかったね。悲しかったね」


「ちょっ、な、なに?」


「お父様のことは、どう思ってたの?」


「どうって、そんなの…………好きだったに決まってるでしょ。怒るとちょっと怖いけど、優しくって、わたしの話もちゃんと聞いてくれて……。入院する少し前に、旅行に行く予定があって、それが中止になった時に、わたし、その理由も考えずに怒って、それきりで……」


「……お父様はちゃんときみを愛していたし、きみも愛していたのね。愛する人の死別は大人だって堪えるもの。中一のきみなら尚更よ」


「……やめて」


「大丈夫。ゆっくりでいいから、乗り越えていきましょう。きみの辛さも苦しさも悲しみも、痛い程分かるから」


「……離して」


「ここでは幾ら弱さを見せてもいいから。お父様の為にも、お母様の為にも、一緒に頑張りましょう。大丈夫。きみならきっと、立ち直れ――」


「離してっ!!」


「――っ!? ……き、きみ?」


「そんな言葉、もう聞き飽きたっ! もううんざりなのっ! 先生も所詮他の奴らと一緒、何にも変わりないっ!」


「えっ、えっと、きみ、落ち着いて……」


「……っ。もう、いいです。今日は帰ります。それじゃ」


「あっ、ちょっと! …………行っちゃった。はぁー……デリケート過ぎる……。早くも私の心が折れそうだわ……。でも、辛いのはあの子。何とかしてあげないと……」





 ◇◇◆



「……おはよう、ございます」


「うん、おはよう。その辺、適当に座って?」


「……はい」


「えーっと、昨日はその――」


「昨日は、勝手に帰ってすみませんでした」


「ごめんな……へっ?」


「取り乱して、すみませんでした。先生は、みんなと同じように善意でわたしに接してくれてたのに、つい、苦しくなって、その……ごめんなさい」


「…………ふっ。ふふふっ」


「な、なんですか? あっ、ちょっと……!」


「よしよし。ふふ、きみは、思ってたよりもずっといい子みたいね。そしてやっぱり、強い子だわ」


「ちょ、やめ……!」


「紅茶、飲む?」


「…………はい」




「はいどうぞ。他の子には内緒よ?」


「いただきます。…………あ、美味しい」


「本当? それは良かった。あ、お砂糖とか入れなくても大丈夫?」


「はい大丈夫です。これは……ジョルジですか?」


「え? ええ、そうだけれど……きみ、分かるの?」


「甘い味わいがしたので、そうかなって」


「……驚いたわ。今の子って紅茶っていうと市販の甘味料たっぷりの甘いやつしか知らないと思ってたから……」


「それもそれで好きですけどね。紅茶は……お父さんが、自分で茶葉を色々仕入れて、よく飲んでましたから、それで……」


「へぇー味覚がもう大人なのねー。もしかしてコーヒーもブラックで飲めたりする?」


「え、いや、コーヒーは流石にミルクと砂糖がないと、ちょっと」


「ふふ、まぁ、その内普通に飲めるようになるわよ。私もきみぐらいの頃は全然駄目だったけど受験とか迫ってくるとねー、集中する為にわざと苦手な飲み方で飲んだわ。自分に追い込みかける為にね」


「あ、あの……」


「うん? おかわり欲しい?」


「い、いえ。な、何でも、ないです」


「ねぇねぇ、きみって部活とかやってる?」


「部活、ですか? えっと……小学校はバレーボールやってて、中学入ってからは特に何も……」


「あらそうなの? 続けてバレーはやらなかったの? 好きじゃなかった?」


「バレー自体は嫌いじゃないです。ただ、その、チームプレイとか、そういうのが全然性に合わなくって」


「あ、それ分かるかも。私もそういうの嫌いだったわ。さては合唱練習とか死ぬ程嫌いなタイプでしょ?」


「は、はい! 先生も、そうだったんですか?」


「今でもあれは悪しき風習と思ってるくらいよ。急に張り切って仕切り出す子とか出てきて、それには強制服従が暗黙の了解になって、本当に苦痛だったわ。素直に正面向かって反発できる男子たちが羨ましかったわね」


「わ、分かります! ……でも、そういうのって、先生が言っていいんですか?」


「え? あ。わ、私は養護教諭だからセーフってことで。ほ、他の先生方には絶対内緒よ?」


「はぁ。…………ふふ、変なの」


「あ、笑った。うん、きみは可愛いんだから、もっと笑った方がいいわ」


「っ! わ、笑ってません……」


「そう? ふふ。……ねぇ、きみ、勉強は好きな方?」


「まぁ、好きか嫌いかで言えば、好きな方ですけど」


「それは良いことね。学生の本分は学業だもの」


「あ、いえ、好きって言ってもやらなくて済むならやりたくはないですよ。でも、そういうわけには絶対いかないから。もう結構教室行ってないから、かなり置いて行かれちゃったと思うし……」


「それはそうでしょう。なんか、きみって昔の私にそっくりだわ。……よし、それじゃあ明日から各教科の先生方に課題プリントを作ってもらいましょう」


「え、あ、いや、それ、は……」


「うん? …………ああ。ふふ、大丈夫よ。きみの勉強は全部私が見てあげるから」


「……!」


「ふふ、それじゃあ明日からはビシバシ行くから、そのつもりでね?」


「……はい。よろしく、お願いします」





「…………先生、できました」


「はーい。どれどれ…………うん、完璧ね。それにしてもここ数日、凄い集中力だわ。もう教室の皆に追い付いたわね」


「先生の教え方が上手だからですよ。保健以外でも、十分教壇に立てると思います」


「ええ? 無理よ私、大勢相手にするのは苦手だし。こうしてマンツーマンで、しかも相手がとても要領が良かったからなんとかなっただけよ。これでもう、授業に関してのみ言えばいつでも教室に戻れるわね」


「…………はい。そう、ですね」


「まだ……不安? 最初の頃に比べたら随分柔らかくなった気はするんだけど」


「それは……先生だから、です。最初は、この人も同じなんだ、って思ってたけど、先生は違うんだって、分かったから」


「うん? 私が他の人と違う、とは?」


「……先生、わたしに対してはもう、お父さんのことについて、何も言わなくなったじゃないですか。わたしは、それが、凄く、心地良いんです」


「だって、それは最初にきみが嫌がったことじゃない。……お父様の話を出されるのは、色々思い出してしまうから、辛い?」


「それも、ありますけど…………」


「でも一番は、そのことを同情されるのが堪らなく苦痛。でしょ?」


「……!」


「きみの心も感情も想いも、きみだけのもの。勝手な価値観を押し付けられて、勝手に分かった気になられるのが、どうしようも腹が立つ。ええ、全く、その通りね」


「……はい。真っ当な倫理観を持つのなら、わたしは早くに父親を不幸にも亡くした可哀想な子ども、になるでしょう。でも……違う! わたしは可哀想なんかじゃない! わたしは、わたしの家族は、ちゃんと幸せだった! お父さんはわたしをちゃんと愛していた! だからわたしは、可哀想なんかじゃ、ないっ!」


「…………うん」


「人は、いつかは死ぬ。お父さんはそれが早かっただけ。確かに悲しいよ。辛いよ。苦しいよ。でも! それだけが「わたし」じゃない! だから――!?」


「よしよし……。ちゃんと、吐き出せたじゃない」


「……誰も、わたしを前みたいに接してくれない。「可哀想なわたし」しか、見てくれない……っ!」


「大丈夫。私はちゃんと、「きみ」を見ているから」


「――っ。う……、うう……、くぅ……っ!」


「……でもね。きみのそれは、絶対に避けては通れないことなのよ。だって、皆、きみのことを思って善

意でしていることなのだから。こればかりは、否定しちゃダメよ。受け入れられなくても、否定だけはしちゃダメ」


「で、も、わたしは…………」


「大丈夫。きみは強い子よ。そういう時はね、笑いなさい。きみを憐れむ人に向けて、笑いなさい」


「笑、う……?」


「そう。笑うの。わたしはちゃんと「わたし」だから、もう大丈夫だって見せつけてやるのよ。言葉で表現するよりも、余程手っ取り早いわ」


「…………分かった。やって、みる……」


「うん……そう。やっぱり、きみは笑っている方がずっと素敵よ。……って、あら。どうしたの?」


「…………先生、意外に胸無いね」


「……引っ剥がしていい?」


「ダメ。もう少し、このままで居させて」


「しょうがないわね、特別よ?」


「……なんか、先生って、お母さんよりもお母さんみたい」


「そこはせめてお姉さんにしてくれない? 私まだ二十代なんですけど?」


「ふふ……。ねぇ……先生?」


「はい、今度はなぁに?」


「………………ありがと」


「……ええ。どういたしまして」








 ◇◆◆


「先生ーただいまー!」


「こら、ただいまじゃなくて失礼します、でしょ」


「ふふー、わたしにとってはここが第二の家なのです。あー、今日も疲れたー」


「はぁー……教室に戻ってくれて早一年……。どうしてきみは毎日保健室にくるのよ。具合が悪いわけじゃないなら――きゃっ!? ちょ、後ろから抱きつかないでよ!」


「わたしは先生に毎日会いたいの。何なら保健室登校の時代に戻りたいくらいだよ」


「それは本当に勘弁して。私にも立場ってものがあるから……」


「冗談ですよ冗談。あー先生は今日もいい匂いだなー」


「や、ちょ、嗅がないでよ! い、いい加減離れなさい――って力強!?」


「ふっふーわたし、成長期ですしー。背も同じぐらいになったから、単純なフィジカルではそう簡単に負けませんよ。それにほら、分かるでしょ? 胸だって結構大きくなったから……」


「た、確かに子供とはもう言えない成長の証を背中に感じる……! くっ!」


「なに先生、悔しいのー? ふふ、でも大丈夫だよ。わたし、先生のおっぱい、好きだよ」


「あ、こ、こら! やめなさい!」


「よいではないかー、よいではない――ぎゃっ!?」


「いい加減にしなさい全くっ!」


「いったぁ……。ちょっと、生徒の頭に裏拳とか、このご時世でよくやりますね……先生ニュースとか見ないの……?」


「セクハラに対する正当防衛よ。少しは反省なさい。…………はぁ。紅茶、飲む?」


「はい! 今日のは何ですか?」


「フランボワーズよ。ちょっと待ってて………………はい、どうぞ」


「え? 早くないですか?」


「……どうせ来ると思ったから先に準備しておいたの。一人分も二人分も手間は変わらないし、って、なに? その顔は?」


「いやー別にー? 先生もなんだかんだ言ってわたしが来る準備してくれてるから、嬉しいなーって思って。ありがとう、先生」


「…………そう。それ、飲んだらもう帰りなさいよ?」


「あれー? 先生照れてる? ふふ、可愛い」


「中二女子に言われても嬉しくありません!」


「ふーん。じゃあ、誰にだったら言われて嬉しいの?」


「誰って、それは……ダンディズム溢れる素敵な殿方よ」


「えーなんて抽象的な……。とりあえずうちの学校にはそんな男は居ないね」


「ええそうね。というか職場恋愛とか絶対面倒くさいし死んでも御免よ。……はぁ、この仕事、どんどん婚期が遠のくわ……」


「へぇ。先生、一応結婚願望はあるんだー?」


「そ、それはあるわよ。きみには分からないでしょうけどね、友達がどんどんゴールインしていくのを見る程虚しいものはないのよ。親には早く孫の顔がみたいとか言われるし」


「……結婚って、しなきゃダメなの?」


「え? まぁ、法的義務ではないし、それは個人の自由だけれど……。ほら、社会で生きる以上は体裁というものがあるわけだし……」


「先生は体裁の為に結婚するの? それって、幸せ?」


「うぐ……わ、私のことは別にどうでもいいでしょ! それよりもきみよ、きみ。学年が上がってクラスが変わったでしょ? どう? 慣れた?」


「…………まぁ。普通、かなぁ」


「上手くいってないの?」


「いや普通だって。前のクラスで友達だった子ともまた同じクラスになれたし、別に孤立とかはしてないよ」


「そう。なら、良かった」


「でも…………」


「でも?」


「……いや、何でもない」


「気になるじゃない。何でもなくはないんでしょう? きみの話なら、幾らでも聞いてあげるから」


「…………いい、言わない。別に、何でもないから。それじゃ、ごちそうさま」


「待ちなさい」


「な、なに? せ、先生に話すようなことでも……? なに、その手?」


「何って、紅茶代。一杯450円」


「え? は、はぁっ!? せ、生徒からお金取る気っ!?」


「茶葉だってただじゃないのよ? 今日から紅茶は有料になりました」


「そ、そんな横暴ですよ!? りょ、領収書切っても良いですかっ!?」


「きみが切って何の意味があるのよ……。払いたくなかったら、さっき言いかけたことを今ここで言いなさい。そうしたらゼロ円にしてあげる」


「えー……面倒くさ……」


「別に誰かに口外したりなんかしないわよ。生徒の悩みを聞くのも私の仕事なんだから、たまには先生らしい仕事させなさい」


「…………分かった、分かりました、言いますよ」


「最初から素直にそうしなさい。ほらここ座っていいから!」


「あーもー分かったってば引っ張らないでよ! 変なところで教師モードに入んないでよもー! …………さては暇なんでしょ先生?」


「そ、そんなことないわよ! ささ、先生に何でも話してみなさい、ほら!」


「まぁ、なんでもいいけど。…………先生ってさ、今好きな人とか居る?」


「うんうん。ん? へ? わ、私っ!? い、いやー、えっとー、今は別に居ないかなぁって……」


「ふーん。居ないんだ。…………結婚したい言ってるくせに好きな人も居ないってどういうこと?」


「うぐぅっ! わ、私のことは今関係ないでしょ! きみの話をしてよ、きみの! なに、好きな子でもできた?」


「はぁ……先生もそういうこと言うんだね。はぁ……」


「え、なに? また地雷踏んだ? あ、もしかして……失恋直後だったり?」


「してません。……ただ、周りの子がみんな、そういう話しかしないから、ウザくって」


「そういう話? ……っていうと、恋バナとか?」


「そう。誰と誰が付き合ってるだとか、誰が誰のことを好きだとか、そういうのばっかりで、わたし、全然興味ないから付き合ってられなくって」


「きみたち程の思春期真っ只中なら別に普通のことじゃない? それを興味ないと一蹴するとはまた変わったことを。少女漫画とか恋愛小説とか、一切読まないの?」


「それを作品として楽しむことはするよ。でも、自己投影っていうか、自分もそういう恋をしてみたい、とは思わないかな。だって、自分は自分だし」


「それは憧れもしないってこと? 恋そのものに興味がないと?」


「あ、いや……その、全くないわけじゃ、ないよ。わたしも、その……好きっていうか、気になる人は居るし……」


「なら良いじゃない。それを周りと話せばあとは勝手に盛り上がってくれるから楽といえば楽よ? ……て、また教師あるまじきことを……。今のはナシで」


「…………わたしのは、みんなが言う恋とか、好きとかとは違うから、共有とかは、できないかな」


「そうなの? うーん……複雑なお年頃ねぇ……。じゃあ逆に、きみのことが好きな子の話とかは聞かないの?」


「え? わたしを? ないない! わたしクラスじゃ全然目立たないし、男子ともあんまり話さないし」


「そんなことないわ。贔屓目なしで見てもきみは可愛いわよ」


「ほ、ホント?」


「ええ。その……無駄に発育もいいし、私が男子だったら絶対アタックしてるわ」


「……男子じゃなかったら、どう、ですか?」


「え? ……んん? どういうこと?」


「な、なんでもないっ! も、もう、言いたいこと言えたし帰るからっ!」


「そ、そう? もういいの? というか、なんか急に顔赤いけど大丈夫?」


「全っ然大丈夫だから! それじゃ、さようなら!」


「あ、……行っちゃった。…………うーん、複雑なのねぇ…………」




 ◇◆◆


「……失礼します」


「だから失礼しますじゃなくてただいまだと何度も……ん? いや、合ってた?」


「…………先、生」


「うーん? ……え? え、ちょ、な、なになにどうしたの!? めちゃくちゃ具合悪かったりする!?」


「……うん、する」


「マジで!? ど、どうしましょ……! と、とりあえずベッドで横になるっ?」




「……熱は、無いみたいね。どこか痛いとかある? お腹?」


「……苦しい」


「ど、どこが? お、お家の人、呼んだ方がいい?」


「……いや、大丈夫。ちょっとだけ、休ませて」


「そ、そう? 分かったわ。じゃあ、カーテン閉めておくから、何かあったら呼んでね」


「待って。……ここに居て」


「ええ……? あ、そういう…………? はぁ、分かったわ。…………っしょっと」


「……ありがと」


「どういたしまして。……で、どうしたの?」


「………………された」


「え? なに?」


「……男子に、告白された」


「へぇ、そう。……え? ……ええっ!? それは、えっと、おめでとう、でいいのかしら?」


「良くない。全然、良くない」


「そ、そうなの? 好みじゃなかったとか?」


「ううん。何ていうか、全然話したことない人だったから、どんな人なのか全く分かんない。クラスも違うし」


「ふーん。……まさか、ビビって逃げてきたとかじゃないでしょうね?」


「まさか。ちゃんとお断りしました。食い下がっても来なかったし、すぐどこかへ行っちゃったからどうでもいいけど」


「どう断ったか知らないけど、勇気を振り絞ってアタックしてきたんだから、多少は譲歩してあげても良かったんじゃない? ほぼ初対面だったなら、まずはお友達からとか」


「……別に、男子とか興味ないし」


「あらそう……。で? 告白されました、それを振りました、はい終わり。というわけではないんでしょ?」


「…………その人、結構女子の間では人気があるみたいで……その……」


「あー……嫉妬を買って、更に振ったから余計に顰蹙を買って、って感じね……。まぁ、難しい問題よね。……いいわね、瑞々しくって」


「……っ。わたしにとっては死活問題なんですけどっ!」


「分かっているわよ。まぁ、きみは可愛いからね。遅かれ早かれ、いつかはそんな話も出てくるだろうなーとは思っていたわ。それで、きみはどうしたいの?」


「静かに暮らしたいです」


「うん、言うと思った。……まぁ、そればっかりは、どうにもね。それぐらいのことだったら何か新しい話題が出来てそれが盛り上がればすぐ忘れられるわ。それまでは堪えるしかないわね」


「……ねぇ。先生は、こういう時、どうしてた?」


「へっ? こ、こういう時って、ど、どういう時かな?」


「だから、好きでも何でもない人に告白されたりした時です。やっぱり、その気がなくても、周りの雰囲気に合わせるべき?」


「え、えー、い、いやー、どうだったかなー。昔のこと過ぎて全然覚えてないかなー?」


「……? 先生って、美人だし絶対モテましたよね? 違うの?」


「……ごめんなさい。私じゃ力になれません……」


「ええー。じゃあ先生の友達とかでそういう話はなかった?」


「…………白状します。私は中学高校を女子校で過ごしました。だから、その手の話は専門外なんです」


「……マジで? えっと、その、ご自身含めて、浮いた話とか一切なく?」


「そ、そりゃ他校の子と付き合ってる子はクラスでも何人か居たわよ。でも、私、その、学生時代はどちらかと言えば大人しいグループだったから……」


「あの……、先生って……」


「だ、大学では男の人ともサークルとかで交流しました! 男の友達も何人か出来たし! そ、それに言っておくけれど、実家は男兄弟が二人居るから、男性に全く耐性が無いとか、そういうのじゃないからね!」


「…………先生、男の人と付き合った経験とかあるんですか?」


「あ、あ、あるに決まっているでしょうっ!? お、おかしなことを言わないでくれるかしら!?」


「先生、わたしの目を見て喋って下さい」


「う、ぐ…………」


「……先生。やっぱり、先生って、もしかして……」


「――っ! ええ、そうよ! 経験なんて一度も無いわよ! この歳でっ! 笑いたければ笑うがいいわ!」


「いや別に笑いませんけど……」


「だって、仕方ないじゃない! 青春の殆どを女子校で過ごしたのよっ!? そういう展開への持って行き方とか以前に特定の異性と親密になる方法とか教わって来なかったの! い、言っておくけどね、女子校出身の他の友達と比べたらは私は耐性がある分マシな方だったんだからね! 環境の違いに戸惑っている内にいつの間にか忙しくなって、気が付けば今の職場。そこから当然出会いなんてあるはずもない! これは、どうしようもないことなのよ!」


「…………ぷっ。あははははっ!」


「くっ! そうよ、笑えばいいわ。中学の時点で告られるぐらいモテるきみにはさぞ滑稽でしょうね……!」


「あはは、ごめんなさい。別に、馬鹿にしたわけじゃないから。ただなんか、安心したというか、わたしの悩みなんて、どうでもよく思えてきちゃったから」


「そう。それは良かった。それだけ笑えるならもう大丈夫そうね。まぁ、若い頃の悩みなんてどうでもよくなるものよ。一度しかない青春なんだから、思うようにやりなさい。それじゃあ」


「あ、先生待って!」


「――おっと。な、何よ、また急に抱きついて?」


「……いや、ね。先生の言う通り、わたしはわたしの思うように、正直に生きようって思ってさ」


「そ、そうなの? えっと、そろそろ職員会議あるから行かないといけないんだけれど……」


「ねぇ先生。……先生って、告白とかされたことって、今まで一度もないんだよね?」


「……ええ、そうよ。それが?」


「……じゃあ、さ。わたしが先生の一番目になってあげる。…………先生、好きです。わたしと、付き合って下さい」


「はい? ………………はいっ!?」


「……ダメ、ですか?」


「ちょ、ちょっと待って。理解が追い付かない。えっと、ライクの意味ではなく……?」


「違います、ラブです。女として、女の先生が好きです。……やっぱり、気持ち悪いですか? でも、わたし、男子に告白された時にすごく胸が苦しくって、そして、その話を今日先生にしたことで、やっと気付いたんです。先生のことが、好きなんだって」


「えっと、その、きみの気持ちは嬉しいけれど……」


「……嫌なら突き放して下さい。拒絶して下さい。そうすれば、諦められますから……」


「……拒絶なんて、しないわよ」


「だ、だったら!」


「でも、受け入れることもできない。私は養護教諭で、きみは生徒。それ以上の関係には、絶対にならない。なっちゃいけないの。聡いきみならそのぐらい分かるでしょう?」


「……分かるけど、分かりたくないです」


「きみが私に向ける感情は不安定な今の時期ではよくある一種の勘違いよ。きみはこれからもっと多くのことを経験して、もっと多くの人たちと出会うわ。通過点上に居る私に寄せるその想いはきっと一時的なもの。だから――」


「――違いますっ!!」


「……きみ……」


「勘違いでも、一時的なものでもない! わたしは、先生が好きなのっ! わたしの一番は、これから先もずっと先生のままなのっ!」


「…………それでも、きみの気持ちには答えられない」


「それは、女同士だから、ですか?」


「それ以前に、教員と生徒だからよ。漫画やドラマとは違うの。きみの未来の為にも、それだけは絶対に認めない」


「……つまり、先生と生徒って関係じゃなければ良いんですか?」


「え? ま、まぁ、それは――って、まさかきみ、学校辞めるとか言い出さないでしょうね。それだけは絶対ダメよ! というか義務教育なんだから辞められません!」


「そんなことしませんよ。……ねぇ、先生? この告白の返事、再来年の春まで待ってもらっても良いですか? わたしがこの学校を卒業するまで」


「え、ええ。それは良いけれど……きっときみが期待するような返事は、私はしないわよ」


「今の時点ではそうでしょうね。……だからそれまでに、わたしに振り向かせてみせます。覚悟していて下さいね。…………? 先生? 急に顔を逸らして、どうしたの?」


「い、いや、べ、別にぃ?」


「ふーん……。ねぇ、先生。告白の件は抜きにして、わたしのこと、好きですか? 嫌いですか?」


「へっ? ……待って。待ちなさい。その二択しかないの?」


「当然です。曖昧な返答は不要ですから」


「う……ぐ……。それは……その…………よ……」


「聞き取れません。はっきり言って下さい」


「だ、だから! ……す、好きか嫌いかで言ったら、好きに決まっているじゃない! い、言っておくけど、これは恋愛感情による好きって意味じゃなくって」


「分かってますよ、そんなこと。……はい。わたしも、大好きですよ、先生」


「…………っ」


「ふふっ、先生、顔真っ赤……。先生、キス、しよ?」


「キ――っ!? き、きみねぇ、私がさっき言ったこと忘れたのっ!?」


「別に女同士でキスぐらい悪ふざけでもするじゃないですか。それと同じですよ。それにほら、ちょうどカーテンで仕切ってますし、誰にも見えませんよ」


「そ、そういう問題じゃありませんっ! って、こら! 目を閉じて顔を向けないで!」


「……するまで、離れませんから」


「なっ! き、きみって子は……っ!」


「ほら……早くしないと、時間無くなっちゃいますよ?」


「うう……! むうう……! …………ああもうっ!」


「ん…………って、え? おでこ? …………先生のヘタレ」


「う、うるさい! キスはキスでしょう! ほら、離れなさい!」


「はいはい。…………ま、今日のところはこれで勘弁してあげます」


「き、今日のところはって、明日も何かあるの!?」


「そりゃそうですよ。明日も、明後日も、明々後日も。わたしが卒業するまでに、先生をわたしに夢中にさせなきゃならないんですから」


「なっ、なっ……!」


「それじゃ、わたしはこれで失礼しますね。…………今日は、本当にありがとう、先生。また明日から、よろしくね!」


「あ、うん……、さ、さようなら……」




「…………やば。今私、すっごくドキドキしてる……。もう、何なのよ、あの子…………」








 ◆◆◆


「卒業、おめでとう」


「えへへ、ありがと」


「高校、あの進学校だっけ。毎日ここに来てたくせに、いつの間に勉強していたんだか……。とことん恐ろしい子だわ」


「ふふふ、能ある鷹は爪を隠すという奴です。まぁ、先生が勉強見てくれたのも大きいけどね」


「いやきみ、ここに来たら勉強そっちのけで、その……私に対して公序良俗に反するようなことばかりするだけだったでしょうが……」


「えーそうだったけー? まぁいいや。……じゃあ、先生。最後だし、もうマジで一発ヤっておきますか――て痛っ!?」


「……下品な言い方しないの。頭もいいし見てくれも良い方なんだから、もう少し慎みというものを学びなさい」


「……いいじゃん。もう、これで、最後なんだし……」


「きみ……」


「分かってる。自分から言わないってことは、きっとそういうことだって、分かってるから。元々……叶うはずのない恋だったんだし」


「………えっと………」


「今日が終わったら、もうきっと、会うことなんて無いんだろうね……。どこかで偶然会うかもしれないけど、たぶん、その時わたし、何も話せないと思うから。だから、今日が本当に最後のさようならになる」


「……そんなことないわよ。だって――」


「いい! 言わないでっ! 聞きたくないっ!」


「……え? えっと……」


「……酷いよね、わたし。答えを先延ばしにしてって頼んでおきながら、最後にはこれだもん。……卒業の日が迫るにつれて、嫌でもタイムリミットを意識し始めちゃって、そこからどんどん苦しくなって、切なくなって……。ダメだねわたし。結局二年前のあの時と変わらず弱いままだ」


「それは違うわ。きみはちゃんと強くなった。大きくなった。成長した。……きみはこれから先も自分の力で道を切り開いて行けると思う。だから――」


「先生は、最後まで本当に優しいね。……そういうところが好き。やっぱり、わたしは先生が大好き……っ!」


「あ、ちょっ! ん、んん――っ」


「ん…………。よし、このキスで最後。これで綺麗さっぱりお別れということにしましょう! 先生、今までありがとう!」


「……きみはそれで本当に良いの?」


「良いも何も、しょうがないじゃん。わたしはもう、たっくさん先生から貰ったから、もうそれで満足なの」


「満足な子は、そんな悲しそうな顔で泣かないわ。……あのね――」


「当たり前じゃないですかそんなのっ! でも、先生が受け入れられないのは十分分かるから。わたしはもうここの生徒じゃなくなるんだし、いつまでも先生に迷惑は掛けてられない……」


「いやね。だからちょっと――」


「じゃあわたし、もう行きますから。このあと、クラスで打ち上げがあるみたいなんで」


「え、あ、ま、待って――」


「ふぅ……。それじゃあ先生、今までお世話になりました。いつまでもお元気で。さようなら」


「いや……だから――」



「――待ちなさいって言っているでしょーがっ!!」


「へっ!?」


「さっきからずっと一人で陰気なことをうじうじ喋って! 少しは私の話も聞きなさい! というか私にも喋らせなさいっ!」


「え? え? な、なにを? え? あ、な、何故扉に鍵を?」


「誰にも邪魔されたくないからよっ! いいからじっとしてなさいっ!」


「だ、だから何をきゃっ――――ん、んんっ!? っあ、んむ!?」


「ん――ぷはっ。ど、どう! こ、これが大人のキスよ! 思い知ったかしら!?」


「い、いや、えと、すみません、全然意味が……」


「こ、ここまでしても分からないのっ!? ……あーもう、イエスよイエス! きみの告白の返事! あれ、イエスだからっ!」


「え? ………………ええ?」


「な、何を惚けているの! これがきみの望んでいた一番の答えなんじゃないのっ!?」


「い、いや、そ、そうなんだろうけど、ごめん、全然、頭、働かなくって」


「なっ! わ、私の人生初の告白への返事だったのよっ!? ちゃんと聞きなさいバカっ!」


「……ごめん。でも、全く聞こえなかったから。だから、また言って?」


「き、きみねぇっ! こういうのは年取れば取る程恥ずかしいんだからそう何度もちょっ――んんっ!? まっ――んむぅ!? むぐ――ん、……ん――はっ。ちょ、ちょっといきなり何なのっ!? しかも二回目のくせに長い上になんで巧いのよっ!」


「好きです、先生。大好きです。わたしと、付き合って下さい」


「……はい。私も、きみがす、好き、よ。……あ、愛しているわ」


「ぷっ、なにそれ。声震えまくりだし、顔真っ赤だし。先生可愛すぎ」


「き、きみだって涙でぐしゃぐしゃで酷い顔じゃない! お互い様よ!」


「ふふ、誰が泣かしたんですか、誰が。…………ねぇ、先生、ぎゅってして?」


「はい。……ホント、大きくなったわね。中一の時なんて制服着ただけの小学生って感じだったのに、今ではすっかり美人さんね。成長期の凄まじさを改めて感じるわ」


「そうだね。いつの間にか背も追い抜いちゃったし」


「全く、それだけスタイルがいいなら何かスポーツでもやれば良かったのに」


「疲れるし面倒くさいから嫌でーす。……先生は小さいままのわたしの方が良かった? ……ロリコン?」


「違います。ずっと間近で見てきただけあって、私なりに色々と思うところがあるのよ。……まぁ、ぶっちゃけ、ここまで育つとは想定外だったけれど――ん」


「ん……。わたし、今の身長、結構気に入ってるの。だって、先生とキス、しやすいから」


「くっ……っ。ど、どうしてきみはそう、堂々と恥ずかしいことを言ったりしたりできるのよ……」


「そんなの、先生が好きだからに決まってるじゃん。…………ねぇ、先生。わたしの告白をちゃんと受けてくれたってことは、その……今日は、その……良いってこと、だよね?」


「な、なんのことかしら?」


「…………大人のキスの、その先のこと。部屋にわざわざ鍵まで掛けてくれたってことは、期待して、良いんだよね?」


「え。ええっ!? い、いや! か、鍵を掛けたのは告白への回答の邪魔をされたくなかっただけで、そ、それ以上の意味は特に――きゃっ!? こ、こら、無理矢理ベッドに倒れ込まないでよっ!」


「今日で、ここに来るのはきっと最後だから。だから、お願い、先生……」


「い、いや、だ、ダメよ! 卒業したとはいえきみは一応三月いっぱいはまだここの生徒って扱いだし、さ、流石にこれ以上は……っ!」


「先、生…………?」


「――っ! ああ、もうっ! 分かった、分かったわよ! ただし、条件があります! これを守れないなら絶対にしません!」


「えー、ここまで来てそんなこと言うの? ムードないなぁ。……で、なに? 条件って?」


「…………こ、声だけは絶対に我慢すること! わ、分かった?」


「はぁ? ……そんなの、お互い様でしょ?」


「う……わ、私は大丈夫よ、大人なんだから! そ、それに知識だったらきみより遥かに豊富だし!」


「……うん、いいよ。そこまで言うなら、最初は先生が、して?」


「くっ……! きみ、本当に初めてなの? 絶対淫魔の血筋でしょ……」


「なにそれバカみたい。気になるなら、確認して見ればいいじゃん。……ほら、来て、先生……」


「――っ! ど、どうなっても知らないからねっ!」


「あっ……んっ……」





 ◆◆◆


「…………や、やって、しまった。わ、私は生徒に、い、淫行を…………っ!」


「やることやり尽くしてから急に冷静になるのやめてよ……」


「だ、だってこれ……きみの年齢から考えたら余裕で私、アウトよね……?」


「鍵掛けてたし、誰にも見られてないんだから大丈夫だよ。わたしも口外する気なんて更々ないし。…………というか先生さぁ、わたしに声は絶対我慢してーとか言ったくせに、後半は先生の方がずっと声大きかったよね」


「う、嘘っ!? い、言わないでっ!!」


「だから言わないってば。……この学校での、わたしと先生の最後の、秘密の思い出なんだから。あ、そうだ。わたしが高校行ってからはどうしよっか。もうわたしたち、その、こ、恋人同士なんだから、さ」


「…………そのことなのだけれど、条件を付けます」


「また条件? 浮気とか絶対しないから安心してよ。あ、それとも、週一で会って絶対えっちしたいとか? 先生、性欲強いもんね」


「ち、違いますっ! 真面目な話をするんだから茶化さないのっ!」


「はーい。……それで、条件ってなに?」


「……私は今日以降、きみと関わるのを一旦やめにします。きみからの連絡には絶対に応じないし、私もきみには何があっても連絡しません」


「え…………。そ、そんな、どうしてっ!? せ、先生、わたしのこと好きなんじゃなかったのっ!?」


「……きみのことが世界で一番好きだから、です。きみが高校を卒業して大学を出て社会人になって、本当に一人の大人になったその時にこそ、正式にお付き合いしましょう」


「は、はぁっ!? 待てないよそんなのっ!」


「全てはきみの為よ。……私はね、きみの枷になんかなりたくないの。ずっと前にも言ったけど、きみはこれからもっと多くの人と出会う。もっと色んな経験をする。それらを経て、きみという人間は完成する。私は、きみを未完成のままで終わらせたくないのよ」


「でも……っ!」


「長いわね。きみにとっては、気が遠くなるぐらい。……多くのことを学んで行く中で、私よりも大事なものが出来たなら、きみはそれを大事にしてほしい。私よりも好きな人が出来たら、きみはその人のことを本気で好きになってほしい」


「そんなの、絶対ありえないよ! わたしの一番は先生なのっ! 一番大事なのは、一番好きなのは、きっとこれから先もずっと、先生なのっ!!」


「……ふふ。誰かにここまで想われるのは初めてだわ。これはなかなか気持ちがいいわね」


「だったら!!」


「それでも、よ。私だってきみが好きだから。一番、愛しているから。だからこそ、きみには絶対に幸せになってほしいの」


「……っ。分かんない。分かんないよ、そんなの……」


「でも。……それでもきみが一途に、頑固に、私のことを想い続けてくれているのなら。その時は改めて、きみの想いに本気で答えるわ」


「…………ずるい。ずるいよ、先生」


「そうね。お互い体まで重ねておきながら、これはずるいと思うわ。でも、きみの中学最後の時ぐらい、私はきみの教師として在りたいのよ」


「…………分かんない。分かりたくない。…………でも、分かった。わたし、先生が認めてくれるような立派な人間に絶対なるから。だから、その時は覚悟して下さいね、先生」


「望むところよ。……一応言っておくけど、その頃私、間違いなく本物のおばさんになっているわ。それでも、かしら?」


「それでも、です。わたし、一途で、頑固ですから」


「知ってるわよ」


「先生がそれを知っていることを、わたしはちゃんと知ってます」


「ふふ、なにそれ」


「……いつになるかはまだ分からないけど、絶対に迎えに行くから。それまで、待っていてくれる?」


「……ええ。来ても、来てくれなくても、私はずっと待っているわ。だって、私はきみが一番大好きだから。…………あの扉を出て行ったら、きみはもう私との約束を果たすまで戻ってはいけない。良いわね?」


「……はい。……ねぇ、先生? もう一回、キスしていい?」


「ええ、どうぞ。……ん」


「ん……。…………よし、それじゃあ先生。わたし、そろそろ行くね。……この三年間、本当にお世話になりました。ありがとう、ございました!」


「どういたしまして。……じゃあこれで、さようならね……」


「……違うよ先生。もう忘れたの? 絶対に迎えに行くって言ったじゃん。だから、この別れの挨拶は「さようなら」じゃないよ」


「……そうね。……そうだったわ」




「行ってきます、先生っ!」


「ええ。行ってらっしゃい」


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