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Loyal Dragon  作者: 灯成 燐
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第九章〜心配〜

ローファは晩餐の後地下に仮眠をとりに行ったまま上がってこないので、俺とアルスの二人で外の様子を探りに二階へ赴いた。


「気持ちのいい朝、とは言えないな。かなり湿気てるぜ」


アルスが窓から手を伸ばしながら眉寝に少ししわを寄せる。


外では残月を隠す灰色の空が糸雨を降らせ、街の朝を静かなものに変えていた。

音と言えば途切れず大通りの石畳を打つ雨音と、エメリアの小さな寝息だけ。

ただでさえ張り詰めた空気が漂っているのに、この静寂は耳に痛い。


「ああ。で、どうだ?大通りに連中はいるか?」


「人っ子一人見当たらないな。まぁこんな時間なら当然か」


彼は大きく息を吐いた。

端から見ると一人笑いのようだったが、関係者の俺には糸が切れたために出た安堵の溜め息なのだとすぐに分かる。


ローファの前では彼女を心配させまいと平然としていたが、アルスも内心は不安だったのだろう。

普段は迷惑ばかりかけているが、根は妹思いのいい兄貴なのだ。


「どうする?俺達は大丈夫だがすぐに出るか?」


閉めた窓を背にして聞いてくる。

やっぱりこいつには自信満々なこの笑みが一番似合うな。


「いや。まずはこいつを起こしてからだ」


俺はベッドの上の一向に目覚める気配が無いエメリアを横目に見た。


艶のある滑らかな蒼い髪に、透き通るような白い肌がよく映える。

縮こまっている翼や巻かれた尻尾がなければ、お姫様だと言われても遜色ないだろう。

事実そうだったのだし。


「いや〜、寝顔も可愛いなエメリアちゃんは。ホントお前が羨ましいぜ」


一瞬で欠片もかっこよさが感じられない顔になってしまった彼を見て、ローファが起きていたらどんな魔法を使っただろうと考えた。


「エメリア、起きろ。出発するぞ」


恒例のごとく彼を無視し小さな肩を優しく揺するが、何の反応も示さない。

そんな深く寝入っている彼女を見て、アルスはとんでもないことを口にした。


「仕方がないなぁ。ここは一つ、俺がお目覚めのキスを、っつぅ!?」


神速の足取りで俺の隣に並びエメリアに覆い被さろうとしていたアルスを、俺は彼の短い栗毛を掴んで勢いよく引き剥がした。髪だけでなく性格も妹似だったらいいのに……。


「まったく、冗談も大概にしろ」


無理矢理こちらを向かせると、涙目のアルスがしかめっ面で後頭部を撫でた。


「痛てて……そうむきになるなって。減るものでもないのに」


女好きもここまでくるともう呆れるばかりだ。

いつになったらこの性格は直るのだろう……。

いや、直るわけないか。


「二十歳にもなってそんな幼稚な言い訳するなよな……常識的に考えて失礼だろうが」


アルスは別段悪びれる様子もなくニヤニヤしながら俺を指差した。


「怒るな怒るな、軽い冗談だ。あんまり固いこと言ってると大将みたいになるぜ?さて、俺もローファを起こしてくるか。二人きりの時間を邪魔するのも悪いしな」


彼は一人で笑いながら梯子を下りて行った。


……あれ?

今の言葉に物凄い違和感があったんだが、なにか勘違いされてなかったか?


「……ふふ、まるで私達が恋人同士のような言い回しでしたね」


後ろから楽しげな笑いが聞こえた。

ただあまり声がしっかりしていないので、意識があったのは会話の途中からだろう。


「起きてたのなら訂正してくれよ。なんで狸寝入りなんか」


エメリアは小さめの欠伸をしてから、眠そうに目をこすりながら答えた。


「鋭い貴方ならちょっと考えれば分かるでしょう?堂々とした鉄製の扉に何重も鍵をかけられた部屋と、みすぼらしい木製の扉に申し訳程度の錠が下がっている部屋。盗賊はどちらを狙いますか?」


彼女は時々したたかで賢い一面を覗かせる。

いつも暢気で子供っぽいのなら扱いやすいのに、やっぱり油断ならない。


「えーと……否定して色々勘繰られるより、肯定して相手を勝手に納得させておいた方がいいということか?」


無い知恵を絞って出した俺の回答に、エメリアは満足そうに頷いた。


「両部屋とも何が入っているかは分かりません。ですが前者の方が何かありそうに思いませんか?」


正論だ。

彼女が持つ能力、血統の利用価値は計り知れないし、狙う輩はいくらでもいるだろう。

ならばそれらの情報は、相手を問わず可能な限り隠しておいた方が賢明だ。


「悲しいことですが今私が全面的に信用出来るのは、仕事とはいえ私を悪党から救いだし、あまつさえ利益のない契約まで結んでくれた貴方だけです。他の方々も悪人ではないと分かっているのですが……」


「自分の命運を委ねるには怖い、か?」


俺が言葉を引き継ぐと、俯きがちに小さく頷いた。

不安がよくあらわれている。


「無理もない。俺もあいつらも、お前が暮らしてきた世界とは真逆の生活をしている人間だからな。だが」


無愛想な顔だが、目一杯の笑顔をして見せた。

今度は俺が、元気付けてやる番だよな。


「今すぐとは言わないが、きっと信じられるようになる。俺達は絶対にお前を裏切らない。断言できるよ」


俺の心に嘘はない。

彼女なら、視線を捕らえずとも分かってくれるはず。

エメリアは、脆弱な少女ではないのだから。


「ありがとうございます、レイ」


この笑顔は、その証明だ。




馬が棘付きの深い藪も薙ぎ倒せるなら、テリオットまでは一日とかからない。

しかし途中の森には様々な植物が繁茂しており、魔法を使えなければ抜け出す前に獣に食われると言われている。

迂回しようにも森の両脇は絶壁に囲まれているので、馬で行けば1日2日余計にかかってしまう。


結果、俺たちは必然的に歩きとなるのだが……。


「レ、レイ……。少し、休みませんか……?」


これなら馬の方が早かったかもしれない。


そう、仕方がないことだとは思う。

エメリアは一国の姫だったのだし、移動に自分の足を使ったことがほとんど無いことも重々承知している。

だが、この体力はもう少しどうにかならないものか……。


「森の入口まであとちょっとだ。そこで休憩にするからもう少し頑張れ、な?」


膝に手をつくエメリアの肩をポンと叩くと、後ろから罵声が飛んできた。


「そりゃないぜサイラス。エメリアちゃんだって精一杯頑張ってるんだ、なぁ?」


かがんでエメリアの顔を覗き込むアルス。

鬱陶しい……。


しかし、最後の同行者は俺に賛同してくれて助かった。

馬鹿野郎の妹、ローファだ。


「もう森も見えてきたんだし、あとちょっと頑張って、ね?」


「はい……」


立ち上がり歩きだすが、三人の速さとまるでかみ合わない。

表情から懸命に歩いていることは見てとれるのだが、負傷した兵士のように足を引きずっているので速度が伴わない。

距離がちょっと開くたびに立ち止まるということを3回繰り返した後、とうとう俺は折れた。


「……おぶってやるよ」


腰に手を当て、やれやれと嘆息する。


「え?で、ですが……迷惑ですし」


予想通り、エメリアは遠慮してきた。

俺の周りにいる者の大多数が我の強い奴だから際立って見えるだけかもしれないが、こういう時でも人への気遣いを忘れない辺りは、いかにも心優しいお姫様といった感じがする。


「いつ敵が襲ってくるかも分からないし、あんまりのんびりもしていられない。甘えてくれた方が俺としてはありがたいんだがな」


アルスの忍び笑いが聞こえる。

それどころか、何故か目の前のエメリアまでくすぐったそうに笑っていた。


「ふふふ……それではいい格好したいレイの為にも、お言葉に甘えさせていただきますね」


「俺のため?どういう」


意味だ、と問う前に気付いてしまった。


甘えて欲しいと言うのは、好意を抱いていると公言するのと何ら変わらないということを。


顔が赤くなっていく俺の背中に飛び付き、エメリアは止めの一撃を放った。


「私も、もっと貴方に甘えたいです……よろしい、でしょうか……?」


冗談だということは分かっている。

だが、その嘘には本音が少しだけ混じっているような気がして、無下に振り払うことも出来かった。

結果、俺は俯いて表情を隠し、ぼやくしかなかった。


「……卑怯だぞ、お前」


「うふふ、言ってくれたのは他ならぬ貴方じゃないですか。相棒として、頼りにしていますよ」


両手を腰に回したまま、エメリアは屈託のない笑顔を浮かべている。

意図していた意味とは違う解釈をされたが、この信頼には応えよう。


「ほら、肩に手を回せ。背負うから」


彼女はしゃがんだ俺の肩に顎をのせて、ぽそっと呟いた。


「面目無いです」


羽のように軽く、ほとんど重さを感じないことをいぶかしんで振り返ると、ニコニコ顔の後ろで彼女の翼がゆったりと大きく動いていた。

風魔法の“浮遊”がかかっているのだろうか?


「別にいいが……」


しかし、そこは申し訳なさそうな顔をするべきだろう?

立ち上がりながら、つい憎まれ口を叩いてしまう。


「本当にお姫様らしくないな、お前は」


俺の苦笑に、エメリアは余裕の笑顔で返してきた。


「あら?先程は心優しいお姫様だと思われていたはずですが」


流石に目敏い。

まともに太刀打ち出来そうにないので、過去から使えそうな武器を持ってくることにする。


「気高い貴族様は博打なんか打たないものと思ってたんだが?」


これは効いたらしい。

返答に困っているのは、答えが自らに不利なものだからだ、と思ったのだが。


「クローベルには公営のカジノがあるのです。そこの視察時に偶々居合わせた騎士達に教えてもらったのですが、これが楽しくて楽しくて。その後、城を脱け出してよく遊びに行ったのですよ。城中で賭博をすれば、私に付き合ってくれた人達に迷惑がかかりますから」


寂しそうに、懐かしそうに。

憂いを秘めた瞳が虚空に向けられる。

ここで追撃を加えるほど、俺も落ちぶれてはいない。


「今日はどうもらしくないな。出会った時の、凛としていたお前は何処にいった?」


これを聞いて、エメリアが頬を膨らませた。


「いいじゃないですか。少しくらい感傷に浸りたくなる日もあるでしょう?」


前を向いたままということもあり、真意が伝わらなかったらしい。

口下手な自分を少し恨む。


「いや、馬鹿にするつもりで言ったんじゃないぞ?なんと言うか、お前って辛い時でもなるべく弱味を見せまいとしてただろ?今日は珍しく弱気だな、と。単にそう思っただけだ」


エメリアはほっと息をついた。

それが何の感情を表しているのか、俺には今ひとつ分からない。


「気高く、堂々と。我々王族は常に監視されているようなものだ。民の信頼を得るには、清廉にして高貴たらねばならない」


「……エメリア?」


「父の口癖です。そんな父の教育を受けて育ちましたから、考えも似通ったものとなるのでしょう。時には人目を忍んで涙を流すこともありましたが」


「……?」


どうもしっくりこない。

国王の言葉は納得のいくものだったが、俺の描くエメリアの人物像に噛み合わないのだ。


「ですが私が王族であるという前提が崩壊した今、その教えを鵜呑みにする必要はありません。世評を気にすることなく、感情を表に出すことも出来ます。ならば赤の他人同士で意思疏通を図るには、自らの気持ちをしっかり伝えることが大事だと、そう思いませんか?」


一拍置き、エメリアはなおも続ける。


長雨が止み、待ち焦がれていた晴天の下に飛び出した少女のような笑みを浮かべて。


「今の私が、本当の私。クローベルの姫君と呼ばれる度に着けていた仮面を捨て去った、ありのままの私です。一緒に暮らすというのに自らを偽るような、見せかけだけの信頼など必要ありませんから」


ここでエメリアの笑顔が陰った。

俺から目を逸らしたまま、少し下を向く。

しかしこれは、言うまでもなく負の感情から来るものではない。


「ですから貴方にも、自分を偽ったり誤魔化したりして欲しくないのです。何か悩んでいるなら遠慮しないで申し上げてください。当然、話したくないのであれば無理強いはしませんが……」


あくまで礼儀をわきまえこちらは見ないが、目は遠く、まっすぐ前を見ていた。

それだけで彼女が言いたいことはよく分かる。


突然こんなことを言い出すのは、朝方に昨夜の記憶の一端を見たからだろう。

散々うなされた後に荒い息で跳ね起き、深い思慕に沈み込んでいる。

そんな俺を見て心配してくれているからこその言動で、他人からあまり向けられることのない温かい気持ちは素直に嬉しかった。


だが、話せない。

あの決意について話すなら、俺が人殺しを避けるきっかけとなったあの男について詳しく話さなければ十分には伝わらないと思う。


しかしあんなおぞましい記憶を知っても、百害あって一利なしだ。

知ってもこの悩みに解決策はないし、俺はこの矛盾を抱えたままひたすら前に進むしかない。


彼女の親切をふいにした申し訳ない気持ちがちらりと燻り、視線を横に泳がせる。


依然として、エメリアは前を向いたままだ。

どんな答えが返ってこようと受け止める覚悟からか、エメラルドのような美しい瞳は澄み切って一点の曇りもなく輝いて見える。

こんな瞳を、彼女はつい最近にも見せてくれた気がする。


「どうしました?何か反応を返してくれなければ、私もどうすればいいのか判断しかねるのですが」


あぁ、そうだ。

俺が依頼書を渡す前、自らの処遇を聞いた時の目だ。


その場面がふっと頭をよぎったとき、俺は思わず息を飲んでいた。

その時に答えを既にもらっていたことに気付いたからだ。


結局は前に進んでみないと未来のことは分からないのだから、心配する意味などない。

最善の未来へ辿り着くことを信じて、己の全力を尽くすことが一番大切だと教えてくれたのは、他ならぬエメリアではないか。


「いや、大丈夫だ。何もない」


スッと肩の力が抜けた気がする。

重荷は一人で背負うのではなく二人で協力して持つべきなのだというキルヴィナの言い分が、今になって初めて、本当に分かった気がした。


互いの持つ陰を踏み荒らすことなく、照らしあう。

エメリアが今しがた取っていた姿勢。


やっぱり、賢いな。

俺も見習わねばと、しみじみ思わされた。

更新が遅くなった上にこのグダグダ感って……スミマセン。もう少し早く書ければ良いのですが……また更新を見かけたら読んでください。

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