第七章〜二人〜
出来るだけ分かるように書いたのですが、専門用語が分からなかったらすみませんm(__)m
この店は、いつも笑いと活気に満ち充ちている。
ぱっと見は和気あいあいとした雰囲気だが、その仮面の裏側では欲望や闘志が渦巻いているのだ。
ここは一攫千金の夢を見るものが集う場所、ヴァンゲスの地下賭博場。
俺は結構ここに来るのでもう慣れたが、最初は大体の者が固くなってしまう。
ただ、彼女はどうも例外のようで、目をキラキラさせながら尻尾をブンブン振っていた。
「どれもすごく楽しそうですね」
ものすごく期待のこもった目でこちらを見つめる。
“遊び”には違いないのだが、こんなものまで憶えさせて王族に復帰できた時に大丈夫なんだろうか。
「そうだな」
俺が無表情に応えると、無邪気な笑顔を覗かせた。
この分だと俺の友人がここを経営していること、金にちょっと余裕があることも読まれたのだろう。
これがギャンブルに対しての発言でなければなぁ、と残念に思ったが、だからってこの笑顔に抵抗出来るわけがない。
俺が黙って10ボルカの銀貨を10枚渡してやると、脱兎のごとく駆けていった。
向かう先はポーカーのテーブル。
あれだけの額ならチップもそこそこ買えるはずだし、気晴らしくらいはできるだろう。
100ボルカは少し痛いが、それも後で稼いでもらえばいいだけだ。
「さて、俺は見物させてもらうかな」
そう思いつつも、半分は淡い期待を抱きながら彼女の後をゆっくりと追った。
テーブルについていた三人はどいつも顔馴染みだったので、俺も参加させられることに。
「くっくっく、サイラス、可愛い連れをこんなところに連れてくるとは感心しないな」
席に着くや否や双子のカイン兄妹の片割れ、アルスが突っついてくる。
「お兄ちゃんいきなり突っかからないの。ごめんね、二人とも」
そして妹のローファが彼を諌めるのは、もうお決まりの流れだ。
そしてその中にこの店の常連が一人混じってくる。
俺もこいつの顔はもう何回見たか分からないな……。
「今日はよく会うねぇ。あんたらも気晴らし?」
言わずと知れたキルヴィナだ。
「俺たちは仕事。依頼人はこの二人だ」
俺はアルスとローファを親指で差した。
しかしアルスは依頼のことなんて我関せずな雰囲気で、エメリアに首ったけだった。
「そいつはあとでいいだろう?こんなに可愛らしいお嬢さんの前で仕事の話はしたくない」
アルスは一瞬にしてエメリアの手を握っていた。
どうやらいつもの悪い病気が発症したらしい……。
「キルヴィナから話は聞いております。なんとお痛わしい……貴女をその呪縛から解き放てるのなら、私はこの命すら容易く差し出せるでしょう。それほどに貴女は美しい……罪作りなお方だ……」
「あ、あのー……えっと?」
エメリアが困惑顔でこちらに助けを求めてくる。
しかし俺もローファも、また始まったとばかりに首を振るだけだ。
キルヴィナに至っては明らかに楽しんでいる。
邪魔が入らないのをいいことに、彼の語りは更に加熱していった。
「そのお顔はまるで可憐な花のようだ……ああ、もうその姿でも構わない。貴女の美貌はこうして今も咲き誇っているのだから!どうか私の傍らで花開いてくれないだろうか、美しき一輪のぉっ!!?」
ここで先程のアルスの手の速さを軽く凌駕する何かが彼を吹っ飛ばした。
彼はかなりの速さで硬い石壁に後頭部を打ち付け、頭を抱えてもだえ苦しむ。
派手な騒ぎなのに誰も一顧だにしないのは、もう客達はこの光景も見飽きたからだろう。
「もう、何回言ったらわかるの!?お客様ナンパするのはやめなさい!」
いつの間にか立ち上がっていたローファの小さな右手が黄色い光を帯びていた。
どうやら俺の十八番、“疾駆”で気を失わない程度に拳を加速させたらしい。
俺と違いこれだけ微妙に魔力を調節できるのに、魔術師になれないのが非常に残念だ。
キルヴィナはけたけた笑うばかりで助ける気は全く無いようなので、仕方なく肩を貸してやると、エメリアがあたふたと駆け寄ってきた。
他ならぬ自分が絡まれたというのに、相手の心配をするところは彼女らしい。
「だ、大丈夫ですか?」
明らかに自業自得なのだから、情けをかけてやることも無いと思うが……。
「いつものことだから心配するな。優しい顔をすると調子に乗るだけだ」
これがアルスの最大にして最悪の欠点。
無類の女好きであることだ。
「うぅぅ、ローファめ、ちょっとは加減しろよ……優しいエメリアちゃんとは大違いだ……」
特に初対面の美人にはとっておきの喜劇を披露せずにはいられないので、馴染みには鬱陶しいことこの上ない。
聞き流そうにもあまりに臭くて笑えてくるのだ。
「あはは……褒めて頂けるのは嬉しいのですが、貴方はこの翼や尻尾が怖くないのですか?」
翼が若干しおれていることから、エメリアには先程の喜劇も皮肉にしか感じられなかったようだ。
少し解釈が後ろ向きになっているらしい。
「さっきも言った通り、その姿でも十分可愛いよ。それにうちの店じゃ君みたいな客が来るのはよくあることさ」
顎でしゃくった先には、なるほど確かに烏の真っ黒な翼を生やした青年がブラックジャックのテーブルで観戦している。
仲良さそうに話している辺り、どうやら全員友人のようだ。
「この店では身分も容姿も関係なし。マナーを守って楽しめるなら誰であろうと歓迎するよ、っつつ」
殴られた痕がくっきり残っている上、痛みで顔をひきつらせたせいですぐ引っ込んだが、この爽やかな笑顔はきっと大抵の人が好感を持つだろう。
こんな顔が出来るならカッコつける必要もないと思うのだが……。
「ふふっ、では早くゲームを始めましょう。善は急げです」
彼女に笑いかけられて情けないほど締まりのない顔になるアルスを見た俺は、こうはなりたくないなと思ったのだった。
暇そうに机のそばで待機していたディーラーは、出番となると鮮やかなカードさばきを見せた。
全員が100ボルカをチップと換金し参加料を支払うと、あっという間にシャッフルを終え、五枚ずつカードを配ってくれた。
「で、アルス。依頼内容は確かテリオットまでの護衛だったな?」
ええと手札は、ダイヤ6,ハート2,クラブ3、スペード4,ハート10か。こいつは2〜6のストレートしかないな。
「テリオットとは?」
エメリアがこちらを見る。クローベルの出身なら、分からなくても不思議ではない。
「ここ、ヴァンゲスから少し北に行ったところにある街だ。距離的にはそんなに遠くないが、途中で森を抜けなきゃならないから二、三日かかるな。でもなんであそこに?」
アルスに尋ねると、手札を見たままニヤニヤしながらローファに説明を促した。ちなみに裏では“虚偽の顔”の二つ名を持つ彼なので、その表情は当てにならない。
「テリオットに大規模なカジノがあることは知ってるよね?あそこに合併の話を持ちかけられて。お兄ちゃんと話し合って、しばらく向こうに移って相手側と話し合いをしようと思うんだけど、途中の森の噂が……」
「化け物が住んでいるっていうあれだ。実際に森へ入ったまま行方不明のやつが何人も出ているし、怪物でなくても盗賊の仕業だっていう可能性もある。ま、備えあれば憂いなしってわけで、親愛なるサイラス殿に頼みたいんだよ。勿論、報酬は友情割増しでな。そんじゃ、俺から15ボルカ賭けるぜ」
護衛並びに化け物退治、か。
護衛の依頼は結構多いけど、大体は何も起こらずに終わってくれるから安全な部類である。
問題は噂の方だな……。
次のローファ、キルヴィナは早々に降りた。
そんなに手札が悪かったのか?
「盗賊の線は無さそうだけどね。このまえ私が依頼でこの街に潜んでた盗賊団を潰しておいたから、簡単にヴァンゲスに近づくことはしないと思うよ?」
……ホントに凄いことを平気でやってのけるなこいつは。
「ふむ……それじゃ俺も15ボルカだ。さて、どうする?いずれにせよ、ある程度危険が伴いそうだが受けるか?」
これに対しエメリアは自信満々の体で頷いた。
「受けましょう。虎穴に入らずんば虎児を得ず、仕事も賭け事もまた然り。私は20ボルカです」
げっ……レイズしやがった。手札に自信ありか……
さすがにこれ以上上げると瞬く間にチップが無くなりそうなので、俺もアルスも20に合わせた。
「よし、俺は二枚交換……おおっ?これは……ふふんサイラス、さっさと下りた方が身のためだぜ?」
アルス得意の口三味線。
揺さぶられたら負け。
俺は予定通り10を捨てて……5だ。
ストレート!
エメリアは全くの無表情、ポーカーフェイスを保っているため読めないが、まぁ大丈夫だろう。
二回目のベットは全員パスだったので、合計60ボルカを賭け、いざ勝負!
「ほら、ストレートだ」
1、2、3、4、5か。
ギリギリ勝った!
「残念だったな。俺もストレートだ。60ボルカは貰うぞ」
俺は勝利の微笑と共にポッドに手を伸ばしたが、それは伏兵にあっさりと払いのけられてしまった。
「それは私の台詞。フルハウスです」
エメリアの前には8が三枚とQが二枚、きちんと並べられていた。
「いきなりフルハウス……」
「最初からこの手札だったので安心してレイズ出来ました。それにこれ以上の役を作ろうという方もいないようでしたし」
ニヤリと笑うエメリア。
他の三人からすれば意味が分からないだろうが……。
「まったく、なんて奴だ」
「ふふ、これも実力ですよ」
手札盗み見は反則だろうに。
結果は、当然のごとくエメリアの一人勝ち。
俺はその後徹底的に視線をそらしていたので若干の損で済んだが、積極的に喋ってたアルスがチップを全て失ってお開きになった。
ギャンブルにはかなり自信を持っていたので、相当こたえただろう。
その後で依頼の話をしている時も、いつもよりテンションが低かった。
ともあれ契約は完了し、あとは出発する明日の朝を待つのみとなった。
「あいつら、本当に大丈夫かな」
帰る道すがら、呟いた。
夕暮れ時の大通りは昼間より空いているものの、まだまだ静まる気配は無い。
その喧騒の中でもしっかりと聞き取れたらしいエメリアが視線をねだった。
大丈夫か、とは例の合併の話。
それを読み取ると、エメリアは首をかしげた。
「何か問題でも?あの店は中々に盛況でしたし、不自然は見当たりませんが」
「いやな、テリオットのカジノは何かと黒い噂が耐えないんだ。もしかしたら商売敵を森で抹殺、なんてことも」
噂では裏で街の権力をその財力で握っているとか、歯向かう街の役人を秘密裏に消しているとか聞いたことがある。
今回の件が只の餌であるというのも有り得るのだ。
「合併の話そのものが罠だということですか?信じがたいですが…」
しかし話に信憑性を持たせる物が一つある。
俺は歩きながら懐から依頼のリストを出して広げた。
そこにはおびただしい文字の羅列が延々と綴られているが、その中に一際大きい報酬額の依頼が。
依頼人は、テリオットのカジノのオーナー。
その横には、依頼を受けた傭兵の名が“共有”の水魔術によって彼の書いた尖り気味の字を浮かび上がらせていた。
グレッグ・ノートン。
“殺し”において右に出る者はいないという冷酷非道な殺人鬼の名だ。
一度だけ仕事を共にしたのだが、得意の“幻視”の炎魔術で周りに恐怖を振り撒きながら大鎌で次々と首を薙いでいく姿は、もう死神にしか見えなかった。
そんなことを思い出してしまったので恐らく暗い顔をしていたのだろう、エメリアがまるで夢物語の勇者のように声高に宣言した。
「ご安心下さい!例え何が立ちはだかろうと、あなただけは守り抜いて見せましょう!」
堪えきれずに吹き出した俺の横で、彼女はそっと囁いた。
「ふふ、私が貴方を支えていますから、ね?」
夕日に照らされたその少女を見ると、なるほど確かに安心できる。
俺はもう一人じゃないのだ、と。