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Loyal Dragon  作者: 灯成 燐
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第十三章〜地獄〜

この森は普通の人が通る場所ではないので、ろくに整備されていない。

何度かそういった計画も持ち上がったらしいが、費用や人材、何よりこの広さが問題となって悉く頓挫したそうだ。


俺はもし整備されていればと歯軋りをした。


邪魔だ。


木も草も、全てが障害。

嫌がらせに思えるほど俺の行く手を阻むので、その度に斬り倒さなければならない。

キルヴィナが勝つ見込みは薄い上に自分も魔力を常に消費し続けている状態なので、あまりもたもたしていられないのに。


「何処だ、何処にいる……」


魔術は痕跡を残す。

例え使おうが使うまいが魔力は常に体から発散されているため、それが誰のものかさえ分かれば居場所を突き止められるのだ。


しかし、あいつの魔力が見つからない。

体に流れる魔力を止めれば隠蔽することは出来るが、あいつにその必要はないはずだ。


「くそ……、どうなっている……!」


腹いせに木を拳で叩く。

衝撃で表面が抉れ、大粒の水滴が頭を冷やせと言わんばかりに降り注いだ。


民間で力を振るう魔法使いや国家に仕える魔術師には劣るが、あいつの魔力量も相当なものだ。

通った場所なら多少時間が経っても分かる。


森の入り口はここしかないのだから見つからない筈がないのに、見つかるのは隠蔽の拙い邪魔者ばかりだ。


「そこの木陰にいる奴ら、出てこい。七人全員だ」


一々倒していたらきりが無い。

全員纏めて潰す。


「うおぉぉぉ!!」


程無くして、七つの烈哮。

そしてそれら全てが、一斉に飛び掛かってきた。


「雷、生の営みを断て」


剣を対象に、“麻痺”をかける。

そして俺を囲む全員を薙ぎ払うようにぐるりと回転しながら剣を振った。


俺を中心に放たれた円形の閃光は、全員の動きを完全に封じた。

彼等はビクビク痙攣しながら俺に恨み言を吐いているが、それに構っている暇は無い。


先を急ごうと森の奥を見据えた俺に、上から声が降ってきた。


「流石、噂に違わぬ腕ですね。高潔な聖騎士アプライト・パラディン様」


呼ばれた名に足が止まる。


ギルド内で登録されている俺の現在の二つ名。

次々と改名する傭兵もいるため勝手に設定される仮名であり、書類上ではこの名が使われている。


会長がかくあれと言って付けた名前で、自分はこの名が嫌いだったが、それ故にオマケみたいなこれを深く覚えていた。


この名を知っている者はギルドの関係者に限られるのだが……誰だ?


空を見上げると、木の上に人影が確認できた。

それは軽々と飛び降り、何事も無く地に足をつける。

そこに立っていたのは闇に紛れそうな大きめの黒い外套を羽織っている青年で、背からは黒い烏の翼が生えていた。


……この姿、どこかで見たことがある……。


「えっと、お初にお目にかかります。私は会長より任務を仰せつかいました諜報隊員のクロワと申します。まずは尾行の非礼を御許しください」


尾行……、烏の翼……。

記憶を呼び起こし、この男を探す。


「賭博場にいた、異形の青年か?」


彼は驚いた様子で俺をまじまじと見つめた。

今まで見たこともない黒い瞳が丸くなっている。


「あれ、気付いてらしたんですか?目立たないようにはしていたのに……」


「いや、たまたまお前に目がいっただけだ。いつもは見ない顔だったから覚えていた。それより用件はなんだ?」


こいつは、恐らく新米だ。

諜報は一切の無駄なく任務を遂行するのが基本。

ましてや尾行時に姿を見せる等もっての他だ。


そんな奴に会長は何の任務を託したのだろう?


「はい。実は現在この森にいる傭兵四人を誰一人として死なせるなと指令を受けたので、あなたにも協力して欲しいのです」


「……はぁ?」


こいつはふざけているのだろうか?

あまりにもギルドの利害に反する答えだ。

つまりそれは、ノートンの任務を妨害することになるではないか。


引き受けて傭兵に通達した依頼をギルド自身が邪魔するなど、どう考えても信用問題になる。


眉間に皺をよせると、クロワは身振り手振りを交えながら早口で説明を始めた。


「あの、詳しいことは会長の命で話せないのですが、ギルドの利害に関しては問題ないです。信じてください!」


頭を下げられても、怪しいものは怪しい。

全く信用ならない男だったが、俺達の目的は概ね一致しているようだ。

一人より二人の方がマシだろう。


「分かった、ひとまず今現在の状況を話してくれ」


「はい。まず各々に一人付いていた尾行ですが、残りの二人と連絡が途絶えてしまいました。最後の通信は森の中心部からです。まずはそこに向かってくれませんか?」


「中心部か……」


目印になるものがあればいいのだが、今はそんな悠長なことを言っている場合では無いな。


「了解だ。先導してくれるか?」


「お任せ下さい。では、見失わないようお願いします!」


矢のように加速した漆黒の弾丸を、俺は己の脚で追った。

邪魔な藪を焼き払いながら木々の間を駆ける。


さっきまでは目標も無く走り回っていた為に無駄な時間を費やしてしまったが、方角さえ決まれば俺の脚は馬をも凌ぐ。

この速度で木にぶつかればただでは済まないだろう。


それでも足を緩めるわけにはいかない。

今また、俺の目の前で命が散ろうとしているのだから。


自分がどうしようもないくらいお人好しだということは自覚している。

他人の為に命を賭すなんて馬鹿げていると自分でも思う。

でも、自分が死ぬより、自分のせいで他人が死ぬ方が何倍も怖いのだ。


人の死は、必ず誰かにのしかかる。

俺の背にも、殺した分だけ、見捨てた分だけの重さが乗っている。

親しい者なら、死んだという事実だけで重さが生まれてしまうのだ。


自分のことしか考えていなかった過去の自分は、そのことに気が付かなかった。

否、自分の事だけで精一杯だっただけかもしれない。

或いはやり場のない怒りを、他人にぶつけていたのか。


何れにしろ数年前までは、自分が生きる為、目的を果たす為だと思えば心を鬼に出来た。

それが傭兵である以上、求められる最低限の事で、自分もそうであろうとしていた。


自分は救いようのない馬鹿だったと思う。

良心を無意識に押し殺し、心がボロボロになっていく事に気付けなかった。


気付いていても、多分あの依頼を終えるまでは、あのまま突き進んでいただろう。



農民達の反乱鎮圧。



依頼主はある土地の領主。

参加人数は自由。

報酬額はよく覚えていないが、途方も無い数字だった事だけは鮮明に覚えている。


その額を見た時、俺は我が目を疑った。

それは俺が目的を達するに、十分すぎるほどの額だったのだ。

これで傭兵という戒めから解放されると思った俺は、嬉々として依頼に参加した。


しかし依頼主に会った時、どちらに正義があるかを知ってしまった。

圧政で民を苦しめていたのは、他ならぬ領主の方だったのだ。


なのに俺は報酬の額に釣られ、他の傭兵たちと共に民を斬り伏せたのだ。

あの霧雨の丘で巨剣を振るい、哀願する彼らをただ殺していった。

自分のためだと、仕方無いんだと言って。

感情を押し殺してでも、良心を踏みにじってでも俺は金が必要だったから。


そんな凄惨な戦いが何日続いたかはもう分からない。

日にちなんか数えている余裕はなかったし、数えたくもなかった。

ただ、殲滅が終わった最後の日に起こった出来事は生涯忘れないだろう。


傭兵同士の殺し合い。


一人の傭兵が報酬の分け前を少しでも増やそうと、一人の傭兵を背中から斬り倒したのがきっかけだった。

そして斬られた傭兵の友達が激昂し斬った傭兵に斬りかかるのが合図になった。

俺も報酬を増やしたかったが、斬れるわけがない。

全員が知り合いなのだ。

見ず知らずの人でも斬るには覚悟が必要なのに、顔を知る相手に新米が斬りかかれる筈がない。


地獄の中で立ち尽くしていると、一人の傭兵が俺の肩を叩いた。

この戦いの前夜、一緒に酒を飲んだ奴だった。

何度か愚痴を聞いてもらったり、アドバイスを貰った奴だった。

そいつは鋭い目、任務中の目で、俺に一言だけ強く言い放った。


やるぞ、と。


斬り合いには自信がある。

嫌でも体が勝手に反応してくれた。


魔術もあるし、生き残ることは造作もなかった。

代償に、心は引き裂かれたが。


「魔術でしょう、先に黒い霧がかかっています!恐らく近いですよ!」


クロワの声に、意識を現実に戻す。


成る程、木々の合間から闇が漏れ出ている。

そのせいで、雨粒が異常にはっきり見えた。


これ以上、出来るなら背負いたくない。

ならせめて、知り合いくらいは守らなければ。


「クロワ、お前は森の入り口まで戻ってくれ!俺の依頼主と相棒がいるから、お前はそっちを頼む!」


「え!?し、しかし」


「俺は大丈夫だから!早く行け!」


クロワが迷い、スピードを落とす。

彼は俺が追い抜くと、反対側へと飛んだ。


俺はそれを見て、エメリアをパートナーにして良かったと初めて思った。


そのまま闇に突っ込むが、黒い世界は長く続かなかった。


そこに広がっていたのは、最も鮮烈な記憶。

今しがた夢想した、地獄そのもの。

地獄が形となった、霧雨の丘だった。


「な……!」


その光景に絶句するが、次に見たものが与えた衝撃はその比ではなかった。


俺より少し離れた高い位置に、一人の女性が蹲っている。

小さめのランスを杖のようにして体を支えており、今にも倒れそうだ。

前を見据える瞳は燃えているが、力がない。


そしてその先には大鎌を掲げた四つの黒い影。

それが疾走を始め、その距離を縮めていく。


「雷、此処に顕現せよ」


口が勝手に動く。

膨大な魔力が雷となって、剣を包み爆ぜる。

体中のありったけの力を、腕へと、剣へと込めた。

その分体への負担も半端ではなかったが、そんなことに頓着していては駄目だ。

全身全霊を懸け、あの死神を払ってみせる。


圧倒的破壊を秘めた力を、俺はそのまま四人の死神に叩きつけた。


「我が敵を焼き払えぇ!」


光が走る。

全てを飲み込み、蹂躙する閃光。

それは世界を焼き払い、終焉に導くという伝説の竜の咆哮そのものだった。

一瞬にして、黒い四つの影が巨大な白の奔流に塗り潰される。

それは何物にも阻まれることなく、地を抉り、丘を削り、虚空の彼方を突き刺した。

さらに、天上の神々までも雷で焼き殺さんとするかのように、暗く濁った雲を貫く。


轟音に大地は震え、雨粒すら道を開けたのだ。

当然、通った跡には何も残らなかった。

あるのは変形した大地と、倒れた一人の女傭兵だけだった。


「キルヴィナ!」


駆け寄り、慌てて抱き起こす。

マントは千切れ、服はボロボロ、どこもかしこも傷だらけだったが、目は動いていた。

俺の姿を見止めると、弱々しいながらも言葉を発した。


「本当、馬鹿ね……。お人好しにも程があるわよ」


とりあえず生きていることに安堵する。

いつも通りの軽口も、今だけは神の福音に聞こえた。

キルヴィナがそう簡単にくたばるとは思っていなかったが、それでもこうして目にするまでは不安だったのだ。


しかし、ここで気を抜くわけにはいかない。

死神はまだ消えていないからだ。


「もう喋るな。今から真っ直ぐ走って、このふざけた世界から抜け出してくれ。頼む」


彼女は仕事に対してとことん冷静、冷徹だ。

今の自分を見て、戦闘続行しようとするほど子供じゃない。

だからこそ、安心して退くように頼めたのだが、彼女は俺の期待を裏切った。


「何よ、私はお役御免って訳?あんたなんかに任せられないよ」


にわかに気色ばみ、驚くほどに凛とした姿勢で立ち上がった。


「まだ回復はできるし、勝機はある。あんたは私なんかに構わずに、あのお姫様と兄妹を守ってなよ」


「馬鹿を言え。満身創痍の姿を見て、そんな強がり信じられるかよ」


「はっ!あんただって泥だらけじゃん。案外私よりもへばってんじゃないの?」


彼女は歯を食い縛りながら俺を睨んでいる。

彼女なら、今の状況は理解しているはず。

それでもここまで意固地になる理由が分からない。

この戦いに何か思いがあるのか、それともノートンに恨みでも覚えているのか。


しかし、俺もあの男には用がある。


「まったく……なら、早く治療しろ。足手まといにならないようにな」


「フン……最後の言葉、そっくりそのまま返すわよ」


「話は済んだか?」


黒い旋風が吹く。

中から現れたのは、やはりあの男だ。

大鎌を肩にかけ、静かに立つ真黒な男。


「久しぶりだな。待ちわびたぞ」


「そうか。俺は会いたくもなかったがな」


今の俺とこいつは、絶対に分かりあえない。

この景色の中で、俺は同じ道を進もうとしていた自分と決別した。


「お前のことだ、不意打ちで首を狙ってくると思っていたが、どうして見逃したんだ?」


「気まぐれに過ぎん。こうして無駄話をするのもな」


表情は動かない。

顔面が凍りついているようだ。

俺は油断なく剣を構え、キルヴィナもランスを手に取っていた。


現れたらすぐに戦闘だと思っていたが、何を企んでいるのか。

この行動は逆に警戒心が高まる。

結界を張っている?

それとも呪いをかけている?


「私はお前がどうなっているのか知りたかった。まるで数年前の私を見ているようだったから」


「何だと?」


「傭兵となってから鬼のように人を殺していたお前は、私と全く一緒だった。殺す事を嫌悪しながらも、止められない。自分の心が壊れゆくことを甘んじて受けていた」


殺す事を嫌悪する?

この誰よりも非情で、誰よりも冷酷な男がそんな言葉を口走るとは思わなかった。

それ以前に、こいつが任務中にこんな非合理的な会話をすることもおかしい。

気まぐれ、なのか?


「丘の上であった時とは、変わったようだな。私とは対極の道を歩んだか」


「当然だ。俺は死神のようにはなれない」


「そうだな。死神になるような男が、国を追われた姫君を救うはずもない」


エメリアのことも知っているようだ。

あの丸太を倒した奴等、アルスの店を襲撃した奴等と結託しているなら、それも当然の話か。


無駄だとは思うが、一応伝えておく。


「……三人には、手を出すなよ」


「もとよりそのつもりだ。私はお前たち二人の足止めが目的だからな。ただ、こちら側の依頼人が何をするかは把握しかねるが」


この一言で、俺が次に紡ぐべき言葉は決まった。


胃の底が、冷えていくようだ。

怒りはない。

ただ、自分が冷酷になっていくのは分かる。


目の前の障害を、取り除くために。


「……そうか。なら、ここでしばらく眠ってもらう」


霧雨の丘で、俺は再び大剣を振るう。

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