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Loyal Dragon  作者: 灯成 燐
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第十二章〜始動〜

ワイルドカード。

それは利便性に優れた万能の切り札。

しかし、この圧倒的な戦力差を覆すカードなんてあり得るのだろうか?


「俺とお前が組んだって敵わない。数は力だ。一息に押し潰される」


彼女が強がりで啖呵を切ったようには見えなかった。

と、なると自信過剰か、それとも……。


「ワイルドが二枚あれば必ずスリーカードが出来る。サイラスもメイビルも、ノーペアの雑兵ではかすり傷一つ負わせられないよ」


その名前は、俺を動揺させるには十分すぎた。


……キルヴィナ?

そんな、嘘だろ?

リストにあいつの名前あったか?


懐からふやけた紙を取り出し、一心に祈りながらそいつの名前を探す。

いや、無いことを確認していたと言った方が正しいだろう。


しかし。


「あるでしょ?街の役所から出された依頼が。彼女、行方不明者の捜索に行くんだって」


リストが鉄製のように重く感じられた。

その重みで、全身が泥に沈み込んでいくような気さえする。


まさか、まさかあいつも森にいるのか?

とうに殺されただろう人間を追って?

関わってはいけない相手がその場所に潜んでいるというのに!?


「何で、何で止めなかったんだ!本当に死ぬかもしれないんだぞ!?自分達のためならあいつを殺してもいいって言うのか!?」


我を忘れ、ローファの肩を掴んで揺さぶった。


あの男の危険性を知らない彼女を責めるのは筋違いだが、焦りと苛立ちが体を勝手に動かしていた。


「で、でもメイビルはその傭兵のことも知ってるみたいだったよ?私は絶対負けないって、自信満々だったし……」


「くそっあの馬鹿……!何が負けないだ!そんな保証は何処にもないのに!」


爪が食い込むほど強く固めた握り拳を震わせ、泥を踏みにじるように地面を掘りながら吐き捨てる。


いくらキルヴィナでもノートンが相手なら良くて五分五分だ。

その上一対多の戦いとなれば勝率はあまりに低い。

早く、一刻も早く森へ向かわないと!


「ローファ、アルスとエメリアをここで守っていてくれ!俺がキルヴィナを連れ戻す!」


死なせてたまるか。

何人斬ってでも連れ戻してやる。

せめて、大切な奴等ぐらいは守りきりたい。

守らなければならない!


走りだそうとする俺だったが、ローファが腕を掴んできた。


「ちょっと落ち着いて!今サイラスがいなくなったらこっちを集中して狙ってくるよ?行くなら全員で行かないと勝てないよ」


「でもそうしたらエメリアとアルスが!」


くそっ!

どうすれば、どうすればいい……!


「何を悩む必要があるんだ?友よ。答えは一つだろう?」


もったいぶった口調で割り込んできた声の主がからからと笑う。

ローファによく似た笑い方。


振り返ると、その隣にいた者が答えを導いた。


「行きましょう。皆で」


「お前……それがどういう意味か分かってるのか?」


今回ばかりは賛同できない。

どこの誰が何と言おうと、俺だけが行く。


キルヴィナを助け、邪魔な障害をすべて薙ぎ払ってから、皆で森を抜ける。

それしかない。


「分かっています。私たち全員が死ぬかもしれないということ、でしょう?」


「お前は自分が犠牲になってでも誰も死なせたくないんだろう?だが俺等からすれば、お前が死ぬのも俺ら全員が死ぬのも同じだ。全員生き残らなけりゃ意味が無いんだよ」


全員死ぬ、の件で突然目眩がした。

目の前の皆の姿もしっかり見えているのに、頭の中に映像が勝手に流れ込んでくるのだ。


土は赤黒い色に染められ、垣間見える空は灰色に濁っている。


側に立つ者は誰もいない。

死神はもう去ってしまったのだろう。


しかしそこはいつしかの丘ではなく、木々が声なく泣いているように滴が顔を打つ無音の森。

その中で亡骸たちは木に背を預け、寄り添うように眠っている。


見知った顔は4人あった。


「違う……」


これは幻覚だ。

相手の策略に違いない。


さっき丸太を倒した連中がどこかから幻術を使っているのだ。


それは分かっているのに。

目の前に皆が見えているのに。


その光景が、頭に焼き付いて離れない。


自分の無力を呪い、世の不条理を呪ったあの日。

力あるものが生き残るという単純な摂理を、ようやく知ったあの日。


あの悲劇を、俺は繰り返すのか?

また俺は他人を見捨てなければならないのか?


そんなおぞましい考えが頭をよぎった瞬間、無意識に俺はこう叫んでいた。


「もうたくさんだ!誰かを殺すだけでも辛いのに、親しい誰かが死ぬ所なんて見たくない!あの絶望も知らないくせに、偉そうなことを言うな!」


自分でも何故こんなことを叫んだのか解らなかった。

三人共に驚愕し、エメリアなんかは膝を地面に着いて呆然としている。


しかし今は一刻を争う。

この瞬間、キルヴィナは串刺しにされているかもしれないのだ。


自分の感情を闇雲にぶつけてしまった三人には悪いと思ったが、この隙に乗じて森の中へとひたすらに走った。




濡れそぼった赤い髪を振り乱しながら、当の本人は嵐の如く暴れ回っていた。


「はぁっ!」


風を纏いながら眩い緑の輝きを放つランスを振り、迫る騎士を次々と吹き飛ばしていく。

森の中央にぽっかり空いた広場は当然ながら樹木に囲まれているので、それに叩きつけてやった。


木からばらばらと落ちた滴が割れた鎧を打つが、それが止むことはない。


「数が多すぎる……」


近付かせたら負ける。

一撃でも食らえば隙が生まれ、滅多斬りにされる。


何より複数の相手がいる中で接近戦は不利だ。


しかしこの状況もいつまで続くか……。


「いい加減隠れてないで姿を現しなよ!私に怖じ気付いたの!?」


分かっている。

こんな姑息な手を使ってくる時点で、黒幕は彼奴だと確信した。

だからこそ、私がこの手でぶちのめしたい。


こんな雑魚共に、興味なんか無い。


「随分と威勢の良いことだな、女傭兵」


来た。

ヒヤリと冷たい、無感動な声。

同時に無数の騎士達が金縛りにあったようにビタリと硬直した。

姿は見えないが、やはり彼奴はここにいるのだ。


たったそれだけのことで、私は高揚していた。

ようやく、叶うんだ。


「早く出てきてよ。色々言いたいことがあるんだ」


積もり積もった怨恨の念。

その全てを張本人にぶつけたい。


復讐だの報復だのとは微塵も思わなかった。

彼のことも関係無く、ただこいつをぶっ飛ばしたいだけ。


「出てくるも何も、私はお前の目の前にいる。幻視で見えないようにしてはいるがな……。これで見えるだろう?」


掠れた声が止むと、突然鎧姿の騎士達が跡形もなく溶けだした。

そこに溜まった泥のような黒い液体が、私の目の前に立つ樹の枝の上に集束していく。

人の形を象ったそれが霧散すると、そこには一人の男が大鎌を肩にかけて座っていた。


色が抜け落ちたような白い髪は雨に濡れ、前髪が右目を隠すように垂れ下がっている。

そこから覗く深紅の瞳は、鋭いを通り越して痛いほどの眼光を放っていた。

頭は出しているが相変わらず全身真っ黒のローブで気味が悪い。


グレッグ・ノートンは彼の身長の二倍はありそうな高さから軽やかに飛び降り、全く滑ることなく泥を跳ねた。


「幻視で居もしない敵を見せて魔力と体力を消耗させて、自分は高みの見物か。大層なご身分だね」


冷めた、というより何も中身がない声が耳を擽る。

それはありったけの憎悪がこもったものより、胸をざわつかせた。


「……喋るだけ時間の無駄だ、殺す」


大鎌の刃が漆黒から血のような紅に変色する。

それが地を緩やかに薙ぐと、触れた草が嫌な音を立てながら腐敗し土に還っていった。

……あれに当たれば、間違いなく肉が溶かされるだろう。

しかし禍々しい得物とは裏腹に、彼自身はただこちらを冷たい目で見ているだけだ。


「……フン」


まるで人の邪悪そのものな姿に反吐が出る。

本当に殺すことだけを突き詰めた人間は、多分このようになるのだろう。

殺意にも人それぞれ独特の雰囲気があるが、こいつのそれは、明らかに異質で異常だった。


殺しにくるということは、戦いに身を置く者ならはっきりと分かる。

しかし、鎌が無ければ普通の人は怖くないだろう。


“殺す”という行動は取るのだろうが、そこに意味を見出していない。

自分が生き残るためでもなく、何かを得るためでも無い。

ただ予定に組み込まれている行動を、予定通りに遂行しようとしているだけだ。


感情が入り込む余地が無い、否、入り込むべき感情が既に死んでいるため、そこには一切無駄が生じない。

だからどんな人間よりも、殺しにおいては強い。


これこそが、悪。

私が倒すべき、敵。


……来る。

そいつの喉元を突き破るチャンスが、遂にやって来る。


「さぁ、始めようかぁ!」


自らを鼓舞するため大声で哭び、ランスを剣のように構える。

それを待っていたかのように、死神が真っ直ぐに突進してきた。


左から首を狙う鎌を半歩下がって外す。

大振りしてガラ空きの腹にランスを伸ばすが、流石にこれでは仕留められない。

身を捻ってかわされ、反動を生かして振るわれる灼熱の刃。


「……っつ!」


受ければこちらの得物が焼き切られかねない。

武器を失えば、そこに待つのは敗北のみだ。

後ろに飛びのいて回避するが、その隙を逃すほど相手も甘くない。

容赦なく熱風が目の前を横切っていく。


体を掠めるたびに痛みが走るが、一瞬でも気を抜けば真っ二つだ。

泥に足を取られながらも懸命に後ろに下がる。


……このまま押されるのはまずい。

大きく後ろに跳び、風の魔力をランスに注ぐ。

相手は素早く間合いを詰めにかかるが、これなら間に合う。

突きと共に撃ち出された突風は、投石機の如き衝撃を生み出しノートンを吹き飛ばした。


細い体が宙に舞うが、奴は曲芸師のように宙返りしながら体勢を立て直し、何事も無かったように着地した。

……これ程不愉快な曲芸も無いだろう。

表情は仮面でも付けているかのように最初から変わっていなかった。


「……チッ」


思ったより消耗が激しいようだ。

風の魔力をこれ以上使えば間違いなく枯渇する。

となればあとは水だが、これは戦闘には向かない。

遠距離戦は圧倒的に不利だが、接近戦では絶対的なハンデがある。


となれば待つのは主義ではないが、こちらから仕掛けるのは無謀だ。

自分で攻撃を受けても、相手に受けられても負けるのだから。


一心に避わしながら、僅かな隙を見つけて一撃で葬るのが最善の策だろう。


額にへばりつく前髪を横に分けて、敵を観察する。

少しの勝機を絶対に逃すまいと、目を凝らす。


しかし、そんな甘い考えは捨てるべきだった。

勝利を追い求めるあまり、欠陥だらけである自分の考えを盲目的に正しいと信じてしまったのだ。


私は失念していたのだ。


奴の本分は、幻惑戦だということを。


「虚影、作製完了。増幅、視覚支配……開始」


囁くような声なのにそれは不自然に響き渡り、森の空気を震わせた。

背筋に悪寒が走る、幾度となく標的に死を告げてきた悪魔の囁き。


同時に、雨だというのに木々から何十羽もの烏が一斉に飛び立ち、羽音を残して散り散りに去っていく。

まるで見えない何かに恐怖して、錯乱しながら必死で逃げるように……。


瞬間、黒い霧が鎌から噴出し、視界を塗り潰した。

それは押し寄せる波の如くあっという間に私を飲み込み、感覚全てを奪い去っていく。


風が死に、音が消える。

頭を打っているはずの雨粒の感覚も無くなった。

奴の声だけが、頭の中で反響している。


「独立行動、開始。個体魔力、安定。幻霧、範囲拡大……」


黒が渦を巻く。

煙と泥を綯交ぜにしたような、重苦しい質量をもった幻の霧。

それは次第に薄まっていき、埃が浮いているような黒い靄に姿を変えていく。


そして元の森が再び姿を現す、はずだった。


「な、何……これ……」


そこは、地獄だった。


無数の骸が転がる暗い霧雨の丘。

生気のない不毛の大地、その至る所に血だまりが浮いている。

地に転がっているのは四肢が千切れた、元は人だったのだろうおぞましいモノや、所有者がいなくなってしまった武器達。

生えていたはずの木々も、草も消えていた。

支配されているのが視覚だけだからか、雨に濡れた草の臭いはしっかりと感じられるのだが、それだけにこの光景が信じられなかった。


幻覚といっても、何でも見せることが出来る訳じゃない。

幻覚の展開者、そいつが過去に見たものしか見せることはできない。

逆に言えば、見たことがあるものなら、範囲を決めることで景色を塗り替えることも出来る。


つまりこれは、現実に存在した風景なのだ。


死体なんかは見慣れたものだが、この量は異常だ。

まるで国家間の戦争か、大災害の跡地のようだ。

かつてここで、一体何が起こったんだろう……。


「この光景は見たことが無い、か。そういえば、お前は参加していなかったな」


今度は頭の中にではなく、しっかりと聞こえた。

幻覚から正面の敵へ、意識を移す。

四人(・・)の、敵へ。


「この景色も、分身も幻視か。全く、便利な特性だね」


「ここにもうすぐ客人が来る。もてなしにはこれが一番相応しいだろうと思ってな」


客人、か。

多分あのお人好しの馬鹿のことだな。

流石にこの段階で気付いてないはずがない。

私を助けるとか言って、森の中を駆けずり回っているだろう。


足手まといが増えても困るし、この状況下で長期戦は無理だ。

さっさと終わらせないとまずい。

なら、自分から仕掛けるしかないか。


「あぁ、もう。予定が狂っちゃったよ」


三人は実体が無いとはいえ、自分から四人の敵に突っ込むのは気が引ける。

それは恐怖というより、生存への執着だろう。


しかし、戦場は憶すれば死ぬ。

だから私は自分で自分を鼓舞するため、切っ先を向け相手に向けて宣言する。


「全力で行くよ。体の何処に穴があいても知らないから」

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