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Loyal Dragon  作者: 灯成 燐
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第十章〜異端〜

森の入り口、未だ降りやまない小雨をさえぎるため、今は行方不明となった森番の小屋で休息。

丸太を組み上げて作られた粗末なもので、中の家具等は残らず野盗がかっさらっていったらしく何もない。


残っているのは壁にかかっている、狩りに使われていたのだろうくたびれた弓と矢が数十本と、まだまだ現役といった感じの手斧だけだ。

流石にこんなものは使い物にならないと踏んだのだろうか。

もっと上等な品はいくらでも持っているだろうし、売り物にもならないはずだ。


そんな空っぽの状態でもなお四人には少々狭いが、まぁ休憩だけなら十分だ。


「くはぁ、蒸し暑い……」


こういった建物は夏でも涼しいのだが、木造の分湿気は通しやすい。


床にへたりこみ、ガントレットを外した手で幾度拭っても、際限無く滲み出てくる汗に閉口する。


魔術の手伝いもあって彼女に重さは殆どなかったが、この高温多湿の中で二人の人間が身を寄せあっていれば、汗だくになるのは自明の理と言えた。

身を任せている方も楽ではないが、背負う方はなおさらである。


「なぁエメリア、お前、森の入口まで飛んでいくことは考えなかったのか?」


少し離れて、ローブを突き破っている翼を羽ばたかせて滴を飛ばしている彼女に呼び掛けた。

今考えてみれば、彼女の背の翼は何のためにあるのやら。


それにはエメリアの代わりに、ローファが答えてくれた。


「サイラスも魔術を使えるなら分かるでしょ。彼女が飛べるのは翼にかかってる“浮遊”のお陰なんだよ?そんな簡単に何回も使ってたら、今日大変なことが起こった時に使えなくなるじゃない」


一瞬何のことか分からなかったが、すぐにジョークだと気付いた。


ローファは俺なんて足元にも及ばない程魔術に長けているし、俺の知らない知識を沢山蓄えているのだ。

これはさすがに冗談だろ。

少なくとも、俺は魔術を使って疲弊したことなんて一度も無い。


「おいおいちょっと待て。何回使ったからといって減るものじゃないんだ、使えなくなるってことは無いだろ」


だから半笑いで流したのだが、それを聞いたローファは俺をまるで理解不能な超存在を見るような眼をして硬直した。


さらに彼女の向こうで胡座をかいていたアルス、幾分湿った翼を折り畳んで、座ったままうとうとしていたエメリアまで身を起こしてきた。


……今何かまずいことを口にしたか?

当たり前のことを言っただけなんだが……。


「え……冗談……だよね?魔術を行使すれば魔力を消耗するって、当然のことでしょ?」


アルスと同じ赤銅色の、大きな目を瞬かせる。

その兄も、真似するようにそっくりの表情を浮かべていた。

しかしそう言われても、俺にとってはこれが常識なのでどう答えればいいのか分からず、気まずい沈黙が流れてしまう。


「……あ、やはりそうなのですか。ずっと飛び回っていると体の自由が利かなくなるのも、魔力の消耗が原因なのですね?」


その空気に耐えかねたのか、唐突に出したエメリアの推測をローファは問題なく肯定する。


「肉体的な疲労もあると思うけど、魔力の枯渇は身心に多大な影響を与えるからね……。後天的に発現した魔力でも変わらないはずだし、普通は尽きた時点で立ってられなくなるよ」


普通は、を強調したのは、俺が異端であることの念押しだ。

あまり聞いていて気持ちの良い話ではないのだが、魔力を持ち合わせていないアルスにまで目を伏せてうんうんと頷かれてしまう。


「俺はローファから聞かされた程度の知識しかないが、魔力が尽きないなんて流石に素人の俺でもおかしいと分かるぜ。あり得ないぐらいの魔力量なのか、それとも魔力の変換効率が尋常じゃないぐらい優れてるのか……。どっちにしろまともじゃないな」


「まともじゃない……か」


俺が剣を振るうたびに言われるのでもう慣れてしまったが、まさか魔力が原因だとは思いもしなかった。


俺は平凡な農民の家系に生まれたのでこれといって魔術に関する鍛錬も行ってこなかったし、両親が魔力を持っていなかったこともあって、自分が使う魔術など取るに足らない子供だまし程度のものだと解釈していたのだが……。


「サイラス」


普段の呼び方とは違う、思わず居住まいを正したくなるピシッとした声。

下を向いて思案にふけっていた俺は、背筋を伸ばして視線を前に戻したとたんに額を指ではじかれた。


とはいっても所詮は女の子だ。

目一杯やったつもりだろうがあまり痛くは無かった。


エメリアは狭いというのに大きく翼を広げて、腰に両手をあててこちらを見下ろしている。

いつもは威厳の欠片もない彼女だが、こんなポーズなら偉く見えなくもない。


「目を合わせればいつもいつも……すぐに考え込んでしまうのは貴方の悪い癖ですよ。他人と違うことが必ずしも悪ではないでしょうに」


まるで出来の悪い弟子を抱えた職人のように、やれやれと肩をすくめて大きく息を吐き出した。

教えられてばかりの俺は、確かにエメリアの弟子かもしれない。

背丈の低い少女が鎧姿の傭兵に説教を垂れている構図を思い浮かべると、ちょっと笑えてきた。


「はは、それをお前に言われると流石に返せないな。分かった、気を付けるよ」


笑っている俺を見て、本当に分かったのですか?と言わんばかりの顔をしたが、彼女はその言葉を飲み込むと、座って目を閉じた。


ほんの僅かな小休止の間まで眠るつもりらしい。

寝ること自体は別に構わないが、びしょ濡れの黒いローブのままでは風邪を引きかねないな……。


「ローファ、エメリアに“乾燥”をかけてやってくれないか?お前、炎も使えるんだろ?」


彼女はボーッとしていたのか、かなり近い距離なのに聞き直してきた。


「……え?あ、御免。何か言った?」


「エメリアちゃんに“乾燥”をかけてやってくれ、だとよ。自分もぐっしょりなのに女を優先するとは、いい旦那様じゃないか」


未だに勘違いしているアルスがにやつきながら妹にフォローを入れた。


……放っておいた方がいいとはいえ、この分だとあちこち言いふらしかねない。

エメリアが只の町娘だったらそれでもいいが、残念ながらそうはいかないのだ。


探られるのはまずいが、ここで釘を指しておかないと後々面倒の種になりそうだな……。


「……二人とも、エメリアのことなんだが」


この言葉は中途で遮られてしまう。


「他言は無用、だろ?そのぐらい言わなくても分かってるよ」


これには少なからず驚かされた。

まさか、最初から正体に気付いていたのだろうか?


こいつがクローベルの都市部に住んでいるならいざ知らず、ディプロの排他的都市、ヴァンゲスの一般住民が他国の王位継承者を気にかけることなど有り得ないと思っていたが……。


「何せお前には勿体無い位の美人だ。その上気丈でどこか気品もある。噂にしたら何人邪魔が入るか分かったもんじゃないぜ」


……俺の驚きを返せ、アルス。

勘の鋭いお前が言うから真に受けたじゃないか。


相手の想像とは違う意味で苦笑いを浮かべ、エメリアのローブを摘まんで目を閉じているローファに向き直る。


「ローファ、分かってくれたか?」


「炎宿す天空の日輪は水を払い乾きを与え、凍てる氷司る神は熱を払い汝を護る……」


短い詠唱を終えると、ローブから物凄い水蒸気が立ち上ぼり始めた。

エメリアが茹で上がってしまうのではと不安になって近寄るが、それは全く熱さを感じさせないまま霧散していく。


「……凄いな」


炎の魔術は制御が難しく大抵少しの熱を伴ってしまうらしいが、彼女はそれを氷の“冷却”で見事に補っている。

右手が白、左手が赤い光を発しているのはそのせいだろう。


「あはは、凄いなんて……言いすぎだよ。このくらい両方の魔力さえ持ってれば誰でも出来ることだし、“乾燥”も“冷却”も初歩的な特性だしね」


閉じていた眼をこちらに向け照れ臭そうに笑うが、謙遜としか取れなかった。


……本当に、凄い。

“疾駆”や“発光”も初歩だが、俺にはあんな真似はできない。

そもそも特性を組み合わせて使う魔術という概念が、俺の中には無かった。


……これを使いこなせれば、もっと強くなれる。

強くなれば、敵を生かすことも……。


「ローファ、それ、どうやってやるんだ?」


至極真面目に聞いたのだがここも不思議そうな顔をされた。


「え、あれ?サイラスって確か雷しか使えないんじゃなかったっけ……」


「あー、違う違う。特性をどうやったら合成できるのか聞きたいんだ」


彼女は三度不思議そうな顔をしたが、すぐに首を振って頷いた。

赤銅色の目を情熱に輝かせながら。


「分かった!それじゃあここは狭いから外に出よっか。とりあえず……そこの弓矢を持ってきてね。あっ、雨の心配は要らないよ。雷の“誘導”で私達には当たらないようにしておくから」


言うが早いか、亜麻色の髪を踊るように揺らしながら、鼻唄混じりに小雨の中へと飛び出していった。


あれ?

ローファってここまで元気な奴だったか?


「ははは、あいつ、久々に教える相手ができて嬉しいんだろうさ。こっちに来る前は街の大人もあいつの話を熱心に聞いてたんだぜ?ローファ・カインは一流の魔術師だってな」


アルスが目を閉じながら懐かしそうに笑う。

昔のこと、故郷のことを思い出しているのだろう。

……俺は、何時になったら帰れるのか。


「そんな立派な師匠が教えてくれるのなら、俺も気合を入れなおさないとな」


ふっと浮かんだ考えを握りつぶすよう、矢筒を強く握ってローファの元へと向かった。

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