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Loyal Dragon  作者: 灯成 燐
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第一章〜奪還〜

投稿は初めてなので読みづらいかもしれませんが、楽しんでいただけると幸いです。

小高い丘に囲まれた緑一色の草原の中、不気味な沈黙に包まれている黒い砦。

その近くに鬱蒼と生い茂る背の高い茂みの中で、俺、傭兵のレイ・サイラスは獲物を狙う獣のように息を潜めて時を待っていた。


俺は大国クローベルの国王から王国の騎士団と協力し、目の前の砦に囚われた姫を助け出すよう依頼を受けていた。

作戦上ではまず騎士団が正門に総攻撃をかけ敵を引き付け、その間にレイが中に潜入、姫を奪還する段取りになっている。

あきれるほどに単純なものだが、相手は最近クローベルに滅ぼされてしまったある小国の軍中で再起を誓って集った有志の兵だけらしいので大丈夫だろう。


襲撃は夜更けに開始とのことだ。


「そろそろ…か」


生温い風が吹き抜け、茂みが騒つく音と共に地に下ろした鞘から大剣を引きずりながらゆっくりと抜く。

人が使うものとは思えないようなこれは俺の身長を優に超える程巨大な物で、腰にはまず差せないのでいつもは鞘ごと背に縛ってある。


腕力には自信があるがさすがにこのままでは使えないので、決戦前の一工夫を施す。


(いかずち)よ、須臾(しゅゆ)にして天駆ける光よ。我に力を」


もうすっかりお決まりとなった呪文を唱え腕に力を込めると、仄かに黄色の光を放ち始めた。


“疾駆”はやはり使いやすい。

この呪文を唱えるだけで、信じられないような速度で全身を動かせる、つまりは肉体の強化ができるのだから便利なものだ。


「準備は万端……さぁ、来い……!」


呟くと同時に、図ったように遥か上空で赤い火花が散った。

突撃の合図。

その時、今まで警戒を怠らなかった裏門の番兵が、火花の爆ぜる音に驚き後背の空を振り仰いだ。


チャンスだ。

茂みから飛び出し、鬨の声が轟く中を音もなく駆ける。

火花が数秒間煌めき、やがて消えたその刹那。


「じゃあな」


横薙ぎ一閃。


視認できないほどの光の一撃は、兵に悲鳴を上げる暇すら与えず体を上と下に分ける。

返り血を浴びるわけにもいかなかったので、そのまま門まで張り付きに行った。

後ろでは、上半身が土の上に落ちるベシャッという不快な音が響いた。


これで侵入路は確保できたな……。


溜め息を吐き空を見上げると、背後の血だまりと同じ、赤い満月が見下ろしている。


「……チッ」


……殺しは好きじゃない。

俺は月明かりから逃げるように、中に入って裏門を閉めた。




暗い。

何も見えない。


この砦は何千年も前に滅んだ国のものらしいから灯かりがないのは当然だが、敵に魔術使はいないのだろうか。

自軍の拠点すら満足に管理できないような状態でよく姫を誘拐なんて出来たものだな、と感心させられてしまった。


ともあれ、この暗闇では自分が動くことすらままならない。

腕の光は、照明としては役に立たないのだ。


「光、照らせ。我が手の内で灯火となれ」


呪文を詠唱し手を開くと拳ほどの白い光の玉が現れ、辺りを眩い光で照らし始めた。

潜入には少し目立ちすぎる気もしたが、俺は魔力の加減がどうも苦手でいつも最大出力になってしまう。

まぁ今は恐らく正門の騎士団を抑えるのに兵力を割いているだろうし、万一見つかっても倒せばいいだけだ。


右手に大剣を、左手に魔法の灯火を持って俺は常闇の廊下を進み始める。


いくら進んでも周囲は変わり映えのしない汚れに塗れた石壁で、等間隔に火の灯っていない枝つき燭台が突き出ている。

その中間点に、錆きった鉄扉が両側の壁に設けられていた。

侵入者を惑わせるためにわざとこのような設計にしてあるのだろうが、騎士団が送り込んでいた諜報員に姫の部屋は事前に聞いていたので問題無い。


俺の足は迷うことなく進み続け、突き当りを右に折れる。

敵は、いない。


「……うぅん……」


人を斬らないことに越したことは無い。

だが、誘動作戦が上手くいっているとはいえ、少し無警戒すぎないか……?

これだけ派手に光を使っているのだから、誰か一人くらいは気付いてもいいはずだ。

それとも全兵力を正門に注がなければならない程、頭数が足りていないのだろうか……?


あるいは……。


「罠、か」


あり得なくも無い。


姫が捕らわれているのはこの上、二階の奥だ。

踏み込ませるだけ踏み込ませ、部屋を出たところを包囲していた兵が滅多切りにする。

実に合理的で確実、リスクも少ない策だ。


……普通の戦士が相手ならば。


「……俺にはやるだけ無駄だがな」


俺は魔術師ではないが、純粋な剣士でもない。

それ故に、魔術師はともかく腕っ節だけの剣士に負けることは絶対に無い。


ならば、罠であっても真っ向から粉砕してやればいいだけだ。


横に広い、これまた鼠色の階段を一歩一歩踏みしめるように上りながら剣を握る手に力を込めた。




結局、姫の部屋まで誰に会うことも無く無事に辿り着いてしまった。

来る途中、いつまでも同じような空間で自らの足音だけが延々と耳に残り続けるのは中々気味が悪かったが、襲われるよりは良い。

外の音すら遮断されているので状況がどうなっているか非常に気になるが、此処についた以上は関係ない。


光る手に剣を持ち替え右手で扉を押してみるも、案の定鍵がかかっていた。


開かないなら、破る。

俺は両手で思いっきり大剣を握り締めて後ろに引き、渾身の突きを入れた。

元々脆そうだった扉は馬の突進より強烈な一撃を受けると、鉄同士が擦れる嫌な音を出しながらあっけなく風穴を開けた。


俺は剣を片手に携えたまま、穴に手を突っ込んで鍵を開け中に押し入った。




中はとても狭い上に何も置かれておらず、間違いなく人が住むべきではない部屋といえた。


監獄のようなそこは鉄格子から差し込む月光が唯一の灯かりになっており、薄暗くはあったが真っ暗闇という訳ではなかった。

その真下で、姫は壁にもたれて眠そうに目をこすっている。


確かに、姫だ。


流れるような蒼いストレートの長髪、優しげな深緑の瞳、どこか幼さを残す顔立ち。着ている白いドレスも聞いていた特徴と一致する。


だが。


あれはなんだ?


ドレスを突き破って生えた、ドラゴンのような緑の翼。

その下に投げ出されている同色の尻尾。

そして頭に生えた、短い双角。


何なんだ、これは……。


呆気に取られている俺を見とがめた姫は、深く嘆息した。


「はぁ、やっぱりそうなりますよね……初対面ですし驚くのも無理はないのですけど……」


調子は低いが、澄んだ綺麗な声だ。


「わ、悪い。聞いてなかったから、びっくりしちまって」


慌てて頭を下げると、姫は寂しげに笑った。


「私だってこうなるとは思いませんでした。この城に幽閉された次の日の朝には何故かこの姿になっていたのです。父上が知るはずもないでしょう」


一旦言葉を区切り、後ろを向いて月を見上げる。

尻尾が軽く床を叩き、乾いた音を立てた。


「しかし、いつまで嘆いてもこの姿が戻るわけではないのです。まずはここを脱出する方が先決でしょう」


そう言って振り返りざまに俺に向けられた笑顔は、先程とは比べ物にならない位眩しい物だった。


強い女性だ。


「私はエメリア・マークハント。クローベル国の第一王位後継者です。貴方の名前は?」


「俺はレイ・サイラス。お前を助けに来た傭兵だ」


そこまで言ってから気付いた。

今初めて名乗ったのに、なんで最初から俺が味方だとわかったのだろう……?

普通はあんな乱暴に入ってこられたら怯えると思うのだが……。


思案する間を与えず、エメリアはニコニコしながら右手を差し出した。

俺も促されるままに柔らかな手を握る。


「宜しくお願いしますね?」


「あ、ああ」


どうにも掴めない人だ。




あと一歩遅かったら、少し危なかったかもしれない。

廊下の両端から続々と敵兵が簡素な槍を携え突っ込んで来たからだ。

しかし、奇襲というのは分かってさえいれば全く怖くないものだ。

自分の身は問題無いとして、あとは姫、エメリアを守れるかだな……。


「終わるまではじっとしていろよ。いいな?」


剣を下段に構えながら、目線を後ろに向け早口で告げる。

敵は既に廊下の中ほどに来ていた。

エメリアが強張った表情で小さく頷いた瞬間、俺は元来た道を戻るべく左側の敵へと猛進した。


「はっ!!」


地を蹴り瞬く間に敵の懐に潜り込む。

下段から斬り上げる神速の一太刀で槍を弾き飛ばし、その勢いを生かして左の回し蹴りを喰らわした。

木の葉のように吹っ飛んだ敵兵は、五人を巻き込んで階段を転げ落ちていった。


「伏せろエメリアぁ!」


次に一番手近にいた奴を片手で持ち上げ、力任せに後ろへぶん投げた。

矢のように飛んで行ったそいつは間一髪でエメリアの翼をかすめ、一丸となっていた兵士達に突っ込んだ。

八人くらいが一斉になぎ倒され、失神したのか動かなくなる。


よし、これでひとまずは……。


「レイ!前です!!」


エメリアの必死の叫びに前を向くと、槍先が眼前に迫っていた。

鈍い光を放つそれが、凶刃と呼ぶに相応しい危険な輝きをはらむ。


「うおっ……つ!野郎ぉ!!」


額を貫こうとしていた突きをすんでの所で後ろに避け、槍を剣で真っ二つに斬る。

相手が驚いた僅かな隙を逃さず拳を腹に叩き込むと、壁に叩きつけられてめり込み気を失った。


「危なかった……ありがとう」


エメリアは固い表情のまま頷いた。

さすがに命のやり取りを前に恐れと緊張が隠せないようだ。

……こんな善良な人間を、死なせるわけにはいかない。


「走るぞ!」


「あ……待って下さい」


前を向き走り始めようとした俺を、彼女は何故か引き留めた。

早くしなければ、何時新たな敵が上がってくるかも分からないのにだ。


「あの……逃げる時は、全力で走っても大丈夫です」


「……は?」


思わず声が上ずった。

クローベルの国王家には魔術の才が無いと騎士団長から聞いている。

“疾駆”が使えないのに、どうやって本気の俺について行くと言うのだろうか……?


「……気遣いはいらない。俺がお前に合わせれば済む話だからさ」


一応言ってみたが、やはり本気のようであっさりと否定される。


「いえ、そういう意味ではなく」


エメリアが雪のように白い両手をひらひらと振った。

同時に、その背に生えた翼を大きく広げる。


そこで彼女は、少し誇らしげに胸に手を当てこう言い切った。


「ふふ、これが伊達に生えていないこと、お見せしようじゃありませんか!」




「……本当に、凄いな」


彼女の能力に、半ば圧倒されてしまった。


先で待ち構えていた敵兵共は、俺たちが姿を現した途端に武器を構えたまま悉く固まった。

翼を広げたエメリアと、足に“疾駆”の魔術をかけている俺。

常人がその動きを完璧に捕捉するなど出来るわけもなく、大体は自棄になって武器を振り回すが、俺はその脇を、エメリアは上をあっという間に抜き去っていった。


結果、ものの数秒で裏門に戻ってこれた俺達は、やがて撤退する予定の騎士団と合流すべく、砦から離れた丘の上にある暗い森へと先に向かっていた。


「そんな、これは私が努力の末に生み出したようなものではありませんし、褒められることでは……」


エメリアは謙遜こそしているが、硬くしなやかな尻尾が犬みたいに左右に振られていた。


「それでも助かったことは確かだ。ありがとう」


その仕種がなんだか可愛らしくて頭を撫でてやると、拗ねた顔で俯いた。


「む……子供扱い、しないで下さいよ」


それでも尻尾は振られたままだ。


王族や貴族というのは正直あまり好きになれない人種だったが、彼女には少なからず好感が持てた。

家柄や血筋に対する傲りや自尊心は欠片も感じられないが、王族たる故の強さと高貴さは、監獄での落ち着いた態度からしっかりと感じ取れた。

しかし、かといって近づき難いという訳ではなく、むしろとても接しやすく話していて楽しかった。


彼女のような人物が、もしかしたら王に最も適任なのかもしれない。


「さぁ、急ごう。追っ手が来ないとも限らないし、皆待ってるだろ」


「……そうですね」


エメリアはぎこちなく同意して、尻尾を地面に垂らした。


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