魂が引き寄せられた先は(4)
精霊召喚の儀はさしたる問題もなく、順調に進んでいる。
すでにAクラスの生徒達は精霊との契約を果たし、召喚の祭壇から出て、互いに自分が召喚した精霊について興奮冷めぬままに話し合っている。
代わりにBクラスの生徒達が召喚の祭壇に入って行き、召喚を終えた生徒が1人、また1人と出てくる。
マグナはというと、もうすぐ自分の番がやってくると思うと、一度は落ち着いたはずなのだが、やはり興奮と緊張が押し寄せてきて、どうしようもなく落ち着きがなくなっている。
特に、召喚を終えた生徒達は互いに、「おめでとう!」とか、「これで俺たちは精霊召喚士になったんだ〜!!」と、喜びを爆発させているのだから、マグナの心は激しく揺さぶられているのだろう。
それでも、気を引き締めようと、マグナはグッと両手を握り込み、これから向かう召喚の祭壇を見据える。
大丈夫、何も問題ない。
自分は精霊召喚士になる。
それだけを考え、心穏やかに、ゆっくりと落ち着きを取り戻しながら、静かにその時を待つのだった。
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Bクラスの最後の生徒が戻り、いよいよマグナがいるCクラスの生徒達の番が回ってきた。
「さぁ、次は皆んなの番です!先生について来て下さいね〜!」
Cクラス担任のミデア先生の声でマグナ達Cクラスの生徒達は立ち上がった。
ミデア先生は小柄で、栗毛のショートカットと赤い丸メガネが特徴の新任教師。
新任教師とはいえ、1年近く経った今はたどたどしさはなく、教師として板についてきたように見える。
ミデア先生の後を追うように、クラスメート達が歩き始めたが、ふと気になる声が聞こえてきた。
どうやら、精霊を召喚できなかった生徒がBクラスにいたようだ。
落ち込んでいる2人の男女を、友人達が励ましている姿を横目で見ながら、マグナはそそくさとその場から離れ、先生達の後を追った。
召喚の祭壇の入り口に近づくと生徒たちは1列に並んで中に入っていく。
普段は閉まっている大扉が開かれ、中へ入ると30人が入ってもなんら問題ない広さの部屋になっていたのだが、祭壇などが祀られているわけでもなく、物は何一つ置かれていない空っぽの部屋だった。
いや、一ヶ所だけ変化があった。
部屋の中央にマグナの前に歩き出したクラスメートたちがいたのだが、少しづつ人数が減って行っている。
そこに近づいて行ったマグナが見たのは、地下に向かう階段。
それほど待たずにマグナも階段を下って行く。
幅は4人程並んで歩けるほどで、壁と階段にはレンガが敷き詰められており、所々壁の窪んだ箇所にロウソクが設置され明かりが灯っている。
5分程で階段は終わり、開けた部屋に到着した。
部屋には扉が5つあり、先を歩いていた生徒は扉の前に順番に並んでいっている。
マグナは1番左端の4番目に並び、部屋の中を見回していた。
「はい、みんなこっちに注目して下さい。はいそこ!おしゃべりしないで!」
前を向けばミデアが前に立ち、Cクラスに呼びかけている。
「それじゃあこれからみんなには精霊召喚の儀式を行なってもらいます。みんなの前には扉が5つありますが、この先は顕現の間と呼ばれる部屋になります。そこには召喚の儀式を行う祭壇があります。どれも同じ作りになっているので、違いはありません。
なぜ5つもあるの?と疑問に思うかもしれませんが、この顕現の間は精霊を召喚できるようになってから意思疎通を図る場としてよく使われるため、多くの生徒が訪れる場所です。その為同時に5人まで使うことができるようになっています。
中にはすでに1人の先生がサポートするために入ってもらっています。
なので、落ち着いて精霊召喚の儀式を行ってください。
それでは、1列目の5人は前の扉に進んでください。
あっ、1番左の部屋は私が立ち会います。
一緒に行きましょう、さぁ。」
ミデア先生は マグナが並ぶ列の扉を開け、前の生徒と中に入っていった。
促された他の生徒たちは、顔を見合わせながら不安そうに扉を開け、中に入っていった。
2列目以降の生徒たちは不安を口にする者もいれば、どんな精霊を従えるか、こんな精霊がいいと心を弾ませている者もいる。
そうこうしていると、1列目の生徒たちが部屋から出てきた。
どうやら、5人とも精霊召喚に成功したのか、顔には笑みが見受けらる。
それを見て、待機している部屋の中は歓喜と興奮で騒がしくなった。おめでとうの声が響き、次はお前の番だと肩を叩いて鼓舞して回っている。
そして、続けとばかりに2列目の生徒たちが入って行き、召喚の儀式は進められていった。
マグナはというと、その光景を外から眺めていた。
輪に入れない、というわけではないのだが、どこか引目が有り、1年近く一緒に過ごしたクラスメイトたちではあるが、どうしてか距離を置いてしまっている。
それもあって、マグナに近寄って来るクラスメイトは余りいない。
現に、召喚の儀式を終えたクラスメイトが マグナに近寄ってくることはなかった。
それでも、 マグナは心の中で呟いた。
「(みんなおめでとう。よかったね。僕も頑張らないと!)」
周りにクラスメイトがいなくとも、 マグナはやる気を漲らせていた。
暫くして、3列目の生徒たちも出てきたが、 マグナの前の扉はまだ開かない。他の列は5列目まで進んだ頃、ようやく マグナの前の扉が開き、中から男子生徒が出てきた。
彼の名前ロット・ディホルスト。
13歳にしては背が高く、目は細目ではあるが全体的に整った顔立ちで、中でも特に目を引くのは、サラサラの金髪と左耳につけられている小さくとも赤く透き通った宝石をあしらったピアスを付けている。
成績も上位に位置し、チャラく見える反面、中身は優しく真面目な優等生で、男女問わず親しく付き合っている人気者だ。
「どうしたんだ、ロット?だいぶ時間かかったんじゃないか?」
「中で何かあったの?」
「お前の事だから、なんかすげぇ精霊呼んじゃったとかか??」
そんな彼に数人のクラスメイトが近寄って行き、話しかけた。
ロットはバツが悪そうに目線を下に一度向けたが、深呼吸をしてクラスメイトに向き直り、笑顔で答えた。
「いやぁ、どうも失敗しちゃったみたいでさ。中々上手くいかなかったよ。まぁ、今日は出会えなかったけど、機会はまだあるからさ。次に期待するよ!」
マジかよとか、ウソだろうと周りはガヤガヤ言い合っている中、その影にいて、話を何気ない感じで聞いているマグナに気付き、ロットは声をかけた。
「 マグナ君、ごめん遅くなってしまって。中でミデア先生が待ってるから行ってくれ。頑張って!」
それ聞いて、はっと自分の番になっていることを思い出して、 マグナは扉を開け中にはいるのだった。
扉を開けると降りてきた階段同様、レンガが敷き詰められた通路を通り、少し開けた部屋に出た。
正面には祭壇と思われるモニュメントがあり、傍にはミデア先生が立って待っている。
マグナは祭壇に近付き、マジマジと周囲を見回す。
祭壇と思われるモニュメントはこの国を代表するアルドア火山を模した形をしている。そこには7つの台座が有り、内6つには紋章が描かれており、それぞれ属性を表している。
属性とは、精霊自身の特性、または性質と置き換えても良いだろう。
属性の種類は一般的な物で、火、水、風、土の4属性と、4そよりも現れるのは少ないが、光、闇と呼ばれる2属性。
そして、極々稀に現れるどの属性にも属さないものが存在するため、一つだけ何も描かれていない台座が置かれている。その為、台座に何も描かれていないことから、7つ目の属性を無属性と呼ぶ者もいる。
配置として、火口に取り付けられた台座には火属性の紋章が描かれた台座が、その右隣りには空に浮くように見えるよう設置された風属性の台座が、火属性の真上には光属性の台座がある。
アルドア火山の裾野には土属性の台座があり、左隣りには大海に位置する場所には水属性の台座が、右隣りには生茂る木々を模した部分が影を作り、闇属性の台座が置かれている。
最後に、火属性と土属性に挟まれように、中央部に当たる場所に何も描かれていない無属性の台座が設置されている。
授業の中でこのモニュメントに付いての説明を聞いていた マグナだったが、ただの作り物としか思っていなかった。
しかし実際に見て、言葉が出せない程の圧迫感、存在感を感じ、どこかに置いてきた緊張が再び自分に襲いかかってくるのを感じている。
「 マグナ君、それでは精霊召喚の儀式を始めましょう。手順はちゃんと覚えていますね?」
「ひゃっ!は、はぃ!」
ミデアの声で現実に引き戻してもらい、深呼吸をして正面の台座をもう一度見回す。
今度は落ち着いて確認し、そこから台座に一歩近づき、制服のポケットから六芒星の描かれたペンダントを出し首から下げた。
「あら?ペンダントを付けていなかったの?」
「えっ?あ、はい。ずっと付けておくようにと言われてましたけど、その、嬉しくて寝れなくなってしまうんです。ははっ。」
「あぁ、なるほどね。その気持ちはわかりますよ。
ただ、そのペンダントは精霊との親和性を助ける大事な物です。肌身離さず常に共にあれ。そう言われている物ですから、これからは外してはダメですよ。」
「はい。気を付けます。えぇっと、そうしたら次は呼び掛けをするんでしたよね?」
「そうです、手順はわかっていますね?」
「はい、大丈夫です!」
呼び掛けとは、精霊を召喚する際に最初に行う儀式である。
精霊の元と言われている聖霊魂。それは本来は目に見ることができないものだが、この顕現の間では、視覚することができる。
それは、顕現の間に展開されている精霊結界によるものだが、この聖霊魂を台座の元に呼ぶという儀式だ。
呼ばれた聖霊魂はモニュメントに設置された台座に集まり、その集まった台座が顕現する精霊の属性を表すようになっている。
また、その聖霊魂が集まって出来上がったものの大きさが、その聖霊の資質を見極める一つの基準になるのだが、生徒でそれを知る者はいない。
祭壇の前に立った マグナは目を閉じ祈るような姿勢をとった。数秒程意識を集中し、両手を開いて前に突き出し、呼び掛けを始めた。
「猛き火よ、生命の水よ、豊潤なる土よ、試練の風よ、照らす光よ、閉ざす闇よ、この世に漂う数多の精霊達よ、我の隣に立ち共に歩まんとするならば、その姿を現したまえ!」
言い終わるやいなや、目を開けたと同時にマグナの体から目視では確認できない強い圧が放たれた。
精霊を召喚できるもののみが持つ力。その名はそのまま精霊力である。
俗に言う魔法使いと呼ばれる者は、魔力を使い超常の力を発現するが、精霊召喚師はこの魔力と言うものを持たない。
変わりに精霊力を精霊に与え、精霊を介することで超常の力を発現することが可能となる。
生活する中で、目には見えずとも常に精霊たちに支えられ、育まれているという宗教的思想を信仰している国の中で、精霊召喚師にだけ許されたもの。
それは、自分だけの精霊を顕現することである。
マグナの体から解き放たれた精霊力はモニュメントを通じて地下から地上に拡散される。
その拡散された精霊力を感知した聖霊魂はその元となる場所、すなわちモニュメントに向かって集まりはじめる。
普段は見えない聖霊魂が、淡い光を放った綿毛のような姿で天井や周りの壁、床から少しずつ姿を現し、ある1カ所の台座の上に集まっていく。
周りに起きた幻想的な光景に目を奪れ、ひっきりなしに顔を動かしていたマグナは、他より一回り大きい聖霊魂を見つけ、自然とそれを目で追っていた。ゆっくりと上下に揺れながら、台座に向かう綿毛。それが台座にたどり着こうとした時、 マグナは目を見開き、一瞬硬直した。
いつのまにか集まっていた聖霊魂の塊が台座の上に浮かんでいるのだが、自分の体よりも明らかに大きい。
他のクラスメートのものも見たことがないため、これが普通なのか?と思い、ミデアの方に視線を向けたがミデアの顔も目を見開き口元に手を当てている。
これは、やはり大きいのか?と思いもう一度聖霊魂を見たマグナは、属性の確認をしていなかったことに気づく。
「属性は………火属性か…。」
1人事のように小さく呟いたマグナは、次の儀式に移ろうと、ミデアに確認するため、振り返る。
「先生、属性は火属性でした。このまま契約の儀式に入っていいですか?…先生?……先生〜!!」
マグナの叫びに反応してか、ミデアの視線は台座に集まる聖霊魂から一瞬 マグナの目に向けられたが、すぐに聖霊魂に戻される。そして数秒の後、口元に当てていた手を離し、真剣な表情で、 マグナに語りかける。
「マグナ君、火属性と言いましたが…本当に火属性ですか?……私の目には無属性に見えていますが……。もう一度よく見て下さい。」
「え?いや、だって1番上が光属性の台座で、その下にある台座って火属性ですよね?」
「 マグナ君…下から見てみなさい。」
「下から…土属性の…上……台座…は紋章が…ない?えっ?無属性?」
聖霊魂の塊が大きいがゆえに マグナの目線は上を向いていた為、光の台座を確認して、その下にあるから火属性だと思いこんだのだろう。実際には聖霊魂に隠れた所に火属性の台座はあり、目の前にあるのは無属性の台座とそこに浮かぶ巨大な聖霊魂である。
「あの、先生、無属性のようですけど…、このまま続けて…もいいんでしょうか?…」
無属性という、あまり例を見ないレアケースに遭遇し、先程よりも弱気に召喚の儀式継続を問いかける マグナであった。