魂が引き寄せられた先は(3)
小等部1年のマグナ・フィリーズはA、B、C、Dの4つに分けられているクラスのCクラスに在籍しているごく普通の生徒だ。
少し黒みのあるブラウンの瞳だが、これはこの国の大半が似たような色合いの瞳をしている。まさに国民の瞳である。髪は赤黒いが少し伸ばしすぎたのか、髪の後ろを紐で束ねる、まだまだ幼さの残る顔立ちをしている。目立つところと言えば左目の横にある小さなホクロだろうか。背も高くなく、同年代にしては小柄な体つきだ。
現在、1年目の最後の授業が行われる為、召喚の祭壇前にクラスごとに整列して、点呼が取られている。
今、マグナはどうしようもなく落ち着かないでいる。
それは、緊張と不安の狭間で絶え間なく揺れ動いている自分の心が、今にも暴れ出しそうになっているからだ。
そう、これは非常に危険なことだと自分に言い聞かせている。
なぜなら、自分はこういう場合、感情が爆発して奇声を上げながら走り回るという、側から見たら変人だと思われる行為に走ってしまうだろうからだ。
精霊魔法の適性があるとわかる前から、精霊魔導師に憧れを持っており、入学許可が降りた時のあの喜びは生涯忘れることがないだろうと、周りが思うほどのはしゃぎようだった。
なぜなら、堪えきれずに村中を奇声を上げ、涙を流しながら何周も走りまわったのだから。
そう、周りが言うようにあの日のことは生涯忘れることはない。
それほどの醜態を晒した自覚を持っている。
この学園に来て、必ず夢を実現すると心に誓い、授業も真面目に受けている。
ただし、優秀な精霊魔導師を目指しているわけではない。
悪目立ちしたくない、極々普通な精霊魔導師になれれば、それで自分は満足だと考えている。
精霊魔導師とはいくつかある階級の最上位である。
知識、経験、技量など様々な面から己の力量を示し、認められて成ることができる栄誉なのだが、13歳という未だ未だ未熟な少年には「極々普通な精霊魔導師」などという側から聞けば何をふざけたことをと言われそうな、甘い考えを持っているのは仕方ないことなのだろう。
ただ、あるのは、これから始まる儀式の中で、浮かれて醜態を晒すかもしれないという不安以外、持ち合わせてはいないのである。
そんな思いを落ち着けようとしている間に、どうやら点呼が取り終わり、代表者が教師に報告しにいったようだ。
他のクラスの代表者も点呼を報告し、教師たちは顔を見合わせ一つ頷くと鼻の下に髭を蓄え、ダークブラウンに若干の白髪が混じる教師が一歩前に歩み出る。Dクラスの担任であり学年主任の精霊魔導師、ケインズ先生が生徒に向けて話し始める。
「よ〜し、全員揃ったところで、まずは挨拶からだ!おはよう!!」
「「「「「おはようございます!」」」」」
生徒達の返事を聞きにこやかに頷きながら話しを続ける。
「よし、いい返事だ!事前に各クラスで説明を聞いているとは思うが、今日は君達にとって、この1年間学んできたことの集大成を見せる場であり、また新しい門出を迎える日になることと思う。期待や興奮で寝れなかった人もいるんじゃないか?恥ずかしことはないぞ!俺の時は楽しみ過ぎて寝れなかったからな、はははっ!」
精霊魔導師という肩書きがあるにもかかわらず、このケインズという教師は、生徒に対して傲慢な態度で接したりせず、誰にでも気安く話しかけ、相談に乗ってくれる、優しい性格をしている。
その為、生徒からの評判も良く、今の会話から一部の生徒のクスクスという笑い声が聞こえてくる。
ケインズ先生はそちらに微笑んでから、全員を見回しながら話を続ける。
「楽しみになるのはしょうがない!不敬だと言われるかもしれないが、これから君達が執り行うのは精霊召喚の儀だ。精霊召喚に適性があると言われ学園に入学してきても今日まで精霊と意思疎通を図ることが許されてはいなかったわけだが、それが、今日小等部1年の最後の授業として、精霊召喚を行い、契約を交わすことになる!
自分がどんな精霊と出会うのか、そして出会った精霊と生涯を掛けて絆を育んでいくのだ!今日が君達にとって生涯の中でも掛け替えのない日になることを、先達者として言っておこう。
というか、緊張してるなぁ。わかるぞ〜、お前ら大丈夫か?俺もガチガチに緊張してたしなぁ〜、他人事だから言うが、お前ら大変だな、ハッハッハ!
とは言え、俺がそうだったから、というのがあるから言っとくが、精霊召喚に失敗したからって凹むなよ。
俺は3回失敗したからな。
一度にこれだけの人数が精霊召喚の儀を行う以上、必ず自分に合った精霊に会えるわけじゃない。人と一緒で賑やかなのを好む精霊もいれば、静かな時を好む精霊もいる。今日で授業は最後だといったが、2年生の授業が始まるまで2週間ある。その間に精霊と出会えるように、今日は手順確認するくらいの気持ちで臨んでくれ。
大丈夫だ、何より俺がここに立って教師にまでなったんだ、失敗したって怖いことはないぞ!ハッハッハ!」
大なり小なりあれど、どの生徒にしろ、マグナ同様に期待や興奮、不安など、緊張感に呑まれていたが、ケインズ先生の話を聞いて、先程よりかは幾分かマシな顔つきをし、皆がしっかりとした眼差しをケインズ先生に向けている。
その姿を見て、少しは緊張が解けたかとケインズ先生自身も安心したようだ。
その後、これからの手順や流れ、諸注意などを話し、いざ精霊召喚の儀に入るというところで、ケインズ先生が最後の注意を行う。
「じゃあ最後に、無事召喚出来た者は、今日召喚できなかった者を蔑むような態度を取らないように!一応誰にでもあることだからな。先に言っとくぞ。皆んな、気張らず頑張れ!」
話が終わり、Aクラスから順番に精霊召喚の儀が始まった。
マグナの精霊召喚の儀はまたまだ後になりそうだが、今はあまり気負わずに、これから出会う精霊に想いを馳せながら、静かに待つのだった。
生涯を掛けて絆を育む、相棒を想像して・・・。