86話 お茶会
紅茶を入れるには相応しいと言えない古びたコップに、ティーパックを入れてお湯を注いでいく。
「ヒロ、これって本当にお茶なの?」
初めは疑わしそうにしていたサラヤも、応接間に香しい紅茶の香りが広がっていくと、その香りにうっとりとした表情を浮かべ、驚きの声をあげる。
「こんなにお茶の香りがするなんて、凄い! こんなの初めてよ」
「いい匂いですねー。サラヤがお茶好きになるのも分かりますー」
「ナル、普通のお茶はこんなに良い香りはしないからね。これに慣れたら、他のお茶が飲めなくなっちゃうよ」
「えー、じゃあ、これからずぅっとー、ヒロさんからお茶をもらうようにしますねー」
「俺もこれしかもっていないぞ。最後の貴重なものなんだから」
本当に侮れないな、ナルは。隙あらばおねだりしてくる。
キャバ嬢とかやらせてみたら、何人の男の身ぐるみを剥いでしまうのやら。
おっと、ティーパックをあまり入れ過ぎでも良くない。
「あんまり時間が経ちすぎると苦くなっちゃうからそろそろ引き上げた方が」
「そうね。じゃあ次のコップにいれましょう」
「いや、せっかく5つあるんだから、一個ずつでいいんじゃ・・・」
「ダメよ。贅沢は敵なんだから。それにこうやった方が何度でも使えるし」
いや、それは何度でも使うものじゃないからね。
「まあ、なんて美味しいのかしら、芳醇な香りが口の中に広がって・・・」
サラヤからは普段聞くことが無いお嬢様言葉が出てくる。
それはお茶の時だけの仕様なの?
「本当に美味しいね。今までにないほどの強い香りだ」
ジュードの『美味しい』はどうも信用できないんだけど。コイツ、サラヤが入れたものなら何でも美味しいって言いそうだ。
「ふぁああああ、いい香りでもー、ちょっと苦すぎるんですけどー」
ナルがちょっと涙目で舌を出している。
ああ、ちょっと、入れ過ぎたのかな。それとも、苦みに慣れていないのか。
「ふええええ、皆さんが美味しそうに飲んでいるのにー、私だけー」
また、ナルがぐずりそうだ。コイツ、絶対に味をしめているだろう。
ぐずれば何か出てくると思っているな。
まあ、1人だけ楽しめないっていうのも可哀想だしなあ。
仕方ない、あれを出してあげるか。
「はい、ナル。これを入れようか」
取り出したのは小袋に入ったシュガースティックとクリーミングパウダー。
「えへへ、ヒロさん、何か出してくれると思ってましたー。大好きですー」
「ヒロ、ナルをあまり甘やかし過ぎないでよ」
「まあまあ、今夜だけの特別振る舞いだよ」
といって、シュガースティックとクリーミングパウダーをみんなに渡していく。
そして、自分の分の紅茶に入れて、入れ方を皆に見せてやる。
「こうやって破いて、中の物をお茶に入れるんだ」
「えっ、大丈夫なの? せっかく美味しいのに」
「まあ、ストレートがいいって言う人もいるから、何とも言えないけど。でも、シュガースティックは甘いし、クリーミングパウダーを入れたら味がまろやかになるよ」
皆、恐る恐る紅茶に入れようとしていくが・・・
「わあ、綺麗ね。紅茶に白い模様が浮かんでくる」
「ああああ! この細い紙袋の透明な砂みたいなのー、甘ーい!」
おい、ナル、そのまま砂糖を食うな。
「本当だ。凄い、こんな甘さがあったなんて!」
ジュード、お前も真似するな。
「甘い! こんな甘さ、初めて!」
サラヤまでかよ。だから、なんでみんな砂糖を食うんだよ!
ああ、コイツラ。砂糖に夢中になってる。
おい、サラヤもナルも女の子がしていい顔をしていないぞ。
ジュードが見たら百年の恋も冷めそうだな。
まあ、ジュードも似たような状態になっているけど。
お茶会じゃなかったのか?
結局、俺のシュガースティックの残りを3人の紅茶に入れてあげることとなった。
俺の手で3人のカップに投入する。
コイツラに渡すとそのまま食いやがるからな。
「ほぅ、美味しい。甘くて、まろやかで……」
「さっきの苦いのがー、嘘みたいですー」
「これもいいね。苦みがある方も好きだけど、これはこれで」
さっきまで砂糖に夢中だったくせに。
今更優雅にお茶を嗜んでいる風を装ったって無駄だぞ。
しかし、スラムでは甘味が少ないせいか、皆、極端に甘みに飢えているところがあるな。
現代物資の召喚で、砂糖なんかはかなりの量を出せると思うが、これもあまり皆に供給すべきではないだろう。
もし、普段から甘みに慣れてしまったら、供給できる俺がいなくなったらツライ思いをするに違いないから。
今日は特別だ。何せ俺がヒロインに出会えたかもしれない日だからな。
お茶会が終了して、応接間前で別れる時に、サラヤから声をかけれる。
「ヒロ、今日はありがとうね。お陰様でとっても素敵なお茶会になったわ」
「どういたしまして。残りのティーパックは好きに使っていいからね」
「本当! ありがとう。今度皆にも振る舞ってみるね」
サラヤのご機嫌は最高潮のようだ。本当にお茶が好きなんだな。
「ヒロのポケットは魔法がかかっているみたいね。色々な物が出てくるし」
あ……
サラヤは何気なく言ったように思う。
特に探る様子でも、不信に思っているようにも見えない。
しかし、俺はその言葉に自分の甘さを自覚する。
調子に乗り過ぎたな。今日の俺は。
しかも、気を抜き過ぎだ。サラヤ達は決して、完全に俺の味方というわけではない。彼女等に明かすことができる俺の秘密はせいぜい身体能力とこの服の頑丈さくらいまでだ。
発掘品として誤魔化しが効くのであれば、胸ポケットの収納能力くらいなら明かしてもいいかもしれないが、現代物資の召喚は秘匿せねばならないだろう。
サラヤも、ジュードも、ナルもいい奴だとは分かっているけど、まだ会って一週間と少ししか経っていない。密度の濃い時間を共に過ごしたとはいえ、完全に信用するには時間が全く足りていない。
俺がこの規格外の能力を持っていなければ、俺の出自や事情を明かしてしまっても構わなかったかもしれないが、俺の秘密は彼女らには大きすぎる。
正しく世界を変えるかもしれないような能力を受け止めるには、彼女達、スラムチームの面々では器が足りないのは明白だ。
下手をすれば、余計な野心を持たせてしまい、結果的に不幸に陥れてしまうことだって考えられる。
どうやら雪姫に会ったことで、俺は浮かれすぎていたのだろう。
気を引き締めなくては。このアポカリプス世界で生きていくためには。




