7話 街
何とか森から元の道まで戻れたのは、夜明け頃だった。
正直運が良かったと思う。森に突入してから道すがらに、周りの木々に拳を打ち込んで、印をつけていったことが功を奏した。
森の中では銃声が全く聞こえなくなっても、あの赤く光る目が追いかけてくるかもという恐怖から、ひたすら走り続けた。もう絶対大丈夫と確信がとれてから、途中で浅い洞窟を見つけ、その中で少しだけ休憩をとった。
森からの脱出行で、いくつか気づいたことがある。
森の中には全く生き物を見つけることができなかった。
鳥や栗鼠、鼠等の小動物どころか、虫すらもいない。
いや、この世界に来てから今まで気づかなかったが、全く動物や昆虫を見ていない。
そんなことはありうるのだろうか?生態系はどうなっているのか?
しかし、人間がいるのは間違いないようだ。回収できなかったが、あのパーティーは明らかに文明の利器を装備していた。ということは人間らしい生活ができるコミュニティがこの近くに存在している可能性が高い。
あのパーティーを助けることができていれば、もっと話は早かったが。
しばし、道を進みながら、あのパーティーを助けることができていた場合のケースを想像してみる。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
【未来視発動】
(条件:森の守護者 機械種フンババの従機から狩人チーム『烈風砂塵』を救助した場合)
(場所 :森の守護者の守護エリア『不帰の森』)
(時間軸:今よりも8時間前)
『ありがとう。助かった。君は命の恩人だ」
リーダー格であるらしい人物が俺へと感謝の意を伝えてくる。
『しかし、装備も無く、こんな森の中になぜ一人で?』
その問いは尤も。
向こうは完全武装。対してこちらは全くの普段着。
この地があんな熊ロボが出現する危険地帯なのであれば、不思議に思って当然。
それだけに俺は用意していた回答を口にする。
『実は、記憶喪失なんです。気が付いたら荒野に立ち尽くしていて。それで宛もなく歩いていたら大きな音が聞こえたので、なんだろうと思い近づいてみたんです。そしたら皆さんが熊に襲われていたようですので、つい、飛び込んでしまいました』
こういった時に、実に便利な記憶喪失。
ありきたり過ぎて、もはやネット小説ですら使われることも少なくなった。
もちろん向こうだって、すぐさま俺の言葉を鵜呑みにするわけではないだろう。
しかし、俺が恩人であるが故に、それを前提として受け答えしてくれるはず。
案の定、一瞬、怪訝な目をするも、すぐに表情を元に戻して、同情と感謝を含ませた言葉を返して来る。
『そうか。大変だな。しかし、そのおかげで私たちは助かった。ぜひお礼をしたい。近くに拠点としている町があるので、そこで報酬を払おう』
どうやら随分と律儀人達であるらしい。
俺の選択は間違えていなかったようだ。
これこそ、異世界転移での第一歩に不可欠な現地人との友好的接触。
これがなくては、この世界における常識すら知ることができない。
だから、俺がまず最初に確認することは………
『いえ。当然のことをしたまでです。お礼なんていいです。でも、その代わりにこの辺りのことについて教えてもらえないでしょうか?』
『ああ、わかった。この場所は…………』
【未来視終了】
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
そこで想像が途切れる。これがありえたかもしれないIF。
もう選ぶことができない選択肢。
いつもそうだ。
自分は間違った選択肢を選んでしまう。
若しくは選択肢を選ぶことができずに時間切れとしてしまう。
そして、後悔はするものの、すぐに自分に言い訳をして、『自分は間違っていないんだ』『あれは酸っぱい葡萄だったんだ』と思い込もうとする。
「異世界に来ても、結局自分は変わらない。俺は俺のまま、か………」
思わず漏れた言葉には「諦め」と「後悔」、そして、少しの「安堵」が含まれていたように思えた。
「………でも、さっきの妄想。随分とはっきりとしていたなあ」
歩きながら、ふと脳裏に描かれた先ほどの妄想についての感想をポツリ。
自分の想像力の豊かさに驚きを隠せない。
まるで本当に起こり得た未来であるようなであるかのような鮮明なイメージ。
コレも若返った影響であろうか?
脳細胞が若返ったことで活性化したのだろうか?
「もしかして、コレも『闘神』スキルと『仙術』スキルの効果とか? ……………ハハハハ、馬鹿馬鹿しい」
思いついた答えを苦笑いと共に否定しつつ、
俺はひたすら道に沿って歩き続けた。
道に沿って林を抜けると、ようやく建物が見えてきた。といっても廃墟と化してしまっているようだが。
目の前に広がるのはテレビで見た紛争地帯の空爆によって破壊された街並みといった風景だった。早朝だというのに全く人影は見えない。
建物はコンクリート製のようだ。2,3階立てが多いようにみえるが、ほとんど崩れてしまっている。
一応道のようなものが通っており、そのまま進んでいくと、瓦礫にもたれ掛かる人影を見つけることができた。
近づいてみると、ボロボロの服を着た老人のように見える。
う、すえた臭い!きつい!
瓦礫を背に、座り込んでいる。手が膝をさするように動いていることから、死体ではないだろう。
「あの、すみません」
「……」
「私は旅人でして、この町は初めてきました。何という名前の町ですか?」
「……」
「もし、もーし。聞こえてますか?私の言葉が分かりますか?」
「……」
全く返事をもらえない。なにか対価が必要なのであろうか?若しくは言葉が違うのか?
前者であっても、今の俺は無一文だ。もし後者であれば最悪のパターン。
最近の異世界転移では言語セットは標準装備のはずだが、もし言葉が通じないのであれば、難易度はルナティックだ。
「…………だ。……でだ」
ん?老人はぶつぶつ何かをつぶやいているようだ。
臭いがきついから少し離れたところから話しかけていたが、もう少し近づいて、聞き耳を立ててみる。
「もう……いやだ。はやく……終わりたい」
「死にたい……死にたくない…………」
うーん。これは酔っぱらっているのか、変な薬をやっているのか。
この老人からの情報収集は難しそうだ。
老人から離れて、止めていた呼吸を戻す。
まあ、一応言語を聞き取ることができると分かっただけでも収穫か。
会話が成立していれば、こちらの話が通じているということも分かったのに。
しかし、これ以上ここにいても得るものが無いから先に進もう。
先に進んだ建物の方が損傷は少ないように見える。おそらく町の中心部の方向であろう。
しばらく先を進んでいくと、ようやく人通りにたどり着くことができた。
雰囲気は東南アジア辺りの未発展国の街並みに難民キャンプを加えたようなといったところか。テレビでしか見たことが無いが。
手前で見たよりは幾分マシな建物が並び、道に沿うようにテントが張られ、何かの商品が売られている。
人通りはまばらといった感じだが、歩く人々の人種と服装は様々だ。
野戦服やプロテクターを装備した傭兵らしき姿。
アラブの商人のようなターバンを巻いている売り子。
セーラー服のような服を着た金髪の少女。
SFチックな鎧に身をつつんだ細身の騎士。
上半身裸で顔までかかる刺青をしたバーバリアンのような戦士。
前の世界で自分が着ていたようなスーツを身に着けたビジネスマン。渋谷や原宿で歩いていそうなチンピラ。
また、明らかに人間とは違う外見の姿も見受けられる。
1メートル20~30cmくらいのロボット。思わず「ア○モ」「ぺ○パー君」と呼んでしまいそうな外見だ。見えるだけでも5体が道を歩きながらゴミを拾っている。
建物の間の更地では、3メートルを超えるゴリラのようなロボットが機材を持ち上げている。
また、3人の傭兵の後ろで従うように荷物持ちをしているのは人間型のロボット。顔は仮面ラ○ダー的なお面のようだ。
屋台をいくつか合わせて店舗としている店では、「ガ○ダム」のような2.5m程のロボットを何体も展示している。
女性型のロボットもいた。髪がピンク色で、耳がメカメカしいアンテナがついているから、コスプレとかではないならロボットで間違いないだろう。
なんとメイド服を着こなしている。残念ながら車に乗り込むところのようで、後ろ姿しか見えず、顔までははっきり見えなかったが、美人に違いない(断言)!
これはテンションが上がる!!!
ロボット。素晴らしい!ロボットを従えての大冒険!
強襲型、狙撃型、防衛型、近接型と多岐にわたる戦型を組み合わせながらロボット兵団を作り上げる。
それよりなによりメイドロボだ!あれは絶対に手に入れたい!それは世界中の男の夢であろう。異論は認めない!
目的ができた。まずはこの世界を生き抜く。そして、元の生活に近い環境を作り上げる。そして、メイドロボを侍らせる。最高じゃないか。
この瞬間は中世ファンタジーでも戦国時代でもなく、この世界に来れたことに、この世界に飛ばしてくれた何かに対して感謝した。
俺はこの世界で成り上がってやるぞ!
※この街は大陸全体から見ると辺境の位置に当たります。森の守護者を除くと、それほど強い機械種もいないことから、あまり強者は寄り付きません。