766話 エピローグ7
アスリンと腕を組みながら、夜の街を進んでいく。
目的地は当然ラブホテル。
その気になってくれたアスリンと致す為の場所。
しかし、街の何処にあるのかが不明。
こうやって歩き回っていれば、見つけることができるかもしれない。
そういったか細い希望を胸に、目を皿のようにしてラブホテルを探す。
女連れなのに、辺りをキョロキョロと見渡している少年。
不審人物以外の何物でもない。
夜も遅いこともあり、人通りが全く無いので、おかしな目で見られることは無いのが救い。
アスリンは緊張しているのか無言のまま。
俺の不審な行動にも何も言わず、黙ってついてきてくれている。
しかし、なかなか見つけられないまま時は過ぎる。
どれだけ探してもラブホテルが見つからないのだ。
もしかしたら、現代日本のように分かりやすい看板を出していないのかもしれない。
そうなると、素人の俺では発見は不可能。
どうやったって桃源郷には辿り着けそうに無い。
アスリンとの一夜は儚くも夢のままで消えていくだけ。
唯一、希望があるとすれば、心の中で呼びかけた白兎が駆けつけてくれること。
以前、停留所にてイーリャの毒牙にかかりそうだった俺を助けてくれたのは白兎。
これも俺の心の声を聞いての行動。
声を出さずとも、俺が心の中で強い思念を送れば、白兎がソレをキャッチできる可能性が高いのだ。
それほどまでに白兎は俺との結びつきが強い。
白兎は俺の従属機械種筆頭であり、宝貝と霊獣を兼ねる唯一の存在だからこそ。
それ故に、今の俺ができるのは、白兎が来てくれるまでの時間を稼ぐこと。
このままでは、俺の行動を不審に思ったアスリンが、いずれ俺がラブホテルの場所を知らないと気づきかねない。
女性を華麗にエスコートできない男なんて幻滅であろう。
それでは折角高まったアスリンからの好感度も激減。
俺への恋愛感情が薄れ、『今日は帰る』となる可能性がある。
何とか、アスリンがその事実に気づいてしまわないよう、気を逸らさなくては………
しかし、どんな話題を振ろうか?
機械種や狩人業の話なんて今更だし。
もっと素直に俺が聞いてみたいことを質問するか?
俺が一番アスリンに聞いてみたいことは………
「アスリンは…………、俺のこと、好きなの?」
ふと、俺の口から飛び出してしまった『俺の本音』からの質問。
自分で口にしておきながら、自分で驚く。
今から一緒にラブホテルに向かおうとしている女性に問う質問ではない。
まるで、俺がアスリンに惚れられているかどうかを不安がっているように聞こえるではないか!
アスリンがここまで勇気を振り絞って態度で示してくれたのだ。
それを疑うなんて失礼極まりない。
しかしながら、俺が具体的な『言葉』を求めているのは事実。
未だアスリンのような美少女が俺を好いてくれているなんて信じられないという心境が継続中。
自分の中では色々理由は付けたけれど、真に自分を騙し切れていないのだ。
酔いも醒めて、冷静に自分が置かれた状況を鑑みれば、至極当然の事と言える
ずっと彼女もおらず、恋人もできず、女性との接点を持たずに人生を歩んて来た俺だ。
少しばかり助けてあげたくらいで、アスリン程の美少女が俺に惚れるなんて都合が良過ぎる展開。
『闘神』『仙術』スキルを持っていても、
圧倒的な力や財力を保有していても、
どれだけ俺がヒロインを求めても、
結局、俺の隣には誰もいない。
守りたいと誓った雪姫は未来視の中だけの存在。
現実では俺の手で殺めてしまい、七宝袋の中に遺体として残るのみ。
唯一、心がつながったと思えたエンジュとも別れることになった。
ここまで女性に縁が無かった俺だ。
本当にアスリンは俺のヒロインになってくれるのだろうか?
今までのように、手に入ろうとした瞬間、どこかへと消えてしまうのではないだろうか?
そんな考えがどうしても捨てきれない。
怖い。
手に入れたモノが失われるのが怖い。
怖い。
俺が愛と思っていたモノが、実は俺の勘違いだったと判明することが怖い。
なら最初から手に入れない方が良い。
その落差で苦しむことが無いだから。
故に、俺は問いかける。
信じきれない『好き』を信じる為に。
歩みを止め、腕を解き、アスリンへと真正面と向かい合い、
胸ポケットから嘘を見抜く発掘品の眼鏡『真実の目』をかけながら。
『本当に俺のことが好きなのか?』と…………
そして、アスリンから返って来た答えは、
「ヒロのことは好きよ…………、でも、ヒロが聞きたいのは、女として好きか、ってことよね?」
俺は無言で頷く。
これからラブホテルに行こうとしている状況で、
今更、友達としての『like』なんて聞いても意味が無い。
するとアスリンは少しうつむき加減で目を伏せ、
小さく、それでいて良く通る声で答えた。
「ヒロのこと、女として好きか? って聞かれると…………、分からない、としか答えようがないわ」
「分からない? ………好きかどうか分からないのに、俺に抱かれようとしたのか?」
僅かに俺の声に険が込められる。
やっぱり、と思いつつも、そうであったことに悔しさを滲ませて。
アスリンの言葉に嘘はない。
だから、アスリンの言葉は本心からなのであろう。
しかし、俺のことを好きでもないのに、抱かれようとしたのは、一体いかなる算段からか?
今までのアスリンに対する俺の行動を俯瞰して見れば、だいたい想像はつくけれど…………
「……………ごめんなさい。多分、ヒロの思っている通りよ。私………、ヒロへの恩を少しでも返す為に、貴方に抱かれようと思ったの。ニルのようにあからさまじゃなく、自然にヒロに寄り添えば、受け入れてくれると思って………」
申し訳なさそうに語られるアスリンの答え。
やはり俺が想像していた通りの内容。
「『ヒロのこと、女としても好き』と嘘をつけば良かったのだけど………、それはそれで不誠実だから。それにヒロはお見通しみたいだったし………」
そりゃあ、ね。
あそこで嘘をつかれていた方がショックだったかな。
つまり、アスリンは別に俺のことを女として好きな訳では無く、
ただ、貯まりに貯まった恩を返そうとしただけ。
ある意味、アスリンは真面目で誠実。
俺は見返りを求めていないのに、身を挺して返そうとしているのだから。
けれども、その答えは俺にとっては最悪の部類。
大多数の男ならば、アスリンの答えは気にせず、彼女の身体を抱いただろう。
だが、俺が欲しいのは心であり、身体では無い………
とは言い切れない所が、男の子の性。
責任を取らずにヤレるならヤリたいのが男の本音。
しかし、今に至れば、この状況から、『じゃあ、ありがたく頂きます』とは言えない所が悩ましい。
俺はアスリンに対して『今は見返りは求めない』と明言した。
『中央にて俺が作り上げるクランに入れ』『その時、俺に魅力が無ければ断って良い』という漠然とした要求を突きつけただけ。
なのにアスリンから今『見返り』を受け取ってしまえば、俺は嘘をついたことになる。
それにアスリンはボノフさんの親戚。
さらにボノフさんはアスリンの後見人という関係。
ボノフさんには返し切れない恩がある。
アスリンへの恩はボノフさんから十分以上に返してもらっている。
それ以上を求めるのは俺の矜持が許さない。
それはそれにして、やっぱりヤリたいことには変わりはない。
しばらくお預け状態が続き、色々溜まっているのだ。
性欲と矜持の間でグラグラ揺らいでいるのは事実。
だが、先ほどからずっと歩き続けて、未だラブホテルを見つけられない状況なのであれば、どの道、アスリンと致すことはできない。
だから、苦渋の決断ではあるが、今宵のラブラブは諦められる。
ならば、ここは俺が恰好を付けた形で終わらせるのがベター。
アスリンとはメイクラブな関係にはなれなくても、友人・戦友同士の関係は継続するのだ。
終始真摯な態度を取り続けた俺の姿を記憶してもらうことにしよう。
「じゃあ、アスリン。蓮花会の事務所に戻ろうか」
「……………私では不足かしら?」
「いや、十分に魅力的だよ。今にも震いつきたいくらい」
本当にそうです。
もし、今、俺の目前にラブホテルがあったら、我慢できなかったかもしれなくらい。
でも、ラブホテルを見つけられないんだから、しょうがないじゃん。
「でもさ………、言ったろ。恩を返すのは中央に辿り着いてからだと。今、君からのお礼を受け取るのは約束違反になってしまう」
「……………私が中央まで辿り着けるとは限らないわ」
「そうかな? 今の段階でも君やチームの実力は、中央でも十分にやっていけるだけの力量があると思うけど」
「…………………」
俺がそう言うとアスリンは黙り込む。
何かを言おうとして………言い出せないようなそんな雰囲気を感じる。
「アスリン。何か理由があるの?」
俺がそう質問を投げかけると、アスリンは驚いたように目を見開く。
ビクッと肩を震わせ、まるで自らの罪を突きつけられたような反応を見せる。
「もし、理由があるなら教えてくれないか?」
「………………言えない。言えばヒロの負担になるわ」
俺から目を背けるアスリン。
俺の視線を避けるよう体の向きを変える。
これ以上は話せないと言いたげな頑なな態度。
俺にすら話せないような理由があるということであろう。
俺に恩を返そうとするなら、中央に行ってからでも良かったはず。
しかし、アスリンには今、ここで恩を返しておかないといけない理由がある。
じゃあ、それは一体なんだと言うことになるのだけど………
後で打神鞭の占いで調べるのは簡単。
だが、今、この場でならアスリンの口から直接聞く方が良い。
占いで調べた情報だと、その情報源を明らかにできないから、どうしても対処が遅れてしまう。
アスリンから直接教えて貰えば、その心配も無い。
この流れであれば、あともう一押し。
少し意地悪な言い方だが…………
「アスリン。話してくれないか? このような段階に至っては、俺としてはもう聞かずにはいられない」
「…………………これ以上、貴方に借りを作りたくない」
「それはなぜ? 借りを作りたくないくらいに俺のことが嫌いなの?」
「違う! …………でも、どうしようもないことなの。聞いてしまえば、結局貴方の重荷になるだけよ。それで何とかなるなら、私は何だってする………、だけど無理なのよ。これは私自身がどうにかしなきゃいけない問題だから」
「そこまで聞いて、俺が黙って引き下がるわけ無いだろ。言ってくれ。本当に俺がどうにもできない問題なのかは、俺が判断する」
「……………ヒロだって無理よ」
そう言って、アスリンは俺に背を向けた。
完全拒否の姿勢であろう。
だが、ここまで来た以上、俺がそれで済ますはずも無い。
このようなシーンで『はいそうですか、じゃあさいなら』と帰る主人公なんていない。
つーか、だんだんと苛々して来た。
つまらない言い訳は良いから、さっさと話せと言いたい。
ガシッ!
アスリンの両肩を両手で掴み、
無理やりこちらへと振り向かせる。
「ヒ、ヒロ………」
「事情を話せ」
「痛いわ………」
「話してくれたら優しくしてやるぞ」
「……………強引ね。そんな人には見えなかったけど?」
「TPOを弁えているのさ。女子供の危機ならば、多少は強引にもなる。それが気になっている女性なら特に」
「なら、このまま貴方に抱かれるわ。その代わり何も聞かないで」
「俺を見損なうな、アスリン。そんな色気に迷う俺だと思うか?」
すみません。
少しグラッとしました。
でも、ここは必死に表情に出さないよう、真面目な顔を継続。
「……………もう一度言うけど、貴方にだってどうしようもないことよ」
「……………もう一度言うが、アスリン。俺は世界最強。何者にも負けないし、どんな敵でも打ち倒す。娼だって、紅姫だって、君に仇なす敵だって………」
「……………なぜそこまでしてくれるの? 私は貴方の家族でもなければ、恋人………でもないわ」
「これも、もう一度言おう。俺は欲張りなんだ。得られるモノは全部手に入れるし、手に入れたモノは逃がさない。君は偽装とは言え、一時俺の恋人となった。もしかしたら、もう一度恋人になってくれるかもしれない人だ。ならば守ろうとするのは当然!」
「本当に欲張りね。そのくせ手を出そうしない。本当に貴方は一体何なのかしら?」
それは俺も知りたい。
俺的にはもっと楽して美味しい所だけを味わう生活が理想なのだが、
どうにも苦労ばかりが先行しているような気がしないでもない。
だけど、俺は自分のやりたいことをやるだけ。
だから今はアスリンの事情をどうにかしたいと思っているのだ。
でも、アスリンが話さないつもりなら、こちらとしても多少強引にならざるを得ない。
少しばかりリスクがあったとしても、アスリンの危機を見過ごすわけにはいかないからだ。
アスリンが俺の真の実力を信じきれないのなら、俺にだって考えがある。
「俺の正体が知りたいなら、先にアスリンの事情を教えてくれ。そうすれば少しだけ俺の秘密を教えてあげよう。でも、もし、アスリンが教えてくれないのであれば、君は少しだけじゃなくて俺の秘密をたくさん知ることになる」
「秘密? たくさん?」
「ああ、俺の秘密基地にご招待、だ。でも、一度足を踏み入れたのなら、もう逃がさない。悪いが、当然外には出せなくなるし、ニルやドローシアにも会えなくなるかもね。その場合、アスリンチームは解散。マダム・ロータスには申し訳なく思うけど。でも、俺は君を守ると決めた。それ以外のことは考慮しない」
最悪、俺のガレージに連行。
そのまま俺の随員として中央に連れていく。
アスリンがどのような厄介事に悩まされていようと、
俺や俺の仲間達の力を合わせれば解決できる。
周りへの迷惑は酷いし、色々大変な状況にはなるだろうが、
それが一番アスリンにとっては安全。
すでに大抵の問題は力で解決できる程の戦力を揃えることができたのだ。
エンジュと別れることしかできなかったあの時とは違う。
「さて、どうする? アスリン。俺は本気だぞ。すでに君を拉致監禁する覚悟を決めた。俺と言う魔の手から自分を守れるのは、君の判断だけだ。さあ、後は君が決めてくれ」
両肩を掴んだまま、にんまり笑顔を見せてアスリンににじり寄る。
するとアスリンは少し怯えたような表情を見せ、後ずさろうとするが……
トン……
アスリンの背中が壁に当たる。
もう、後ろには下がれない。
当然、逃げ場なんて無い。
アスリンが大声を上げて助けを求めても無駄。
『定風珠』により、辺り一帯を空気の層で囲い済。
後は俺がアスリンをお姫様抱っこで担ぎ上げ、
浮楽を呼び出して、俺ごとガレージまで運んでもらうだけ。
ククク、と悪い笑みを浮かべる俺。
まるで美少女を追い詰めた悪人のよう。
そんな俺の様子にアスリンは少し怒ったような顔を見せてから、ゆっくりと口を開く。
「……………………分かったわ。話す。だから手を放して」
「放した瞬間に逃げようとしたら、マジで攫うぞ」
「………本当にそんな人とは思わなかったわ」
「幻滅した? そりゃあゴメン。でも、これも俺なんだよ。自分勝手で傍若無人、我儘で強引な奴………、そんな人間に目をつけられて災難だったね」
「もういいわ………」
急に諦めたような顔になり、小さくため息をついた後、
アスリンは自身が抱えた事情を話し始めた。
アスリンの実家は辺境ではそれなりに名の通った『武家』であったらしい。
『武家』とは、レッドオーダーと戦う為に、優秀な機械種使いを増やそうとしている一族のこと。
機械種使いの才能を持つ人間との婚姻を繰り返し、機械種使いが生まれる確率を高め、従属容量を増やすことを最上としている集団。
そういった『武家』の中で、アスリンの実家は重量級を従属させることができる者が多い血筋。
そして、そのアスリンの実家には、初代が使用していたという強力な『発掘品』が伝わっていたらしい。
しかし、その『発掘品』を使おうとすれば、その者に試練が与えられるという。
過去、何人もの強者がその『発掘品』を手に取り、試練に挑んだが、皆、乗り越えられずに敗北。無残に屍を晒すことになったそうだ。
「その『発掘品』がこの『イバラ』よ」
アスリンが胸元のペンダントを引っ張り出す。
銀の鎖に繋がれた楕円状の銀球を俺へと見せつける。
それは中央でもなかなか見ない装飾品型の亜空間倉庫発生器。
アスリンはこの中に2mもの巨腕型誘導兵器『イバラ』を収納。
戦闘時に取り出して思考操作、縦横無尽に暴れさせる戦法を得意としていた。
アスリンは手っ取り早く力を得るために、その『イバラ』と契約してしまったのであろう。
そして、契約はしたものの、幾度の挫折を経験し、試練の達成に自信が持てなくなったと言った所か。
「つまり、アスリンはその試練を達成しないと死ぬ?」
「そうよ。その試練の日が訪れるのは………多分、1年先か………、もっと短いのかもしれない」
なるほど。
中央で再会した時に、俺への恩を返すはずだが、
自分がその試練を乗り越えられず死ぬかもしれないから、
その前に返しておこうと思ったのか。
それにしても物騒過ぎる発掘品。
確かにその性能は破格だが、対価が命と言うのはリスクが大き過ぎる。
いくら男勝りで、男に負けない力を求めているアスリンでも、わざわざそんな物騒なモノを使わなくても良かったのに。
重量級を8機も従える才能があれば、いずれ一流以上まで辿り着けるだろうに。
まあ、今、そんな話をしてもしょうがないけど。
「ちなみにその試練って?」
「この腕の主、重量級の臙公、機械種イバラキドウジを倒すことよ」
「やっぱり………」
『イバラ』という名前。
鬼神型っぽい腕の形。
それ等2つの情報から、何となく想像できる有名な鬼の名前。
『茨木童子』
それは平安時代、京都を荒らし回った鬼の名。
最も有名な鬼神である酒呑童子の舎弟の1人とも言われ、
頼光四天王の一人である渡辺綱と戦った逸話を持つ。
有名なのが『渡辺綱が茨木童子の腕を切り落とすが、茨木童子は腕を取り戻しに渡辺綱の元へやってくる』という話。
人間に化けたり、妖術を使ったりと巧みな策謀で、切り落とされた腕を回収。
空を飛んで逃げおおせるという所までがセット。
『腕』を取り返しに来る部分は原典と近しい。
機械種が全て原典を模した行動を取るのであれば、『腕』を一度は預け、ソレを取り返しに来ようとする不自然な行動も理解できる。
重量級の鬼神タイプ、しかも臙公が襲って来るとなれば、アスリンが恐れるのも無理はない。
だが、緋王と比べれば何倍もマシ。
アスリンチームの現有戦力と比較しても、決して勝てない相手ではない。
「その臙公を倒せばすべて解決ってことか? 襲ってくるのが分かっているなら、その日、その時間に迎撃準備をしておけば良いんじゃないか?」
「駄目なのよ。襲ってくる日時が特定できないの。過去の事例でも、屋敷に戦力を集めて立て籠もったケースがあるけれど………、結局、立て籠もっている間は襲って来なくて、資金が尽きて、出て来た所を狙われたらしいわ。だって、こちら側の情報はこの『イバラ』を通じて筒抜けだもの」
「じゃあ、ソレ、ぶっ壊したらいいんじゃね?」
「壊しても元に戻るの。本体が健在なんだから当たり前ね。閉じ込めても封印してもいつの間にか外に出てくるわ。この腕自体が空間制御と現象制御機能を持っているんでしょうね」
「厄介な呪いのアイテムだな」
「そうね、確かに呪いと言っても良いわね………」
そう言って自嘲するように微笑むアスリン。
曖昧な期限があるものの、その日が近づいて来れば、いつ襲って来るか分からない死神に狙われつづけるようなモノ。
確かに立て籠もるにしても、ずっと戦力を張りつけするには資金……マテリアルがいる。
数日ならともかく、数週間、数ヶ月となれば、いくらあっても足りはしない。
重量級の臙公を相手にするというなら、当然、必要なのは超一流の狩人か猟兵。
相当な額を積まないと、長期間の護衛なんてしてくれるはずがない。
彼等はたった1回の討伐や攻略で何十万、何百万Mを稼ぐのだから。
「………………実家は頼れなかったのか?」
「………………すでに放逐済よ。許可も得ず、家宝の『発掘品』と契約したんだから当たり前ね」
「そうか………」
相当ヤンチャだったんだろうな、アスリン。
そんな曰く付きの品と契約するなんて。
「でも、親戚のボノフさんを紹介してくれたの。それだけは感謝してる」
「ああ、それでボノフさんが後見人をしているのか」
「一応、子供ができたら、実家が預かってくれるそうよ。きっとアタシの子供は優秀な機械種使いになるだろうからって」
「……………………」
「試練の期限まで、ずっと部屋に閉じ込められて、産ませられるだけ産ませる………って、ならなかっただけマシよ。その場合、試練放棄と見做されて、速攻で臙公が襲いかかって来た可能性もあるけど………」
アスリンは我がことながら悲惨な境遇を淡々と話す。
すでに彼女の中では決着がついている話なのだろう。
実家を恨む様子も見せず、ただ事実と事実に基づいた推測だけを口する。
「試練に挑む姿勢を見せれば、それまでは自由に生きられるし……、生き残れるチャンスはゼロじゃない………、ヒロのおかげで戦力も増えたわ。後は期限までにどれだけ鍛え上げられるか、ね」
「その話、ニルやドローシアも知っているの?」
「ええ、もちろん………、彼女達も色々事情があって………、ギリギリまで私の試練に付き合ってくれるということになっているの。まあ、私が殺されたら、それで終わりだから、まだ生き残れる目はある方ね。それに、試練前に無理だと分かったらチームから離れてもらう予定よ………、これは彼女達に言っていないから内緒にしてて」
「ああ、分かった」
思いの外、厳しいアスリンの立場。
そんな危ない発掘品と契約したんだから無理も無いか。
だが、この状況下で俺ができることと言うと、
アスリンの為に強力な機械種を用立てるか、
まとまった額のマテリアルを渡してあげるか、だけど………
「アスリン………、君さえ良ければ………」
「やめて。これ以上の施しは不要よ。ヒロには貰い過ぎなくらいに貰っているわ。決して手の届かない所じゃないの。だから後は私を信じて………、私が貴方を信じているように」
そう言われると弱い。
確かに相手が重量級の臙公でも、アスリンチームの戦力を以ってすれば、決して勝てない相手ではない。
だが、激戦になるのは必至。
何機も、ひょっとしたら何人か犠牲が出るかもしれない。
さらに茨木童子の逸話からすれば、姿を消したり変えたりといった搦め手も得意なはず。
そして、街の中でも構わず襲って来るなら、間違いなく加害スキルを保有しているであろう。
ということは、街中の戦闘であればアスリンが不利。
重量級は街の中に置けないのだから当たり前。
となると、期限が迫れば、ずっと街の外で待ち構えないといけない訳で……
「う~ん………」
アスリンが抱える問題を聞いてはみたものの、パッと解決策が思いつかない。
ずっと俺と一緒に居てくれるなら守れるだろうが、きっとアスリンはそれを求めない。
別にアスリンは俺のことを『女として好きな訳ではない』のだ。
恋人でもないのに、この先1年間も俺と離れずに暮らすのは嫌だろう。
それしか生き残れる状況がないのなら、一考してくれるかもしれない。
しかし、何度も言うようだが、現在のアスリンチームの戦力でも勝てない相手ではない。
アスリンならば、恋人でも無い俺の好意に頼るなんて、そんな安易な道は選ばない。
自らを鍛え上げ、戦力をもっと集めて迎え撃つ作戦を考えるに違いない。
だから、今の俺ができることと言ったら…………
「あれ? ヒロ………、あの子って、ヒロの従属機械種じゃない?」
「え?」
悩む俺の耳に唐突に入って来た素っ頓狂なアスリンの声。
思わずアスリンの方へと振り向き、その指が指し示す方向へと視線を移動。
すると、その先には、夜道にポツンと座る小さな白い影。
ピョコンと立った2つの耳。
なだらかで流線型に近いフォルム。
全長40cmくらいの軽量級の機体。
額に『仙』の文字が刻まれた勾玉一つ。
右耳には青い飾り紐。
ビーストタイプ下位、機械種ラビットは数多くこの街にいるが、
そんな特徴的な姿をした機種はただ1機だけ。
「白兎!」
ピコピコ
白兎の名を呼びながら駆け寄る。
すると白兎は嬉しそうに耳をピコピコ揺らした。