761話 エピローグ2
ランクアップして機械種ルナエクリプス・グランギニョルとなった浮楽。
女性型になっただけでなく、従機が3機も増えた。
とにかく、新たに生まれた浮楽の従機には、俺がそれぞれ名前を与えていく。
ジャグラー団員は『六楽』
一輪車乗り団員は『七楽』
火吹き団員は『八楽』
名付けた瞬間、その胸に『名札』が出現。
誇らしげに胸を張って、自らの名前を高らかに掲示。
そして、騒動が終われば、メンバー達がランクアップを果たした浮楽へと祝いの声をかけていく。
最初に声をかけたのは、同じく人間になれるようになった森羅。
「おめでとうございます、浮楽。人間になれるとすれば、私との行動が増えるかもしれませんね。その時はよろしくお願いしますよ」
「ギギギッ!」
森羅の言葉に両袖をフリフリして応える浮楽。
森羅は中央に行けば俺の代わりに街の人間との折衝事が増えるはず。
時にはパーティーに出席しなければならないこともあるだろう。
その時のパートナーに、人間に扮した浮楽を同行させることがあるかもしれない。
俺だったら浮楽のような怪人物を、仮とは言えパートナーにするなんて真っ平御免だが、森羅が良いというなら、その案も悪くない。
「キィキィッ」
「ギギギギッ!」
「キィ~、キィキィキィッ」
「ギギギッ! ギギギギッ!」
「キィ? キィキィ!」
「ギギギギギギギギギッ! ギギギギギ!」
甲高い鳴き声と金切り音が交差する廻斗と浮楽の会話。
何を言っているのかさっぱりだが、両者とも盛り上がっている様子。
同じ天兎流舞蹴術の門下生なのだ。
機種レベル的にはその差は天と地ほども開いているが、お互いを認め合った同門同士。
元のデスクラウン時代から仲が良かったこともあり、積もる話があるのだろう。
そして、次に声をかけたのは意外にもロキ。
「全く空気読まないねえ。僕と衣装被ってるんだから、そっちを変えないと意味ないでしょ」
「ギギギギギッ!?」
「ホラ、その道化師衣装を剥がしてさあ~、そこのボロ布でも纏っておきなよ。君にはちょうどお似合いだと思うよ」
「!!! ……ギギギギギッ!!(怒)」」
ロキは浮楽に絡む感じで嫌味を飛ばす。
すると浮楽は怒って『ギギギギッ!』と返す。
背後の従機達も浮楽に加勢。
8機が一丸となって、ロキに向かいプラカードを掲げてブーイングの嵐。
普段は主従の仲が悪いのに、敵が出てくると急に一致団結。
全く本当に仲が悪いのかどうかが分からなくなってくる。
しかし、ボノフさんの事務所の中で騒がし続けるのも良くないので、タキヤシャに間に入るよう目配せ。
するとタキヤシャは軽く頷き、騒ぎ立てる浮楽とロキの間に入って仲裁。
「ロキさん。それ以上騒がしくすると、無理にでも大人しくさせますよ」
「おっと! タッキー……、ボクは別に喧嘩を売っているんじゃなくてね」
「………何度も言うようですが、貴方にタッキーと呼ばれる筋合いはございません。痛い目に遭わないと思い出せませんか?」
「…………チェッ! 分かったよ」
ピシャリとした対応でロキを威圧するタキヤシャ。
その取り付く島の無さに、舌打ち1つ鳴らして後ろへ下がるロキ。
とにかくトラブルを起こしたがるロキだが、苦手とするタキヤシャにだけは逆らわない模様。
その後、タキヤシャは浮楽に祝いの言葉を述べて天琉、秘彗と交代。
2機が仲良く並んで浮楽の前に立ち、
天琉はオメメをキラキラさせながら浮楽のある部分を見つめて………
「あい! 浮楽! おっぱ……」
「フンッ!!」(ゴスンッ!)
「あい!」
何かを言いかけた天琉が、秘彗の鉄拳で一撃轟沈。
天琉を沈めた秘彗は何事も無かったかのようにニッコリと微笑み、浮楽へと祝意を示した後、床に倒れ伏した天琉をズルズルと引きずってその場を下がる。
そして、トリは筆頭である白兎からのお言葉。
パタパタ
『浮楽。君が持つ力と置かれた立場は特殊なモノだ。それだけに力の使い方には注意が必要だし、表立って動くことはできるだけ避けなくてはならない。その名を公にすることはないだろうし、陽の当たる場所に出すこともできない。でも、君の活躍は僕と仲間達………そして、マスターが称えてくれる。世には知られなくても、僕達は君のがんばりを知っている。それを忘れないように』
「ギギギッ、ギギギギギッ!」
白兎の言葉を、浮楽は膝をついて恭しく受け取る。
また、背後の従機達も同様に膝をついて低頭。
普段はおちゃらけた行動を見せる浮楽も、真面目な態度の白兎を前にしては鳴りを潜める。
浮楽が俺のチームメンバー入りできたのは白兎のおかげでもあるのだ。
その記憶が残っていないとしても、浮楽が仲間になって以降、ずっと白兎の傘下にいたと言っても良い。
そんな白兎からの言葉だけに、今の浮楽の大人しい態度も頷けようというモノ。
主従揃って神妙な態度で傾聴。
いつもながら含蓄深い白兎の訓辞。
それに乗っかる形で俺が声をかけて終了。
「お前の特殊な力には今までも色々と助けられた。これからも頼むぞ」
「ギギギギギギッ!!」
バッと顔を上げて頬まで裂けたような大きな笑みを浮かべる浮楽。
金切り音をあげ、最後の最後で歓喜を爆発させたような反応。
背後の従機達も薄っすらとした笑みを見せ、
感極まったように機体を震わせ歓喜に震える。
「あと、従機達とは仲良くしろよ。そうすればいずれ『団長(仮)』の(仮)を取ってやるから」
「ギギギギギッ!」
俺がそう言うと、浮楽は『もちろん仲良しですよ!』と言いたげに、ニッコリ笑って袖をフリフリ。
そして、従機達と『仲良しアピール』をするべく背後を振り返ると………
当の従機達8機はスタコラサッサと避難済。
ボノフさんの背後に隠れ、顔だけをヒョコッと出して、
浮楽に向かって全員が一斉に舌を出してアッカンベー!
「ギギギッ!?」
従機全員から突きつけられた反発に、
大袈裟なアクションでショックを表現する浮楽。
生まれたばかりの従機達にまで、すでに嫌われてしまっている様子。
今日は新生された浮楽のサーカス団『月を蝕む血華劇団』の結成日だというのに、先が思いやられる船出となってしまった。
これには俺も苦笑い。
仲間達も呆れたような表情を浮かべ、
ボノフさんも渇いた笑い声をあげた。
その後、作業はロキへの防冠処理へと移る。
流石に緋王の晶脳を弄るとなると、ボノフさんでもパパッとはいかず、下準備から始めてそれなりに時間がかかる模様。
予め組み上げた防冠を用意してくれていても、やはり難易度の高い作業である様子。
こればっかりは白兎でも手伝うことができず、
ただ、ボノフさんの作業を見守るのみ。
その間、俺達はボノフさんの作業を邪魔しないよう、静かに事務所内で待機。
普段、騒がしい天琉や浮楽も大人しくボノフさんの作業が終わるのを待ち続ける。
そして、待つこと1時間弱。
カシュン、と最後の留め具を締める音が響いた。
作業台の上に横たわり晶冠開封状態であったロキの頭部が閉じる音。
「……よし、これで完了だよ。同じ緋王だけど、ベリアルとは随分と違う組み上げ型だね。多分、魔王型と神人型の違いなんだろうけど、あまりにサンプルが少なすぎて、そうとは言い切れないのが辛い所だね」
作業を終えたボノフさんは、額の汗を手で拭いながら、満足気に笑みを零しつつ感想を口にする。
「神人型の晶脳を触るのは久しぶりだったけど、勘は鈍っていなかったようだね。無事、ロキの晶脳に防冠が定着したよ」
「ありがとうございます、ボノフさん」
改めてボノフさんにお礼を述べる。
だが、礼を言うのは俺だけではない。
作業台のロキへと視線を向ける。
「ホラ、ロキ。お前もきちんとお礼を言え」
「分かっているよ、陛下」
俺が促すと、ロキはゆっくりと身を起こす。
まだ処置の余韻が残っているのか、片手で頭を押さえながら姿勢を正す。
そして、ゆったりとした動作で作業台から降り、
足元を確かめるように一歩ずつ歩む。
ボノフさんと向かい合い、背筋をきりりと伸ばして、
礼儀正しい所作で深々と一礼。
「ご婦人、心よりの感謝を」
澄んだ声を響かせ、ボノフさんへのお礼の言葉を口にした。
その洗練された動作は1級品。
姿は奇抜な道化師衣装だが、儀式服を着ているかのような高尚ささえ感じてしまう。
普段はおちゃらけている癖に、己が真に認めた者に対しては礼儀を尽くす性分なのであろう。
なら、もう少し先輩である仲間達にも敬意を持って対応してほしいと思うのだけれど。
予定していた全ての依頼が完了。
最後の用事とばかりにボノフさんへとベリアルから生まれた従機、トロンについて事情を説明。
手に入れた『最上級の従機素体』をベリアルに使用した所、緋王メタトロンに良く似たトロンが誕生。
しかし、本機のマスターである俺に従おうとせず、最初から喧嘩腰。
最終的に俺が一騎打ちで叩きのめし、力ずくで無理やり従わせることに成功。
けれども、本機と相性が悪く、未だベリアルからの反発が大きく、運用に苦労していることを相談。
「最上級の従機素体、ねえ………、それを魔王型に………、しかも、力ずくで従わせた…………、はあ~~~」
俺の説明を聞いたボノフさんは魂が抜けたような表情でポツリポツリ呟き、最後は大きくため息をついて、
「………上級でも発見されたのなら、ちょっとしたニュースになるくらいだよ。オークションも大盛り上がりさ。まさかこの辺境で『最上級の従機素体』が見つかるとはねえ………」
やや遠い目をしながら、嘆息交じりに感想を述べる。
目が少々虚ろになっているのは俺の見間違いではあるまい。
「だ、大丈夫ですか、ボノフさん」
「…………あんまり大丈夫じゃないね。ヒロが帰ったらすぐに横になりたいくらいさ」
「す、すみません」
「アハハハ、冗談冗談」
軽く笑いながらそう言ってくれたボノフさんだが、
俺から見ても少々無理をしているような気がする。
やはり刺激が強すぎたのであろう。
しかし、事情を説明しなければ、俺の悩みも相談できない訳で。
俺の説明を聞き終えると、ボノフさんは腕組みをしつつ口を開く。
「通常、従機も本機を通じてマスターとの契約を結んでいるはずなんだよ。でも、超高位従機ともなれば、本機から流れ込む従属契約を拒むことができるのかもしれないね。確か学会のそういった事例があったような記憶がある」
ボノフさんの話では、従機が高位になればなるほど、独自の意思を持っているとしか思えない行動を取ることがあるらしい。
本当に独自の意思を持っているのかどうかの確認はされていないようだが、今回のトロンや浮楽の従機達を見る限り、独自の意思を持っているという説に一票を投じたくなる。
「ということは、俺はトロンとは未だ契約を結べていないのでしょうか?」
「さあねえ? ………でも、そのトロンという従機が一度ヒロをマスターとして認めたと言っているなら、契約も受け入れたと見るべきだろうね」
「どうにかその辺を調べられないのですか?」
「う~ん………、はっきり言って、従機の状態や仕様を調べるのはかなり難しいんだよ。Mスキャナーでも見えないし、スキル構成さえ確認できない。本機の方を念入りに調査すればどこかにデータがあると思うんだけどねえ~」
俺の質問にボノフさんは困り顔。
悩む様子を見せながらその辺りの事情に付いて語ってくれる。
「そもそも従機の仕組み自体が人間にとってはまだ未知の領域なのさ。それにベリアルから熾天使型が生まれるなんて予想外だったし………、確かにベリアルには熾天使型の右手を接合したけど、そこまでの影響が及ぶなんて思わなかったよ」
「従機って何なんですかね? 浮楽がサーカス団員を、タキヤシャがガシャドクロを呼び出すのは何となく分かるんですけど、熾天使型の手を取りつけたくらいで魔王型から熾天使型の従機が生まれるなんて、そんなこと、他にも事例はあるんですかね?」
「さっきも言った通り、従機の存在は、青学の中でも未だ謎に包まれているカテゴリーだよ。辛うじて分かっているのは、機械種には全て原典があり、その原典を忠実に再現する為に従機が生まれることがあるってことだけだね」
ボノフさん曰く、この世界の機械種は、ナニカを模した存在であると定義付けされているらしい。
機械種ラビットも、機械種ゴブリンも、機械種エルフも、機械種オーガも、
ジョブシリーズも、レジェンドタイプも、紅姫も、緋王も………
どこかに、それらの機械種の元となった原典が存在し、その原典に沿った形で生まれてくるのだ、と。
ただし、その原典が一体何なのかと言うことについては全くの不明。
本当にそんなモノが存在しているかどうかも意見が分かれているそうだ。
「例えば、その原典に軍隊を率いた英雄がいて、その英雄を模したレジェンドタイプがいるとしたら、実力を発揮する為にはやはり軍隊がいる。軍隊指揮に特化しているレジェンドタイプなら、単独ではその力を発揮できないだろう? だからそのギャップを埋めるのに従機が生まれるのさ。その英雄に軍隊が付きものなのであれば、軍隊が従機として現れる。その英雄と軍隊はワンセットということだね」
「なるほど…………、浮楽のサーカス団員は1機ではサーカス団ができないから生まれた……と。タキヤシャもその原典の活躍を表現するならガシャドクロは必須だよなあ………、でも、魔王ベリアルには………、あ! そういや、ベリアルって確か、元は天界から追放された熾天使だったっけ? じゃあ、それが原因という可能性も……」
「…………………」
「………え? ボノフさん。何か?」
何気なく呟いた俺の言葉に、ボノフさんはじっと俺の顔を見つめて黙り込む。
その反応に思わず問いかけてみると、
「…………いや、なんでもないよ。はあ~~~……」
ボノフさんは疲れた顔で言葉を濁す。
そして、ため息一つついてから苦笑いを浮かべて、
「ヒロ。では、そろそろ、その新しく生まれた従機を見せてくれるかい?」
「あ、はい」
ボノフさんに促されて、七宝袋からベリアルとトロンを取り出す。
表向き秘彗の亜空間倉庫に入れていたように見せかけて。
秘彗が『巫女系』の職業を追加してくれたおかげで、七宝袋を運用しやすくなったとも言える。
『巫女系』の亜空間倉庫であれば、稼働中の機械種を収納可能であるからだ。
『召喚士系』程ではないが、かなりの格上の機種でも収納したまま連れ歩くことができる。
だから俺が七宝袋から仲間達を取り出しても、秘彗の亜空間倉庫に収納していたのだという言い訳が使える。
竜種になった輝煉や豪魔の本体は難しいだろうけど。
「10日ぶりだね、ベリアル。元気にしてたかい?」
「フンッ!」
ボノフさんが目覚めたベリアルに声をかける。
だが、ベリアルは機嫌が悪そうに鼻を鳴らしただけ。
しかし、ボノフさんは気にすることなく話を続ける。
「そんな拗ねたりしない。折角のハンサムさんが台無しだよ」
「…………起きたと思ったら目の前にコイツがいるんだ。機嫌も悪くなるさ!」
一瞬、ジロリと横に立つトロンを見やり、すぐに反対側にプイッと顔を背けるベリアル。
その姿は完全に拗ねた子供以外の何物でもない。
だが、そんな、ある意味甘えた姿を俺以外の人間に見せるなんて、随分とボノフさんに馴染んだのだな、とも思う。
「そっちがトロンだね。ベリアルの従機だけあって顔も良く似ているね」
「初めまして、マダム」
胸に手を当てて頭を下げるトロン。
身に纏った煌びやかな白銀の鎧が灯りに照らされ眩く光る。
衣装の差もあり、先に見せたロキの一礼よりも高貴さが勝る。
屋内の為か、背中にある6枚の翼は小さく折り畳まれており、
今のトロンは生真面目そうな金髪美少年騎士といった様相。
「いつもベリアル君がお世話になっています」
トロンの口からまず出てきたのは、ボノフさんへの感謝の言葉。
ベリアルの記憶をある程度引き継いでいるのなら、出て来ても不思議ではないのだが………
コレに横にいたベリアルが反応。
柳眉を逆立て、荒い口調でトロンに向かって怒鳴る。
「!!! お前に上から言われる筋合いはない!」
蒼く光る眼が爛々と輝く。
今にも噛みつかんばかりの怒気。
以前に比べれば大人しくなったとはいえ、魔王の怒りは健在。
並みの機種ならそれだけで萎縮、命乞いを始めたかもしれない。
しかし、トロンは気にする様子も無く淡々とした態度で対応。
「何を言っている? これは君の従機として、本機がお世話になっている藍染屋への当然の礼だ」
「僕はお前を従機だとは認めていない!」
「君が認めようが認めまいが、ボクが君の従機であることに変わりはないよ。そんなことも分からないの? 魔王型は頭が悪いね」
「なんだと!!」
喧嘩に発展しそうな2機。
だが、そんなこと、俺が許すはずも無い。
「コラ、お前ら、ボノフさんの前で騒ぐな!」
俺は声を大にして叱りつけた。
そして、顔の前で拳を握りしめる仕草。
止まらない場合は実力行使も辞さない構えを見せつける。
すると、2機は気まずい顔を見せて黙り込む。
そして、互いにチラッと顔を見合わせると、
ベリアルは凄い勢いで顔をすぐに背け、
トロンは表情を元に戻して口を噤んだ。
俺の剣幕に、どうやら2機とも矛先を収めること選んだ模様。
そんな様子の2機に俺は改めて心の中で嘆息。
浮楽とは違った意味で本機と従機の仲が悪い。
元々打神鞭の占いでも『相性が悪い』とわざわざ表示されていたぐらいなのだ。
この関係は俺が『最上級の従機素体』の配分先をベリアルに選んだ時点で決まりきった結果。
そもそもボノフさんにトロンを紹介するのにベリアルが一緒でなければならないことが一番のネック。
トロンをスリープ状態から稼働させるためにはベリアルが近くにいる必要があり、また従機である以上、ベリアルからあまり離れられない。
短い時間なら数kmぐらい離れても大丈夫なのだが、長時間となるとせめて数百メートル以内にベリアルがいなければ、マテリアル供給が途切れ、稼働停止してしまう可能性がある。
この辺りはトロンがベリアルの従機なのだから仕方がない。
浮楽の従機もタキヤシャの従機も本機からほとんど離れることがないのと同様。
もちろん、個々の仕様にもよるのだろうけど。
また、トロンが大技を連発すると、ベリアルにマテリアル供給が必要になる点も厄介な所。
俺とトロンの勝負が決した直後、ベリアルが駆けつけて来て俺にマテリアル供給を強請って来たのだ。
トロンが放った『炎の柱』『72枚の翼』『36万5千の瞳』。
天を焦がし、地を揺るがすような天災規模の大破壊攻撃の連続。
これ等の大技のエネルギーの源はベリアルから供給されているのだから当たり前。
『杏黄戊己旗』によるマテリアル回復は1時間に5%程度と微々たるもの。
もちろん、20時間もあれば100%全回復するのだが、『お腹空いた! 今すぐ頂戴!』を連呼するベリアルに負け、結局、ベリアルの小腹を満たす為に300万M、約3億円を一瞬で溶かすこととなった。
普段気にすることの無い、超高位機種の燃料費の馬鹿高さを改めて認識した瞬間だった。
今後の事を考えると、少々悩ましい問題でもある。
ベリアルに『最上級の従機素体』を使用し、トロンが生まれ、俺のチームに緋王最上位レベルの戦力が2機揃うこととなった。
ベリアルとトロンの2機の力を合わせれば、その戦力は主神クラスの緋王・朱妃ですら凌駕するであろう。
『炎の戦車』と『律神機装』を両機並べたなら、準守護者級とも呼ばれる全長数百m超の神獣型をも撃退可能。
もしかしたら、守護者であっても短時間なら相手にできるかもしれない。
そこに白兎やヨシツネ、豪魔、輝煉等の一軍メンバーを加えれば鬼に金棒。
先の戦闘で苦戦したという緋王メタトロン・サンダルフォンが率いる熾天使型軍団とも真正面から競り勝てるに違いない。
つまり局地的な戦闘であればほぼ負けることは無くなった。
だが、局地的な戦闘以外での課題は残り、さらにこの2機がきちんと戦場において連携してくれるかが不安点。
この2機は距離を離しての運用が不可能。
それなのに、この2機は互いに相性が悪く、近くに置いておけば喧嘩ばかり。
戦闘中でも仲違いを始めかねない怖さがある。
そして、この2機が大規模破壊に特化した機種であるが故の燃費の悪さ。
『杏黄戊己旗』では追いつかないマテリアル供給も課題。
最強と最強を手に入れたはずなのに、
新たな課題が俺の上に伸し掛かって来たのだ。
なぜいつもいつも何かを手に入れたら、
続けて問題が発生するのだろうか?
とにかく、これ等の課題を仲間とは少し離れた所でボノフさんに相談。
すると、ボノフさんはしばらく目を瞑って考え込んだ後、
「仲の悪さは時間で解決するしかないねえ。元々魔王型と熾天使型は仲が悪いことで有名だったし………、同じマスターに仕えていても、目を合わせただけで殺し合いを始めるくらい……って、記録に残っているね。それに比べれば、今のベリアルとトロンなんて可愛いもんさ。逆に言うとその程度で済んでいるのだから、いずれ落ち着く所に落ち着くと思うんだけどね」
「記録? 過去、魔王型と熾天使型を従属させた人間がいたんですか?」
「ベリアルやトロン程の超高位機種ではないだろうけど、魔王型や熾天使型を従えた狩人はいないわけじゃないよ。記録にあるのは鐘守に選ばれた『打ち手』だね。最高位の感応士がいれば、魔王型だって決して敵わない相手じゃない」
「なるほど。確かに感応士がいれば、対レッドオーダー相手にはかなり有利に戦えますね」
機械種にとって高位感応士は天敵みたいなモノだ。
あのベリアルだって、最高位の感応士相手では苦戦を免れない。
作戦を練って場を整え、罠を仕掛けて戦力を揃えれば、魔王型や熾天使型だって、決して人間が勝てない相手ではないのだ。
「仲の悪さは時間で解決するしかない………か」
独り言をつぶやきながら、少し離れた所にいる当の2機へと視線を移す。
ベリアルは白兎と秘彗が宥めている最中。
ムスッとした顔のベリアルが不満をタラタラ並べ立て、白兎が耳をフリフリ、
秘彗が困ったような表情を浮かべて話を聞いてやっている様子。
トロンの方は森羅と廻斗が相手をしている。
落ち着いた人格の森羅、紳士な態度の廻斗。
そうした2機だから、トロンも表情を和らげ、穏やかな雰囲気で会話を交わしている模様…………、
「あい! トロン! お話しよう!」
おっと! ここで天琉がエントリー。
森羅と廻斗の間に強引に割って入り、いつもの脳天気さでトロンへと話しかける天琉。
だが、礼儀を逸した天琉の行動に、トロンは眉を顰めて苦言を呈す。
すると、天琉は全然分かっていない様子で、ポケッと間抜け面を晒す。
となると、トロンも委員長気質が疼くのか、声を固くして天琉へと小言を口にする。
しかし、それ等の小言は全く天琉に届くことは無く、
傍から見ても、耳から耳へ抜けていくのが分かる。
堪えた様子の無い天琉にトロンがだんだん苛々し始めて………
「人の話はきちんと聞きなさい!」
おおっと! ここでトロンの一喝!
併せてトロンのアイアンクローが炸裂!
天琉の顔面をグワシッと掴み上げ、声を荒げて叱りつけるトロン。
これには横にいた森羅が止めに入る。
また、廻斗がトロンの前に舞い降り、『仲間への暴力はいけない』『仮にも天琉は先輩なのだからその行動は良くない』と諭す。
常識と言えば常識。
天琉の無礼は今に始まったことではないが、トロンにとっては天琉は先輩。
あの傍若無人なロキですら天琉を先輩扱いしているのだ。
確かに礼儀を大事にするトロンが先輩の天琉を掴み上げては駄目だろう。
森羅、廻斗からそういった旨の説得を受け、トロンは掴み上げていた天琉を降ろし、我が身の非礼を恥じる。
そして、改めて天琉に向かい、自身の非礼を詫びようとすると………
「あい! 浮楽、それ面白そう!」
天琉はトロンを無視して、従機達と戯れている(喧嘩している?)浮楽の方へとタタッと走り去った。
そして、その場にポツンと残されたトロン。
しばらく身を硬直させ固まったまま。
少しして、ナニカに耐えるようにプルプルと機体を震わせ………
「アハハハハハハッ! 馬鹿みたい! アハハハハハッ!」
そこに人の神経を逆撫でするロキの笑い声が挟み込まれる。
トロンを指差し、馬鹿にするようにケタケタと笑うロキ。
そして、トロンが自分を睨んでいると分かると、はっきりと嘲りの表情を見せる。
さらに、舌を出してベロベロバー!
馬鹿にするような態度でトロンに対する挑発を繰り返す。
「!!! ………この悪神め! 成敗してくれる!」
忌々し気に吐き捨てるトロン。
こうなると、トロンの怒りの矛先はロキへと一直線。
何せ熾天使と悪神。
ある意味、ベリアル以上に相性の悪い関係と言える。
柳眉を逆立て、笑い転げるロキに向かおうするトロンだが、
「お待ちください。この者への打擲はこちらで行いますので………」
タキヤシャがトロンの歩みを阻む。
冷然とした態度でロキへの仕置きを任せてほしいと述べる。
そして、未だ笑い続けるロキへと鋭い視線を向けると、
「!!! ぎゃあああああ!!! 痛い痛いッ!!」
ロキの機体に仕込まれた黒砂が暴れ回り、
強烈な痛みを与えられ、床で悶絶するロキ。
「何度言いましたか? この場にて騒ぎを起こさないようにと」
「ちょちょちょちょっとおおお! 揶揄っただけでしょおお!」
「黙りなさい。トロンさんを揶揄うことで、トラブルを引き起こそうとしましたね。貴方の策謀はお見通しです」
「ご、誤解だってええええ!!」
ロキは必死になって弁解を口にするが、タキヤシャ相手には糠に釘、暖簾に腕押し。
やがて無様に床で転げ回りながら、タキヤシャに許しを請う。
そんなロキの姿に、溜飲を下げたのがトロン。
思っていた以上のロキへの苛烈な制裁に若干引いていると言っても良い。
そして、そんなトロンへと森羅と廻斗がフォロー。
どうやら気が合うらしい2機に対して、トロンは表情を和らげて対応。
徐々にトロンの険が取れていくのが分かる。
どうやら、俺の知らないうちにトロンが仲間に馴染んできているということも。
「う~ん………、これなら大丈夫か。いずれベリアルとも…………」
そんな希望を感じさせる一幕であった。
白兎を含めたメンバー達なら、きっとやり遂げてくれるだろうと。
となると、残る問題はマテリアル容量の話。
このままではベリアルとトロンの2機が全力を振るえば、瞬く間にマテリアルが枯渇するのは目に見えている。
戦闘中にマテリアル補給できるとも限らないし、できれば燃料補給は『杏黄戊己旗』で済ませたい所。
もっとベリアルのマテリアル容量が増えれば、解決する話でもある。
これについてボノフさんに尋ねてみると、
「難しいねえ。マテリアル容量は機械種の機体によって決まっているモノだからねえ……」
ボノフさんによれば、機械種の機体に備わる動力部が注ぎ込まれたマテリアルをエネルギーへと変換。機体の各部位へとエネルギーを流し込む役目を担っているという。
言わばエンジンと燃料タンクを合わせたようなモノ。
だから理論上、動力部を強化すればマテリアル容量を増やすことができるらしいが………
「でもねえ、動力部を強化すると言っても、そこは機械種の心臓部分。晶脳に次ぐ重要器官さ。生半可な技術では強化するのは難しいし、動力部自体を上位のモノと置き換えるとしても、ベリアル自身がすでに最上位に近い機種。ベリアルにピッタリ合う動力部が見つけるのは不可能に近いねえ」
「心臓移植みたいなものですね。それじゃあ仕方ないかあ……」
人間に例えるとこれ以上無い大手術だ。
しかも適合する動力部を探すとしても、その難易度は極高。
打神鞭の占いという手はあるが、そもそも本当に俺が望む動力部が存在するのかどうかも不明。
ベリアルよりも少し上程度では意味が薄いのだ。
少なくとも1.5倍以上の容量を増やさなくては、ベリアルとトロンの共闘は難しい。
「晶石合成を続けるしかないんでしょうか? でも、同系統、同格以上の魔王型の晶石を合成させても数パーセントだからなあ………」
全体のパラメーターが全て数パーセント上がるとすれば、結構な成長だが、伸ばしたいのはマテリアル容量なのだ。
全体で数パーセント上がるポイントを全て動力部に注ぎ込めることができれば一番早いのだけれど。
やや諦めの表情を浮かべる俺に、
ボノフさんは少し考え込むような素振りを見せた後、
「ふむ? …………ヒロがベリアルに望む強化策だけど………、可能性が無いわけじゃない」
「え? それはどういう意味ですか?」
「晶石合成が機械種の存在自体を強化するモノだとすれば………、機械種の機体の部位を強化する方法が別にあるんだよ」
「おお、それは凄い! 教えてください!」
ボノフさんから飛び出て来た、俺の悩みを解決してくれそうな情報。
思わず身を乗り出してボノフさんの言葉を待つ。
ボノフさんは表情を固くして、やや言いにくそうに語り始める。
「……………恥ずかしながら、これは確定した情報でも無く、アタシ自身が試した方法でも無い。でもね、三色学会に伝わる情報では、晶石を使って機体の部位を強化する方法があるらしいんだ。晶石を昇華させ『祖霊』と化して特定の部位に宿らせる方法が………」
「『祖霊』?」
「晶石に宿っている概念………『祖霊』を抽出するそうだね。どうやってやるのかまでは分からないけど………、でも、この世界のどこかで行われている方法であることは確かだよ。おそらく秘匿技術として隠されているんだろうね」
「『祖霊』…………、分かりました、ボノフさん。ヒントをありがとうございます! そこまで情報を頂ければ、後はこちらで調べます」
確か意味は『先祖の霊』。
他には『御霊』と言った意味があったはず。
関係があるのかどうか分からないが、たとえ秘匿技術だとしても打神鞭の占いで調べれば分かるだろう。
「あとは、噂に聞く特級スキルぐらいだろうね。確か『陽光炉』という特級スキルが機械種のマテリアル容量を2倍近く増やしてくれたはずだよ。あと、同じく特級スキルの『省燃魂』が、消費マテリアルを半分に抑えてくれるという噂だね」
「おお! 特級スキル! そのような効力を持つモノもあるんですね」
ボノフさんから追加された新たな特級スキルの名に思わず興奮。
ベリアル・トロンの課題を解決するのにピッタリな効力。
もし、2つ揃えることができたなら、実質4倍まで容量を広げることと同義。
しかもスキルなら晶脳に投入するだけだから実にお手軽。
もちろん、特級スキルの希少性・入手難易度は除外しての話。
ボノフさんもその辺りは弁えているようで、自身で放出した情報ながらその真偽と実現性について疑問を呈す。
「ただし、どちらのスキルも本当に存在するかどうかも眉唾な話だよ。過去、そういったスキルがあったという記録が残っているだけさ。どうやって手に入れられるのかも分からない。そもそも特級スキル自体が貴重だからね。特に有用な特級スキルはまず市場出回ることは無いし、超一流の狩人だって、一生涯に1つ2つ手に入れられたら運が良い方だよ。少なくとも狙って手に入れられるモノではないね………」
そこまで言って一度言葉を切り、
申し訳なさそうな顔をこちらに向けて、
「申し訳ないねえ。こんな曖昧な情報しかなくて」
「十分ですよ。そのような方法やスキルがあると分かれば、きっと俺なら見つけられますから! 任せてください!」
殊更明るい笑顔を見せながらボノフさんへと宣言。
きっとこの街に戻ってきた時、その情報をボノフさんへともたらすことができるだろう。
本当にボノフさんには最後までお世話になった。
どこの馬の骨とも分からない風来坊の俺を、紹介状一つで受け入れてくれて。
白翼協商という、この町一番の秤屋を紹介してくれて。
修理や改造だけでなく、仲間達への防冠処理から晶石合成まで行ってくれて。
貴重な情報を惜しげも無く俺に提供してくれて。
俺の秘密を誰に漏らすことなくその胸に仕舞い込んでくれて。
俺に問い質したいことは山ほどあるのだろうけど、そんな素振りを微塵も見せないでいてくれて。
貴方がいてくれたから、俺はこの街で狩人としてやっていけた。
貴方が優しくしてくれたから、俺はこの街の皆に優しくすることができた。
もし、困ったことがあればいつでも呼んでください。
どこに居たって俺は貴方の為に駆けつけるでしょう。
「ボノフさん、ありがとうございました!」
俺が頭を下げると、
白兎達もそれぞれでボノフさんへと感謝を示す。
あのベリアルやロキでさえ、
ボノフさんには礼儀正しい態度を取るのだ。
それは俺達がこの街で手に入れた一番最初の絆であり、
最も太く長く続いた関係性でもあった。
カクヨムの近況ノートに『豪魔(義体時)』『廻斗』『ベリアル』『浮楽』『胡狛』『森羅』のイラストを投稿しております。
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