760話 エピローグ1
お待たせしました。
更新を再開します。
「天琉と浮楽の晶石合成ねえ………」
 
俺の依頼に、呆れたような声を呟くボノフさん。
「秘彗、浮楽、剣風、剣雷、毘燭、刃兼、胡狛、秘彗………、本当にヒロだけでこんなにたくさんの晶石合成を行うことになるとは思わなかったよ。天琉は初めてだけど、浮楽は秘彗と同じく2回目。しかも、たった数ヶ月の内に………、全く、ヒロと付き合っていると、アタシまで常識が狂いそうだ」
「そんなに珍しいですか、ボノフさん?」
「2度目の晶石合成をするにも、ある程度経験値は貯めてからの方が良いからねえ。中央ならともかく、この辺境じゃあ、数年跨ぐぐらいで早い方。下手をすると10年以上も間が空くこともあるよ………、もちろん、1度目の晶石合成で終わる狩人の方がずっと多いだろうけどねえ」
俺と向かい合うボノフさんはすでに諦め顔。
もう何度そんな顔をさせたか忘れるくらいだが、俺と付き合ってもらっている以上、避けられない運命なので諦めてもらうしかない。
ボノフさんのお店に訪れたのは、天琉と浮楽の晶石合成を行う為。
天琉には機械種セラフの晶石を。
浮楽には機械種カーミラのの晶石をそれぞれ合成させる予定。
共に自分達が倒した機種の晶石でもある。
彼等に授与・合成するのは当然とも言える配分。
また、今回、ロキの晶石へ防冠処置も同時に依頼。
この街を旅立てば、ここまで信頼できる藍染屋に出会えるかどうかも分からない。
秘彗達のようなストロングタイプならともかく、ロキの存在は知られるだけでも大波乱が巻き起こるかもしれない最上級の厄介者。
この場、この時でなければ、ロキへの防冠処理は当面不可能。
ボノフさんには負担をかけてしまうが、ここは頭を下げてでもお願いするしか道が無い状況。
「すみません、ボノフさん。立て続けの依頼になってしまって……」
「ハハハハハ、いいよいいよ。ヒロの頼みならドンと来いさ」
ボノフさんは笑いながら快く依頼を引き受けてくれた模様。
そして、ロキへと意味あり気な視線を向け、
「まあ、私もこのロキの頭の中身は気になっていたからね……、願っても無い話だよ」
ギラリと目を輝かせて、技術者としての顔を覗かせた。
そんな様子のボノフさんに、当のロキは苦笑を浮かべながら口を開き、
「ご婦人………、お手柔らかにお願いしますよ」
いつもの人を小馬鹿にしたようなにやけた表情とは異なり、ロキが浮かべるのは落ち着いた穏やかな微笑。
奇抜な道化師衣装ながら紳士的な振る舞いを見せてくる。
今までの行いからは信じられない大人しい反応。
このロキの変わりようはいかなることか?
思わず妙な企みを抱いていないかどうか、訝し気な目で見てしまう。
すると、ロキは少しばかり不満げな表情を見せ、
「陛下。別に変なこと考えていないからね。僕だって、腕のある技術者にはきちんと敬意を以って対応するさ」
「じゃあ、白兎や胡狛への態度はどうなんだ?」
「僕なりに先輩として敬っているつもりだよ~」
「あっそ………」
ロキの中の基準ではそうなっているらしい。
これ以上何を言っても無駄であろう。
この場に連れてきている仲間は、白兎、森羅、天琉、廻斗、秘彗、浮楽、タキヤシャ、ロキの8機。
白兎とタキヤシャはロキの抑え。
森羅と廻斗は天琉の面倒を見る係。
秘彗は俺の表向きの護衛という役どころ。
道中、浮楽とロキは光学迷彩で姿を隠し、
タキヤシャはストロングタイプに偽装しての同行。
透明になったロキが途中で逃げ出さないよう、
浄眼を持つ白兎がしっかりと監視した状態で連行。
七宝袋に放り込んで連れて来ても良かったが、ロキは今回の『鐘割り』のテロにおいて、この街を守り抜いた功労者でもある。
自分が守り抜いた街並みを陽の光の下で見せてあげたかったのだ。
これは俺の感傷でしかないのかもしれないけれど。
しかしながら、万が一のことを考えてロキへの見張り役は必須。
故にロキが一番苦手とするタキヤシャも連れて来た。
とにかくベリアルとは違った意味で平時に乱を起こす奴なのだ。
今日も朝から浮楽に喧嘩を吹っ掛け(道化師衣装が被っているという理由で)、浮楽達の従機を交えての掴み合い、殴り合いを演じ、
ここまで来る道中も、街行く人々にちょっかいを出そうとして白兎にぶん殴られ、逃げようとする度にタキヤシャの黒砂で拘束、懲罰を受けていた。
本当に『懲りない奴』という言葉はロキの為にあるようなモノ。
白兎が教育してくれているが、いつになったら大人しくなってくれるのやら……
ちなみにベリアルとトロンは共に七宝袋の中。
ベリアルが自身の亜空間倉庫にトロンを収納するのを嫌がった為だ。
俺も白兎もいないガレージで、ベリアルとトロンの2機を残すわけにはいかない。
未だ何の拍子に爆発するか予想もつかない組み合わせ。
この2機がぶつかり合えば、ガレージ街どころか、一瞬のうちに街の一画を焼き払いかねない。
ボノフさんにトロンの扱いについて相談したかったこともある。
その為には実機を見せるのが一番早い。
それ故、七宝袋の中に入れたまま、この場に連れて来ることにした。
全ての依頼が終わった後、ボノフさんにトロンを紹介するつもり。
「じゃあ、まずは天琉から行こうかねえ………」
「あい! よろしく! ボノフさんおばちゃん!」
「おばちゃんを後ろにつけるな!」(コツン!)
「あい!」
天琉の頭を一発軽く小突く。
もはや恒例ともなった天琉のボノフさんへの『おばちゃん』呼びと俺のツッコミ。
何度注意しても直らず、結局、半年経ってもずっとこのまま。
天琉にとってはボノフさんは『いつも優しいおばちゃん』で固定されているのかもしれない。
「すみません………、ボノフさん。コイツ、ずっとおばちゃん呼びで………」
「アハハハハ、別に構わないさ。天琉が忘れっぽいのは、急激にランクアップした弊害だろうしねえ」
「あ………、やっぱりそうなんですか?」
「急な機体の成長で晶脳が追いついていないんだよ。ホラ、天琉ちゃんはもう記録にすらほとんど残っていない高位天使の座に就いたけど……、本来、習得しているはずの下位天使や中位天使の技をほとんど覚えていないからね」
ボノフさんが言うには、天使型はその等級ごとに使用できる技があり、さらに下位の技を全て習得しているはずだという。
機械種アークエンジェルは『光の槍』『光の盾』
機械種プリンシパティは『光の冠』『光の鎖』
機械種パワーは『光の外套』『光の柱』
機械種ヴァーチャーは『光の具足』『光の鎧』
機械種ドミニオンは『光の翼』『光の杖』
天使型が機種ごとに覚える技は以上の通り。
天琉で言えば、このうち習得しているのは『光の槍』『光の盾』『光の鎧』『光の翼』の4つだけ。
そして、機械種ソロネになったことで覚えた『光の車輪』。
格下の機種の技であるはずの『光の冠』『光の鎖』『光の外套』『光の柱』『光の具足』『光の杖』が未習得のまま。
これがボノフさんの言う急激にランクアップした弊害らしい。
「う~ん………、なんか勿体ないですねえ。ボノフさん、どうにか覚えさせることはできないんですか?」
本来習得しているはずの技を覚えていない。
天琉の戦闘力に不満があるわけではないが、使える手は大いに越したことがないのは事実。
特に天琉は攻撃手段が『光の槍』に偏っており、バランスを取る為に他の攻撃手段や防御技、妨害術を覚えてほしい所。
しかし、俺の質問にボノフさんは難しい表情を浮かべて、
「う~ん………、晶脳の中に生まれてはいるはずなんだよ。何か切っ掛けがあれば、ポンと飛び出てくる可能性あるのだけどねえ……」
「切っ掛けですか………」
そう呟いて天琉を見下ろす。
俺のボノフさんの会話を聞いて、理解しているのかどうか不明なポケッとした表情の天琉。
サラサラ金髪のおかっぱ頭。
小学生くらいの小柄な体形。
その身を包む純白の貫頭衣。
今は隠しているが背中には4枚の白い翼。
機種名通り天使のような可愛らしい少年姿。
最下級の天使型から上級天使型の機械種ソロネまで成長を果たしたチームの出世頭。
高機動高火力、精密攻撃を得意とする遠近対応型万能ユニット。
ただし、おつむの方が少し頼りなく、別行動させるなら、外付け判断回路として廻斗が必須。
『悠久の刃』において、一軍半の位置にあり、その機動性も相まって非常に便利遣い使いし易い役どころ。
その戦力が向上させる為に、本来覚えているはずの技をどうにかして引き出したい所だが………
とりあえず、天琉の両足を持って逆さにブンブンと振ってみた。
残念ながら、技を出てくることは無く、
天琉をキャッキャッと喜ばせただけだった…………
「コラコラ、ヒロ。止めなさい。パイプが詰まっているんじゃないんだから」
「すみません」
ボノフさんに注意された。
まあ、当たり前だ。
「そんなことをしなくても、今回の晶石合成で出てくるかもしれないよ。機械種にとって同系統、格上との晶石合成は何よりの良い刺激になるからね」
「ああ、なるほど………」
天琉へと投入する熾天使型、機械種セラフの晶石。
天使型の天琉にとって同系統に近く、格上であることは間違いない。
投入することで莫大な経験値を得ることができる上、運が良ければランクアップもありうる………、これについてはランクアップしたばかりだから無理目ではあるが。
しかし、ボノフさんの言う通り、これ以上無い良い刺激になるのは間違いない。
完全上位互換とも言える熾天使型の晶石が、天琉の新たな力を引き出してくれる可能性は十分にある。
「では、ボノフさん、お願いします」
「あいよ、任せておきな」
『マスター! もっとやって!もっとやって!』とせがむ天琉を強引にボノフさんに預け、晶石合成を依頼。
その結果………
「あい! いっぱい覚えた!」
天琉は満面の笑みで宣言。
その言葉通り、
天琉の右手からジャラジャラと飛び出す『光の鎖』。
そして、左手には光り輝く『光の杖』。
頭にはキラキラと眩しく光る『光の冠』。
小柄の機体を覆う薄っすらとした『光の外套』。
小さな足に発現した『光の具足』。
元々覚えていた『光の鎧』と合わせ、
全身光の武具を装備した光の王子がここに誕生。
『光の柱』は大き過ぎてこの場での現出は難しいそうだが、こちらも覚えてくれた模様。
先ほどまでのやり取りは一体何だったのか?と思うくらいの習得具合。
予想通りランクアップまではいかないようだが、天琉が強くなったのは確実。
めでたいのは変わりなく、天琉の周りに仲間達が集まり、それぞれ思い思いの言葉をかけていく。
「天琉、恰好良くなりましたね」
「キィキィ!」
「ギギギギギッ!」
「えへへ………、森羅、廻斗、浮楽、ありがとー!」
森羅と廻斗、浮楽に褒められて照れる天琉。
また、浮楽の従機、『一楽』達も現れ、天琉を囲んで拍手の嵐。
「天琉さん………、私もすぐに追いつきますから!」
「うん! ……でも、天琉だってもっと強くなるもんねー! 秘彗には負けないから!」
秘彗からの宣言に、天琉は挑戦的な笑みを浮かべて答える。
お互い、仲の良い友人同士でありながら、武術家として切磋琢磨するライバル同士なのだ。
2機の間で交わされる約束は、必ず履行されるに違いない。
「おめでとうございます、天琉さん」
「ありがとー、タキヤシャ!」
「まあ、一応、おめでとうと言っておこうかな、天琉先輩」
「あ~い~! ロキ、一応は余計!」
タキヤシャとロキがそれぞれ天琉に声をかける。
タキヤシャは素直に、ロキは捻くれた表現で天琉を祝う。
フルフル
『技をたくさん覚えたようだけど使いこなせなくては意味がないからね。しっかり練習しなよ』
「押忍! 白兎ししょー!」
白兎が耳を震わせて天琉へと激励。
緩い天琉のこの時だけは真面目顔で返事。
「良かったな、天琉。これからも頼むぞ」
そして、最後は俺が天琉へとエールを送って締め。
これで俺もほっと一安心。
万能ユニットの天琉が強くなれば、こちらの打てる手が大きく広がるのは間違いない。
「あい! 天琉にお任せ!」
俺の言葉に、天琉は今日一番の笑顔を見せながら大きな声で応えた。
「さて、次は浮楽だね」
「ギギギッ!」
ボノフさんがそう言うと、浮楽は余った袖をフリフリさせながら『ギギギ』と返事。
「投入するのは魔人型の紅姫、機械種カーミラ………だね。私も聞いたことが無い機種名だよ。しかも吸血鬼型の属性も併せ持っているなんてねえ………」
ボノフさんは手に持った紅色に光る紅石を見つめながら呟く。
「昔から噂はあったけどね。この街に潜む吸血鬼型の話は………」
「この街にずっと潜んでいたのはコイツの部下だったらしいです。同じ機種名を名乗っていましたが………」
「カーミラ………、ねえ。ミラにも、その前任にも会ったことがあるけど、まさか吸血鬼型だとは思わなかったよ」
苦い表情を見せるボノフさん。
俺から簡単に事情を聞いて、流石にショックを隠せない様子。
顔見知りが実は吸血鬼型……であったなんて、なかなかに信じられない話ではある。
長年バルトーラの街に潜んでいた方のカーミラについては、タウール商会との関係から、ガミンさんからしばらく口外しないように言われていたが、そのタウール商会が無くなった今となっては口外厳禁と言う程ではなくなった。
もちろん、ガミンさんから許可を貰った上での情報共有。
ボノフさんであれば共有しても問題が無いとガミンさんが判断してのこと。
その背景を説明しなければ、紅石が手に入った経緯も話せない。
魔人型の紅姫は大変珍しいから、その辺の巣で入手しました、といったような嘘が通用する訳も無く、そもそもお世話になっているボノフさんに嘘をつくなんて不誠実極まりない。
だからこそ、ボノフさんにはきちんと最初から経緯を説明。
少なからずショックを与えてしまったのは大変申し訳ないのだけれど。
だが、ボノフさんも長年この街で腕を振るってきた超一流の藍染屋でもある。
酸いも甘いも噛み分けた経験から、しばらくするとショックから立ち直り、改めて魔人型の紅石へと視線を戻す。
そして、口に出すのは、魔人型についての情報。
「魔人型と魔人型…………か、魔人型は大変珍しい機種と聞くけど、まさかこんな短期間にこれだけの数が集まるなんてねえ………、そう言えば、ヒロ、知っているかい? 中央の賞金首、『歌い狂う詩人』こと魔人型の橙伯、機械種ラプソディアを従属させた狩人がいるってこと」
「あ、はい。知ってます………、と言うか、俺の同期が従属させていますね。ダンジョンでも今回の騒動でも一緒に戦った仲です」
「ははははは、狭い世界だね。まさかヒロの知り合いだったなんて」
そう言って、乾いた笑い声をあげるボノフさんだったが………
急に真面目な表情となって、
「ヒロ、その子に忠告してあげな。中央に行く前に、『歌い狂う詩人』と分からないよう偽装しろ、とね。ヒロは浮楽……『死に誘う道化師』を徹底的に隠したようだけど、本当にソレが最適解さ。『歌い狂う詩人』も『死に誘う道化師』も、中央では恨まれ過ぎている。その首を狙っている奴は五万といるからね」
「そうですよねえ……」
ボノフさんの忠告に同意する俺。
しかし、すでに時は遅く、アルスが『歌い狂う詩人』を従属させたと言う噂は街中に出回っており、今更多少偽装したぐらいでは誤魔化しがきかないレベル。
仕方がないと言えば仕方がない。
あのダンジョン騒動において、闇剣士に指摘され、あの場にいた狩人達には知れ渡ってしまったのだ。
もう口止めしようがなく、アルスも『歌い狂う詩人』を手放す気が無いとすれば、その対策も難しい。
いっそ、俺のように機種名を変更するようなランクアップが出来れば話は早い。
つまり、トライアンフをランクアップさせ、浮楽のように機種名から姿形までまるっきり変更させてしまえば良いのだ。
何を言われても『歌い狂う詩人』は処分したと言い張ればそれで終い。
ただでさえ数の少ない魔人型のランクアップ前なんて確かめようがないからだ。
「ボノフさん、魔人型と魔人型の晶石合成は、ランクアップする可能性が高いんでしたよね?」
「そうだね、アタシも調べてみたけど、過去、そうした結果が出たという記録はあったよ。ある程度経験値が貯まっている魔人型の機種に同格以上の魔人型の晶石を合成させれば、かなりの確率でランクアップするようだね」
「もし、そうなら………」
今、浮楽の晶石合成に使うはずの『カーミラ』の紅石を、『歌い狂う詩人』……トライアンフに晶石合成すれば、その機種名を変えることができるかもしれない。
そうすれば、アルスは中央に行っても厄介事に巻き込まれることも無く………
だが、俺の手に魔人型の晶石は1つだけ。
アルスに渡せば浮楽に使用することはできなくなる。
この魔人型の紅姫、機械種カーミラの紅石は浮楽への褒美として合成すると決めたのだ。
今更、報酬を無かったことするなんてできない。
しかし、俺の友人でもあるアルスが中央で苦境に陥るのをみすみす放って置くのも………
「やめておきな、ヒロ。それはその子にとって侮辱だよ」
悩む俺に対して、ボノフさんから強めの口調での警告が飛ぶ。
「この紅石の価値を考えてごらん。好意で渡すのには高過ぎる上に希少過ぎる。もうそれは施し以外の何物でもないよ」
「ボノフさん………」
「ヒロはアスリンにポンと竜種をあげたそうだね………、それについては、ヒロには感謝しかないし、本来アタシがこんなことを言うのも何だけど………」
ボノフさんは少し言いにくそうに言葉を濁しながらも話を続け、
「アレは緊急依頼の最中、且つ、あの子が手持ちの戦力を全て失っていた弱者だったからこそ、受け入れられたんだよ。その……ヒロの同僚はあの時のアスリンと同じように弱者なのかい?」
「…………いえ、俺を除けば、新人狩人の中では頭一つ抜けていますね」
「だったら止めたおいた方が良い。その子から頼まれでもしない限りは、ヒロから口に出すことじゃない。忠告する程度に留めておきな。その子とずっと良い関係であり続けたいんだったらね」
ボノフさんからの身に染みるアドバイス。
それを聞いて自分が少し思い上がっていたことに気づく。
俺が助けてあげなければ、アルスが必ず窮地に陥ると考えるのは傲慢であろう。
アルスは俺の配下でも被保護者でもない。
白翼協商の正式な狩人であり、頼もしいハザンという相棒もいる。
そして、その場には白兎の薫陶を受けた白志癒も。
アルスだって優秀な人物なのだ。
『闘神』『仙術』スキルを除いた俺よりもずっと。
ならば、ボノフさんの言う通り、アルスには忠告だけに留めるのが吉。
頭の良いアルスのことだ。
きっと中央に行く前に『歌い狂う詩人』についての対策を思いつくであろう………
パタパタ
「んん? どうした、白兎」
俺の足元で白兎が耳を揺らす。
何か言いたげな様子だったので問いかけてみると、
フルフル
『【歌い狂う詩人】トライアンフのことなら大丈夫だよ』
「え?」
ピコピコ
『もう対策済だって。白志癒に聞いたんだ。詳しくは話してもらってないけど、多分、もう心配ないんじゃないかな』
「あ、そうなんだ。流石はアルスだな。自力で対策を思いついたのか………」
白兎からの情報に、ほっと安堵する俺。
やはり俺が思っている以上にアルスは優秀であったらしい。
俺が助ける必要なんて無く、彼は自分で自分の道を切り開いていくのであろう。
心配事が無くなれば、心置きなく浮楽に魔人型の紅石を合成してもらうことができる。
「では、ボノフさん。お願いします」
「あいよ」
そして、ボノフさんの手に寄り、浮楽への晶石合成が行われ、
以前に『闇剣士』の晶石を合成したのと同じような眩い光が部屋を見たし、
俺達の目の前に現れた浮楽は…………
「ギギギ?」
「特に変わってない?!?」
両手の人差し指をコメカミに当てて、
左右にコクンコクンと首を揺らす浮楽。
年齢にすれば十四、五歳ほどに見える小柄な機体。
二股のピエロ帽子がひょこひょこと揺れ、衣装は道化らしく色鮮やか。
頬には花と月のマークが描かれ、化粧も派手だが、その下の顔立ちは驚くほど整っており、その美しさを隠しきれない。
少し離れて見ただけならば、その外見は可憐な美少女道化師以外の何物でもない。
しかし、彼女と真正面から向き合い、ニッコリ笑ってその歯を見ると、その美しさ、可愛さは一変する。
白い歯並びはまるでサメのように鋭く尖り、さらに大きく開かれた瞳孔が、見る者をその狂気でぞっとさせる。
美しさと狂おしさ、愛嬌と不気味さが同居する、得体の知れない存在感を放つ異形。
まさしく『狂気を振り撒く月光曲芸団』。
どう見てもその外見は以前と変わる所が無いピエロ少女のまま。
魔人型の紅石を投入したと言うのに、まるで変化が見られない。
けれども、機械種がランクアップした時の発光現象が発生したのは事実。
なのに、浮楽の姿は変わっていない。
これは一体どういうことか?
「え? まさか………失敗?」
思わず呟いた自分の言葉の意味を気付き、目を剥いて愕然としてしまう。
単にランクアップしなかっただけで、経験値の糧となったのは間違いない。
だから決して無駄と言う訳ではないだろうが、俺としては疑いなくランクアップすると思っていたからショックが大きい。
魔人型紅姫の晶石という途方もない価値を秘める至宝。
それが具体的な形を取らずに消えてしまったことが俺を失意のどん底に叩き落とす。
足元が崩れ奈落に落ちていきそうな感覚に陥る。
動悸が激しくなり、息苦しささえ感じる。
だが、そんな俺の様子を他所に、
ボノフさんは冷静に動いて、浮楽の両目にMスキャナーを当てて確認。
「ヒロ。安心しな。無事、ランクアップしているようだよ」
「え? 本当ですか?」
慌ててボノフさんが指し示したMスキャナーを覗き見てみると、
機種名『機械種ルナエクリプス・グランギニョル』とあった。
やたら長い名前だが、元の『機械種ルナティック・サーカス』から変化したのは間違いないようだ。
「良かったああ………」
肩を落として安堵する俺。
どうやら希少な魔人型紅石を有効に活用できていた模様。
続けてMスキャナーに表示されているスキル欄に目を落とすと……
「お! 『幻光制御』と『生成制御』が特級になっているな。あと……『虚数制御』が最上級か。こっちは2段階も上がってるぞ」
他にも『現象制御』と『創界制御』が中級に、
また、『放電制御』と『重力制御』が最上級にランクアップ。
技能系スキルでは『隠身』スキルが特級に。
趣味系スキルでは、『演劇』『演芸』が最上級に。
そして、『演奏:擦弦楽器』『演奏:金管楽器』『演奏:気鳴楽器』が上級で生まれていた。
「制御系スキルが結構ランクアップしたな……、あと趣味系スキルも……」
機体のランクアップに引っ張られ、上がりやすいのが制御系スキル。
逆に戦闘系スキルは上がりにくく、経験値を溜めての上昇を待つより、翠石で上位スキルを入れた方が早いと聞く。
技能系スキルと趣味系スキルの上昇は、ランクアップした機体に備わる基礎的なモノであろう。
機種名の中の『ルナエクリプス』は『月蝕』の意味。
後ろの『グランギニョル』は19世紀頃のフランスにあった大衆芝居・見世物小屋の名前。
『荒唐無稽な』『血生臭い』という意味もあり、高尚さからは程遠い浮楽には相応しい機種名と言える。
エンターテイナーとしての方向性は相変わらず。
されど、機種名が変わったことから『狂気を振り撒く月光曲芸団』の看板の変更は余儀なくされるであろう。
新しい劇団名は、『月を蝕む血華劇団』とでも言うべきだろうか……
「あ……、星から月になってる。なんか模様も豪華になっている感じだな」
よく見れば、浮楽の顔のペイントが変わっており、
ピエロ衣装も模様が煌びやかな方向に複雑化している様子。
ダボッとしている服装からは分かりにくいが、
ほんの少しその体形が変わっているような気も………
「浮楽、他に変わった所は無いか? 新しい技を覚えたとか……」
「ギギ! ギギギ~」
そう俺が問うと、浮楽が不意に口元へ手を添え、
プクリと小さな水の玉を吐き出した。
直径3cmほどの水球。
光を受けてきらめき、まるで透明なシャボン玉のようにふわりと宙へ浮かぶ。
そのまま浮楽は人差し指を差し出し、水球をちょんと乗せる。
すると、不思議なことに水球は落ちもせず、指先に触れるか触れないか辺りで留まり、クルクルと軽やかに回転を始めた。
水の膜が回るたび、内部の光が屈折して虹色に揺らめき、
小さな星のような幻想的な輝きを放つ。
浮楽は片目を細め、愉快そうにその光景を俺へと見せつけてくる。
自慢げに映る笑みと共に。
「んん? なんだソレ?」
「ギギギギッ!」
ムフー! と胸を張って答える浮楽。
またもゴムボールでも入れているのか、
その胸はこんもりと盛り上がっており、
女性らしいスタイルが目に飛び込んで来る。
思わず目が吸い寄せられ……ハッと気づいて苦虫を噛み潰したような顔。
アレはおっぱいでは無い。
浮楽は中性型で、女性型ではないのだから。
誤魔化すかのようにコホンと咳ばらいを1つ。
そして、足元の白兎へと目を向け、浮楽の言葉を翻訳を依頼。
すると白兎はすぐさま耳を振るって浮楽の言葉を翻訳。
その水玉の正体は………
「『万物溶解液』だって?」
「ギギギッ!」
「なんだって?!」
俺が口にした言葉に、大きく反応を見せたボノフさん。
目を見開き、驚きの表情で声を上げた。
そして、真剣な顔で「『万物溶解液』について語る。
「ヒロ、気をつけな。ソレは大変危険な物質だよ。文字通り全てを溶かす『液体』だ。人間はもちろん、たったバケツ1杯の量で重量級だって溶解させてしまうんだ。しかも、普通の障壁じゃあ防げない。何せ重力や空間すら融かすというね………」
「ええ? 重力や空間も? ………どうやって!?」
ボノフさんの説明に驚きを隠せない俺。
まだ機械種の装甲は分かるのだが、目に見えない重力や空間を溶かすというのは、一体どのような現象なのか?
しかし、流石にその理屈まではボノフさんも分からない様子。
だが、『万物溶解液』という液体が、僅か2リッターだけ三色学会の最奥、『禁忌庫』の中にあるそうだ。
虚数制御と現象制御を組み合わせた発掘品の容器に保管されて。
「たった数滴が空間障壁に穴を開けたと言う実験結果を見たことがあるよ。浮楽が作り出せる量にもよるけど、とんでもない武器になりそうだね」
「それは確かに………」
「使い方には十分注意するんだよ。味方へと被害が及んだら大変なことになるからね」
「そ、そうですね………」
聞けば『万物溶解液』の対抗策は『虚数制御』と『現象制御』のみ。
あとは全力で回避するぐらいしかないそうだ。
逆を言えば、超高位機種が保有していることの多い、この2つの制御系であれば防いだり、無効化したりすることが可能であると言うこと。
液体だけにこちらに跳ね返されでもしたら一大事。
味方の技で全滅だなんて全く笑えない状況。
「いいか、浮楽。その『万物溶解液』は大変危険な物質だから、生み出す時は注意しろよ。フレンドリーファイアなんて起こったら、洒落にならない被害が出るぞ」
とにかく浮楽には使い所を気をつけるようにと言い含める。
すると浮楽は『ギギギッ!』と甲高い金切り音を上げ、余った袖を翻してビシッと敬礼。
しかし、何を考えているのか分からない貼り付けたような笑顔は相変わらず。
本当に分かっているのかどうか些か不安。
「…………ふう。まあ、手数が増えたのは良いことなのだけれど………、他にはもう無いか?」
「ギギギギッ!」
「白兎、翻訳」
フルフル
白兎を通じて浮楽が得た能力を聞くと………
「ええ?! 女性型になったあああ?」
「ギギギッ!」
俺の驚きに、浮楽は嬉しそうにニンマリと笑顔を深くした。
「ギギギギギッ!」
パタパタ
「……………おまけに、現象制御で人間にそっくりになれるって?」
「ギギギギギッ! ギギギギ!」
フリフリ
「マジか…………」
白兎の翻訳を交えつつ、浮楽が女性型になったことを確認。
浮楽の胸を見てみれば、確かに女性らしい膨らみの存在があるのは事実。
以前のようにゴムボールを入れたのではなく、まさか本物のおっぱいが装備されるようになったとは………
しかも、現象制御による機体の構成変化にて、一時的ではあるが人間そっくりに変化することができるらしい。
主に高位の吸血鬼型が人間社会に紛れ込む為の仕組み。
虚数制御での外見の誤魔化しでは無く、設定の書き換えである為、感応士でも見抜くことは困難とも言われる。
森羅のように中身が完全に人間へと変化したわけではないのが注意点。
しかし、森羅に続き、人間に化けられる機種が増えたのは望外の幸運。
それも可愛らしい少女型。
人間になればとびっきりの美少女だ。
一緒に街を歩けば、ちょっとしたデート気分を味わえるだろう。
美少女機械種ではなく、傍目には人間の美少女を連れ歩くことができるのだから。
「じゃあ、浮楽。早速人間になってみてくれ!」
「ギギギギッ!」
俺はやや興奮気味に浮楽へと要望。
すると浮楽はバッと袖を一振り、大袈裟な一礼で応え……
そして、次の瞬間、
浮楽の両目の青い光が消え失せ、角膜、虹彩、瞳孔を備えた眼球へと変化。
両目に輝く青の光は、機械種が機械種たる証拠。
ブルーオーダーの機械種である以上、覆せないと言われた世界のルール。
それが今、俺の目の前で破られた。
そうなると、今の浮楽は人間以外の何物にも見えない。
現象制御による人間へと変化は完璧。
「おお! 人間になった! これで俺と一緒に街を…………」
感嘆の声を呟きつつ、
改めて浮楽の姿を上から下まで眺めてみる。
二股に分かれたピエロ帽子に、派手で人目を引くピエロ衣装。
白粉を塗りたくった奇抜な化粧、花や月の模様が浮かぶ頬。
歩けばカクカクと首が揺れ、袖をフリフリ、足取りは酔っ払いそのもの。
笑えばサメのようなギザギザの歯が光り、両目は狂気をはらんだ怪眼。
口を開けば、発せられるのは機械じみた『ギギギギ』の声。
機械種の証である蒼光が消えただけで、結局ほとんど変わっていない。
残ったのは夜道で遭遇したら確実に悲鳴を上げられる怪しい少女の姿。
「歩けるわけねええええ! 俺がどんな目で見られるんだよおおおお!!」
「ギギギ!?」
俺の魂からの叫びに、浮楽は肩を大げさに震わせ、ショックを全身で表現。
だがすぐに気を取り直し、『お任せ!』と言わんばかりに気合いを入れる仕草を見せると……
「ギギギギッ! ギギギッ!」
ポンッ!
小さな破裂音とともに白煙が立ちのぼり、
そこから現れたのは……女物のスカートを履いただけの浮楽の姿。
衣装は変わらぬ道化師装束だが、腰から下がスカートなのだ。
そして、まるで『どうだ!』とアピールするようにパチンとウインク。
ファサッとスカートを翻し、腰を捻ってお尻をツンと突き出した魅惑のポーズを披露。
さらに背後の空間から次々とサーカス団員の従機を召喚。
浮楽を縮小したような小柄な団員たちが、そろってスカートを履いて、同じポーズを取って並び立つ。
場違いなまでに華やかで、しかしどこか不気味な舞台。
しかし、道化師衣装・サーカス団員服にスカートを履いた姿はあまりに異様。
根本から怪しい姿は変わっておらず、
逆に無理にスカートを履いたことで変態度が上がってしまったような気がする。
「スカートは関係ねえ! それに従機達を巻き込むな…………って……」
ハッと違和感に気が付き、息を飲む俺。
浮楽の背後に並ぶ従機達を数えてみると、
「従機が増えてるゥゥゥゥ!!!」
浮楽の後ろに並んだ従機達、『一楽』『ニ楽』『三楽』『四楽』『五楽』の5機に加え、
複数のボールでお手玉している『ジャグラー団員』。
フラフラと前後に動きながらバランスを取る『一輪車乗り団員』。
口からボウボウと火を吹いている『火吹き団員』。
以上の3機がいつの間にか増えていた。
『一楽』達と同様、いずれも浮楽を小さくしたような幼女姿。
どう見ても浮楽の従機、サーカス団員以外に有り得ない。
「なんで増えてるんじゃあああああ!!!」
「ギギギギギッ!!」
フリフリ
白兎が翻訳した浮楽の弁によると、『サーカス団拡大の為の人員補充』だそう。
また、最近従機達が生意気なので、団長に従順な新人を増やす為という目的である様子。
『組合活動』に染まっていない従機であれば、きっと自分の言うことも素直に聞いてくれるだろう、と。
生まれたばかりの初心な従機3機を誑かし、決して団長に逆らわない忠実な僕に教育するのだ! と意気込む浮楽。
「ギギギギ! ギギギギギッ!」
偉そうに胸を張って自慢げにサーカス団の経営方針を語る浮楽だが………
「…………………おい、浮楽。その新人団員達、もうそこで組合加入申込書を書いているみたいだぞ」
「ギギギッ!?」
俺の言葉に目を剥いて驚く浮楽。
すぐさま後ろを振り返ると、そこには『一楽』に勧誘されて、従機労働組合に加入し、組合員書を受け取る新人従機3機の姿。
「ギギギギギギッ!!」
あまりに早い勧誘に抗議する浮楽だが、当然、『一楽』達は組合勧誘活動は法に則ったモノと譲らず。
折角入団した浮楽の新しい従機達は、団長に与することなく、予定調和のように従機達側に付いてしまった。
『一楽』達、浮楽の従機は5機から8機に数を増やし、『これからも団長(仮)の横暴と戦うぞ!』『おおー!』と可愛くプラカードを掲げて意気揚々。
またも、浮楽の思い通りには行かなかった模様。
策を弄すれば弄する程ドツボの嵌まっていく様子の浮楽。
浮楽は頭を抱え、1人涙しながら『ギギギ!』と哀れっぽく声を上げた。
活動報告に白兎のイラストを投稿致しました。
ご興味のある方は御覧ください。
また、カクヨムの近況ノートには『天琉』『秘彗』『ヨシツネ』も投稿しております。
 




