736話 真実2
白の教会からホームであるガレージに戻ると夕方近く。
今日の予定は全て終了。
後はのんびりプライベートタイム。
なので、久しぶりの読書の時間を取る。
潜水艇内の寝室にて、ベッドに腰かけながら小説片手に刃兼が淹れてくれたコーヒーを啜る。
小説は既読のモノだが、それはそれで楽しめる。
歩き慣れた散歩道を歩くように。
聞き慣れた音楽を聞くように。
そこには、ハラハラドキドキの興奮も、心打つ感動も少ないかもしれない。
しかし、代わりに結末を知っているからこその安心感がある。
それは安らぎを求める今の俺の心境には、相応しいモノに違いない。
だが、そんな俺の心休まる時間は、1時間も経たないうちに急な来客により消え去った。
「レオンハルトが訪ねて来た?」
「はい。シルバーソード殿と………同行者が1名、その護衛と思われる人型機種が1機。おそらく格闘系ストロングタイプと思われます」
森羅からその旨が伝えられると、俺は渋々読書の時間を中断。
読みかけのライトノベルをサイドデスクに置き、コーヒーを飲み干して立ち上がる。
「何だろ? 何か緊急事態でも起こったか?」
「焦った様子はありませんでした。レオンハルト様のご用というよりは、同行者からかもしれませんね。わざわざこのガレージ街まで連れて来られたようですから」
「俺が渡した野菜とかの話かな~、そんなに早く結果が出るもんじゃないと思ったけど。その同行者が農学者とかだったりするのだろうか」
「農学者という雰囲気はありませんでしたね。あれは商人の類だと思います」
「商人? ………意図が見えないなあ」
「お会いして話を聞かないとそれ以上のことは………」
会う前に森羅と軽く打合せするも、レオンハルトの意図は不明。
その同行者が関係しているのは間違いないだろうが………
ちなみに森羅は機械種状態。
機械種エルフロードとしての森羅がこの街では知られているのだから、中央に行くまでは人間化は避けるべきとの判断。
森羅が俺の代わりとして色々代行できるのは、中央に行ってからのことになるだろう。
森羅を伴いガレージの外に出ると、3日ぶりくらいに見るレオンハルトの姿が目に入る。
気品溢れるイケメン貴公子。
高そうなスーツを着こなし、ただそこにいるだけで人の目を引きつける存在感を放っている。
身に着けた腕時計や靴も一級品に違いない。
この世界のブランド名には詳しくないけれど。
その隣に立つのは剣士系ストロングタイプの機械種ソードマスター。
固体名はシルバーソード。
レオンハルトの護衛にして、彼の敵を撃ち滅ぼす一本の剣。
レオンハルトが得意とする『戦機号令』と合わせれば、
橙伯や赭娼にも手が届く剣豪でもある。
レオンハルトもシルバーソードもいつもの通り。
白の教会で別れた時から何も変わった様子は見られない。
所属する秤屋が違うのだから、街にいると彼と会う機会はそんなに多くない。
アルスやハザンは白翼協商の事務所で偶に会うことがあるし、
ガイとは教官の射撃訓練場、アスリンとはボノフさんのお店で顔を合わせることがある。
だが、レオンハルトとの街での接点は少なく、俺が所属する白翼協商と征海連合はライバル関係。
気軽に会いに行ける間柄にはなり得ない。
さらに向こうは上流階級。
文字通り住んでいる世界が違うのだ。
偶然出会うことなんてなかなか無い。
だが、こうして会いに来てくれた以上、何か用事があるはずなのだ。
果たして彼が俺に会いに来てくれた理由とは………
「よお、レオンハルト」
とにかく聞いてみないことには始まらない。
外に出るなり、気軽に声をかけてみると、
「やあ、ヒロ。突然、すまないね」
爽やかに挨拶を返して来るレオンハルト。
相変わらずの余裕のある美男子ぶり。
「本来ならきちんとアポイントを取るべきだろうが………、こちらも時間が取れなくてね。君がガレージに戻って来たと聞いて、思わず駆けつけてしまった」
「まあ、俺の方もフラフラと出かけていたからなあ………」
ここ数日、俺にしては留守がちであっただろう。
それに俺はもうすぐ街を出立して中央へ向かう身だ。
何か俺に用がありそうなレオンハルトが焦るのも仕方がない。
さて、レオンハルトの用事とは一体なんだ?
多分、その後ろにいる人物のことだと思うのだけど。
向こうから紹介があるだろうと、待ち構えていると、
当のレオンハルトは、用事よりも先に気になることがあったようで、
「ふむ…………、凄まじい迫力だな。アレが噂になっていた竜種かね?」
チラリと視線を斜め左上に向け、
感嘆交じりに質問を飛ばしてきた。
レオンハルトの視線の先にいるのは、ガレージの横に鎮座する輝煉。
ガレージ隣の2つ分敷地に跨って居座る、蜷局を巻いた金色の東洋龍。
神獣型、機械種コウリュウ。
原典は中国神話での竜種の長、黄龍。
目立つことこの上ない大きさと外観。
空からの陽光に照らされ、ご近所迷惑になるくらいの輝きを放つ全長100m超の超重量級。
レオンハルトとしても聞かずにはいられなかったのであろう。
それは機械種使いの狩人としての当然の反応。
見る者を圧倒する存在感。
神々しいまでの威容。
時には神獣型が街全体から神のように崇められているケースもあるという。
今の輝煉の姿を見れば、その気持ちは分からないでもない。
「ああ、輝煉がランクアップしたんだ」
「む? 輝煉が? 確か神獣型の機械種キリン………、いや、その上位種か。だが………、まさか…………」
俺の言葉に驚くレオンハルト。
全長4mの麒麟から、全長100m超の黄龍になったのだから、
なかなかに信じられなくても無理はない。
輝煉とレオンハルトはダンジョン地下35階にて、朱妃イザナミの依代相手に戦った仲。
さらに、そこからの脱出行では、丸2日間を一緒に過ごした間柄。
レオンハルトが目を向けると、
輝煉は頭を彼に向けて軽く会釈。
それだけでまるでビルが傾いたような迫力。
遠巻きに見ていた見物客から悲鳴が上がるのが聞こえてくる。
「ああ………、かなり見違えたよ」
豪胆なレオンハルトもしばし呆然。
辛うじて輝煉の会釈に軽く手を上げて応えたのが精一杯。
しかし、隣のシルバーソードは平然と片手を胸に当てて輝煉への返礼。
輝煉に敬意を表す形での見事な一礼。
レオンハルトの相方だけあって、礼法スキルも高いのだろう。
シルバーソードも輝煉とは戦友と呼べる仲。
地下35階から地上への帰還中、輝煉とシルバーソードは共に俺達の隊の最後衛を務めていた縁もある。
彼等の反応に、輝煉もどこか嬉しそうに目を細める。
30m以上離れた地上からだが、彼等との再会を喜んでいるように見えた。
俺達、マスター間だけでなく、従属機械種達もいつの間にか縁を繋いでいると思うと、つくづく巡り合わせの妙を感じてしまう。
「森羅、少し人払いしてきてくれ」
「承知致しました」
森羅に輝煉を無遠慮に見つめる見物客を追い払うよう頼む。
昨日のうちに領主には話が通っているようなので、理はこちらにある。
その辺を森羅が噛み砕いて話せば、今いる見物客たちもしばらく去ってくれるであろう。
流石に衆人環視の中では色々とやりにくい。
かといって、俺の知らない同行者がいる以上、ガレージの中には入れたくない。
まあ、込み入った話になるなら、ガレージの中の潜水艇に招かざるを得ないかもしれないが。
その辺もまず、事情を聞いてからになるだろう。
「で、どうしたんだ。何か用事か?」
レオンハルトが我を取り戻した所を見計らって尋ねる。
するとレオンハルトは、こちらへと改めて向き直り、
「ああ、すまない。今回は、私の用事ではなく、この者を紹介したかったのだよ」
レオンハルトがそう言うと、その背後にいた人物が前に出てくる。
先ほどまでレオンハルトと同様、輝煉の威容に度肝を抜かれていたようだが、流石にレオンハルトに紹介されると、サッと佇まいを正し、ピンと背筋を張って俺と向き合う。
パリッとしたビジネススーツを身に纏った痩せ形の中年男性。
髪型はオールバック、顔には眼鏡をかけており、いかにも有能そうなビジネスマンの風体。
柔和な笑みを浮かべており、友好的な雰囲気を醸し出しているが、
絶対に中身は違うように思える。
言うなれば、生き馬の目を抜くような激しい競争社会で生き残る企業戦士。
決して油断してはいけない相手の類であろう。
また、その後ろに立つのは森羅から報告のあった人型機種。
格闘系ストロングタイプ機械種チャンピオン。
全高2m超の長身。
通常の人型機種の2倍はありそうな体格。
その太い手足は武器を持たず素手で重量級の機体を砕くという。
耐久力に優れ、接近戦が得意。
街中での護衛にはピッタリの機種だとも言える。
シルバーソードがレオンハルトの護衛なら、
この機械種チャンピオンはこの人物の護衛なのであろう。
ストロングタイプを護衛に置くならば、かなりの重要人物に違いない。
俺は全く面識がないのだけれど。
「………………誰?」
「征海連合、バルトーラ支店を束ねるペネンだよ。見ての通り、優秀な人材だ。優秀過ぎて辺境に飛ばされるぐらいにね。正直、君に会わせるのもどうかとも思ったのだが…………、彼の話を聞くと君にもメリットがあるようなので、この場に連れてくることにした。私自身、あまり気は進まなかったがね」
俺がレオンハルトに尋ねると、返ってきた答えは紹介にしては、棘があり過ぎる内容。
出来れば俺に紹介したくなかったと明確に臭わしてくる。
俺にメリットがあるからこそ、連れて来ざるを得なかったような言い草。
レオンハルト自身、このペネンと言う人物を好んでいなさそうなことははっきりと分かる。
だが、そんなレオンハルトの紹介にもめげず、
苦笑を浮かべながらさらに一歩前に出て来て、
「これは手厳しいですな、レオン坊ちゃん…………、失礼しました、ヒロ様。先ほど紹介にあがりましたペネンでございます」
「はあ………、どうも、ご丁寧に。ヒロです」
「今を時めく『白ウサギの騎士』にお会いできて光栄です。ヒロ様には、この度、『鐘割り』の魔の手から街をお救い頂き、征海連合の職員一同、感謝しております」
「はい………」
「そればかりか、ダンジョンではレオン坊ちゃんを助けて頂いたとか? これはもうヒロ様には足を向けて寝られませんな。レオン坊ちゃんは会長からお預かりしている大事な身柄。もし、ナニカあれば、このペネンが100回死んでも取り返しがつかなかったでしょう」
「はあ………」
交わされる社交辞令。
ペネンさんから表面上は熱の籠った感謝の言葉。
対して俺は気の無い返事に終始。
この辺りはどうでも良いやり取り。
向こうも形上だけのことであろうし、
俺もいちいち喜んだりするのも馬鹿らしい。
だが、その後も続く褒め殺しかと思う程の称賛に、
どうにも我慢できなくなり、
「えっと…………、すみません! ペネンさん。それでご用と言うのは?」
前置きだけが長くなりそうだったので、無理やり話を断ち切り、次へと進める。
少々礼を逸した行為かもしれないが、無駄話に付き合う程、俺は暇ではない。
しかし、そんな俺の態度にも、ペネンさんは嫌な顔1つ見せずに、にこやかに対応。
「ああ、申し訳ありません。ヒロ様のような英雄にお会いして、嬉しくなって、つい話し込んでしまいました」
あくまで下手に出るペネンさん。
今の俺の外見年齢からすれば2倍以上の年上であるはずなのに、
気にすることなくペラペラとおべんちゃらを湯水のように放ってくる。
これは俺と仲良くなれないし、レオンハルトともそうだろう。
だが、響く人には響くだろうし、ここまでこのやり方で出世してきたのだから、これもこの人の処世術なのであろう。
「では、お忙しいヒロ様にこれ以上時間を取らせない為、単刀直入に申し上げます。我が征海連合、バルトーラ支店からの贈り物として、ぜひ、この品を受け取ってもらいたいのです」
「贈り物?」
「どうぞ、こちらです」
ペネンさんが差し出してきたのは小さな箱。
そして、ペネンさんがその蓋を開けると、中には緑色に輝く宝石が1つ。
「これは翠石?」
「はい。中身は…………『回帰』という名の特級スキルになります」
「と、特級スキル!?」
これは驚いた。
まさかお礼として贈られる品が、超希少な特級スキルだとは思わなかった。
ダンジョンのガチャ神殿では、スキル神殿を回して『神人化』の特級スキルを得たが、通常、コレを手にするのは非常に困難。
何せ、特級スキルを保有するのはレジェンドタイプか、緋王、朱妃といった超高位機種ぐらい。
晶石からサルベージするのも難易度が高い上、そもそもその晶石自体が出回らない。
故に、宝箱から極稀に見つかるのを期待するか、俺のようにスキル神殿を回すしかない。
特級スキルはモノにもよるが、最低2000万Mは下らないはず。
有用な特級スキルなら5000万Mを超えるケースも…………
「これを………、俺に………、ですか?」
あまりの驚きに、少々言葉が詰まる。
ペネンさんはそんな俺の問いに対し、自信あり気な口調で返答。
「はい。このスキルを使えば、今、ヒロ様がお困りになられていることを解決できます」
「え? 何を………」
「あちらの………、超重量級の竜種。キレン様………でしたか? あのように見世物になって、お困りになられているとか?」
「!!! …………なぜそれを?」
「ハハハハ、大したことはありません。白翼協商から領主にそのような要請があったことを知りまして。『白ウサギの騎士』が困っていると。その内容を少し小耳に挟んだだけです」
「………………」
なるほど。
確かに俺が白翼協商……ガミンさんに『輝煉が見世物になっているから注意して欲しい』と依頼した。
そして、すぐにガミンさんが動いてくれて、街の領主に掛け合ってくれた。
未だその効果は出ていないようだが、その内容を征海連合が掴んだのか。
しかし、それにしても早すぎないか?
俺がガミンさんに頼んだのはつい、昨日のことだぞ。
ガミンさんが領主に掛け合ってくれたのも昨日。
そこから動いたとしても、この『特級スキル』を用意するのにも時間がかかるはず。
元々、征海連合のバルトーラ支店に保管されているモノなら分からないでもないが…………
まあ、くれるというなら受け取るつもりだが、その前にその効果を聞かないと。
「ありがとうございます。で、この『回帰』というスキルはどのような効果があるのでしょうか?」
ペネンさんから小箱を受け取り、この翠石に秘められた『回帰』という名のスキルについて尋ねる。
色々腑に落ちないことも多いが、現在の輝煉の境遇を少しでも改善できるなら、気にする必要も無い。
するとペネンさんは待ってましたとばかりに満面の笑みを浮かべて、
「『回帰』のスキルは、機械種をランクアップ前に戻すスキルになります」
「…………ああ! それなら!」
「聞けば、元々は機械種キリン………の上位機種であったとか? ならば、このスキルを入れると、いつでも元の機械種キリンへと戻ることができます………、ああ、もちろん、ランクアップした竜種に再び戻ることも可能ですよ」
凄い。
完璧だ。
このスキルを輝煉に入れたのなら、この問題の全てが解決することになる。
輝煉は俺の乗騎でありたいという意識が強い。
今のままでも乗れないことは無いが、流石に全長100m超ともなると、昔のように気軽に跨るわけにはいかない。
だが、このスキルがあれば、いつでも元の機械種オウキリンとして、俺の乗騎を務めてもらえる。
今まで通り、瀝泉槍を片手に、輝煉に跨り、荒野の空を颯爽と駆けることができるようになる!
しかし、気になるのは、このペネンさんの意図。
いくらお礼だとは言え、何十億円もする品物をポンッとくれるのはあまりに怪し過ぎる。
贈り物だとは言っていたが、これを受け取るのを条件に何か無茶な要求をしてくるのではなかろうか………
「ヒロ。その心配は無用だ。故にこのレオンハルトが立ち会った。このペネンが贈り物だと宣言した以上、それ以外の何物でもないことは、この私が保証しよう」
「レオンハルト………」
俺の訝しげな表情を読んだのであろう。
俺が一番気にしていることを、レオンハルトが彼自身の名で保証してくれた。
「レオン坊ちゃん………、私はあくまで感謝を表そうとですね………」
レオンハルトの言い方に、ペネンは困ったように顔を歪めて一言。
だが、レオンハルトは取り合う気も無く、切って捨てる。
「今までの行いを振り返ると良い。あのペネンが無償で贈り物をするなどと聞いたら、過去、君に苦渋を飲まされた元同僚達が腹を抱えて大笑いするぞ」
「………………」
レオンハルトの言葉に無言で顔を顰めるペネンさん。
何も言い返せないという表情。
どうやら俺の第一印象は外れていなかった模様。
ペネンさんの戦歴はなかなかに華々しいモノがあるようだ。
しかし、何十億円の品をポンと貰って、何も無しというのは流石に申し訳ないから………
「えっと、ペネンさん。ありがとうございます。これで輝煉を見世物状態から解放させてやることができます。もし、ペネンさんに困ったことがあるなら、俺のできる範囲内で応えるようにしますよ」
「ヒロ!」
俺の言葉に驚くレオンハルト。
鋭く俺の名を呼び、非難するような目を向けてくる。
だが、俺は片手を挙げてレオンハルトを制し、
「いいよ、レオンハルト。それぐらいのことはさせてくれ。明らかに貰い過ぎだ」
「……………甘いな、ヒロは」
「礼には礼を、恩には恩を……だ。悪いがこれは性分でな」
この辺は日本人的感覚。
タダで貰ってラッキーとは思えない。
恩はきちんと返さないと座りが悪い。
向こうにとっては、街やレオンハルトを救ってもらったお礼なのだろうが、
街は征海連合の為に救ったわけではないし、助けたレオンハルトには俺の方も助けられたりした。
イーブンイーブンだとすれば、この特級スキルは恩に加算される。
ならば、コレを用意してくれたペネンさんには恩を返さなくてはならない。
「では………、ヒロ様に一つ。お話を聞いていただきたいのですが………」
「え? はい、なんでしょう?」
俺の発言を受け、ペネンさんは再びにこやかな笑みを浮かべて、質問を口にする。
「ヒロ様は、本日、この街の白の教会の白露様にお会いなさったようで?」
「はい、まあ………」
何かと思えば、俺が白の教会を訪問したことについて。
つい数時間前のことなのに、何でこの人はソレを知っているのか………
まあ、白露と今日会うのは数日前から決まっていたことだから、
鐘守の面会スケジュールを知っただけかもしれないが。
色々頭に疑問が浮かぶも、俺が今日、白の教会を訪問したのも、白露に会ったことも隠すようなことでも無い。
白の教会の職員であれば皆、知っているような話。
だから正直に答えた。
すると、ペネンさんはさらに笑みを深くして質問を続ける。
「では………、白露様のお力について、ご存知ですかな?」
「んん? ……………」
「おや? ご存じで無い? それはいけませんねえ………」
いや、知ってるけど………
とは、なかなかに言いにくい。
勝手に白露の『過去視』を語るわけにもいかないし。
だが、ペネンさんは俺の沈黙を別は意味に取ったようで、
「お気をつけください。白露様は過去を覗くことができます。ヒロ様がご自身の戦力について色々秘匿なされているようですが、彼女にかかると、それを全部覗き見されてしまいます………、恐ろしいことに」
「…………………」
「驚きましたかな? 実はもう覗き見されているかもしれませんが………、このように鐘守は特別な力を持つ者が多数おります。白の教会と付き合うには細心のご注意をされた方がよろしいかと…………」
「…………………」
俺がずっと無言でいることに対し、我が意を得たり、というようなしたり顔を作り、俺の耳元で小さく囁くペネン。
「ほう? 随分と怖い顔をされておりますね。もしかして、すでに心当たりがありますかな? それはいけません。もし、よろしければ、ご相談に乗りましょうか? このペネン、白の教会には些か伝手がありまして………、ヒロ様が、その白露様に覗き見られたかもしれない秘密を守ることができるかもしれません。動くなら早い方がよろしいでしょう。でなければ白露様がヒロ様の秘密をどのように悪用するか分かったモノではありませんぞ」
「…………………」
「少し話は変わりますが、ヒロ様は鐘守は歳を取らないという噂をご存知ですかな?」
「えっ?」
ペネンの言葉にビクッと肩を震わす俺。
思いがけない話題に声を漏らしてしまう。
俺の反応に気を良くして、さらに言葉を続けるペネン。
へばりついたような会心の笑みを浮かべて。
俺へととっておきの情報をもたらしたとでも言うように。
「『鐘守は歳を取らない』………、巷で偶に聞く戯言のように思われますが………、彼女たちの衰えぬ美貌は若作りの結果ではございません。鐘守は歳を取らないというのは、知る人ぞ知る公然の秘密です。あの白露様は外見こそ子供ですが、実の所、中身は老婆以上の年齢。幼い容姿に惑わされてはいけませんぞ。腹の中ではどんな陰謀を企んでいるか………」
ああ、もう我慢できない。
幾ら恩人とはいえ、
これ以上白露への侮辱を看過できない。
「黙れ」
「は?」
「黙れと言った」
「ヒロ様?」
俺の感情を込めない言葉を、不審に思ったペネン。
1歩後ろに下がろうとして…………
グイッ!
俺に胸元を掴まれ、下がれなかった。
驚愕するペネンの顔を睨みつけながら、
俺は抑揚のない声で語り掛ける。
「白露は子供だ」
「あ、あの………」
「いずれ大きくなって………俺との約束を果たす為に………」
「く、苦しい………」
「素敵なレディになって………、俺の前に………」
「や、やめて…………」
俺の手の力が込められる。
ペネンは苦しさのあまり、俺の手を引き剥がそうとするが………
当然、引き剥がせるはずがない。
闘神である俺の力に敵う訳がない。
だが、そこでペネンの護衛である機械種チャンピオンが動く。
それ以上の狼藉は許さないとばかりに駆け寄り、俺の手を掴み上げるが……
「邪魔だ」
俺は虫を振り払うごとき動作で、重量300kg近い機体を投げ飛ばす。
ただ俺が腕を軽く振るっただけで、トラックに撥ねられたように飛ぶ機械種チャンピオン。
ドンッ!!!
道路に叩きつけられる巨体。
十メートル以上も投げ飛ばされた形。
機械種相手ならともかく、人間相手にブン投げられたのは初めてであろう。
だが、そこは人類最強の盾とされるストロングタイプ。
すぐに立ち上がって、再び俺に向かおうとするが………
ドンッ!!
グシャッ!!
上から無形のナニカに押し潰されたような形で、倒れ込む機械種チャンピオン。
道路に大の字で伏したまま動けず。
透明な手で押さえつけられているかのような光景。
それを成したのは、機械種コウリュウ………輝煉。
遥か高みからジロリと機械種チャンピオンを睨みつけ、
重力制御を以って、その動きを完全に封じる。
「マスター!」
また、見物客を追い払い終えた森羅も慌ててこちらに駆けつけてくる。
「ヒロ………」
レオンハルトは厳しい表情のまま動かない。
俺の名を一言呼んだだけで、止めようともせず見守るだけ。
シルバーソードも同様。
レオンハルトの傍に付き従うのみ。
「ば、化け物………」
ペネンが完全に顔が引き攣り、未知の恐怖に怯えている。
まさか格闘系ストロングタイプがこんな少年にブン投げられるとは思っていなかったのであろう。
そして、俺は……………
「はあ………………」
大きくため息をついて、ペネンを解放。
道路にお尻をついて、呆然とこちらを見上げるペネンを前に、俺は大きな声ではっきりと宣言。
「ペネンさん。貴方には恩がある。だから今回は何も聞かなかったことにしましょう」
「ひっ!」
「そう怯えないでください。貴方がこれ以上白露を侮辱しなければ、何もしません」
「は、はい!」
完全に怯えられてしまった。
そりゃあ、こんな人外ぶりを見せつけたのだ。
怯えられて当然であろう。
「輝煉」
グオオオオオ………
俺が呼びかけると、輝煉は重力制御で押さえつけていた機械種チャンピオンを解放。
動けるようになった機械種チャンピオンは飛び起きて護衛対象であるペネンの元に駆け寄っていく。
「申し訳ない、ヒロ。君に迷惑をかけてしまって………」
「いや、いいよ。貰った『回帰』のスキルでめっちゃ助かるのは事実だ。でも…………」
レオンハルトが頭を下げてくるが、別に彼が悪い訳ではない。
彼がこのペネンを連れて来てくれなければ、この『回帰』のスキルは手に入らなかったのだから。
単に、この男と俺の相性が悪過ぎただけ。
わざわざピンポイントで俺の逆鱗に触れなくても良かったのに、とも思う。
おそらく、俺が白の教会に隔意を抱いていることを知り、鐘守への不信感を煽ろうとしたみたいだけど………
例に挙げたのが白露だったのが最悪。
白露以外の鐘守だったら、ここまで激怒することは無かったかもしれない。
雪姫や白月さんのことを悪く言われても、もの凄い反感を抱くだろうが、ここまでではなかった。
でも、白露だけは駄目だ。
あんな良い子を侮辱する奴はどうしても許せない。
だから、ペネンへの借りはどうしてもここで清算しなくてはならない、
「ペネンさん、これをどうぞ」
「こ、これは………」
「特級スキル『回帰』の支払いです。5000万M、ここに入っていますから。多分、これで足りるでしょう?」
「ひっ………」
怯えるペネンに無理やりマテリアルカードを押し付ける。
俺の全資産の半分以上の額だ。
特級スキルの市場価格としては最高額に近いだろう。
『回帰』の価値がいか程かは知らないが、これで足りないとは言わせない。
「ヒロ! それは………」
「いいんだよ。この人に借りは作りたくない」
レオンハルトが血相を変えるが、俺は頑として引き下がるつもりはないことを表明。
確かに莫大な額だろう。
超一流の狩人でもなかなかにポンと払え無い額であろう。
別にここでペネンに払わなくても良かった。
ここまで俺の逆鱗に触れた以上、借りなんて知らぬ存ぜぬを突き通しても良かったのだ。
でも、嫌だ。
それは道理が通らない。
俺は決して善人ではないが、受けた恩は必ず返す。
でも、恩を受けたのに、どうしても返したくないなら、対価を払うしかない。
恩を対価で打ち消せば、恩は恩ではなくなるから。
人によっては何と馬鹿なことをと言うかもしれない。
でも、これは俺が俺である為に必要なこと…………
レオンハルトとペネンが帰った後、
俺はしばらく1人、ガレージの前でぼーっと、空を眺めていた。
頭の中で考えるのは今日の残りの予定。
受け取った『回帰』のスキルを輝煉に投入するのは、ボノフさんに確認してから。
どうせ、明後日の夕方に訪ねる予定なのだ。
そして、そこで白兎や天琉、浮楽、秘彗や胡狛、剣雷にベリアル、タキヤシャを回収して……………
「そうか……………、やっぱりそうか……………」
ああ、駄目だ。
どうしても、思い出す。
「白露…………」
今まで聞かなかったことに、
思いつかなかったことにしていたが………
ここまで突きつけられると、そう認識するしかない。
元々、噂ではあったのだ。
鐘守は歳をとることが無い………と。
もちろん、そんな馬鹿な話は無いと笑い飛ばす者がほとんど。
あれだけ美人なのだから、そう見えるだけだと。
何十年前と同じ名前、同じ容姿の鐘守と会った人がいても、
いつの間にか容姿が似た女性に名を引き継ぎ、代替わりしただけなのだと。
しかし、今まで俺が聞き及んだ話、未来視で得た情報を統合すると、
鐘守は人間ではなく、おそらく、人工的に造られた………
「だからどうした………、とも言えるなあ。SFではありふれた設定だろ?」
超能力者。
クローン人間。
正しく使い古された設定であろう。
だとすれば、白月さんと雪姫が似ているのも道理。
おまけに全員銀髪碧眼で超美人。
誰だよ、こんなお決まりの設定を作りやがったのは………
「今まであえて触れようとはしなかったけど…………」
鐘守について、いずれ打神鞭の占いで調べた方が良いだろう。
でも…………、それを今すぐ調べる気にはなれない。
彼女達の使命。
彼女達が造られた意味。
俺はその真実に耐えられるのであろうか?
もし、彼女達が俺も想像できないような過酷な運命を背負っていたとしたら?
そして、それを俺が知ってしまった時、
俺は次に白露に会った時、どんな顔をすれば良いのだろう?
怖い。
白露との関係が変わってしまうことが…………
俺自身が変わらざるを得なくなってしまうことが………




