724話 無職
『無職系ストロングタイプ、機械種ジョブレスの晶石……さ』
ボノフさんの言葉に、俺の思考が一瞬停止。
上手く情報が頭に取り込めず、
『無職』という言葉だけがひたすら頭の中を駆け巡る。
俺が再び再起動したのはその10秒後くらい。
それも言葉に詰まりながら聞き返すのが精一杯。
「え? え? ど、どういうこと、ですか?」
「アハハハハハハハッ!!! いつもいつもヒロに驚かせられてばかりだったけど、ようやくアタシがビックリさせることができたようだね」
「いや………、その………、驚きましたけど………」
大笑いするボノフさんに、未だ思考が乱れ中の俺。
無職? なぜに無職?
え? 揶揄われたの、俺? 何でこのタイミング?
外面はポカンと口を開けた間抜け面、
内面はしっちゃかめっちゃかの大混乱。
何と反応したら良いか分からず、
しばらく哄笑中のボノフさんを前に呆然としていると、
「アハハハハ………、ごめんごめん、少し笑い過ぎだね」
「はあ…………」
「でも、さっき言った、ヒロの悩みを解決してくれるかもしれないと言うのは、嘘じゃない………、あくまで可能性レベルの話だけど………、ヒロはジョブシリーズの無職系を知っているね?」
「はい。一言で言えば………役立たずの機種ですよね」
「正解。それで間違いないね」
それぞれ職業を持つジョブシリーズの中で、『無』職という異例の存在。
ノービスタイプの機械種ニート、ベテランタイプの機械種プータロウ、ストロングタイプの機械種ジョブレス。
これ等はジョブシリーズにあってジョブシリーズではないと言われる、完全ハズレ機と呼ばれるモノ。
能力は最底辺であり、おまけに成長率も超低い。
臆病、且つ、面倒臭がりで怠惰。
マスターの命令に従わないこともあるらしい。
スキルを入れても有効活用できるとは言い難く、
戦闘も内政もできない欠陥機とさえ言われている。
もちろん価値はジョブシリーズとしては破格に安く、
従属させたとしても、精々、無理やり囮にするぐらいにしか役立てることができない。
そんな機種の晶石が俺へのプレゼントというのはどういうことか?
怠惰な俺には無職が相応しい、とかいう当て擦りなのであろうか?
つい胡乱な目でボノフさんを見てしまうが、
ボノフさんは悪戯っぽい笑顔で堂々と俺の視線を受け止めて、
「これはいけない。早くヒロの誤解を解かないとアタシが見限られてしまうね」
「いえ、そんなことは………」
「単刀直入に言おうか。この無職系を上手く使うと『咎人』タイプ同様、ジョブシリーズをクアドラプルできる可能性があるんだよ」
「ええ? この無職系がですか?!」
椅子から飛び上がらん程に驚く俺へと、
ボノフさんは三色の学会で行われた2つの実験結果を説明。
その内容は以下の通り。
まずは1つ目の実験結果。
①ノービスタイプの無職系、機械種ニートの晶石を、
同じノービスタイプの射手系、機械種アーチャーへと晶石合成。
そして、白式晶脳器でアーチャーの職業を追加すると『アーチャー/ニート』のダブルとなる。
②その機種に経験値を溜めさせた後、ノービスタイプの魔導士系、機械種メイジの晶石を晶石合成。
白式晶脳器でメイジの職業を追加すれば、普通に考えれば、『アーチャー/ニート/メイジ』のトリプルになる所が……
③なぜかニートが消え、『アーチャー/メイジ』のダブルになってしまった。
これはニート(無職)がメイジの職業を得て(吸収)、
無職では無くなったからだ、という推測。
これだけだと何の意味も無い現象。
折角トリプルまでの経験値を溜めたのに、ダブルに戻ると言う無駄足だけ。
そして、2つ目の実験結果。
①ノービスタイプのトリプル、『アーチャー/メイジ/シーフ』の機種に無職系の機械種ニートの晶石を合成。その上で白式晶脳器でニートの職業を追加。
通常であれば、ジョブシリーズには2つの職業しか追加できない故、このニートの職業?も入らないはずであったのだが………
なんと、ニートは職業で無いと見做されたらしく、見事、職業追加は成功。
『アーチャー/メイジ/シーフ/ニート』のクアドラプルになってしまった……
これがボノフさんから語られた三色学会のジョブシリーズにおける無職実験。
「つまり、ニートの晶石を使えば、クアドラプルにできるってことですね………、でも、無職系の職業なんて残したくないから、もう一つ晶石を入れて無職系を上書きすれば………」
ボノフさんの話を受け、頭の中で自分なりに飲み込んで検証。
トリプルに無職系の晶石を合成。
白式晶脳器で無職の職業?を追加。
一度無職系を含むクアドラプルにした後、
本当に4つ目にしたい職業の晶石を合成して、無職系を上書きする。
これで理想のビルドの完成。
全く不要な無職系の晶石を合成・職業追加をしなくてはならないという手間を挟むが、
ストロングタイプに4つの職業を持たせることができるなら試す価値のある手順。
「これなら…………、イケる!」
推測を並び立てているうちに、再びテンションが上がってきた俺。
膝の上で両手をグーの形で握りしめ、頭をフル回転させて最適解を導きたくなってくる。
ゲーマーとして、こういったギミックでの強化には、
どうしても心を揺さぶられてしまうのだ。
ダブルの晶石は価値が高すぎて手に入れるのは大変。
しかし、必要なのが役立たずの代名詞である『無職系』なら話は簡単。
無職系ならばそこそこ市場でも出回っており、ジョブシリーズとしてはほぼ捨て値で店頭に並ぶこともある。
ストロングタイプであっても無職系なら格安ワゴンセール品。
一緒に戦場を駆け、長きに渡り苦楽を共にすることとなるダブルについては、
どうしても情が移ってしまうこととなる。
そうなってしまうと、犠牲にするのはどうしても耐えられない。
理想のビルドの為だとしても。
だが、購入しても稼働せず従属契約もしなければ、情が湧くこともない。
稼働していない機種なら、頭をカチ割って晶石を取り出すことくらいできる。
俺のメンバー達の糧となるなら、心を鬼にして処理をしよう。
「理解できたかい、ヒロ?」
「はい! これならイケそうです!」
「良かった………、コレは元々は何十年も前に、無職系を有効活用しよう、から始まった実験なんだけどね。ちなみに、この実験の一番最初の発起人は、世界一の緑学者、トーラだよ」
「え? あ、あの……、トーラさん、ですか?」
これは意外。
まさかこんな所でトーラさんの名前を聞こうとは………
でも、一番最初に世界一の緑学者のことを聞いたのはボノフさんの所でだったな。
それにボノフさんも学会に所属しているのだから、知っていて当たり前か。
「おや? ヒロはトーラを知っている? ………ああ、マダム・ロータスに会っていたね」
「はい。色々お話を伺いました」
「私にとっては尊敬する大先輩さ。ほんの少しだけ本人と接点があったくらいだけどね」
そう言って、懐かしそうな表情を見せるボノフさん。
でも、年齢差から言うと15年くらい空いていそうだから、学会での時期が被っているわけではなさそうだけど。
「トーラ、曰く、真のヒーロータイプを作り出す実験だったらしいよ」
「『真のヒーロータイプ』?」
何だソレ?
ヒーロータイプって、ストロングタイプのトリプルのことじゃなかったっけ?
不思議そうな顔をした俺に、ボノフさんは情報を付け加えてくれた。
「何でも、辛い経験(無職)を乗り越えた者だけが真のヒーローに成れる……そうだね」
「はあ………、それは随分とロマンチストな………」
「彼女は酔狂人でロマンチストなことで有名だよ。でなきゃ、あそこまでの無茶はやらないさ」
そう言うボノフさんの顔は憧れの人を思い描く少女のごとく。
さっきも言っていたように、そのトーラって人を本当に尊敬している様子。
何歳になっても憧れたい理想の人がいるって、多分素敵なことだと思う。
でも、そのトーラって人の噂を聞く度、
割とトンデモ無いことをやったという印象。
一体どんな人だったのか?
そして、何を願い、何を成そうとしていた人なのだろうか?
……おおっと!
今はトーラさんのことじゃなくて………
「えっと………、それより、その実験結果ではどうなったんですか? そのニートの職業は上書きできたんですかね? 真のヒーローとやらに成れたんですか?」
「ハハハハハッ! 真のヒーロータイプと呼ばれるくらいになるのは、ストロングタイプだけだろうね! ノービスタイプじゃあ、役者不足だよ! ハハハハハッ!」
一しきり笑ったボノフさんは、その後、急に疲れたような表情を見せ、
「残念ながら、失敗………、知ってのとおり、無職系は成長率がトコトン低いだろう? 経験値の入手効率が悪いってことだけど………、結局、そこまで経験値を溜められなかったんだよ。正確には経験値を溜めようと強敵に挑み……大破してしまったのさ」
「あらら………」
無職系を入れることで必要経験値が多くなってしまうのか。
それはかなりのデメリットと言えるのだが………
「でも、無職系を上書きすれば解決する問題じゃないですか? 頑張って経験値を溜め続ければいつかは消せますよね」
「だけど、なかなかに大変だよ。学会でも、何回かチャレンジしたんだけど、結局、届かなかった。遠征したり、ダンジョンに潜ったりと、色々やったのだけどねえ………、ノービスタイプでもこうなんだから、もし、ストロングタイプだったら、一体どれだけの経験値が必要になることやら………」
ボノフさんはそこでため息一つ。
えらく実感の籠った内容。
もしかして、ボノフさん自身が関わった実験なのであろうか?
それを口に出して尋ねてみると正解。
どうやら学会でも過去何回か執り行われている実験らしく、
ボノフさんも巻き込まれて参加せざるをえなかったらしい。
「とにかく経験値を溜めるのが難しいのさ。予算が無いからノービスタイプで始めたんだけど、たとえダブルにしても、その戦闘力はベテランタイプまではいかない。トリプルにしてようやく超えたって所さ。でも、ベテランタイプより少し強い程度じゃあ、最も経験値が貯まると言われている色付きには勝てない。そもそも戦場にいるだけでも大変。おまけに最後の無職を入れてクアドラプルにしても、ほとんど戦闘力が上がらなかったんだよ! その癖、必要な経験値が爆上がり…………、優秀な狩人の手を借りようと意見すれば、秘匿実験だからと却下される………、本腰を入れてストロングタイプでやろうと進言すれば、予算は無いとの一点張り。こりゃあ絶対無理に決まっているって、そこで皆、匙を投げたのさ」
ボノフさんは当時のことを思い出しながら、うんざりした顔で語る。
聞くに、色々苦労があった様子。
その上で失敗なのだから、やるせない気持ちで一杯なのだろう。
う~ん………
俺の所は、皆、ポンポンとランクアップしているから気にしなかったけど、やはり普通にやると経験値を溜めるのは大変なのだろうな。
そもそも戦闘型ストロングタイプがダブルになる為には、3年~5年、長いと10年、ずっと戦い続けてようやくらしい。
当然、トリプルにしようと思えばその倍以上。
色付きをコンスタントに倒せるならその速度はかなり早くなるそうだが、
赭娼、橙伯とて、安定して狩ることのできる狩人は稀。
ましてや学会の学者達が自分達だけでそういった実験を続けるのは、土台無理な話であっただろう。
「でも、そんな無茶な実験、よくやろうと思いましたね。おまけに無職を晶石合成するって、どういう発想なんですか?」
「んん? …………そうだね、三色の学会は、そういう実験をやりたい奴が一杯集まっているところなのさ。なんでもかんでも実験実験。誰もやっていないのならやってみようの精神だね。とにかく、総当たりで手あたり次第。人間の思いつくことは全部やり切る勢いだったね…………、だから、今、アタシが話した実験も、どこかの誰かが成功させている可能性だってゼロじゃない」
「…………それはそうですよね。自分だけが思いついて、他の誰も思いつかないって可能性の方が低いでしょう」
人間の発想と執念深さを舐めてはいけない。
特に学者と言う生き物は、物事を突き詰めるのに人生を賭けていると言っても良いのだ。
今回、ボノフさんが開帳してくれた秘密は、超極秘事項であろうが、
それでも、この広い世界の中、誰かが気づいて実行していても不思議ではない。
この世界の情報はすべからく秘密にされていることが多い。
自分が得た情報は独り占め。
決して公開されることなく、自分達の為に使い、
時には誰にも引き継がれずに消えていくことも多いのだ。
そんな中、不確定と言えど、こんな貴重な情報を公開してくれたボノフさんには感謝しかない。
「ありがとうございます、ボノフさん。希望が見えてきました! 必ず俺がこの実験結果を確かめてみせます!」
「そうしてくれるとありがたいね。私が先輩から引き継ぎ、結局中途半端に終わってしまったんだ。ぜひ、ヒロの手で完成させておくれ………、でもね、ヒロ。今、言った話は机上でしかないんだ。上手く行かない可能性があることは忘れないでおくれよ」
「もちろん分かっています。とにかく1機から試してみますよ。そんなに入れ込んだりしませんから安心してください」
とは言いつつ、この理論が正解かどうか、打神鞭の占いで確認するつもり。
もし、無職系を入れることでクアドラプルになれることが確定すれば、
「『咎人』タイプではなく、秘彗達を真のヒーロータイプにしてやることができる。
中央に行ってやることは決まった。
今の俺のチームのストロングタイプのダブルは9機。
対して、今俺の手にある無職系ストロングタイプ、機械種ジョブレスの晶石は1つ。
探さねばなるまい。
無職を。
機械種ジョブレスの晶石を!
無職を集めまくって、俺は皆を強くしてやるんだ!




