718話 後始末2
「皆さん………、この度の白の教会の危機に際し、我が身を顧みずに駆けつけ、奮闘してくださったことに、この『白の座、233位 白露』が白の教会を代表して感謝の意を伝えます」
ここは白の教会の境内の建物の中。
普段は信徒の祈りの場である大ホールに集められた俺達を前に白露が語る。
130cmそこそこの小さな体。
お子様全開なツインテールが良く似合う可愛らしい容姿。
銀髪に白ローブ姿という鐘守の装いではあるものの、
一見、どこか子供が無理をしているような印象がぬぐえない。
しかも、その斜め後ろで従者よろしく佇むのはメイド姿のラズリーさん。
お子様とメイドが壇上にいる奇妙な構図。
まるでお遊戯の一場面かと思うようなワンシーン。
しかし、背後のステンドグラスから漏れる淡い光が後光となって白露を照らし、
白露自身の真摯な態度と合わさって神秘的な雰囲気を醸し出す。
黙っていれば、超が付く美少女であるのは間違いない。
艶やかな銀髪に透き通るような白い肌と青い目。
お子様ながら非の打ち所がない完璧な造形。
完璧すぎてあまりに現実離れした……幻想的と言っても良い容姿。
その身に秘めるのは絶大なる感応の力。
この世界を席巻する機械種を容易く支配する力でもある。
それが、感応士。
本人曰く、末席らしいが、それでも俺が目にした力は圧巻であった。
白の教会の権力と感応士の力を併せ持つ、人類の頂点の一つ、鐘守。
現在、俺達の前にいる人間はそういう存在なのだ。
いつもお転婆で姦しい食いしん坊幼女の姿はそこには無い。
人類からの信仰を一身に受ける1人の鐘守がその場にいた。
俺がスケアクロウを打ち倒し、アルスがトイボックスを捕縛、ハザン達が白の教会の周辺にいたレッドオーダー達を片付け終わったのが、つい、20分前のこと。
互いに健闘をたたえ合い、皆に怪我が無かったことを喜び合った後、
白露とラズリーさんに呼びかけられ、この場に集まることになった。
鐘守からの直々のお声がかりともなれば、一介の狩人が断ることなんてできるはずも無い。
幼くても白の教会の象徴とも言える鐘守。
半年前から秤屋でワイワイ騒いでいたお子様だが、それでも、鐘守というだけで無条件に尊敬される存在。
新人狩人でしかない俺達からすれば、正しく雲の上の人。
その誘いを断ると言う選択肢など無いに等しい。
当然ながら、俺も含めた新人狩人達はすぐさま了承。
アルスやハザンは直立不動で『はい!』と元気よく返事。
アスリンチームの面々も緊張しながら大きく何度も頷きを返し、
ガイでさえ表情を固く強張らせて素直に従う様子を見せ、
レオンハルトですら普段の余裕のある笑みを薄くして対応。
そして、部外者を排除して始まる白露の演説。
今、この場で白露の話を聞いている人間は、俺、アルス、ハザン、ガイ、レオンハルト、アスリン、ニル、ドローシアの8名。
そして、それぞれの従属機械種達は少し俺達から離れた大ホールの壁際に並んでいる状況。
流石に超重量級となってしまった輝煉やアスリンの重量級達は外で待機中。
それ以外の面子……、マダム・ロータスは今だ混乱する現場の後片付けの指揮。
ボノフさんは未だロキの創界制御の中………らしい。
ロキがまだ見つからないからそのままなのだ。
おそらく教官の元にいるだろうから、全てが片付いたら迎えに行かなくてはなるまい。
まあ、その前に街から遠く離れた所にいる白兎達を迎えに行く必要があるのだが。
また、森羅もまだ帰って来ず。
多分、ミエリさんに捕まっているのだと思うけど。
「このような事態となってしまったことは大変悲しいことです。ですが、『鐘割り』達へ勇敢に立ち向かい、彼等を退けた貴方達のような勇者を見つけることができたのは大変喜ばしいこと………、白の教会は貴方達の活躍に対し、必ず報いることを『白露』の名でお約束します」
滔々と俺達の健闘を称える白露。
そんな彼女の語りを黙って聞き入る皆。
誰も彼も、まるで白の教会の敬虔な信徒であるかのように、白露の言葉を真面目に謹聴。
一言でも聞き逃すまいと耳を澄ませた傾聴体勢。
あのガイですらそうなのだ。
あまりに意外過ぎて思わず『お前、そんなキャラじゃないだろ!』と突っ込みたくなった程に。
これが中央での鐘守に対する一般的な態度。
辺境では知名度の低い鐘守も、この中央に近いバルトーラの街ではこんな感じ。
辺境の出身らしいガイは、おそらくこの街である程度教育を受けたのであろう。
多分、パルティアさん辺りに嫌という程仕込まれたはず。
一流の狩人になりたければ白の教会との関係は必須。
その代表とも言える鐘守に無礼な態度など取れるわけがない。
それが狩人の常識。
新人狩人でも同様。
ただ1人、俺という例外を除いて。
う~ん………
ここで、俺が突然、『白露、偉いぞ!』とか言って壇上に駆け寄り、
白露の頭をナデナデ、髪をクシャクシャにかき混ぜたらウケるだろうな………
なんて不謹慎なことを考えつつ、黙って白露の話を聞いていると、
「ですが、私はここで皆さんに厚かましいお願いをしなくてはなりません」
白露の口調が変わる。
そして、自らの力の無さを悔やむように悲し気な表情を見せて、
「『鐘割り』の謀略により、この街の『白鐘』は破壊されてしまいました。今は『白鐘楼』にて白の恩寵を維持していますが、それもあと数時間のこと。白の恩寵が失われたなら、この街はあっという間にレッドオーダーの大群に攻め込まれることになります。また、街の中の従属機械種の大半がレッドオーダー化することは避けられません。今、職員達が走り回って街中に周知していますが、それでも対策が間に合うのはほんの僅かでしょう。そうなれば、この街はレッドオーダーで溢れかえることになります。それらの対処する為にはたくさんの『力』が必要………、だから………、お願いです! 皆さんのお力を貸してください!」
語られたのは、これからのこと。
白の恩寵が失われたことで起こる被害を抑えるために、
彼女は悲痛な覚悟を以って俺達に助力を訴える。
白の恩寵が失われた街は悲惨の一言。
外からはレッドオーダーの群れ。
内からはレッドオーダー化した機械種達の反乱。
外と内から同時に攻め込まれ、人間のか細い抵抗など簡単に押し潰す。
頑丈な建物に立て籠もり、他の街からの救助を待つも、それで生きながらえられるのはたった数日間。
どれだけの人命が失われることか。
どれだけの損害が生じることか。
過去、何度もあった悲劇の開幕。
津波のように押し寄せてくるレッドオーダーを波打ち際で狩人や猟兵が支え、
戦車や装甲車を集め、限られた街の住人達を乗せてレッドオーダーの包囲網を突破する。
弱い者を置き去りに、貧しい人達を捨て置いて、
資産や力のある者が我先にと脱出を図り、
それでも、助かるのは僅か数パーセントでしかないという。
そんな悲惨な末路を迎えさせないよう、
年端もいかない少女が必死の表情で俺達に懇願。
「私も一緒に戦います! 最後まで! この街にいる人達を1人でも多く救う為に! だから………私に協力してください!」
この街で最も尊い存在であるはずの鐘守が最後までこの街に残ると宣言。
その上で俺達に頭を下げて助力を願う白露。
そんな白露の言葉に、アルス達は………
「お任せください、白露様! 僕達で良ければいくらでもお力になります!」
「うむ! この街でお世話になった人達を守るためにも、全力をつくさねばならんな」
アルスが躊躇うことなく一歩前に進み、
ハザンは頼もしくも男臭い笑顔を見せ、
「ここで逃げるなんて男じゃねえ! 俺もやるぜ!」
「鐘守から直々の要請とは………、これ以上無い誉れ高き武勲! このレオンハルト、白露様のご期待に応えてみせましょう」
ガイが雄叫びを上げるように声を張り上げ、
レオンハルトは優雅なポーズを見せながら白露の言葉に答え、
「もちろん、私達も参加します。この街は私達の第二の故郷みたいなものですから」
「は、はい………、が、がんばります!!」
「うへぇ……、ニ、ニルもがんばる……、ます」
アスリンは自信あり気な笑みを浮かべて堂々と、
ドローシアは少しばかり動揺を見せるも、自分を奮い立たせるように大きな声で返事。
ニルは横の2人を横目で見つつ……、半分諦めたような顔をしながら小声で答えた。
そして、俺は………………
しばらくの間、口を開かず黙り込んだまま。
「ヒロ? どうしたの?」
俺が黙り込んで答えないことに、アルスが不思議そうな顔で声をかけてくる。
まさか俺が白露の要請を断るとは思ってもみないような表情。
今までの付き合いから、俺がこの鉄火場で怯えて逃げようとするなんて欠片も考えていないであろう。
また、ハザンやガイ、レオンハルトやアスリンも似たような雰囲気。
今更、誰も俺が臆病風に吹かれたなんて思わない。
それだけの雄姿を見せつけて、誼を結んで来たのだから。
では、なぜ俺が答えないのか?
その理由に見当がつかないから、皆、不思議そうな顔をするのだ。
この場の最大戦力であるのは間違いなく俺。
バラエティ豊かなストロングタイプの一団。
レジェンドタイプと思しき1機。
はっきりと天使型と分かる1機。
おまけに見たことも無い程の巨大な超重量級である金龍。
もうすでに中央の超一流の狩人チームと並ぶ戦力。
だが、今、見せているのはチームでは2番手・3番手以下のメンバーでしかないのだから、俺が抱える戦力はすでに世界有数と言っても良いだろう。
表に出している戦力だけでも、これから迫りくる脅威への対策としては十分。
輝煉を前に出すだけで攻め入って来るレッドオーダーの大半は蹴散らせるだろう。
しかし、それでも被害が出ることは避けられない。
街に存在する従属機械種の数は人の数よりも多く、その全てを対処するなんて不可能。
だから、俺が選ぶのは、白露の要請に応えるのではなく、
全てを救うもう一つの道…………
「アルス。俺が答えないのは、その必要が無いからだ」
「へ? …………ヒロ、それはどういう意味?」
俺の言葉に、さらに不思議そうな顔をするアルス。
すると、そのやり取りを聞いていたガイが俺に近寄って来てがなり立ててくる。
「コラ! ヒロ! お前、まさか自分1人で片づけようって言うんじゃないだろうな!」
肩を怒らせながら詰め寄って来るガイ。
額に青筋立てて、今にも掴みかかろうとするかのような勢い。
「いつもお前1人でやろうとするんじゃねえよ! お前に比べりゃ、俺達はまだまだだろうが………、それでもよお!!」
続けてレオンハルトやアスリンまで参戦。
真剣な顔つきで俺の独善行動を戒めてくる。
「そうだぞ、ヒロ。何から何まで君1人が背負うことではない。これは皆の問題だ」
「ヒロ。貴方にとっては頼りない同期かもしれないけれど、それでも、今は力を合わせるべきだと思う」
彼等の言うことももっともだ。
そもそも街全体の問題であるし、いくら俺が力を持っていようと、俺1人で背負うことでもない。
だが、もう一つの道を示すことができるのは俺だけ。
この場でコレを出すことには、少しばかり躊躇を覚えてしまうが、コレしか全てを丸く収める解決策が無いのも事実。
「秘彗! こっちへ」
「はい! すぐに参ります」
俺に呼ばれて前に出てくる小柄な機体の魔法少女系ストロングタイプ。
トレードマークである三角帽子を胸の前に抱え、
チョコチョコと速足で俺へと駆け寄ってくる可憐な姿に、思わず微笑まし気な笑みを浮かべてしまうが、
「例のモノを出してくれ」
「はい! 承知致しました」
秘彗は機内のマテリアル空間器を稼働させて亜空間倉庫の入口を展開。
一瞬表情を固くしたのは、先の戦闘で幾つかのマテリアル制御系の回路が焼け付いたせいであろう。
幸い、マテリアル空間器の発動に支障はないものの、どこかのタイミングでボノフさんのお店に入庫し、修理してもらわなくてはならないだろう。
聞けばタキヤシャも結構な損傷を受けている様子。
秘彗とタキヤシャ以外は、多少の小傷で済んでいるのだが。
あれだけの激戦を前に、修理が必要なのがたった2機だけで済んだと言うべきか。
白兎達の方はもっと被害が大きいようだから、この件が片付いたら当分皆のメンテナンス……療養期間に当てなくてはなるまい。
ドスンッ!!
秘彗が亜空間倉庫の入口を開くと同時に七宝袋から『モノ』を取り出す。
これは何度も練習した七宝袋の収納力を誤魔化す為の詐術。
従属機械種の亜空間倉庫から取り出したように見せかけているのだ。
そして、俺が七宝袋から取り出したのは、かつて野賊の本拠地にて遭遇した臙公から得た成果物。
全高40mを超える大巨人だけに、出て来た宝物の価値は莫大。
しかし、今までまるで使い道が思いつかなかった一品でもある。
白の教会に持ち込めば即『打ち手』として認められるようなモノだけに慎重にならざるを得なかった。
だが、この場に至ってはこれを隠す意味も無い。
もしかしたら、この時の為に宝箱から出てきたのだとも言えなくも無い。
高さ3mモノ巨大な釣鐘状の物体が大ホールの床に鎮座。
全面滑らかな白色で統一。
所々に幾何学模様が入り、一見、美術品にも見える形状。
外観は間違いなく巨大な釣鐘なのだが、叩いても音が鳴る訳では無く、
中はみっちりと電子部品や回路が組み込まれた列記とした機械設備品。
しかし、コレを『機械設備品』と呼ぶ者はいない。
なぜなら、この世界で晶石よりも価値があると思われている品物だから。
コレを街の中心部に設置することで、白の恩寵を発生させ、レッドオーダーを退ける力を持つ。
さらに機械種の暴力を禁じ、副次的に街の治安を守っているとも言える。
正に街の守り神と呼べる存在。
人間は今まで赤の帝国に支配されずにいられる原因。
『白鐘』
それもこの街を覆う程の白の恩寵を発生させるには十分以上の最上級品。
白く美しく、その場にそびえ立つ白い構造物。
ただそれだけで神聖なオーラが周りに振り撒かれているような気分にさせられる。
突然、皆の前に現れた白い鐘の形状のモノ。
それも最大級の大きさ。
皆が『これはもしかして!』と思いながらも、
されど、こんなに簡単にポンと出てくると思えず、
しかし、俺が挙げ続けて来た成果を考えればあり得ないことではないとも思え、
色んな感情が渦巻く中、皆がこの場に現れたモノに目を引きつけられていると、
「ふぁ! そんな………わわわっ!」
「危ないですよ、白露様」
白露が素っ頓狂な声を上げて、
後ろにひっくり返りそうになるのをラズリーさんに支えられつつ、
「これは白鐘です! 間違いありません!」
この場で最もソレを断じるに相応しいであろう白露が宣言。
鐘守がそう言う以上、ソレに間違いなんてあるはずが無い。
その言葉に一同、改めて驚愕が走る。
「え? 嘘でしょ!」
「流石にこの目で見てもにわかには信じられんが……」
アルスやハザンが目を剥いて驚き、
「コイツは…………魂消た」
「ハハハ………、もう笑いしかでないな」
ガイがポカンと口を開けて呆然と感嘆の声を漏らし、
レオンハルトが乾いた笑い声を発し、
「本当に………、別世界の人なのね」
「なんであんな人が新人なんでしょう?」
「うみゅう……、やっぱりタダ者じゃなかったかあ。惜しいなあ。今からでも遅くないかなあ……、でもなあ………」
アスリンが少しだけ寂しそうに呟き、
ドローシアは納得のいかないような表情を見せ、
ニルがムウッと難しい顔でお悩み中。
「ムフフ………」
皆の驚いた様子に思わず笑みが零れそうになる。
鼻の穴が大きく広がり、ニヤケ顔がやめられない。
これなのだ!
これこそ異世界モノ、最強チートモノの醍醐味なのだ!
奇想天外な解決策でアッと皆を驚かせ、
『主人公スゲー!』『主人公ステキー!』と称賛の嵐が吹き荒れる。
自己承認欲が満足されるというか………
今までの苦労が報われるというか………
行き止まりの街のスラムでは、サラヤを驚かせたり、
街を出てからは同行者となったエンジュやユティアさんをビックリさせたり、
この街に来てからは一番驚かせたのはボノフさんだろうか?
次点で白露、そこからはミエリさんや同期のアルス達へと続いていくであろう。
やはりこういったシチュエーションが俺にとっての一番の癒しとなる。
これでこそ、俺がこの世界に来て良かったと思えるのだから!
フフフフフフ!
驚け! 魂消ろ!
これでこの街の問題も解決。
これで第三部完!
これで何の憂いも無く、中央へと旅立てると言うモノ。
「ヒロ…………、この白鐘はどこで?」
得意気にいる俺に、白露がおずおずと尋ねてくる。
それは鐘守として当然の質問であろう。
もちろん、そういった質問の答えも用意済み。
「ああ………、ちょうどさっきまで街の外にでていたんだが………、街に帰る途中、全高40mの巨人型臙公に遭遇してな………んで、倒したら宝箱が出て来て、その中に入ってた」
「…………………」
「秘彗」
「はい」
「ホレ、コレがその証拠だ」
「!!! これは………」
これまた、秘彗の亜空間倉庫から取り出したように見せて、証拠の品を七宝袋から放出。
米袋の何倍もの大きさの封灰布製の大袋。
その中身を取り出せば、現れるのは深い赤色……臙脂色の晶石。
俺のいい加減とも思える回答に、しばし面食らった様子で固まっていた白露。
だが、続けて渡した証拠、臙公の晶石、臙石を見せた途端、即座に解凍。
ダダッと駆け寄り、1m近い大きさの臙脂色の晶石に触れようとして、
一瞬立ち止まり、俺の方を見ながら上目遣いで了解を取る。
「ヒロ、確認させてもらっても良いですか?」
「ああ、いいぞ」
「では………………、ふむふむ……………、なるほど」
白露が調べていたのはほんの30秒程度。
たったそれだけの時間で晶石の中の情報を読み取ったようで、
白露は皆の方をバッと振り返り、真面目な顔で解析結果を発表。
「ヒロの言う通り、超巨大巨人型機械種、臙公アトラスの晶石で間違いありません。それも倒してから1日も経っていない………」
「「「「ええ!!??」」」」
その解析結果にアルス達が大きく驚く。
この晶石が臙公アトラスのモノであったことに驚いているのではない。
ちょうど今日、白鐘が破壊されたその日に、同等以上の白鐘を俺が手に入れたことに驚いているのだ。
なんという偶然。
なんという巡り合わせ。
確率を計算すれば、絶対あり得ないと断言するような奇跡的な数字であろう。
だが、目の前に『白鐘』があり、その出現元となった『臙公』を倒した証拠でもある『臙石』がそこにある。
しかも、今日倒されたばかりという偶然。
まるで天が今日という日に合わせて白鐘をもたらしたと思う程に。
鐘守が調べたのだ。
間違いなどあるはずがない。
まあ、俺が臙公………、アトラスだっけ? 道理でデカかったわけだ。
とにかく、俺がアイツと遭遇したのは、野賊の本拠地からの脱出時。
天琉との見事な連係プレーで上空からの急降下攻撃を敢行。
莫邪宝剣にて華麗に切り伏せ、晶石をゲットしたのは すでに9ヶ月以上過去の話。
だが、七宝袋の中に収納していた為、倒してから時間がほとんど経っていないと判別されたのだ。
白鐘を隠し持つのは大罪。
だが、俺が手に入れたのは公式的には今日のこと。
ならば報告が遅れたとは言えない。
むしろ最速でこの白の教会に持ち込んだと言える。
まさに完璧な理論武装。
街を救えても俺が罪に問われては意味が無い。
これがなければ、俺もコレを放出する勇気が持てなかったかも………
しかし、唯一の懸念事項は、あまりなタイミングの良さで俺がコレを持ち込んだことであろう。
いかにご都合主義なネット小説でも、ここまであからさまなご都合主義はありえない。
臙公の遭遇や宝箱の中身はランダム性があるから、全てが全て俺の仕込みであると疑いをかけられる可能性は薄い。
だが、疑いたくなる者もいて当然。
俺自身が『そりゃそうだ』と納得してしまう程怪しいことに変わりはない。
赤の帝国と手を組み、臙公の晶石と白鐘を用意させ、この『鐘割り』が蜂起するタイミングで駆けつけ、救いの手を差し伸べて自らの成果とした………
冷静に考えればあり得ない計画なのだが、世の中、そんなバカげた疑いをかけられ断罪された者は数知れず。
おまけに俺自身、決して叩かれたら埃が出ない身では無い。
むしろヤバめな案件を抱え過ぎて、少しでも疑われたら指名手配犯へと真っ逆さまに落ちかねない。
さて、疑えばきりがないこの白鐘の提出。
果たして、皆はどのように思うのだろうか?
できれば同期には疑われたくないんだけど…………
ほんの少し胸の中に皆の反応を恐れる気持ちを抱えていると、
「…………………そうか。ヒロはやはり『宝箱の女神』に愛されているようだな」
真っ先に言葉を発したのはレオンハルト。
得心が行ったとでも言うように、満足気な笑みを浮かべて感想を述べる。
「君の急速な成長も頷ける。まさにヒロは英雄になる為に生まれてきたような存在だな」
「なんだよ、それ? 俺は女の子にモテたことなんて無いぞ。それに前にも言ったように英雄なんてまっぴら御免だ」
唇を尖がらせて訝し気な視線を向ける俺に、レオンハルトは苦笑しながら口を開き、
「いや、そうではない。英雄はなりたくてなるモノでも、なろうとしてなるモノでもなく、なっているモノだ。人々からそう呼ばれて、いつの間にか……な。本人がどう思っていても、だ」
レオンハルトはじっと俺を見据えながら持論を展開。
「ヒロが今日、この日に『白鐘』を手に入れたこともそうなのであろう。宝箱の中身は真にその者が必要としたタイミングで選ばれることがあると言う。そして、その者は『宝箱の女神』に愛されていると言われるのだよ」
このレオンハルトの持論に対し、アルスやハザンが会話を交わし、
「ああ、なるほど。そう考えるとヒロが手に入れたのは必然なんだね」
「むしろヒロが手に入れて当然なのだろうな」
そういった声にガイやアスリンチームも納得の表情を見せる。
レオンハルトの発言を聞くに、タイミングの良さを疑われると言うよりも、このタイミングだからこそ手に入ったという論調。
どうやら他の皆も同意見のようで、俺を疑いの目で見てくる者はいない様子。
ふう………、良かった。
皆の反応を見てほっと一息ついた後、
再びレオンハルトへと向き直り、先ほどの弁の確認を行う。
「……………つまり、俺がこの『白鐘』を入手できたのは偶然じゃないってことか?」
「偶然の方があり得ぬだろうさ。私も完全に信じている訳では無いが、そう考えるのが自然だということだ」
「う~む……」
レオンハルトの言葉に少し考え込む俺。
そう言えば、前にもレオンハルトは似たようなことを言っていたし、アルスもそんな話をしていた。
宝箱の中身は『誰か』が意図的に選んでいると。
そもそもこの『白鐘』を手に入れたのは9カ月も前の話だが、もしかしてその『宝箱の女神』とやらが、今の状況を予測して用意していたのなら………
その『宝箱の女神』は俺に何をさせたいのか?
そして、『宝箱の女神』は一体何者なのか?
正体を調べるなら打神鞭の占いで一発だけど………
俺が考え込む間にも、ハザンやガイ、アスリンやドローシア、ニルが目の前の『白鐘』についてワイワイ騒ぐ。
「直に見たのは初めてだが………、美しいな」
「なあ………、これを殴ったらどんな音が出るんだろうな?」
「………ガイ。流石にソレはどうかと思うぞ」
「分かってるって! 冗談だよ! ハザン、怖い目で睨むな!」
やや白の教会への敬意が薄いガイが軽口を叩き、
ハザンに窘められると言う光景。
「ねえ、ドローシア。コレっていくらくらいするんだろ?」
「ニル! ………鐘守を前になんてことを!!」
「うわあ!! ドローシア、痛い! ゴメンって!」
こっちではニルが余計なことを言って、
ドローシアが締め上げる展開。
「す、すみません、白露様! ウチのニルが大変不敬な発言を……」
「アハハ……、まあ、他の鐘守の前では言わないように注意してくださいね」
そして、チームリーダーたるアスリンがチームメンバーの失言を白露へと謝罪。
白露が鷹揚に笑って済ます。
そして、そんなやり取りを暖かな目で見守っていると、
アルスが近づいて来て俺に呼びかけてきた。
「ヒロ」
「んん? 何だ、アルス」
「とにかく、その白鐘は白の教会に寄進するということでいいの?」
「そりゃそうだろ…………って! あんまり時間も無いな。早く『コレ』を『白露』に稼働してもらわないと!」
確か、未来視では白月さんでも20分かかったのだ。
それより腕の劣る白露ならもっと時間がかかるだろう。
あと数時間あると言っても無駄には出来ない。
たとえ1~2時間でも白の恩寵が完全になくなれば、その被害は街全域で引き起こされるのだから。
「ちょっと、ヒロ………」
「おっと、しまった!」
慌てていたことで出てしまった俺の失言にアルスがジト目。
直前にガイやニルがやらかしているのに、何で俺もやらかしてしまうのか?
普段の態度がつい出ちゃうんだろうなあ………
「あ…………、コホン!」
咳払い1つついて、改めて白露に向き直り、
片膝をついて恭しい態度を取りながら、この白鐘の処遇について申し入れる。
「えっと、白露様。この白鐘を寄進致しますので、すぐさま設置をお願いします」
「ありがとうございます、狩人ヒロ。貴方の献身、決して忘れません。必ずやこの奉公に報いることを誓います」
俺の捧げ物に対し、笑顔を見せながら受け取りを表明してくれる白露。
その笑顔は眩く、俺にとっては万金に等しい価値があるように見えた。
俺は狩人として奉納品を捧げ、
白露は鐘守として奉納品を受け取り、それに応じた報酬を約束する。
報酬と言ってもマテリアルや発掘品のような価値ある品とは限らない。
鐘守の感謝のお言葉だけということもあるし、握手だけということもある。
場合によっては一緒にお食事してくれたり、その狩人の為だけに歌や踊りを見せてくれたり………
貯まりに貯まれば、『打ち手』として認められることもある。
その為に好感度を稼ぐと言う意味もあるのだ。
これが狩人と鐘守との関係。
だが、俺と白露との間の絆の深さは十分。
「別にいいですよ、報酬なんて。その言葉だけで俺にとっては余りある。それよりも、早く白鐘の設置と稼働をお願いします」
今は白露の笑顔だけで良い。
報酬が美少女の微笑みだけってなかなかに乙なモノだ。
まあ、白の教会から報酬を貰うと後が面倒臭いからなんだけど………
どうせ宝の持ち腐れだったのだし………
これでミッション終了。
白鐘も元通り。
白の恩寵を復活して、バルトーラの街は救われる…………
胸の中に湧き起こる達成感。
長いミッションを乗り切った喜びを噛みしめていると、
白露はさっと表情を曇らせて、喜びを見せる俺へとある事情を告白。
沈痛な口調で語られたその内容は…………
「ですが、ヒロ。白鐘を設置して稼働させるにも時間がかかります。私だけでも3日間。この街にいた………今は外出中の鐘守と力を合わせても1日半はかかってしまいます」




