683話 鐘割り1
謎の違和感からの未来視にて、見てしまった絶望的な未来。
レッドオーダーが徘徊する『堕ちた街』となったバルトーラ。
多数の子供が殺された跡が残る孤児院。
火事場泥棒に荒らされたボノフさんの藍染屋。
激しい戦闘の跡が残る白翼協商の秤屋。
レッドオーダーとなってしまった教官。
そして、白の教会内で何者かに惨殺された白露………
最悪の光景を目の当たりにして『俺の中の内なる咆哮』が吼え猛り、未来視はそこで中断。
『俺の中の内なる咆哮』を鎮めながら、あと数時間で起こるであろうバルトーラの街の崩壊を止めると心に誓う。
本来ならあと2日は空中庭園でのんびり休暇を取る予定であったが、急遽予定を変更してバルトーラの街へと帰還。
ガレージの中でメンバー達へと未来視で得た情報を共有。
街を崩壊から救う為の対策を練ろうとするも、あまりに守らなければならない場所が広く、さらに手持ちの情報も不完全。
未来視の中で入手した貴重な情報、生き残った灰色蜘蛛の守り手である機械種ハーリティからの証言によれば、
領主が主催する戦勝パーティーが開催された時間帯に、以下のことがほぼ同時に起こったと言う。
①『複数の熾天使型が街を破壊した』
②『街のあちこちで無差別テロが起こった』
③『超重量級の水の巨人が街の中で暴れた』
④『いずれかの原因で白鐘が破壊された』
そして、俺達が独自に動いて得られた情報として、
⑤『魔人型の紅姫が孤児院を襲撃した』
が判明。
以上、5つがバルトーラの街の崩壊につながった原因と思われる事柄。
どれも街の崩壊を引き起こすには十分すぎる大事件。
それが一斉同時多発。
魔王型や英雄型、超重量級やストロングタイプを複数保有する俺のチームであろうと、全力を以ってしてもその全てを抑え込むのは不可能に近い。
しかも原因が全くの不明なのだ。
偶然なのか、それとも意図的なモノなのかも分からず、何から手を付けたらよいのか決められないまま、ただ時間だけが過ぎ去ろうとしていた所、
『赤能者の集団……【鐘割り】が白鐘を壊そうとしている!』
血塗れになったルークからもたらされた『鐘割り』の企み。
これによって、俺達は街を救う為の一つ目の手がかりを得ることができた。
「『鐘割り』の中でも………とんでもなく強い奴が来るらしいんだ………、なんでも、色付きの晶石を喰らった『赤喰い』だって………」
「おい、無理してしゃべるな! それよりも早く、この薬を飲むんだ!」
生みだした仙丹をルークに与えようとするが、ルークは微かな笑みを浮かべて拒否。
「ぼ、僕のことは構わないで…………、もう助からないのは分かっている………、それより姉さんを………、バルトーラの街を………」
か細い声で最後の願いとばかりに俺へと訴えてくるルーク。
すでに半死半生であり、右足は膝から下が切断された状態。
また、全身を恐ろしく鋭い刃物で切り刻まれたような跡が残り、しかも切傷と同時に熱した金属を押し付けたような火傷跡も。
さらにその傷は内臓まで届いており、おそらく臓器の半分以上は焼き尽くされているような状況。
常人なら即死であったであろう、生きているのが不思議なくらいの有様。
だが、赤能者となったルークは常人をはるかに超えた体力・耐久力を持つ。
しかし、いかに赤能者であっても不死身では無い。
ブーステッドを飲んだ強化人間ほどの再生力は無く、あくまで普通の人間より頑丈なだけ。
もっと上位の赤能者であれば違ったかもしれないが、ルークの赤能者としてのレベルは中位程度。
流石にここまでの重傷からの生還は不可能。
まだ生きて言葉を話せているのが奇跡に近い。
彼がこの状態でまだなお俺へと貴重な情報を伝えることができるのも、
姉代わりのマリーさんやこの街を大事に思うからこそであろう。
だから、ルークは最後の力を振り絞って俺への願いを口にする。
「ヒロ………、僕からの最後のお願い………、鐘割りから………、この街を………」
「分かった! 分かったから! だからさっさと薬を飲め!」
「いいよ………、気休めなんて………」
「気安めじゃない! お前の命を救ってくれる薬だ!」
「……………薬は嫌い」
死にそうな顔している癖に、目を伏せて顔をプイっと横に向けるルーク。
口をがま口のようにギュっと結んで断固拒否の構え。
ここまで意地になるのは、何か理由があるのか、それとも単なる好き嫌いか………
「うるせえ!! 好き嫌い言ってんじゃねえ!!!」
「むぐっ!?」
業を煮やした俺がルークの口を無理やり掴んでこじ開ける。
そして、仙丹を口の中へと捻じ込んだ上、吐き出さないよう、喉奥まで指で押し込み、
「森羅! 水!」
「はい! こちらに!」
気の利く森羅が用意してくれていた水の入ったコップを受け取り、口を閉ざせないよう指で無理やり固定したまま、ルークの口へと水を流し込んだ。
もちろんルークは力一杯抵抗しようとするがお構いなし。
万力で固定したのごとく、俺の指はピクリとも動かない。
「ゴボゴボゴボッ! し、死ぬぅ……」
「死なせてたまるか! さっさと飲み込め!」
哀れルークは抵抗空しく俺にされるがまま。
酷い絵面だがこれも致し方ない。
負傷箇所が内臓なのだから、きちんと自分で飲み込んで欲しかったのだが、そうも言ってはいられない。
粉にして吹きかける方法もあるが、一番効力があるのはやはり口腔摂取。
元々仙丹は塗り薬ではなく飲み薬なのだから当たり前。
「!!!!」
ルークの身体が一瞬薄く発光。
その次の瞬間には、傷一つない身体に完全回復。
切り刻まれ、焼かれたような跡は綺麗さっぱり消失。
さらに切断された右足も、初めから何事も無かったかのように再生。
「え? ………………なんで? ……え? 足まで! どういうこと?」
パタパタと手で自分の前身をまさぐり、切傷から失ったはずの右足まで生えそろったことを確認して驚愕。
驚きのあまり、ポカンとした顔で間抜け面を晒すルーク。
その顔に浮かんでいた死相は完全に去りゆき、後に残ったのはやや幼いと思えるような少年の驚いた顔。
無理もあるまい。
ほとんど死を覚悟していたのに、たった一粒の薬を飲んだだけで全快したのだ。
体中の傷から切断されたはずの右足まで復活。
この世界の医療技術では説明のつかない治療速度。
噂に聞く再生剤とてここまでの治癒力ではないだろう。
これぞ物理法則を超えた幻想の産物。
仙人が作り出すと言う至高薬、仙丹。
「…………ヒロ。僕に何を飲ませたの?」
目をまん丸に見開いて唖然とした表情で問うてくるルーク。
「まあ………、俺のとっておき、だな。再生剤をずっと強力にしたモノとでも思っておけ」
もちろん正直に言うわけにはいかないので、ぼやかして答える。
「それより、あまり時間が無い。ルーク、お前が知っていることを詳しく教えてくれ」
その後、ルークから聞かされた情報によると、
領主主催の戦勝パーティーが開かれる時間帯に、この街に集まった赤能者『鐘割り』達が一斉蜂起するという。
重要人物が集結するパーティーの為、街中の警備が薄くなった所を狙ったテロ行為。
さらに、『鐘割り』の中でも最高位の実力者、『八赤連』が複数参加。
いずれも色付きの晶石をその身の取り込んだ実力者、『赤喰い』であり、単騎で紅姫に匹敵する戦力を持つ者もいるらしい。
『八赤連』も『赤喰い』も初めて聞く言葉だが、本来『鐘割り』の組織体系なんて知るはずもないことだ。
狩人や猟兵の狩りの対象はレッドオーダーであり、人間の犯罪者にカテゴリーされる『鐘割り』は対象外。
街の警邏隊や犯罪者を取り締まる治安部隊なら知っているかもしれないが。
「『八赤連』かあ………、ソイツ等、強いのか?」
「さあ? 僕みたいな下っ端が知るわけ無いでしょ………モグモグ、ゴックン。盗み聞きしてただけだから、詳しいことは知らないよ………バクバク」
「熾天使型については何か知らないか? 若しくは魔人型の紅姫、水の巨人とか………」
「熾天使型? 何それ? 天使型じゃないの? モグモグ………、それに魔人型って、ヒロが倒したんじゃなかった?」
「それは闇剣士。しかも臙公だぞ。俺が聞いているのは紅姫!」
「ふ~ん………、パクパク………、やっぱり、知らないや。水の巨人も聞いたことが無いよ」
俺が与えた高級肉ブロックを口にしながら俺の質問にルークが答える。
俺とルークの間には宙に浮かぶ机が1つ。
そして、俺達が腰かけるのは、これまた宙に浮かぶ円盤状の椅子。
俺が以前、衝動買いした発掘品、フロートデスクとフロートチェア。
10人以上同時に利用できそうな長机にはルークの大好物が所狭しと並べられている。
ルークは遠慮する素振りなど欠片も見せず、普段絶対に食べられないであろう高級ブロックをバクバク食いながら、自分が知っている情報を俺へと提供。
今から一週間以上前、今回のタウール商会の企みを探り出すことに成功したルーク。
しかし、盗み聞きしていたことが即座にバレて、タウール商会から追われる身となった。
だが、彼も伊達にタウール商会で数年間も働いていたわけではない。
最初の2日間は追っ手の意表を突く為、タウール商会の倉庫にずっと隠れて捜索をやり過ごしていたそうだ。
そして、3日目になって警戒が薄れた所で脱出。
この情報を俺にもたらすべく俺のホームへと向かったが………
あいにくその当時、俺は街の外に出ていて不在。
途方に暮れたルークはとにかく俺が帰還するのを待つしかなかった。
ルークの身の上では、他の者に相談しようにも自分の話を信じでもらえるかどうか分からず、さらに、タウール商会のスパイがあちこちにいるとなっては、それ以外選択肢が無かった。
数日の間、ルークは街中を逃げ回りながら、時々俺が帰ってきていないかどうか確認していたという。
そんな最中、タウール商会の暴力担当部署、躯蛇の追っ手に見つかり半殺しの憂き目に遭う。
何とかその場は逃げ出すも、途中で力尽きて倒れた。
その場所が俺のガレージのすぐ近くであったことは望外の幸運であったろう。
「飲まず食わずで1週間近く逃げ回ってたからね。もうお腹が空いて空いて………」
「分かった、分かった。好きなだけ食べろ。遠慮なんてしなくていいぞ」
「もちろん遠慮するつもりなんて無いさ………モグモグ、これは僕の働きに対する正当な報酬なんだから………ボリボリ」
シャトーブリアンブロックとサンゲントンブロックを両手に交互に齧り付くルーク。
その姿は日ごろの食事にも事欠く、欠食児童そのまま。
「はいはい……………、全く………、ルークにとっては、全然割に合っていない報酬だな」
ルークがフードファイターもかくやという勢いでブロックを平らげていくのを、呆れたような目で眺める俺。
ルークの欲の薄さに思わず苦笑いを浮かべてしまう。
ルークがもたらしてくれた情報は値千金。
まだ不明な点は多いが、それでも敵の一画を知ることができた。
高級ブロックを少しばかり提供するぐらいで満足してくれるなら安いモノ。
まあ、たとえルークが満足していようと、ブロックだけが報酬なのは流石に俺の良心が痛む。
彼には仙丹での治療と機械種使いの才能を与えはしたが、それはあくまで俺の都合であり報酬とは違う。
今回のことが解決したなら、ルークにはもう少し目に見える形で報酬を用意するべきだろう。
「さて、このぐらいでいいかな………」
とか、思っていたら、突然、食事の手を止め、口の周りについて食べカスを手で拭うルーク。
テーブルに置かれた水をグイッと飲み干し、食事は終わりとばかりに立ち上がる。
彼のいつもの食欲からすれば、まだまだ腹5分目くらいであろうが………
「んん? なんだ、まだ残っているぞ」
「ううん………、必要な分の栄養は取ったから、もう十分。名残惜しいけど………」
一瞬、チラリとテーブルに目線を走らせるも、すぐにガレージの扉へと目を向け、
「僕は行かなきゃならないから…………」
「どこへ?」
「姉さんの所だよ。『鐘割り』が暴れるんだから、僕が守らないと………」
「お、おい! ちょ、ちょっと待て!」
今すぐにでもガレージを飛び出しそうなルークを押し留める。
「お前、さっきまで重傷だっただろうが! 後のことは俺に任せて、ここで休んでいけ!」
「そりゃあ、ヒロの実力はよく分かっているけど…………」
俺の言葉に、ルークはガレージ内に並ぶ俺のメンバー達や、ポンと置かれた巨大戦車、整備専用車などを見渡す。
今となっては隠す意味も少なく時間も無いから、豪魔からベリアルまでそのままだ。
ルークの見識では、中量級の義体のままの豪魔やベリアルを一目見ただけでその正体を見抜くのは不可能。
しかし、それでも、自分では想像もつかない超高位機種揃いであることは理解している様子。
また、巨大戦車も整備専用車も見るからに明らかな超高級品。
中央でもここまでの品を揃えている狩人チームはなかなかにいないはず。
「僕の知らない機種が一杯。多分、凄い高位機種なんだろうね。それに見たことも無いような高そうな戦車や車も………、きっと、ヒロに任せれば大丈夫だと思う………………けど!」
そこでルークが垣間見せるナニカを覚悟したような表情。
それはこれから戦場の赴く戦士の顔。
「それでも、僕は行く! 姉さんをこの手で守る!」
たとえ百万の言葉でも覆せない力強い宣言。
彼のマリーさんへの想いは、誰であっても止められない。
「………………」
ルークの宣言を聞いて、苦虫を噛み潰したような顔になる俺。
折角、守るべき対象の1つであるルークを手元に置くことができたのに、ここで出て行かれたら元の木阿弥。
彼の姉を思う気持ちの強さは計算外だ。
このままルークをガレージで確保するという思惑が音を立てて崩れていく。
マリーさんがいる孤児院は、紅姫の襲撃を受けるはずなのだ。
もちろん、俺が選りすぐったメンバーを防衛のために派遣するつもりなのだが、そこにルークがいるとはっきり言って邪魔。
紅姫相手にはルークでは力不足。
しかもやたら張り切っているとなると、子供達と一緒に大人しく引っ込んでおけと言っても聞くかどうか分からない。
俺がその場にいれば言い聞かせることもできるだろうが、今まで彼との接点の少ないメンバーでは説得は難しいだろう。
「じゃあね、ヒロ。僕は孤児院を守るから、後はお願い」
「おい! だから大人しくしておけと………」
「大丈夫………、美味しいモノたくさん食べたから元気一杯」
「嘘つけ! 体がふらついているぞ!」
ルークは自分の装備を整えながら、ここを出て孤児院へ向かう準備を進めようとしているのだが、どうにも手つきが怪しく、疲労しているような雰囲気が見受けられる。
タウール商会から逃げ回っていた数日間、ほとんど寝られなかったに違いない。
仙丹で傷は癒され、高級ブロックで腹は満たされただろうが、あいにく睡眠不足だけはどうしようもない。
しかも食事を十分に取ってちょうど眠気が襲ってくる頃。
とても『鐘割り』相手に戦闘ができるコンディションとは思えない。
「ルークめ! こんな時に強がりやがって…………」
思わずルークに対しても愚痴が漏れる。
ルークにここを出て行かれると俺が困るのだ。
だから何とかルークをこのガレージで待機させる方法を模索するのだが………
一時期説得できたとしても、俺がここから離れたら、物語でよくあるように勝手にここを抜け出してマリーさんの所へと向かってしまうかもしれない。
そうなれば、ピンチに陥ったマリーさんを庇って死ぬルークの姿が目に浮かぶ。
さりとて、正直に『足手まとい』だからと言って聞くかどうか………
なにせルークの中では『鐘割り』が相手。
紅姫が孤児院を襲うなんて、想像するはずもない。
俺がそう伝えたって信じるかどうか不明。
しかもそれを伝えたら最後、絶対に孤児院に向かうと言い出すだろう。
「さて、どうしたものか……………んん? 毘燭?」
「お困りのようですな、マスター」
悩む俺に毘燭が近づいてきて小声で、
「マスター、こちらをお使いなされ、これは………」
「フンフン……、なるほど…………、おい! ルーク!」
毘燭から手渡された錠剤を手にルークへと呼びかける。
「何? ヒロが止めても僕は行くよ」
「それはもう諦めた。だが、お前は本調子じゃない。だからこの薬を飲んでいけ」
「……………僕、薬、嫌いなんだけど?」
「やかましい。さっさと飲め。でないとここを出て行くのは許さんぞ」
「むう………、仕方ないね」
俺から渡された薬で全快したのもあるだろう。
ルークは割とあっさり俺から手渡された薬を飲み…………
フラ………
「おっと!」
身体をふらつかせ、倒れそうになったルークを支える。
「全く、手間をかけさせやがって………」
服用した『睡眠剤』で気持ちよさそうに眠るルークの顔を見ながら、
「任せろ。マリーさんも、孤児院も、この街も、俺が全部救ってやる!」
改めて皆を助けることを約束した。




