60話 戦士
小一時間程、草原を捜索していたところで、ラビットを発見した。
見つけたのはディックさんの前を10m程先行しながら索敵していた俺だ。
この暗闇の中、草むらに隠れて奇襲を企むラビットを発見するには俺のような暗視を持っていないと至難の業であろう。
自分が先頭を歩くと言っていたディックさんを説き伏せ、俺が斥候役を引き受けたのだ。
これが最も効率がいいはずだからな。
ラビットは。あと5m程進めば奇襲してくるだろう。
いや、それとも、通り過ぎた後、後ろから襲いかかってくるだろうか。
「ディックさん。いましたよ。ラビットです。8mくらい先の草むらに潜んでいるようです」
立ち止まり、ディックさんが追いついてくるのを待って、小声で発見の報を伝える。
ディックさんは黙ってうなずくと、俺に向かって礼を言ってくる。
「ヒロ、ありがとう。あとは俺の戦いを見届けていてほしい。それから、もし、俺が危なくなっても絶対に手を出さないでくれ」
「え……でも、流石に、その足と、ハンマーだけじゃ……」
「頼む! これは俺が乗り越えないといけないことなんだ。さっき、俺はこの戦いが終わったら物乞いになるって言ったよな。もし、今の、この足を失った俺がラビットに勝てたなら、俺はそれ以上を目指すことができると思うんだ」
俺を見つめるディックさんの目から狂おしいばかりの感情が溢れている。
「物乞いにも色々な側面があってな。繁華街の物乞いは単に通行人の哀れを誘うだけじゃなくて、情報のやり取りや不審者への警戒等も行う組織だったものだ。おれは今後、その中で身を立てていこうと思っている。俺の知っている話では、足を失った元狩人が物乞いに堕ちて、その後、酒場のマスターになったっていうこともあるんだ」
視線を、見えないはずのラビットに向けて、ディックさんは話を続ける。
「そうする為には、ラビットに負けて足を失い、狩人を諦めた俺ではダメなんだ。足を失ってもラビットと戦って勝った俺でないと上を目指すことはできないんだ!」
もう止められない。
俺にはディックさんを止める言葉は用意できない。
おかしいな。ついさっきまで、勝手に死んでおけよって思ってたのに。
なんで、こんなに苦しいのか。
もう情が湧いてしまっているのだろうか。
でも、俺の取れる選択肢は一つしかない。
前を見つめるディックさんを残して、3m程後退する。
「すまん。恩に着る」
そう言い残すと、ディックさんはハンマーを構えてゆっくりと前に進んでいく。
ふと、俺がディックさんの依頼を受けた時のことを思い出す。
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『見届ける? ディックさんが死んだらサラヤ達に伝えるだけでいいんですか?』
『ああ、それを頼めるのはヒロしかいないからな。俺も迂闊だったよ。自分のことだけ精一杯で、ジュードのことを考えてやれなかった。それに気づいたのもヒロのおかげだ』
『??? どういう意味です?ジュードの為って』
『ジュードは俺が戦闘用の義足を作っていたことを知っているからな。もし、俺が物乞いになると書置きだけを残しても、アイツなら俺がラビットに戦いを挑みに行ったと察するかもしれない。そうなったらお人よしのアイツのことだ。この危険な草原で俺のことを探しかねないからな。俺を追いかけてきて探し回ってくれたヒロのように』
『……』
『俺が勝ったとしても、負けたとしても、その決着を伝えてくれる奴がほしかったんだ』
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最強スキルを持っていたとしても、俺のできることはなんて少ないんだ。
ただ見守っているだけしかできないなんて。
ディックさんはラビットの攻撃範囲内ギリギリまで足を進めると、そこで立ち止まって、懐から『白鈴』を取り出す。
そして、『白鈴』を前方に掲げ、何か操作したかと思うと、白鈴から薄っすらとした白い光が生まれ始まる。
その光はゆっくりと上昇し、地上3mくらいで留まって、これから戦場となる草原を照らし始めた。
『白鈴』にはそんな使い方があったのか!
光を生み出し終えた白鈴を懐にしまうと、ディックさんはハンマーを構えて、ラビットを待ち構える。
10数秒くらいだろうか。隠れていた草むらからゆっくりとラビットが姿を現す。
空から降り注ぐ薄い白光に照らされた黒いボディが煌めいている。
ゴクリ
10mは離れているはずのディックさんから唾を飲み込んだ音が聞こえた気がした。
それとも、全く気づかずに俺が唾を飲み込んだ音だったのだろうか。
ハンマーを構えたディックさんと機械種ラビットが相対する。
ラビットの両目の赤い光がディックさんと捉えている
この距離からではもう逃げようがないだろう。
もちろん、ディックさんには逃げるつもりはないだろうが。
両者の距離は5m程。
どちらも近づかなくては攻撃は届かない距離だ。
ラビットの攻撃手段は3つ。
前歯での噛みつき、頭からの突進、飛び上がっての蹴りだ。
遠距離攻撃が無いのが救いだろう。
しかし、その初速は侮れない。
5m程の距離であれば、下手をすると瞬きをした瞬間に攻撃されていることもありうる。
だから、まず勝つためにはその瞬発力を殺す必要がある。
ディックさんは義足をつけた方の足を前に出し、ハンマーを構えている。
義足を囮として使うのか?
確かにそこに攻撃を受けても傷つくわけではない。
しかし、義足が破壊されてしまったら、ラビットの攻撃を躱すのは困難だろう。
しばらくラビットとのにらみ合いが続く
お互いに隙を探っているという感じだが、これが長時間続くようならスタミナ切れのない機械種の方が有利になるだろう。
俺の闘神スキルをもってしても、あのにらみ合いはかなりの精神力を消費したからな。
どれだけディックさんの集中力が持つか。
やがて、待つのは悪手だと思ったのか、ディックさんが動き始める。
一歩、二歩、三歩、四歩と足を進めていき、突然、ラビットに向かってダッシュ!
ラビットは攻撃を待ち構えるかのように頭を低くして、後ろ脚の爪を地面に食い込ませる。
そして、ディックさんはラビットに駆け寄ると、腰を捻って左足を後ろに引き、義足である右足を軸足にして、左足で蹴りを放とうとする。
え、蹴り!
しかも、そっちの足は生身でしょ!
相手は金属の装甲なのに!。
あ!
目測を誤ったのか、それとも鉄の塊を蹴りつけるのに躊躇してしまったのか、蹴りはラビットに届かず、空振りとなる。
当然、その隙を逃さないラビット。
目の前を上に通り過ぎた左足を無視して、地面に残った右足に牙を立てようと飛びかかる。
ガジッ!!!!
金属同士が噛み合う音が辺りに響く。
ディックさん!
…………あ、いや、あっちの足は義足だから大丈夫なはず。
でも、あれを破壊されたら立ってはいられない。
軸足である右足に牙を立てられ、体勢を崩して倒れ込むディックさん。
危ない!
……いや、あれは!
倒れ込んだんじゃない!
押さえこむつもりだ!
大きな体を利用して機械種ラビットを押さえ込みにかかるディックさん。
耳のアンテナを左手で掴み、膝を後ろ脚に当てて動きを封じている。
そして、右手のハンマーをラビットの頭部目がけて振り下ろす。
ガツン! ガツン! ガツン! ガツン!
右手一本の打撃力では一撃とはいかず、何度もハンマーを振り下ろす。
人間を上回るパワーを持つ機械種だが、所詮ラビットの体重は30~40kg程度。
ディックさんはゴツイ体格から90kg以上はありそうだ。
倍以上の重さに抑え込まれて、流石のラビットも脱出できない様子。
………それだけではない。
牙が未だに義足に突き立てられたままだ。
牙が食い込んだままで頭が固定されてしまっている。
あの義足にも仕掛けがあるのかも。
ひたすらラビットを殴り続けるディックさん。
大の大人が小動物を押さえ込んで、ハンマーでボコ殴り。
なんという絵面の悪さだ。
WEBで流したら炎上間違いなしだな。
もうディックさんの勝利は揺るがないと見たので、俺の方にも余裕が生まれる。
やがて、草原にディックさんの咆哮が響き渡る。
「やった! やった! やった! ラビットを狩った! できるんだ。こんな足でもラビットを狩ることができたんだ!」
ディックさんの足元には頭部を破壊され、ピクリとも動かないラビットが鎮座している。
「俺はやれる。まだ、終わっていない。ラビットだって狩れたんだ。これに比べたら、物乞いをやることなんて屁みたいなもんだ。絶対に俺はこんなところでは終わらないぞ!!」
夜空へと高らかに宣言するディックさん。
目には一杯の涙を溜め、天へと轟くばかりの声で叫ぶ。
新たな道を模索せざるを得なくなった彼にとっては、この無謀な挑戦は必要な儀式であったに違いない。
パチパチパチパチパチ
そんなに大声出すと他の機械種が寄ってきますよとは思わなくもないが……
今はただ、1人の戦士を称えて拍手を送ろう。




