475話 職業
「凄い迫力ですね。ストロングタイプの前衛職が2機揃うと。しかも騎士系………」
個室に入って席に着くなり、ミエリさんからの感嘆の声。
「中央から来られた狩人が連れているのは何度か見たことがありますけど、2機並べては初めてです」
「同じ機種を揃えた方が修理とか便利なんですけどね」
同じ機種なら修理で使用する部品は共通だ。
特に破損しやすい装甲や四肢等、1種類そろえるだけで良いから大変整備が楽になる。
「それはそうですが、ストロングタイプなんて狙って獲得できるモノではありませんから。この辺境では非戦闘型でも手に入れるのは一苦労ですよ」
「まあ、俺もコイツ等を従属させるのには苦労しましたが………」
剣風剣雷を手に入れたのは半年以上前。
しかし、破損させた状態であった為、なかなか修理することができず、こうやって従属させることができたのはつい最近。
「苦労した甲斐はありましたよ。防御に優れた騎士系を前衛に置くと安定度が違います」
「ストロングタイプ騎士系を前衛に2機置ける狩人チームなんて、中央にもなかなかいませんよ」
ベテランタイプの機械種クレイモアナイトと、ノービスタイプの機械種ファイターを背後に置いたミエリさんは力説。
「おまけに魔術師系も従属させているとすれば、ヒロさんのチーム、『白ウサギの騎士』はすでに中央の第一線で活躍できる戦力を保有していることになりますね」
「はははは、そうかもしれませんね………」
何気なく流そうとして、ふと、ミエリさんの言葉が引っかかり…………
あれ? 何か違和感が………、
あっ!
「……………あの? 俺のチーム名は『悠久の刃』なんですけど?」
「え? あ……………、そうでしたね。『悠久の刃』でしたよね………」
俺が指摘すると、慌てて訂正するミエリさん。
「ごめんなさい。ソロで動いている2つ名を持つ狩人は、その2つ名をチーム名にしている人が多いので………」
「いや、別にいいですけど………、次は間違えないようにお願いします」
チラリと視線を足元に落とすと、嬉しそうに耳をフルフルする白兎の姿が目に入る。
イカンな。
どうにも『白ウサギの騎士』の方がインパクトが強くて、『悠久の刃』が完全に飲まれてしまっているぞ。
このままだとなし崩し的に『白ウサギの騎士』がチーム名になってきそう。
だが、チーム名は俺が考えた『悠久の刃』だ。
エンジュがくれた団旗もそれをイメージしているのだから、ここは譲れない。
何とか、『悠久の刃』の方を前面に押し出していかねば!
「以後、気を付けます…………、ところでヒロさん。今回の巣の攻略も随分と早いお帰りのようですが、何かありましたか?」
報告前の軽いやり取りは終了。
さて、ここからが本番。
ミエリさんの表情は表面上は穏やかだ。
内心は『もしかして』と思っているのかもしれないが、長年の経験は『在り得ない』と主張しているはず。
果たして、これを見せつけた時、ミエリさんはどんな反応を見せてくれるのか………
ゴトッ
空間拡張機能付きバックから直径15cm程の紅石を取り出して机の上に置いた。
「これが成果です」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「………あの? ミエリさん?」
「……………す、すみません! ちょ、ちょっと、今、調べますので!」
紅石の輝きが机の上で煌めくと、ミエリさんは笑顔のまま硬直してしまった。
そして、俺の呼びかけでようやく再起動。
バタバタと背後の機械種ファイターから『天秤』を受け取り、その皿を取り外して紅石へと当てる。
「……………出ました。この紅石は紅姫アラクネのモノで間違いありません」
10秒程の鑑定で出た、今回俺が討伐した紅姫の機種名。
女性の上半身に大蜘蛛の下半身を持つ重量級の姿から類推した俺の予想とは少し異なっていた。
『アルケニー』じゃなくて、『アラクネ』だったか。
まあ、どっちでも良いけど。
「お見事です。三度目の一踏一破ですね。もうこれは前代未聞ですよ。毎回ヒロさんには驚かされますね」
「ははははっ、毎回驚かしてすみません」
「こうして目の前に紅石を提出されても、未だに信じられないと思ってしまう程です」
ミエリさんの顔から様々な感情が入り混じった色が見える。
秤屋の一員として働いてきた経験が、俺の成した在り得ない事実と衝突しているのだろう。
攻略に出かける度に赭石や紅石を回収してくる狩人。
しかも巣に潜ったと思われる時間はわずか数日。
こうして実物を出さなければ、ホラ話としか思えない。
俺がストロングタイプを3機従属させていたとしても、なかなか信じられるものでは無い。
「ですが、ここに紅石があるのは間違いありません。ヒロさんが偉業を成したことも」
ミエリさんは椅子から立ち上がり、俺に向かって深々とお辞儀。
「ありがとうございます。このバルトーラの街に住む住人として、お礼申し上げます」
「はい………、俺としてはできることをしただけですので…………、それよりも換金…………、いくらくらいになりますかね?」
「では、早速………、あっ! そう言えば、この紅姫の機体の方は?」
「ガレージの方に置いています………、取りに行きますか?」
「ぜひ!」
ミエリさんの勢いに押されて、一旦ガレージに戻る。
獲物を運んでもらう『運び屋』を連れて。
予めガレージに積み上げてあった機械種の残骸をコンテナに放り込んでいく運び屋達。
ボロボロである紅姫の機体は慎重に。
程度の良さそうな機体も同様。
ただし、明らかに修理不可能な残骸は雑な感じで運び出す。
この辺は運び屋の目利きなのであろう。
手早く、正確に、それでいて効率良く。
そういった能力も運び屋の免許を取る上では重要なのだろうな。
「これで全部ですかい?」
「はい、これで全部です」
運び屋の取りまとめ役っぽい人からの確認に答える。
「ヒロさん、こちらで引き取った残骸を記録していますので、後で確認していただけますか?」
「あ、はい」
秤屋から派遣された職員からも確認が入る。
俺のガレージに積み上げていたのは、何百万円、何千万円、何億円になるかもしれない価値のあるモノだ。
それだけに引き取る前と後で数が違えばトラブルの元。
故に、こうして秤屋の職員が立会を行い、当事者の俺が後で確認も行う。
実はこれが結構手間がかかる。
ざっと倒したレッドオーダーなんかいちいち覚えていないし、バラバラになった残骸から元の機種を思い出すのは至難の業だ。
前回に比べ、この今回の巣で出てきたレッドオーダーの数は少なめ。
しかし、流石に秘彗や毘燭の亜空間倉庫に収まる量ではなかった。
何回か往復するという手もあったのだが、それはそれで面倒臭い。
結局、秤屋に運び入れるには運び屋に頼まざるを得ない。
どのみち、秤屋に提出するにも俺の方でもきちんと把握していないといけないし。
「紅姫の紅石と機体、合わせて4,900万M。その他のモノの合計が620万Mになります」
「全部で5,520万Mですか…………」
再び秤屋の個室に戻ってミエリさんと商談の続き。
告げられたのは今回の巣の攻略での成果の額。
日本円で55億2千万円。
しかし、前回よりもやや少なめなのは、超重量級と重量級の差と、道中に倒したレッドオーダーの数の違いだろう。
だが、これで俺の資産は1億Mを越えた。日本円にして100億円超。
もう意味が分からんケタだ。
元の世界なら大富豪として遊んで暮らせそう。
でも、よく考えればメジャースポーツの超一流選手ならこれくらい稼いでいるんだよな。
スポーツと違って、いつ死んでもおかしくないという危険性を考えれば、割りに合っているのか合っていないのか…………
まあ、俺の場合、本来かかるべき機械種の燃料であるマテリアルが、宝貝 杏黄戊己旗によって抑えられているということもあるのだけど。
それにメンバー達がほとんど損傷を負っていないという点も大きい。
これは圧倒的な戦力で攻め立てているということもあるし、要所要所での俺や白兎のフォローの結果だとも言える。
世の狩人達はここまで利益率は良くないはずだ。
この稼ぎの多さは主人公である俺の特権、正しく『チート』のおかげなのだ。
「では、ヒロさん。こちらをお受け取りください」
「はい。ありがとうございます」
ミエリさんから差し出されたマテリアルカード3枚。
受け取ってカードに数字を浮かび上がらせると、それぞれ2,000万M、2,000万M、1,520万M。
これ1枚で何十人もの人生を変えることのできる価値。
だが、狩人であれば、一回の失敗で容易に失われる程度のもの。
有効に使いたいのだが、さて、一体何に使おうか………
「ヒロさん、少しよろしいですか?」
「………はい? 何でしょう?」
受け取ったマテリアルカードを少し手に考え込む俺へと、ミエリさんが声をかけてきた。
思わず顔を上げてミエリさんを見れば、どこか悪戯っぽく微笑んている。
そして、ミエリさんから出てきた言葉は、俺の思いもよらないモノであった。
「ヒロさんは、新しいストロングタイプを増やすことにご興味はありますか?」
「ええ? …………ストロングタイプですか? も、もちろん、興味あります!」
「フフフフッ、良かったです。ちょうど1機、うちで仕入れることができそうなんです。それをまず最初にヒロさんに見てもらおうと思いまして。」
そう言いながら、机の上に取り出したのはアイパッ○に似たMスキャナー。
ポチポチと慣れた手先で操作をして、その画面に浮かび上がったのは1機の人型機械種。
「これは…………」
「ストロングタイプの女性型の罠師系、機械種トラッパーミストレスです」
「トラッパーミストレス…………」
Mスキャナーに映るのは14,5歳の少女の姿。
黄色い髪のセミロングに、大き目のゴーグルを頭に装着。
整備士が着るような作業着に身を包み、上から分厚めのジャンパーを羽織っている。
ややサイズの大きい手袋、腰に吊るした工具。
まるで工学系女子生徒のよう。
しかも見た目、工業高校に居たら全男子生徒からマドンナ扱い間違いなしの美少女。
快活そうで、さっぱりとしていて、男友達的な付き合いができて………
でも、告白されたら『私、機械以外に興味がありません』的なことを言いそうな感じ。
罠師系はその名の通り、罠設置、罠発見、罠解除に特化した機械種だ。
巣の探索やダンジョン攻略には欠かせない技能職でもある。
通常型であれば、ノービスタイプの機械種ノーティーボーイ、ベテランタイプの機械種トラッパー、ストロングタイプのトラップマスター。
女性型であれば、ノービスタイプの機械種ラスカルガール、ベテランタイプの機械種トラップレディ、ストロングタイプの機械種トラッパーミストレス。
この1機があるだけで罠に引っかかる可能性はかなり軽減できる。
ストロングタイプともなれば、かなりの高レベルの罠であっても対処できるだろう。
ただし、近接戦闘能力は皆無なので、最前衛に置こうとすれば護衛は必須。
『即席罠(インスタントトラップ』という妨害系の技を持つが、基本的には直接戦闘に参加させる機種ではない。
その為、ある程度近接戦闘もできる盗賊系や斥候系、忍者系よりは人気が低い。
限られた機種で構成される機械種使いのチームでは、罠対策だけで一枠使うのは勿体ないとして、あまり利用されることはないらしい。
だが、従属限界に余裕があり、それなりに護衛に回すことのできる機種が揃っている俺のチームであれば、その問題も解決できる。
現状、罠に対しては、白兎だけに頼っている状態だから、ここでこの機種が手に入るならぜひほしい。
「いかかですか、ヒロさん? お眼鏡に適いましたか?」
「ええ………、でも、これって、おいくらぐらい?」
「お値段ですか? それはこちらに………」
ミエリさんが指し示してくれた金額欄に書かれた数字は………
「3400万Mですか! ちょっと、高すぎません?」
俺の口から上がる悲鳴に近い声。
ストロングタイプの機体本体価格は1,000万M。
しかし、そこに人気度が加算されて、さらに価格は跳ね上がる。
重力操作や空間操作に長けた機種はそれだけで金額が倍以上となるし、男性からの人気が高い女性型なら尚更。
だけど、流石に3倍以上は予想外。
狩人にはあまり人気の無い罠特化型なのに、この価格は高すぎる。
「フフフッ、驚くと思っていました。でも、理由があるんです。ほら、こっちを見てください」
そう言って、画面に表示された機械種トラッパーミストレスの機種名の所を指さす。
そこには【機械種トラッパーミストレス/マシンテクニカ】の文字が………
「あれ? 『マシンテクニカ』? それって、ストロングタイプの整備士系……」
これも技能職の1つ。
車両や機械種の整備を得意とする整備士系。
ノービスタイプの機械種メカニック、ベテランタイプの機械種エンジニア、そして、ストロングタイプの機械種マシンテクニカ。
機械種であるがゆえに晶脳や晶冠を弄ることはできないが、装甲の張替、部位の換装、破損個所の修繕等、機械の整備に特化した機種。
これと僧侶系を組ませると大抵の機械種の損壊を修理できるようになるという。
ちなみに、修理できるのはブルーオーダーのみという条件が付く。
破壊して機能を停止させたレッドオーダーを修理することはできない。
整備士は整備ができるのであって、敵を復活させることとは違う。
それができるのはまた別の機種なのだ。
「え? でも、これは機械種トラッパーミストレスのはずで………」
「はい。この機種はジョブシリーズ、ストロングタイプの『ダブル』です。機械種トラッパーミストレスと機械種マシンテクニカの性能を合わせ持つ、大変貴重なモノなんです」
ミエリさんは満面の笑みを浮かべながら、俺へと説明。
見てわかるくらい『どうです? 驚いたでしょう?』と表情で訴えてきている。
今まで散々俺に驚かされていたから、たまにはやり返したいと思っていたのだろう。
確かに驚いた。
まさか、『ジョブ(職業)』の重ね持ち!
ひょっとして、これがボノフさんが言っていたジョブシリーズの強化方法に何か関係があるのだろうか?
俺は液晶画面に映る少女型の機械種を食い入るように見つめ続けた。




