371話 巣2
亀裂を潜り、地下へ降り立つ俺達。
壁がほのかに発光しているだけの薄暗い地下室。
ここはすでに赤の帝国の勢力圏。
紅姫が支配するレッドオーダー達の温床。
「うむ、この感覚、久しぶりだな」
「そうですね、マスターとともに赭娼を倒した森の中の巣以来でしょうか」
俺の独り言に応えてくる森羅。
しかし、森羅の発言はあくまで森羅目線のモノだ。
その後の未来視では俺は何度も巣を攻略せしめている。
といっても、精々3、4回の話であり、その全てが赭娼がボスを務める若い巣だ。
今回のように紅姫が確実に存在する巣へと侵入するのは初めてのこと。
中央以外では紅姫がいる巣なんてあまり見られないから当然なのだが。
「奥にいるのは紅姫だ。その力は赭娼を大きく上回るはず。こっちで1対1で戦いを有利に持っていけそうなのは白兎、ヨシツネ………、豪魔はやや不利だろうが相性にもよるだろうな」
「あと浮楽殿も不利ではありますが、これも相性次第で多少は凌げるでしょう。秘彗殿は単独では難しいでしょうね。特に接近戦に持ち込まれたら一撃で終わる可能性もありますから注意が必要です」
ヨシツネからの軽い戦力分析。
機械種メインであれば紅姫を討伐するのに最低ストロングタイプが3機いると聞いたことがある。
ただし、それも他の弾除けとなる他の機械種がいる前提の話だし、さらに相性が良くないと不可能、且つ、ほぼ相打ち状態となるのが前提だ。
紅姫を討伐し、紅石を入手して、なお且つ、こちらの損害を抑えようとすると、ストロングタイプを6機以上、それも戦力バランスを整えた状態が必須。
前衛3機に後衛2機、遊撃1機という陣形が最もオーソドックスだと言われている。
また、いくら白兎、ヨシツネが紅姫より強くても、流石に相手を瞬殺とはいかない。
特に紅姫が重量級以上であれば、それだけでパワー、耐久力が格段に増す。
いかに格で上回っていても、戦闘力で巻き返されることがあるから油断はできない。
2機がかりでもある程度向こうが粘ることくらいは想定しておかねばならないだろう。
「戦力で確実に敵を上回っていても、鼻歌交じりに相手を蹂躙というわけにはいかないか………」
瀝泉槍か莫邪宝剣を抜いた状態の俺が、1人で巣の中へと突撃すればどうにかなるのだろうが、もし、相手が空間攻撃を使ってくれば、最悪、俺の命がそこで終わる可能性もある。
若しくは、テレポーター罠で『石の中にいる』とか、深い穴に落とされて出られなくなるとか……
そういったリスクを回避する為には、仲間達と一緒に進んでいくのが一番だろう。
「そうだよな。パーティーメンバーとともに力を合わせて一歩ずつ先へ進むのが、ダンジョン………いや、『巣』の攻略の醍醐味のはず!」
マッピングしながら迷宮を彷徨い、罠を警戒しながらお宝を探し、パーティーの陣形や連携技を駆使しながら敵をやっつけていく………
それ等は全て、冒険という名のロマン!
子供の頃、据え置きゲームで夢中になった迷宮探索RPGの数々。
それが今現実のものになったのだ。
未来視では経験済みのことであるが、それはあくまで夢の中での話。
現実の俺の身ではまだパーティーによる巣の攻略は初めてのことなのだ!
「さて、準備はいいか?そろそろ先へと進むぞ。まず、マッピングをだな……」
ピコピコ
ウキウキしながらマッピングの準備をしようとした俺に、白兎からの問いかけ。
耳をフリフリ、前脚を俺の足の甲に置きながらつぶらな瞳で俺を見上げてくる。
「んん??どうした?白兎……………宝貝墨子を使わないのか……って?」
ああ!
そうだ、俺には宝貝墨子があったな。
構造物を解析する分析用宝貝。
七宝袋から宝貝墨子を取り出して、この『巣』全体を解析。
地下8階。敷地面積312万平方メートル。延床面積2562万平方メートル。
紅姫がいると思われる玄室までの最短ルートは……
「まあ、この距離なら5,6時間もあれば辿り着くか………」
最短ルートでも慎重に進めばそれくらい。
しかし、実際にマッピングしながらなら何週間もかかる大仕事であっただろう。
レッドオーダーが襲いかかってくる中なら何ヶ月も。
場合によっては、紅姫がいる部屋に辿り着く道を探すだけでも何年もの時間を費やさねばならないことだってある。
そんな大事業を、僅か数秒で終わらせてしまった俺のチートスキル。
なぜか一生懸命に巣を攻略している一般の狩人の方には申し訳ないような気分に陥ってしまいそう。
「……………まあ、いいか。地図が判明してルートがはっきりしただけだしな」
進むべき道は分かっても、仕掛けられた罠や、出現するレッドオーダーまでは分からない。
落とし穴のような大掛かりな罠なら宝貝墨子でも解析できるのだが、レーダーや重力センサー等による機械的罠ではそれも難しい。
「よし、白兎!罠発見と解除は任せたぞ………どうした?また耳を振って………ああ!掌中目か!」
隠されたモノを見つける宝貝。
これがあれば隠された罠を発見するのも容易い。
七宝袋から宝貝 掌中目を取り出して両手で握る。
すると、出ようと思っていた地下室の扉から反応が……
白兎にそのことを伝えると、すぐに扉に飛びつき、カチャカチャと弄り始め……
ピコピコ
「おお!扉を開けると強酸が噴き出す罠か。俺はともかくメンバーが被ると大変だったな」
フリフリ
「かなり分かりにくいよう隠されていたって?そうか、白兎でも見つけるのが難しい程か。これは当分、掌中目を手放せないな」
紅姫の巣ともなれば、仕掛けられている罠も巧妙らしい。
しかし、俺の宝貝の前ではすべて無力。
「…………こんなに簡単だったんだな。巣の攻略って…………いやいや!まだ敵とは一度も遭遇していないんだ。俺の初となる陣形を整えてのパーティ戦なんだぞ!こんな所で気が抜けてどうする!」
パンパン
両手で自分の頬を叩き、気合を入れ直す。
「さあ、今度こそ出発だ!前衛、白兎、ヨシツネ、浮楽。中衛、俺、廻斗、天琉。後衛は森羅と秘彗だ。連携を忘れるな」
ピョン!「ハッ」「「はい!」」」「あい!」「キィ!」「ギギッ!」
前衛が攻撃を食い止め、中衛が牽制、後衛が敵の数を減らしていく。
俺の指揮を受け、パーティが一丸となっての集団戦を行うのだ。
これも正しく男のロマン………
と思っていたのだけれど………
オークの集団が現れた。
ヨシツネの先制攻撃!
ザクザクザクザクザクッ!
敵は全滅した。
機械種キングライオンに率いられた機械種ライオンの群れが現れた。
ヨシツネの空間転移。
ズバッ
機械種キングライオンは真っ二つだ。
続けてヨシツネの連続攻撃。
シュバシュバシュバシュバシュバッ!!
機械種ライオンの群れは壊滅した。
重量級機械種グリズリーが現れた。
ヨシツネの瞬間移動。
クリティカルヒット!
機械種グリズリーの首を刎ね飛ばした。
敵は全滅した。
「ヨシツネ!お前、ちょっとは自重しろ!」
「ハッ、申し訳ありません!」
こんな低階層に現れるレッドオーダーではヨシツネの敵でないのは分かるが、それにしても一人で無双し過ぎだ。
後ろの連中の不満そうな顔を見てみろ!
「申し訳ありません、皆さん。初めての集団戦なので、少々浮かれていたようです」
神妙な面持ちで後の面々へ謝罪するヨシツネ。
非常に珍しい光景だが、どうやらヨシツネも皆の前で初めて剣を振るうことに浮かれていた様子。
ずっと単独行動が多かったから仕方が無いのかもしれない。
ルトレックの街では監視の目もあったから、森羅や天琉と違い、ほとんど表に出すことが無かった。
それ故にようやくチームの一員として活躍できることが嬉しかったのだろう。
「最速で相手を葬るのも良いが、皆の連携も試したいんだ。次からは抑えめにしておいてくれ」
「ハッ、肝に命じます」
地下5階に来た辺りから敵の強さもそれなりのモノになってきた。
ガアアアアアアアッ!!
ゴオオオオオオッ!!
我が悠久の刃の前で、雄叫びをあげる重量級機械種マンティコア2機。
真っ黒な四足獣の巨体に鬼面の頭部。
尾はサソリのごとく先端に針を備えたモンスタータイプの魔獣型。
今までのビーストタイプとはわけが違う。
体内にマテリアル機器を持ち、巨体から繰り出す爪牙による物理だけではなく、遠距離攻撃や範囲攻撃も行うオールマイティーな万能機種。
「マスター!機械種マンティコアは重力操作と毒ガス噴射を得意とします。お気を付けを!」
後衛の秘彗から敵情報が飛び……
コオオオオオオオオオオオオッ!!
前衛の浮楽が口から冷凍ブレスを放ち……
ピキピキピキピキピキッ
機械種マンティコアの外装を凍てつかせて動きを鈍らせたところへ……
ズドンッ ズドンッ
ズドンッ ズドンッ
後衛の森羅が2機の両目を射抜いた。
グオオオオオオオッ!!
ゴアアアアアアアッ!!
視力を潰された2機は見境なく暴れ回るが………
「あい!いっくよー!」
ドドドドドドドドドドドドドドッ!!!
エネルギーを溜めていた天琉からの粒子加速砲による多重砲撃。
幾十もの光輝く流星が尾を引きながら魔獣型2機を滅多打ち。
目が見えなくては障壁を張ることも叶わない。
光球が着弾する度に装甲を抉り、金属片をまき散らす。
全長8mの巨獣は、身長130cmに満たない天琉が打ち出した砲撃により四肢の半分を失い、装甲も全壊寸前。
まさに虫の息であるが、油断はできない。
血を流せば力を失う生き物と違い、最後まで反撃の可能性があるのが機械種なのだ。
「白兎、ヨシツネ!トドメだ!」
ピョン!
「ハッ、承知!」
白兎が1機に飛びかかり、頭部を一撃のもとに蹴り砕く。
ヨシツネはもう1機へと接近、一刀のもとに首を刎ね飛ばす。
2機へのトドメを見届けた後、後方への見張りについている廻斗に確認。
「廻斗、後は大丈夫か?」
「キィ!」
「ふう……、では、戦闘終了」
戦闘中、最も恐ろしいのが後ろからの奇襲。
特に戦場を限定される巣内であれば、逃げ場も無く反撃もできぬまま壊滅させられることもある。
必ず戦闘中にも後方への見張りをつけなくてはならない。
だからその役目は空を飛べて、万が一の際にも復活できる廻斗に任せていたのだ。
「皆、お疲れ様だったな」
皆へと労いの言葉をかける。
初めから白兎、ヨシツネに任せれば倒すのは容易であったかもしれない。
また、秘彗による全力砲撃なら片方だけなら1撃であっただろう。
しかし、巣の中を進んでいく以上、マテリアルの消費は出来るだけ抑えなければならない。
杏黄戊己旗は車ごと七宝袋に収納しているから、補給できないことも無いが、時間がかかり過ぎる。
それにこんなレッドオーダー巣の中で、赤の威令を除去する機能を発動させれば、ここに侵入者がいますよと巣全体に知らせているみたいなものだろう。
「白兎はともかく、ヨシツネや秘彗への補給は、未だに俺の懐に痛い。できれば杏黄戊己旗の補給だけで済ませたいところだからな」
MP消費を抑えながらのダンジョン……巣の攻略。
限られたリソースを駆使して、効率的に迷宮を進んでいくのだ。
「だんだん迷宮RPGらしくなってきたじゃないか?これこそ男のロマンだ。あとは………」
自然と顔の口角が吊り上がる。
笑みの形というには少し皮肉気に歪んだ状態。
「宝箱でも出てきてくれたら言うことは無いのになあ」
一つ望みが叶うとすぐに次のモノが欲しくなる。
全く俺という人間はどこまで欲深いのか……




