364話 超人2
未来視の2話目になります。
事の初めは、ルガードさんを襲うという誘いを受け、受託したフリをして近くで見守ろうとしたこと。
もちろん、ルガードさんが危機に陥れば助けるつもりはあったのだが、結局、俺の手を借りることなくルガードさんは襲撃者を全滅させた。
そればかりか、隠れ潜んでいた俺をも発見し、一人残らず殲滅するとばかりに此方へと襲いかかってきたのだ。
状況から考えれば、間違いなく俺が悪いのだろうけど。
でも、黙ってやられるほど俺はお人よしじゃない。
………まあ、最初は黙ってやられてやり過ごそうとしたけれど。
しかし、向こうは完全に俺を強者と見なして、やる気マンマン。
であれば、ここは一度刃を交わしてお互い納得するまでやり合うしかなさそうだ。
手甲から生やした2本の剣を振りかざし、俺に襲いかかってくるルガードさんに対し、俺は瀝泉槍の穂先を向けて迎え撃つ。
ギンッ
カンッ
キンッ
白刃が煌めき、刃金が火花を散らして、戦いのBGMを鳴り響かせる。
ルガードさんは埋め込まれた機器の能力を最大限に引き出しながら、俺と切り結ぶ。
人間では在り得ないほどの反射神経とスピード。
それに戦場を幾度も潜り抜け、実戦で鍛え上げられた技量。
正しく赤の死線帰りに相応しい実力。
ストロングタイプの前衛系とも打ち合えるほどであろう。
だが……
ボキンッ!
俺が振るった槍は、ルガードさんの甲から生える刃を叩き折る。
そして、ルガードさんが放った反撃の蹴りは、俺の持つ瀝泉槍の柄で受け止めた。
ボンッ
受け止めた足の裏から放たれたのはスラスターからの衝撃波。
俺の胸を中心にビシビシと衝撃が走り抜けた。
しかし、それくらいでは俺は小動もしない。
「やはりこれくらいでは駄目か」
スラスター噴射の反動を持って一度俺から距離を取るルガードさん。
「まあ、そうですね。これくらいでは俺には通用しません」
ルガードさんが空間攻撃でも使わない限り、俺に対して有効な打撃を与えることはできない。
さらに瀝泉槍による技量アップの効果によって、俺の槍の腕は英雄クラス。
いかにルガードさんが超人でも、人類史に名を遺す英雄には届かない。
だからこの勝負は初めから勝ち負けが見えている。
「………紅姫との戦いを思い出すな。何をやっても通じず、逆に相手の腕の一振りでこっちは致命傷。だがな……」
ギンッ
折れた刃が甲から抜け落ち、代わりの刃がせり出してきた。
「それでも、俺は狩ったんだ。あの化け物をな……」
新しい刃を交差させ、ルガードさんは俺へと鋭い視線を向ける。
「この世の存在である以上、この世界のモノで壊せない道理はない!」
両腕を大きく振るい、横に回転しながら、俺へと躍りかかる。
ギンッ!
ギンッ!
ギンッ!
ギンッ!
回転鋸のように連続して切りかかる両の刃。
凄まじい勢いだが、これも防御できないほどではない。
冷静に攻撃のタイミングを合わせながら、槍の柄で弾いていく。
ギンッ!
ギンッ!
ギンッ!
ギンッ!
いつ呼吸しているのかと思う程、連続攻撃が続く。
技量はこちらの方が上とはいえ、油断をすれば防御を掻い潜られるだろう。
掻い潜られた所で俺を傷つけることはできないだろうけど。
ギンッ!
ギンッ!
ギンッ!
ギンッ!
そろそろ反撃に移るか。
実力が高い者との戦闘は俺にとって良い経験となるだろうが、いつまでも受けに回っていても仕方が無い。
できるだけ傷つけないように一瞬で相手を無力化するには……
ギンッ!
ギンッ!
ギンッ!
………… スタッ!
「んん?」
突如、ルガードさんは攻撃を取りやめ、俺から距離を取るように後ろへと飛び退いた。
おや?
もう諦めたのかな?
…………いや、あの目はまだ諦めていない。
あの燃えるような目。
獲物を冷静に追い詰めていく狩人の目。
そして、
ギュルギュルギュルギュルッ!
突然辺りに響く何かを巻き取るような異音。
それと同時に俺の周辺にあった『ナニカ』が生き物のごとくうごめき……
ギュンッ
俺の身体を拘束するように巻き付いた。
あ、これは金属の糸……
まさか…………
ビシシシシシッ!!!!!!
目の前で花火が爆発するような激しい光が発生。
それとともに紫電が弾け、破裂音が連続して鳴り響く。
俺の全身を電流が駆け巡り、皮膚を、肉を、骨を焼き焦がさんと暴れ回る。
それは高電圧によるワイヤートラップ。
先ほどまでの激しい攻撃の最中に、仕掛けていたのだろう。
おそらくルガードさんの体内に仕込まれたマテリアル発電機を利用しているはず。
全く幾つ体内に仕掛けを持っているのやら。
でも、残念。
俺はこの世の者ではないのでね。
だからこの世界のモノでは壊せない。
……ただし、空間攻撃は除く……ってね、よっと!
俺はピリピリと皮膚の表面で弾けている電流に眉を顰めながら、ちょいと腕に力を入れてワイヤーを力尽くで引き千切った。
「……………全く効かないのか?多少なりと痺れさせることくらいは期待したんだがな」
「まあ、びっくりはしました。勉強にもなりましたし」
「……なあ、本当に人間か?」
「多分……………」
人間なら即座に黒焦げとなる程の電圧を喰らってもピンピンしている俺を見て、流石にルガードさんも呆気にとられた視線を向ける。
「では、次はこちらから行きますね」
「くっ!」
手の甲から生えた刃を十字に交差して、防御態勢を取るルガードさんだが……
「焔消し!」
封神演義で聞仲が使用した棒術による遠距離攻撃。
棍の間合い外から衝撃波を飛ばす秘技。
「ぐうっ!」
俺が突き出した槍の穂先から発せられた無形の一撃は、正確にルガードさんの防御をすり抜け、全身にショックを与えた。
そして……
穂先を前に向け、硬直するルガードさんに向かって突撃。
そして、繰り出す瀝泉槍による連続の突き。
ガンガンガンガンッ!!
俺の目にも止まらぬ四連突きを、辛うじて2本の手甲剣で捌き切るルガードさん。
『焔消し』によるショックを受けた直後のはずなのに、まだ動けるとはなかなかにしぶとい。
「やりますね!完全に隙を突いたと思いましたけど」
「ぐ、何を飛ばした?」
「さあね?じゃあ、もっと速度を上げていきますよ!」
ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンッ!!
両手で構えた槍から放つ、ガトリング銃のごとき連発撃。
穂先が十も二十も分裂して見えるほどの突きの連打。
それを針の穴を潜るような正確さで弾き返すルガードさんの剣捌きは、正に人間の限界を超えた神技と言うべきモノだ。
「ふふふふっ」
予想通り……いや、予想以上のルガードさんの腕前に、思わず俺の口角が上がり、笑みの形が出来上がる。
楽しい!
人間相手にここまで力を出せるなんて!
もちろん全力ではない。
俺の闘神パワーを全てつぎ込めば、ルガードさんの手甲剣ごと一撃で貫けるに違いない。
しかし、それでは面白くない。
ただの力で押し潰すなんて美しくない。
今は技と技のぶつかり合いなのだから。
せめてこの戦いは闘神ではなく、超人レベルに抑えての、技同士の戦いで決着をつけたいのだ。
さあ、超人よ!
この攻撃をかわすことができるかな?
ブルンッ!!
唐突に突きを変化させての横殴りの一振り。
ザクッ!
穂先がルガードさんの肩当てを切り裂くも、ギリギリの所で飛び退いて躱される。
「もう一発!」
俺は右手でブン回した槍を左手に持ち替えて、大きく前へ一歩踏み込む。
そのまま左手に持った槍を、頭上に掲げ、真上からルガードさんへと叩きつけるように槍を振り下ろす………
ズルッ
と見せかけて、左手の中の槍の柄を下へと滑らせる。
落ちてきた柄を下からすくい上げるように右手で支えながら、石突きを前方に向かって突き上げた。
ドンッ!
上から来ると思われた一撃が、突然下からの攻撃へと変化。
ルガードさんはこの急激な視点移動について行けず、石突きは2本の手甲剣の防御をすり抜けてルガードさんの腹部を強打。
「ぐおっ!」
ルガードさんの口から漏れる嗚咽。
流石にこの一撃は堪えたようだ。
しかし、まだ倒れない。
常人なら腹を突き破っているかもしれない威力だが、上位の皮膚装甲が衝撃を和らげた様子。
「さらにもう一丁!」
ここでもう一歩、前へと踏み込み、自ら近接格闘圏内へと飛び込む。
まさか槍を持つ俺が、自分から間合いを捨てて踏み込むとは思うまい。
「ハッ!」
ドンッ!!
槍を左手に持ちながら、右の手の平を前に突き出した掌底突き。
正確に槍の石突きで突いた場所へと重ねた追撃。
「ぐほっ!」
真正面から俺の掌底突きを喰らい、今度こそ身体をくの字に曲げて後ろに吹っ飛ぶルガードさん。
これぞ猛虎硬爬山………なんちゃって。
俺も腹を二度も殴られたのだから、これくらいやり返すのは許容範囲内だろう。
………でも、ちょっと強く突き過ぎたかな。
下手をしたら内蔵が破れているかもしれない。
「大丈夫ですか?」
仰向けに倒れながら、顔から脂汗を流して苦しむルガードさんに声をかける。
「今回は覗き見していた俺が悪かったので、良かったらこのまま病院に連れて行きましょうか?」
「………いや、いい。大丈夫だ。今、体内タンクの再生剤を注入した。時間が経てば回復する」
「再生剤……ですか?凄いな。流石中央帰り。そんなものまで持っているのですね」
「再生剤といっても……かなり希釈しているモノだ。失った四肢は生やせないが、内蔵の損傷くらいなら……塞ぐことができる」
それでも大したものだけど。
でも、良かった。ここで仙丹を使う羽目にならなくて。
「では、大丈夫そうですね。じゃあ、この辺で俺は失礼させてもらいます」
「待て!この勝負は俺の負けだ。だから……」
そう言えば、この勝負に狩ったらウタヒメを渡すって言ったな。
そりゃあ、欲しいのは間違いないけど、誰かから奪お……っと危ない。寝取りしようとは思わない。
それは俺が最も嫌うことだからな。
「いや、いいです。ルガードさんから大事なウタヒメを引き離そうなんて思いませんから」
「いや、違う!くっ!…………はあ、はあ、もう少し待ってくれ」
「まあ、待つくらいはしますけど……」
それから数分後、ようやく呼吸が戻ったルガードさん。
ツカツカと結界を展開して守っていた自分のウタヒメに近づき、その結界を解除。
「マスター!お怪我はありませんかぁ?」
慌ててルガードさんに抱きつくウタヒメ。
その顔は紛れもなく自分のマスターを心配している様子だ。
しかし、そんなウタヒメを無視するかのように、おもむろに自分の懐へと手を突っ込み、ナニカを取り出して……
カシャーン!
辺りに響いたのは、結晶が弾ける乾いた音と、機械種の晶石を真っ白にしてしまう青い輝き。
「ええっ!ちょっと!」
「ほら、約束は約束だ」
そう言いながら、両目の青い光を点滅させているウタヒメをこちらへと無造作に渡してくる。
「なんてことを……大事なウタヒメじゃなかったのですか?」
「………決めていたことだ。俺を負かす奴が居たら、これを渡すとな。俺の戦士としての誓いと言っても良い。ぜひ受け取ってくれ」
「…………」
こうまで言われてしまうと悩む。
寝取り寝取られは嫌いだが、向こうが戦士の誓いならば、仕方が無いような気もする。
それに………
フニュン
俺の腕に抱きとめたウタヒメの身体の柔らかさ。
そして、その体から漂ってくる甘い香り。
その全てが俺の五感を酷く刺激してくる。
これが欲しい。
これを俺のモノにしたい。
早く連れ帰って存分に楽しみたい。
心の奥底からドロリとした欲望が湧き出し、耐え難い衝動が俺を突き上げてくる。
なんて柔らかくて、良い匂い!
もっと抱きしめていたい!
思う存分味わいたい!
でも、このウタヒメは……
欲望と自制心が両端の皿に乗り、俺という天秤をグラグラと揺らす。
決断できないまま、目線は腕の中のウタヒメとルガードさんを行ったり来たり。
「早く従属契約を行え。それでそのウタヒメはお前のモノだ」
そんな俺に対し、急かすように従属を勧めてくるルガードさん。
「………別にブルーオーダーしなくても良かったのでは?マスター権限の委譲という方法もあったでしょう?」
「何を言っているんだ?俺との記憶を持ったまま、渡せるわけないだろう。それともお前は前の主人のことを鮮明に覚えているウタヒメを抱きたいのか?」
………それは確かに。
何かにつけて前の主人と比べられるなんて御免だ。
ルガードさんがここまで言ってくれているんだし……
それにもうブルーオーダーされてしまったし……
だったら俺のモノにしても………
「………本当にいいんですね。俺が貰っても」
「くどい。同じことは二度も言わん」
「……………じゃあ、貰います」
ここで受け取らないなら、当分ウタヒメを手に入れるのは不可能だろう。
俺が夢にまで見た、俺だけを愛してくれる存在。
それがもう俺の手の中にある。
その夢を手放すことなんてできない。
俺の腕の中にあるウタヒメの顔をこちらに向けさせて視線を合わせる。
そして、唱える従属契約。
「始めまして、マスター。機械種ウタヒメ、ここにマスターだけを愛することを誓います」
フワフワとした薄桃色の髪と頭に生えた短い兎耳を靡かせながら、軽くワンピースの裾を掴んで挨拶をするウタヒメ。
丸顔で愛嬌たっぷりの童顔。
小柄な体に豊満な胸。
男の夢を集めて作られた可憐な容姿。
それが今、俺のモノに………
未来視は次話で終わります。




