344話 エピローグ5
「機械種使いとそうでない人の違い……ですか?」
「はい、ユティアさんなら、その辺りについてご存知じゃないかと思いまして……」
ここはユティアさんの私室兼工房兼倉庫。
たまにミレニケさんも来て一緒に作業することもあるらしいけど。
ただ今はユティアさんだけ。
車が3台ほど置けそうな倉庫にベッドや机を無理やり置いたような部屋で、男と女が2人きり……
まあ、所詮相手はユティアさんなので、そんな色っぽい事にはなり得ない。
なぜならユティアさんだからな。
俺が彼女を訪ねたのはいくつか聞きたいことができたからだ。
いつでも聞くことができたから、今まで聞こうとはしなかったが、もう旅立つと決めた以上、早めに聞いておくに越したことがない。
機械種使いとそうでない人の違いを聞くのは、なぜ俺の仙丹で人間を機械種使いにできるのかを調べる為だ。
ミレニケさんを機械種使いにしてしまうのかの判断の材料にするということもある。
今まで、そうである結果しか見てこなかったが、やはりきちんと原因も調べておかないとどこかで足を掬われる可能性もあるからな。
「答えから先に言いますと、機械種とつながりを感じる器官を持つ人が機械種使いです」
割とサックリした答えがユティアさんから返ってくる。
「器官ですか?」
「はい。ただし器官といっても、心臓や脳のように目に見えるモノではありません。どちらかというと遺伝子に近いモノがあります」
「遺伝子……」
染色体やDNAといったモノか。
ということは、血筋とかで遺伝されるのかな?
「確か、親が機械種使いだと、その子供も機械種使いの可能性が高いんでしたよね」
「……遺伝子と聞いて、すぐにそこに話が行くのですね。やっぱりヒロさんは不思議な人です」
少しだけ困ったような顔のユティアさん。
うむむ……
遺伝子という単語は、この世界ではあまり一般的ではないのか。
俺も困ったような顔をしてしまう。
なぜその単語を知っているのかと聞かれても答えようがない。
「大丈夫ですよ。どこで学んだのかとは聞きませんから」
ユティアさんは薄く笑って、俺の心配を解消してくれる。
「とにかく、その器官のあるなしで……いえ、違いますね。その遺伝子が正常かどうかが機械種使いとそうでない人の違いになります」
あれ?
ニュアンスが変わったぞ。
どういう意味があるんだろう?
「正常かどうかですか? 機械種使いでない人は正常にその器官が働いていないと?」
「あくまで想定ですけどね。実はあまり知られていないことなんですが、生まれたばかりの赤ん坊は全て機械種使いなんだそうですよ」
「へ?」
「あははは、そんな顔しちゃいますよね。もちろん、従属契約には口上が必要ですから、実際に従属できるようになるのは喋れるようになってからでしょうけど」
「……つまり、大人になるにつれて、機械種使いの才能が無くなるんですか?」
「だいたい2~3歳くらいで無くなるそうです。逆に4歳を超えて無くならないとずっとそのまま。即ち、機械種使いの才能があるということです」
2~3歳か。
では、自分の子供が機械種使いかどうかを調べるのは、4歳以降……
いや、4歳ってまだ分別もつかない子供だぞ。
そんな子供に機械種を従属させたらどうなるか。
「その、2~3歳という区切りが気になりますね。何か切っ掛けがあるのでしょうか?」
「……うーん、そうきますか。本当に、ヒロさんって分からない人ですね。ひょっとして、本当にスリーパーだったりします?」
え?
そのスリーパーてユティアさんが推測した俺の正体だろ。
何を今更言っているんだ?
俺の面食らった顔を見て、ユティアさんはコホンッと一つ、咳払い。
さっきの発言はなかった体で、話を続けてくる。
「えー、多分、ヒロさんも子供の時にかかったと思いますけど、赤風邪です。ほとんどの人が2,3歳の時にかかる病気です。人生で1回だけかかる病気ですね」
「あ、赤風邪ですか?あー、確かそういうのもありましたね。あはははは……」
いや、全然知らんて。
俺の未来視にも記憶にないぞ。
まあ、子供がかかる病気なのだから、俺の耳に入るような環境ではなかったのだろう。
「学説では、その赤風邪によって、機械種のつながりを感じる器官が壊されてしまい、機械種使いで無くなってしまうのだと言われています」
……なるほど。
俺の仙丹によって、人間が機械種使いになる理由もこれで判明したな。
傷を癒す仙丹、治癒丹の効果で、その赤風邪によって壊れた器官が治ってしまうのが原因か。
原因が分かれば、それほどおかしなことでもないな。
俺の治癒丹はどんな古傷でも治してしまうのだから。
これであれば、俺の仙丹で人間を機械種使いにしても問題は無さそうだ。
ああ、もう一つ聞いておかないと……
「その……機械種使いで無い人が、突然、機械種使いになった例ってあります?」
俺の仙丹で機械種使いにしても良いかの判断に関わる部分だ。
全く例が無いなら、却って迷惑になる可能性もある。
「ありますよ。大怪我した後とか、大きな病気から回復したとかを切っ掛けに、機械種使いになったという例があります。本当に僅かな例ですが。そもそも機械種使いじゃないと分かった人が、もう一度確かめるなんてケースは少ないですから」
ほお…、
まあ、悪くない答えかな。
これで俺が機械種使いを量産でもしなければ、それほど問題になることもないか。
「ありがとうございます、ユティアさん。あと、別件なんですが、もう一個質問良いですか?」
「はい、どうぞ。おかまいなく」
ニッコリと笑って機嫌が良さそうに了承してくれる。
やっぱり機械種関連のことを人に教えるのが大好きなんだろう。
ただ、これから俺が質問する内容は、やや突っ込んだ質問になる。
場合によっては、また、俺の素性を怪しまれることになるだろうが……
ユティアさんほど見識に優れ、誠実で信頼のおける先生なんて、早々出会えるわけがない。
俺が旅立つまでに、聞けることは全て聞いておかないと……
「レッドオーダーが……人間相手に投降するってありえますか? ブルーオーダーしていない状態で降伏してくるなんてことは?」
「……」
俺の質問を聞いて、目をパチクリするユティアさん。
そのままピタリと硬直したように動きを止める。
だが、目はじっと俺の方を向いたまま。
俺の質問の内容を吟味しているかのように……
そして、ユティアさんの口から出てきた言葉は……
「ヒロさん相手に、レッドオーダーが投降してきたんですね? あの、大きな巨人ですか?」
まあ、バレて当然か。
そうでなきゃ、こんな質問しないもんな。
もうユティアさん相手に隠すつもりもないし、別に構わないか。
「……いえ、それよりも小さい方……機械種デスクラウンという、マッドピエロの上位機種が……です」
「……それは『臙公』ですか?それとも『橙伯』?」
いやに冷静なユティアさんの口調。
もっと取り乱すと思っていたけど。
「『橙伯』です」
「そうですか…………」
そう呟いて、ユティアさんはそのまま目を瞑ってしまう。
ただ、指先がトントンと机を叩き、何かを思案しているような仕草が続いている。
しばらくユティアさんが奏でる机の鳴る音だけが響く。
時間にしたら30秒程であったが、やけに長く感じた30秒だった。
「答えとしては、『ありえます』です。過去、英雄と呼ばれた狩人、猟兵相手に、『橙伯』や『臙公』、そして、『赭娼』や『紅姫』が、激戦の後、降伏し、その軍門に下ったという事例があります。理由は全くの不明ですけどね」
「え? 『赭娼』や『紅姫』もですか?」
「はい……と言いますか、ヒロさんで言いますところの『色付き』だけです。レッドオーダーにも関わらず人間に対して従う姿勢を見せるのは。彼らは、その実力差を認めると、自ら頭を垂れて、ブルーオーダーを望むことがあるそうです」
……これは驚き。
レッドオーダーと言えば、人類の敵対種じゃなかったのか。
まあ、色付き自体、滅多に出会う相手じゃないけれど。
「ただ、強さを誇示しただけで従うというわけでもないようです。相性といいますか……レッドオーダーにも好き嫌いがあって、従っても構わないと思えるかが大きいそうです。過去、橙伯や紅姫を下した英雄は、力だけでなく、その人格も素晴らしい所があったと聞きますね」
うっ……
それって、なんとなく、俺じゃなくて、白兎がボコったから降伏したとも取れるな。
俺自身、『色付き』とは、何度もやり合っているけれど、一度もそんなこと言われたこと無いし……
白兎が倒すと、その確率が上がるとか……
なんとなくありえるなと思ってしまう。
「ヒロさん。あくまで事例があるということだけですからね。狙って赭娼や紅姫を降伏させようなんて止めてください。危険すぎます!」
「まあ、そうですよね。狙ってできるようなモノではないか」
今回については運が良かったと思うことにしよう。
ドラ○エでも、女神○生でも、倒した敵全てが仲間になるわけじゃないし。
「このような事例が一般に伏せられているのは、赭娼や紅姫相手に手加減して降伏させようなんて人を出さない為でもあるんです。そもそも、そんな事例なんて、ここ100年の間で片手くらいですよ」
紅姫も、臙公も……
赭娼や橙伯でさえ、ほとんどの人間の手に余る存在だ。
それ等を前に実力差を見せつける人間なんてそういるものじゃない。
そんなことができるのは正しく英雄と呼ばれる者だろう。
確か、この世界ではそのような英雄のことを……
「ヒロさんは『打ち手』を目指していますか?」
唐突に俺へと切り込んできたユティアさん。
そういった質問が俺に投げかけられるかもしれないということは予想していたけど。
『打ち手』
ブルソー村長が言っていた白の教会に認められた英雄。
鐘守を従者として、教会が全面的にバックアップするという選ばれしもの。
赤の帝国に存在する『白き鐘』を打ち鳴らすことを目指す者。
はてさて、何と答えるか。
もちろん、本音は『目指していない』。
俺の望みは『豪華で安定した生活』なのだから。
稼ぐだけ稼いで、自分の身を守れる算段が付いたら、さっさと隠居するつもりなんだし。
でも、それを馬鹿正直に話すのは論外。
俺を旅立たせようとしてくれている中、そんなこと言えるわけがない。
しかし、ここまで協力してくれたユティアさんに嘘もつきたくない。
だからここは……
「何かを成し遂げたいとは思っていますが、『打ち手』になることは考えていません。あまり白の教会には縛られたくないと思っていますので」
美しい鐘守が従者として仕えてくれるのは魅力的だが、どうしても雪姫のことを思い出しそうになるだろうし、俺の秘密がバレる可能性だって高くなる。
できるだけ距離を置きたいというのが正直な所。
「そうですか……、ヒロさんなら、『白き鐘を打ち鳴ら……』いえ、すみません。聞かなかったことに……」
ユティアさんは慌てて自分の発言を取り下げる。
どうやら自分でもマズイことを口走ってしまったことに気が付いたようだ。
『白き鐘を打ち鳴らす者』か。
赤の帝国を滅ぼして、世界を人類側に取り戻すという救世主。
やはり、雪姫が言っていた通り、匂わすだけでも禁忌なのだろう。
「コホン……、そうですね。ヒロさんはあまり白の教会には近づかない方が良さそうですね。どう考えても、相性が悪すぎます。あははははははははははっ」
「ですよねー! あはははっはははははは」
こればっかりは、お互いの考えが一致して大笑い。
まあ、そう思われて当然だ。
今までの俺の行いから、全く組織人に向いていないと見られても仕方が無い。
「はははっはははっははっははは……で!!」
ガタッ
朗らかな表情で笑い声をあげていたと思ったら、いきなり俺へと詰め寄ってくるユティアさん。
「エンジュのことはどうするおつもりなんです?」
ユティアさんの眼鏡がグイッと間近に迫る。
「もう一度エンジュに会いに行くと約束されたそうですけど……」
眼鏡越しに見えるユティアさんの目は真剣そのもの。
「それはヒロさんにとって、どこまで本気なのか教えてくれませんか?」
そのユティアさんの問いは、間違いなくエンジュを心配してのことだろうけど。
それについては俺の返す言葉は決まっている。
「どこまでもなにも、約束は約束だ。必ず守らなくてはならないモノだ」
特に演技をする必要もない。
ただ淡々と事実を語るだけ。
約束した以上、必ず果たす。
ただ、それだけだ。
じっと見返す俺に、俺の真意を読み取ろうとするユティアさん。
しばらく至近距離で見つめ合う2人。
友人同士というにはあまりにも近い距離だ。
しかし、俺と彼女の関係はそれ以上ではない。
そのルートはもう閉ざされてしまっている。
ただ……
間近で見るユティアさんは美しい。
眼鏡の奥の知性を湛えた瞳。
黄金が流れるような金髪。
完成された白磁の美貌。
なぜ俺はこの美しい人を女性として好きにならなかったのであろうか?
エンジュも可愛いが、ユティアさんの女性としての魅力はその上をいく。
俺がエンジュを選んで、ユティアさんを選ばなかったのはなぜだろう?
もちろんエンジュが先に俺へと好意を向けてくれたということが、大きいのだろうけど。
最初に開拓村で出会った時、その陰のある美しさにドギマギしていた自分を思い出す。
こんな大人な雰囲気を纏った美女をエスコートできるなんて……と、若干浮かれていたのも事実。
しかし、開拓村でベネルさんに見せた子供のような別れ際。
そして、出発してすぐに、そのマッドで科学者チックなところも明らかとなり……
さらには車酔いからの突然の嘔吐。
それに続くトイレ騒動。
あの時はユティアさんの顔が青くなったり白くなったりで大変だった。
その後も彼女のポンコツ具合が徐々に俺とエンジュの共通認識となって……
もう、女性としてではなく、『ユティアさん』として見るようになったんだなあ。
しかし、それでも偶に見せるお姫様としての気品、緑学の識者としてのプライド、包容力に溢れた母性に、ハッとさせられることも多かった。
今も間近に見るユティアさんの姿に、抗え難い魅力を感じてしまっている俺がいる。
身体の線を隠す野暮ったい上着を着ていてなお、存在を主張する2つの膨らみが、磁力を伴うように俺の視線を誘導しようとする。
駄目だ!
ここは真面目なシーンなんだ!
チラ見でもしようものなら……
エンジュのことは許しません! とか言われるかもしれん!
自分の忍耐力を総動員してひたすら耐える。
ここばかりは今の関係を維持しようする俺の信条が後押ししてくれる。
そんな誰にも覚られない、覚られてはいけない俺の頑張りは、これも30秒程で終わりを告げた。
「ふう…、エンジュも大変な道を選びましたね」
その沈黙を破ったのはユティアさん。
ため息をつきながら、困り顔を見せる。
それは新任の女先生が、問題児について悩んでいるような表情。
「世にいる女性達が、どれだけ『中央に行って一旗揚げてくる』という男の言葉を信じて辛い目にあっているか……男の人が成功しなくても……たとえ、男の人が成功しても結局帰ってこないことが多いんですよ」
そうだろうね。
中央にいた時も、そういった話は良く聞いた。
成功しなかったら帰れないし、成功したらしたで、中央でもっと綺麗な女性と結ばれたなんて、この世界でも良くある話だ。
「でも、ヒロさんがそうおっしゃるのなら信じましょう。今まで信じられないようなことばかりを見せてくれたヒロさんなら……でも!」
そう言って、椅子から立ち上がり、なぜかファイティングポーズをとって……
ぺしっ
なぜか俺の胸にへなへなパンチを打ち込んでくる。
「もし、エンジュを泣かせたら、私の稲妻ストレートでぶっ飛ばしますからね!」
この世で一番似合わないセリフの宣うユティアさん。
「絶対に私達の前に無事な姿を見せてくださいよ! そして、いつものように私達を驚かせてください!」
本人にとっては一応激励のようだ。
ありがたく頂戴しておくことにしよう……
さて、ユティアさんは俺とエンジュの幸せを願ってくれているみたいだけど、自分のことはどう考えているのだろうか?
東部領域の街の領主の娘に生まれ、幼い頃からその才を発揮し、わずか10歳で緑手の位まで登った天才。
しかし、街同士の謀略に巻き込まれ誘拐される。
東部領域から見れば、野蛮なる土地、それも、最も過酷と言われる開拓村行きにされた悲劇のヒロイン。
開拓村では良心的な庇護者に出会うも、村自体が困窮し、そのとばっちりを負うように周りから虐待され、たまたま通りかかった狩人に売り渡された彼女。
素性だけ見れば、これ以上のない不運な星の下、悲しい運命を背負わされた女性。
……いや、俺はユティアさんを買ったりしていない!
街まで送り届けるという依頼を受けただけだし!
まあ、それはともかく……
ユティアさんは無事故郷へ帰ることができるのだろうか?
そして、故郷に帰ることができたとしても、居場所はあるのだろうか?
東部領域からすれば、辺境は未開の蛮族が住む土地。
それも最底辺である開拓村で10年を過ごした彼女には、もう普通の縁談なんて来ない。
幸い、ご両親は愛情深い人達だから、邪険にされることはないだろうが、それでも、ユティアさんにはいずれぶつかる問題となる。
また、彼女の故郷であるプーランティアの街は、ずっと隣国に狙われているという。
未来視よりもずっと早く帰還することで状況も少しは良くなるだろうが……
果たして、故郷に帰ったユティアさんは幸せになれるのか?
ユティアさんには恩がある。
機械種の知識を教えてもらったこともそうだし、なにより宝貝五色石の材料となった絶錬鋼を俺に何の対価も無く、ポンっと渡してくれた。
俺には、せめて彼女が幸せになれるよう祈るくらいの義務はある。
だから……
「ユティアさん、服に油汚れがついていますよ」
「ええ! ど、どこですか? やだ! また、油汚れを服につけたらエンジュに怒られちゃいます!」
慌てて身を翻し、自分の服をまさぐりながら慌てふためく。
さて、ユティアさんがこっちを見ていないうちに……
七宝袋からナイフを取り出して、後ろ手に自分の指の腹を切り、溢れ出る血で血文字を描く。
今の状況だと、これが最後の幸運を招く術。
できればミランカさん、ミレニケさんにもかけてあげたかったけど、俺が優先するのはユティアさんの方。
2人には悪いが、多分、ユティアさんの運が良くなれば、一緒にいる君たちにも恩恵があるはず。
『ユティアさんの未来に幸運あれ!』
ピカッ
眩い光が部屋中に広がっていく。
俺の術によってユティアさんが辿る運命線を、ほんの少しだけ幸運よりに傾けた。
これで彼女の未来は多少なりとも明るくなったはず。
俺の視界に映るのは、プーランティアの街並みをエンジュと2人で歩くユティアさんの姿。
そして、大学の教壇のような場所で、講義を行う姿。
研究室で晶脳器に向かい、真剣な表情でキーボードを叩く姿。
人が大勢集まった中で、何かを発表している姿。
10年というハンデは大きいけれど、それでも、街の中で引きこもっていては絶対学べなかったことを、彼女は身に着けることができた。
きっと緑学の学会において、彼女は人類の為の研究を進めることになる。
それはいずれ赤の帝国への反撃の狼煙になることを信じて。
『ああ、迎えに来てくれたんですか? ……さん。いつもすみません』
『今回は結構がんばっちゃいましたよ! これで人類は大きく前進できます!』
『分かってますよ。この案件が終わったらしばらく休みを取りますから……だから、その間くらいは私と一緒にいてくださいね』
ユティアさんは誰かと楽しそうに話をしていた。
それは誰かは分からないけれど、きっと良い人なのだろう。
だって、ユティアさんの顔はとっても幸せそうだったから。
光が収まって、薄暗い倉庫内に視界は戻る。
さっきまでの映像は、おそらくユティアさんが辿るであろう未来。
良かった。無事に戻れるようだ。しかも、エンジュと一緒。
それに……
良い人も見つかるみたいだし……
誰かは分からないけど、あのポンコツにもめげず、ユティアさんと一緒になろうとする勇気のある人よ。
心から君の決断に称賛を送ろう。
頑張って彼女を支えてあげてくれ。
あと、決して、家事とか調味とかはさせないように!
俺が未来で一番の勇者へ賛辞を送りつけた時、
「ヒロさん! 油汚れなんかないじゃないですか!」
ユティアさんのプンプンと怒った顔が間近にあった。
「ああ、ごめん、ごめん。見間違いだったかな?」
「もう! こんなことで驚かさないでください。私が言っていたのはそういうビックリじゃないですからね!」
「あはははは、そうですね……」
んん?
ビックリさせるか?
なら、ちょうど良い。アレがあったな……
「ユティアさん……、ちょっとばかりお見せしたいモノが……」
今まで、なかなかその機会が無くて収納したままだったけど……
「へ? 何をですか?」
俺の行動が読めず、不思議そうなユティアさんの顔。
さあ、それがどのくらい驚愕で歪むことか……
「ちょっとここで待っててくださいね」
部屋から飛び出し、七宝袋の中からあるモノを取り出して……
「ハイッ! こちらです!」
1分程時間をおいて、部屋に戻り、両手で抱えたモノをドンッと床に置く。
それは酒樽程の大きさがある『臙公』から取り出した臙石。
文字通り臙脂色に輝く晶石だ。
「これも付けます!」
空間格納付きバックから取り出したストロングタイプの魔術師系の晶石。
そして、一緒にいたガスマスク姿の機械種の首も一緒につける。
「あと、できたら緑石のサルベージをお願いします!」
ビシッと斜め45度のお辞儀でお願い。
そして、突然目の前に置かれたお宝にユティアさんの反応は……
「ひゃあああああああああああ!!!」
驚きとも歓喜とも呼べる叫び声が部屋中に響くこととなった。




