311話 トラウマ
朝、いつもより早く起きた俺は、車から離れた場所に移動する。
目的は昨夜ミランカさんと約束した機械種を捕まえる為。
俺についてくるのは白兎のみ。
後の皆はエンジュ達の警護に残す。
そして、車から200mくらい離れたところで隠蔽陣を展開してヨシツネを召喚。
「おはようございます、主様。ご用命でしょうか?」
俺の前に跪き、頭を垂れるヨシツネ。
「うむ。お前にやってもらいたいことがある」
「ハッ! なんなりと……」
なんでいつもヨシツネとのやり取りは時代劇チックになってしまうのだろうね。
ヨシツネの堅苦しさに引っ張られて、こっちも真面目な雰囲気になってしまう。
「……ゴホン、お前にやってもらいたいのは機械種の捕獲だ。ウルフ以上の軽量級の機械種を1体、できるだけ傷を少ない形で捕まえてきてほしい。まあ、装甲の傷くらいなら白兎が張替をしてくれるようだが……」
七宝袋にはコボルトやゴブリン、ウルフの残骸は山のようにある。
白兎がいつの間にか覚えた機械種整備の腕を持ってすれば、装甲の張替、手足の換装くらいは容易いらしい。
これも白兎の前で何度も機械種整備の仕方を講義してくれたユティアさんのおかげと言える。
「とにかく、至急、この周辺にいる軽量級機械種を見つけて連れてきてくれ。時間はあまりないんだ」
朝、エンジュと朝練の約束をしていたから急がないといけない。
「ハッ! 承知致しました。早速捕まえてまいります!」
フッと目の前から空間転移で消え去るヨシツネ。
空間転移ができるヨシツネであればかなりの広範囲を探すことができるだろうが、それでもどこにいるか分からない機械種を見つけるのは骨が折れるはず。
しかし、短時間で見つけることができる可能性が一番高いのはヨシツネなのだ。
「まあ、アイツに任せとけば、大丈夫だろ」
フリフリ
足元の白兎が俺の言葉に同意とばかりに両耳を左右に振った。
その3分後。
「主様、捕まえて参りました」
「早いな、おい!」
ヨシツネの右手に襟首を掴まれているのは、豹程の大きさの軽量級機械種。
マテリアル重力器の力により、無形の圧力でがんじがらめにされていて、辛うじて口をパクパク動かすことくらいしかできない。
どうやら完全に無傷の状態で捕まえてきてくれたようだ。
体長1.5m。機械種ウルフと同程度。四足獣としてはギリギリ軽量級の範囲内。
見かけからビーストタイプの機械種パンサーかと思ったのだが……
「モンスタータイプの機械種リュンクスになります。これならば主様のご要望も満たせるかと」
「モンスタータイプのリュンクス……」
確か大山猫だっけ?
ただの大きな猫だけど、鋭い眼光から『透視力』を持つとか、『秘密を知るモノ』とか色々と神秘的な言い伝えを持っていたな。
その設定のせいか、機械種リュンクスはビーストタイプではなくモンスタータイプに分類される。
その目に言い伝え通りの透視力を持つせいだ。
壁でも衣服でも透かし放題……
なんて羨ましい……いやいや。
実際のところ、そこまで大したことはできない。
赤外線探知で熱を感知したり、X線で透視したりする程度。
何でもかんでも見透かしてしまう程の能力ではない。
たが、警戒スキルと組み合わせることで察知能力を高めることができる。
「これは……随分な大物を持ってきたな」
大物といってもエンジュにあげたダイアウルフと同程度だが。
戦闘力ではダイアウルフ。察知能力ではリュンクスと言ったところ。
警戒スキルを白兎と同じ中級で保有していているはず。
その透視力と合わされば、近寄る敵を察知する能力はかなりのモノ。
もし俺が従属していれば先の戦闘でも不意を打たれることは無かったかもしれない。
「ちょっとだけミランカさんに渡すのは惜しくなってしまうな」
だが、時間もあまりない中で、もう一度ヨシツネに探してもらうわけにもいかない。
でも、この機械種リュンクスはなかなかのレア物と言える。
少しばかり俺のコレクターとしての魂が疼いてしまうのだ。
「それに透視力という能力も魅力的だ……んん? どうした? 白兎」
白兎がピョンピョンと飛び跳ね始め、自分に注目してくれとアピールしている。
俺が視線を向けると、何やらポーズを取って、いつものボディランゲージで言いたいことを訴えてくる。
「ええ! 白兎も透視力があると? それは凄いけど………、つーか、いつそんな能力を手に入れたんだ?」
ピコピコ
「……俺に宝天月迦獣と名付けられた時にだって?」
それは俺がいつもの適当なノリでつけた名前なのに……
ふーむ……
仙人が騎乗する霊獣なんかはそういった大層な名前が付けられていることが多い。
有名どころでは、封神演義の太公望が乗る四不像、聞仲が乗る黒麒麟、申公豹が乗る黒点虎等。
霊獣は特殊な能力を持っていることがあり、例えば申公豹の黒点虎なんかは遠距離の映像や声を聞くことのできる千里眼や順風耳等の術を使うことができる。
相手の正体を見抜く魔眼みたいなモノは割とポピュラーな能力だ。
火眼金晴と言い、西遊記の孫悟空や馬の形をした霊獣、火眼金睛獣も保有している。
白兎が言う透視力は機械種でもなく宝貝でも無く、俺の霊獣としての能力と言うことか。
全く……いつの間に霊獣を兼ねることになったのやら。
多分、白兎の元になった哮天犬が、説によって宝貝であったり、霊獣であったりすることからであろう。
そう言えば、堕ちた街で非常用倉庫の扉の位置を見つけてくれたのは白兎だったな。
機械種リュンクスの透視力の上位互換である能力を持つ白兎がいるなら拘る必要は無いか。
それに俺が従属するには機械種リュンクスはひ弱すぎる。
廻斗のように残機を持たない軽量級機械種では、この先の激戦に耐えられないであろう。
この機械種リュンクスは予定通りミランカさんに譲ることにしよう。
しかし、そうするにしても一つ問題がある。
俺が持っている蒼石7級ではブルーオーダーするには1段足りないということだ。
つまり再び『3割の悪魔』に挑む形となってしまうわけだが。
「一応、2個あるからたとえ成功率が67.9%でも大丈夫だと思うのだけど……2回やって両方ともブルーオーダーに失敗する可能性ってどれくらいだ?」
「その確率ですと、2回とも失敗する可能性は10.3041%になります」
「ほう…、9割近くの成功率ということか」
ヨシツネの素早い暗算。
俺、そう言う確率を出すのってめっちゃ苦手だから非常に助かる。
「それならいくらなんでも失敗しないはず……」
7級の蒼石を手に、ヨシツネが拘束する機械種リュンクスへと近づく。
猫科なのは間違いないが、何人も人を食い殺していそうな凶悪な面。
こちらを赤く輝く目で睨みつけ、唯一動かせる口を大きく開いて牙を剥き出しに威嚇してくる。
モンスタータイプとはいえ、口から収束砲を放つ機能は備わっていない。
この状態であれば子供でも適正蒼石があればブルーオーダーできるだろう。
あとはこの蒼石をコイツの頭に叩きつけるだけ……
俺が蒼石によるブルーオーダーするのは、あの落ちた街でのレッサーデーモン以来のことだ。
ふと、思い出されるあの時の胸が張り裂けそうな後悔の嵐。
奈落の底に落ちていくような絶望感。
もし、2回とも失敗してしまったら……
失うのはたかだか7級の蒼石2つ。
しかし、この一つで3,000Mはする品だ。
日本円にして30万円。2つで60万円。
俺のサラリーマン時代の給料何ヶ月分もが一瞬で吹っ飛んでしまうことになる。
そう考えると、なんか胃が痛くなってくるような気が……
フリフリ
「主様?いかがなされました?」
機械種リュンクスを前に固まってしまった俺を、不思議に思った白兎とヨシツネが問いかけてくる。
「……ブルーオーダーするのは他の誰かに任せよう」
一段低い蒼石でブルーオーダーするのがトラウマになってしまっているようだ。
もう俺には『3割の悪魔』に挑む勇気など残っていない。
エンジュやユティアさん、ミランカさんの誰かにやってもらうことにしよう。
「となると、コイツをこのまま運ぶ必要があるな」
未だに俺に対し唸り声を上げている機械種リュンクスを見ながら、どうするかを考える。
今はヨシツネが重力制御で拘束してくれているが、ヨシツネをこのまま連れていくわけにはいかない。
「ロープでグルグル巻きにして運ぶとするか……おい! 白兎!」
いきなりヨシツネが抱え持つ機械種リュンクスに飛びかかる白兎。
その体にしがみつき、前脚でガチャガチャと音を立てていく。
「白兎、何をしているんだ……」
ガチャッ
ゴトン
突然、機械種リュンクスの前脚が落ちた。
ゴトンッ
ゴトンッ
ゴトンッ
そして、続けざまに残った四肢も胴体から外れて地面に転がる。
残ったのは胴体だけの芋虫みたいになった機械種リュンクスの姿。
「なるほど、こうすれば暴れようにも暴れられない。良く思いついてくれたな、白兎」
ピコピコ
「ブルーオーダーしたら取り付けするって……その時はお願いするとしよう」
フリフリ
熟練の技を見せつけてくれた白兎は機嫌良さそうに耳を揺らしている。
ヨシツネ、白兎のおかげで機械種狩りも楽なモノだ。
さて、早く持ち帰ってミランカさんにブルーオーダーにチャレンジしてもらおう。
それが終われば、エンジュとの朝練だ。
芋虫状態となった機械種リュンクスを皆の前に置くと、3人とも絶句状態。
リビングルームで朝ご飯を終えた後に、外に出てきてもらい、捕まえてきた獲物とご対面させた。
その後、色々とあったのだけれど、俺と白兎が朝の散歩中に見つけて捕まえましたで突き通した。
まあ、今回は完全に嘘という訳ではないし。
問題が起きたのは、一段低い蒼石でブルーオーダーするという『3割の悪魔』に挑戦するのは誰だという段階において。
「あれ? 誰もやりたくないの?」
7級の蒼石を手に持ち、『3割の悪魔』に挑戦したい人を募集したところ、意外にも誰も手を上げてくれなかった。
エンジュやユティアさん、ミランカさんはお互いの顔を探るように覗き見て、自分以外の誰かがやってくれないかなという感じ。
おかしいなあ。
未来視での魔弾の射手ルートで、数少ない機械種使いの団員が『3割の悪魔』に挑戦するところを見たことがあった。
当時は『3割の悪魔』という言葉は知らなかったけど、皆ワイワイ騒ぎ立てて、失敗しても成功しても楽しそうにしていた。
俺自身はそういった輪に入るのは苦手だったから、遠目で見ていただけだが。
皆失敗するのが嫌なのかなあ。
俺も真っ平御免だから気持ちは分かるんだけど、このままというわけにはいかないし。
「えっと……、ミランカさん、やってみませんか?」
「すみません。私では、多分、失敗しそうで……、こんな高価なモノを、もし失敗してしまったらと思うと……」
申し訳なさそうに俺の提案を逡巡するミランカさん。
「過去、何回か挑戦したことがあるんですが、大抵失敗しているんです。成功したことなんて1回しかありません。成功する気がしないんです」
何回って言っても、一段低い蒼石を試す機会なんて、多分、多くて4,5回ぐらいのことだろう。
回数が少なければ確率も偏るから、本人が成功する気がしない気持ちになるのも分かる気がする。
俺なんて、ボルトの時に連続2回失敗しているから、森羅、レッサーデーモンの時と合わせたら今、成功率40%くらいだぞ。
でも、ミランカさんからしたら、7級の蒼石はかなりの高級品。
しかも自分のモノではなく、唯一の頼みの綱である俺の持ち物だ。
万が一、失敗したらと思うと怖くなってしまうのも分からないでもない。
「『3割の悪魔』との勝負は清らかな乙女がすると成功率が上がると聞いたことがありますが……」
と言って、視線をエンジュ達の方に向けるミランカさん。
その説は初めて聞いたな。
俺が知っている成功率の上げ方は酒断ちするとか、白の教会に寄付をするとか。
あと、男性型機械種は美少女が、女性型機械種は美少年がすると成功率が上がるとか。
本当かどうか知らないけど。
清らかの乙女って、処女のことなのかなあ。
それだとすると、対象なのはユティアさんくらいじゃないかな……多分。
思わずユティアさんに目を向けてしまう俺。
また、エンジュもそう思ったのか、俺と同じように視線をユティアの方へ。
「そ、それは迷信です! 誰がしても確率は変動しません! きちんと学説で証明されています!」
急に皆の視線が集まったユティアさんは顔を真っ赤にして迷信だと言い放つ。
そりゃあ、まあ、そうだろうね。
世界のシステムにしては俗過ぎる。
「うーん……、ミランカさんが駄目なら……、エンジュがしてみる?」
俺がするのが嫌なので、近くにいたエンジュに話を振ってみる。
一度もしたことが無いはずだから、良い経験になると思うのだけれど。
しかし、俺の言葉に顔を真っ青にして拒絶するエンジュがそこにいた。
「無理無理無理! アタイには絶対に無理だよう。赤毛だし、アタイが近くにいると成功率が落ちるって……」
「いや、大丈夫だって。さっきユティアさんも言ってただろ。誰でも同じだって……」
「ゴメン! ヒロ。アタイは無理!」
ほとんど悲鳴に近い声。
エンジュの目には涙が浮かび、その顔は恐怖に引き攣る勢い。
「スラムに居た頃、悪魔に挑戦させられた同じ年くらいの子が失敗して、皆に袋叩きに遭っているのを見たことがあるの……」
「そんなこと俺がする訳が……」
「分かってる! 分かってるよう……、でも、無理なの! お願い……、これ以上……」
これは俺と同じようにトラウマになっているレベルか。
流石にここまで拒絶しているエンジュにさせるのは無理だな。
では、ここはやはり……
皆の視線がまたユティアさんに集まった。
「へ?」
またもいきなり注目されて、ポカンと口を開けて戸惑うユティアさん。
結局、皆でユティアさんを拝み倒し、何とか『3割の悪魔』挑戦してもらうことに了承してもらった。
1回目の失敗後、半泣きになりながら『もう嫌! 堪忍してください!』と駄々をこねるユティアさんを、再度皆で宥め倒して挑戦してもらい、2回目で何とか成功。
「もう絶対にやりませんから! 絶対に嫌ですからね!!」
ブルーオーダーが成功してほっとする皆を前に、今回、貧乏くじを引いたユティアさんの絶叫が響き渡ることとなった。
『3割の悪魔』への挑戦は、資金に余裕がある集団だと、賭け事に近い感覚で行われます。
成功すれば浮いた資金で飲み会、失敗したら罵声を飛ばしてお終い。
しかし、資金に余裕が無い集団だと、文字通り死活問題になりかねません。
『3割の悪魔』へ挑戦するメリットは、成功すれば1段低い蒼石でブルーオーダーできること。
本来5級のところを6級で成功すれば、日本円にして150万円程安くついた計算になります。
さらに保有しているスキルも目減りせず良い事づくめ。しかし、失敗すると蒼石が無駄になります。
この『3割の悪魔』を巡っての争いが、狩人や猟兵達が解散する原因のベスト3に入ります。
また、『3割の悪魔』への挑戦が運試しに使われたりしますし、それを職業にする人も存在します。
今回のように自分でやりたくないので代わりに1段低い蒼石でブルーオーダーしてあげるというモノです。成功報酬は安くついた分の10%~30%程度。その代わり失敗したら、ボコられます。この職業の人は大抵貧乏人なので弁償できません。なのであまり長生きできない職業です。




