243話 天使
「お前の名前は『天琉』だ。これから頼むぞ」
「あ~い~、ますた~。わたし、てんる~」
白い棺桶、機械種用保管庫から見つけた機械種エンジェル。
ヨシツネと同様、マスター登録を待っている状態でもあった為、すぐさまマスター登録を行い、従属することに成功。
なんとなく思いついた名を付けてやると、無邪気な笑顔をこちらに向けてくる。
気の抜けた明るい声。
ニパッと口を大きく開けて微笑む表情は人間とほとんど変わらない。
耳の下から首にかかる部分に張り付いた金属のような部品や、背中に張り出した翼が無ければ全く人間と見分けがつかないほど。
顔の部分は人肌に近い素材でできており、目の瞬き、口の動きが正確に人間を真似ている。
ただし貫頭衣に見える服は、脱着ができるものではなく機械種エンジェルの身を包む装甲だ。
柔らかめのプラスチックのような素材で作られており、天琉が動く度にそれに合わせて伸び縮みしている様子。
「こっちは白兎だ。お前の先輩にあたる。指導役も任せているから、言うことを良く聞くんだぞ」
「あ~い~、はくとぉ~せんぱい? よろしく~」
トコトコトコトコトコ
ピシッ!
「あいっ!」
白兎は天琉の物言いが気になったらしく、天琉に愛の鞭として耳で軽く一発。
なかなか厳しい先輩のようだ。
「あ~い~? …………よろしくおねがいしますぅ~」
フンフン
おお、早速指導して訂正させた。
天琉もきちんと白兎の言うことを聞いているようだ。
白兎も満足げに頷いているぞ。
天使型。
それは中央で悪魔型と並び、最も恐れられる機種系統の1つ。
機械種エンジェルは天使型の中では最下位機種ではあるが、天使型自体が最上位の機種系統だ。格で言えばさっきのレッサーデーモンと同等だろう。
天使型は悪魔型と同様、アンチマテリアルフィールドを備えている。
さらにはマテリアル収束器、マテリアル重力器を装備しており、戦場では空中を飛び回りながら粒子加速砲をぶっ放してくる非情に厄介な奴等だ。
ただし、その装甲は悪魔型より脆弱であり、銃弾で無ければある程度の遠距離攻撃でも撃ち落とすことが可能となる。
マテリアルで作られた銃弾に頼らない遠距離攻撃武器。
そう、弓矢やクロスボウ、投げ槍等がそこそこ有効であったりするのだ。
なので中央にいる猟兵団は、車両に機銃や大砲の他、バリスタを備えていることが多い。
また、天使達相手に戦闘を行う猟兵団は事前に弓やクロスボウを準備するらしい。
まあ、飛び回る天使を弓で撃ち落とすのは至難の業だけど。
「さて、収納はこれで完了。目的物の『水瓶』も手に入った。これで用は全部済んだかな?」
この非常用倉庫に積まれていた物資の山は全て七宝袋へ収納した。
これで俺は街を数ヶ月は維持できるだけの物資を手に入れたことになる。
あくまで物資だけだけど。
「やっぱり現金……マテリアルは無かったかあ……」
普通、非常用の倉庫に現金なんて置かないよね。
相変わらず俺が金欠なのは変わり無いようだ。
「ますた~、スゲェ~、あれだけたくさんがきえちゃったぁ~」
無邪気に喜んでいる天琉。
どうも機械種らしくない言動だな。
完全に幼い子供の様な反応だ。
機械種エンジェルと言えば、正しく死の天使として人々に恐れられている機械種だ。
冷酷に、残酷に、ただひたすら作業のように、天から地上の人間を粒子加速砲で虐殺していく存在。
それが今まで俺が持っていた機械種エンジェルへの印象だ。
もちろんレッドオーダーだからということもあるが、ここまでブルーオーダーしていることで印象が変わると思っていなかった。
そもそも天使型なんて滅多に人間にブルーオーダーされることはない。
大抵複数で行動し、空を飛んでいるのだ。
運よく撃ち落とせたとしても、落下した時の衝撃で大破してしまっているのが大半だ。
さらに四肢を拘束しても、体のどの部分からでも粒子加速砲を放ってくる。
修理できる程の状態で捕まえるのが非常に難しい機械種と言えるだろう。
……しかし、なぜこの倉庫に、こんなレア物の機械種が保存されていたのだろうか?
中央でも珍しい機械種が、こんな辺境にいることも本来在り得ないことだ。
しかも機械種用保管庫に入ったままで保存されているなんて。
「天琉、お前はこの場所に来るまでのことを覚えているか?」
蒼石でブルーオーダーしたわけではないから、ひょっとして何か役に立つ記憶を持っているかを聞いてみるが。
「あ~い~? わたし、はじめてみたのがますたーだよ」
可愛く首を傾げる天琉。
実にアニメっぽい舌足らずな声だ。
可愛いモノ好きの人間なら堪らないだろうなあ。
しかし、可愛いのは可愛いと思うが、情報収集には全く役に立ちそうにない。
「まあ、いいか。俺としては天使を手に入れることができたということで十分満足したし、予定通り目的物も手に入れることができたし……あれ??」
ちょっと待てよ。
確か墨子の地図では、この部屋の先のエレベーターで下に行けるようになっていたはず。
だからてっきりここからさらに地下に俺の目的物があると思っていたけど……
でも、もう『水瓶』は手に入れてしまった。
だからこれ以上先に進む必要はないのだが……
「ここか? この下に一体何があるんだ?」
墨子の地図を頼りにエレベーターのおよその場所を探り出し、先ほどと同じく禁術を使って反応を引き出させて、白兎に特定させる。
宝貝と術と白兎のコンボ技により、無事、隠されていたエレベーターの扉を発見。
強引にこじ開けると、そこには下へと続く縦穴が一つ。
「街が廃墟になっているんだから、当然、電気……いや、エネルギーも無いから、エレベーターも動いているわけないか」
下を覗き込んでも底までは見通せない。
深さで言えば100m以上はあるだろう。
「ハア…、もう目的は果たしたから、エンジュの所に帰らないといけないのに……」
でも、物欲と好奇心が俺を掻き立てる。
この場を離れれば、もう二度と手に入らない気がしている。
何が手に入るのかは分からないけど。
すでにこの部屋への入り口はこじ開けてしまった。
俺が次にこの街に訪れることができるのは、おそらく何年も先のことになるだろう。
その間に誰かがこの部屋を見つけ、俺より先にこの地下に降りていくという可能性はゼロではない。
これがゲームであれば間違いなく飛び込んでいった。
アイテムを見逃して、二度と手に入らないなんて絶対に御免だから。
しかし、これは現実だ。
俺がさらに地下に降りることで失われるモノがあるかもしれない。
俺が死ぬ可能性はほとんどないが、白兎は……白兎も同じか。
あるとすれば手に入れたばかりの天琉。
そして、俺の帰りを待つエンジュ達。
ヨシツネと森羅に護衛させているが絶対ではない。
俺が探索から帰ったら2人が機械種に襲われて死んでいたとかになったら、俺は絶対に後悔するだろう。
「でも……なあ……」
明らかに隠されていたこの部屋。
山積みの物資に複数のマテリアル精錬器。
そして、保存されていた機械種エンジェル。
大抵の墓荒らしならこれだけの物資を発見したら、ここがゴールだと思うだろう。
手に入れた物資、そして機械種を従属させて満足して帰還するに違いない。
だが、実際にはさらにそこから地下へと進む道が隠されていたのだ。
否応なく建造物の構造を解析する宝貝、墨子がなければ絶対に発見できなかった道。
この街に俺が来たのは占いの結果による偶然だが、この街を探索しようとしてこの部屋を見つけたのは必然。
ならばその先へと進むのは俺に課せられた運命ではなかろうか……
「……行くか」
普段なら保留を選んでいたところだが、俺も男の子だ。
隠された財宝への道なんて、知ってしまったら行かずになんかいられるわけがない。
「天琉! マテリアル重力器で俺をゆっくりと下へ卸すことは可能か?」
「あ~い~! ますた~! できるよ~!」
手を上げて元気に返事をする天琉。
「よし、では、今からこの下に降りるぞ! 白兎は警戒だ。俺と天琉が降りていく途中で敵に襲われたら迎撃するんだ。分かったな?」
ピョン
こちらも待ってましたとばかりに一跳ねする白兎。
2人とも気合は十分のようだ。
「行くぞ! 準備はいいか?」
「お~!!」 ピョン
縦穴への際に立つと、足元に広がるのは更なる地下への道。
まだ見ぬ財宝への航路であり、底さえ見えぬ暗黒の淵でもある。
このまま俺が飛び込めば、天琉が後を追って飛び込み、重力制御で浮遊落下させてくれるはずなのだが……
………………
「ますた~? おりないの?」
「…………」
「ますた~?」
「ごめん、高いとこ……怖い……、目を瞑ってるから、このまま浮かして降ろしてくれない?」
笑うなら笑え。
人間は本能的に高い所は怖いっていう仕様なんだよ!
「あ~い~? わかったよ~」
俺の身体がふわりと浮かび上がる。
そして、ふわふわと縦穴まで移動し、そのままゆっくりと降下……しているんだと思う。
「白兎……、俺、目、瞑ってるから警戒頼むよ……」
緊張のあまり声がボソボソとなっているが、何となく白兎がオッケーって言っているような気がするから届いているはず。
頼りになる仲間たちが居て良かったなあ。
下ること5分少々。
底に落ちていたエレベーターの箱の天井に足をつき、縦穴の側面にあった扉らしきところをぶち破る。
中へと侵入した俺達は、すぐさま『ソレ』を見つけることできた。
「なんで! なんで! コイツがいるんだよ! おかしいだろ! 絶対!!」
あまりの信じられない出来事に、ただ喚き立てる俺。
「ほへ~、でっかい~」
ピコピコ
天琉は能天気に感想を述べるだけ、白兎も耳を揺らしているだけで目の前のソレを気にしていないようだが……
「アホか! なんでコイツをこんな所に置いているんだ! 何考えているんだよ!」
俺はそれどころではない。
未来視での魔弾の射手ルートにおいて、中央で数年戦場で過ごした俺でも、コイツに会ったことは無く、映像と写真でしか知らないが……
「コイツの恐ろしさは何度も聞いた……、遭遇したら逃げろと……」
中央でもさらに激戦区である赤の帝国との最前線『赤の死線』にしか現れない・・・
「機械種グレーターデーモン……」
それが目の前の10mを超す巨大な悪魔の機種名。
俺が絞り出した名前に答えるがごとく、『ソレ』は青い目の光を薄く瞬かせたように見えた。
某地下迷宮RPGウィザード〇ィ初代で例えますと、辺境が地下1階~3階。他のエリアが地下4階~6階。
中央が地下6階~9階。赤の最前線が地下10階のイメージです。
魔弾の射手ルートにおける主人公達は最終的には、地下8F~9Fをウロウロしていた感じです。
ちなみに機械種グレーターデーモンに対抗しようと思うと、ストロングタイプを複数当てる必要があります。




