242話 悪魔2
結局、俺では頭の装甲を綺麗に剥ぐことができず、白兎の力を借ることとなった。
「初めからお前に頼っておけば良かったな」
あっさりと機械種レッサーデーモンの晶石を剥き出しにすることに成功。
白兎の手際の良さは熟練工のそれだ。
ほんの1分少々で頭の装甲を綺麗に取り外してくれたのだ。
「さて、ここからが正念場だ」
なぜか大人しくなった機械種レッサーデーモン。
その頭の晶石が剥き出しとなった部分へ5級の蒼石をかざす。
これはベネルさんがくれた蒼石なんだ。
きっと俺に力を貸してくれるはず。
それにたとえ1段低くても成功率は7割だ。
ピックアップガチャでも排出率1%未満なんてゴロゴロしているのに、成功率70%……正確には67,9%だっけ? もう成功したも同然だろう。
野球のバッターだって3割打てればスラッガーなんだぞ!
それに一段低い蒼石でブルーオーダーした方がスキルが残りやすいとユティアさんも言っていたし。
貴重な機械種なんだから備わっているスキルも貴重なはず。
不安を吹き飛ばすように事例を取り上げて自分を励ます。
何度も何度も自分に言い聞かせるように。
もう俺には進むしかないのだ。
ここでコイツに遭遇したのは運命だった。
だからこれは絶対に成功するに違いない。
祈る気持ちを蒼石に込めて、右手でぎゅっと握り絞める。
そして、頭から露出している晶石目がけて叩きつけた。
カシャーンッ!!
乾いた音を立てて砕け散る5級の蒼石。
蒼い光が瞬いて辺りを照らす。
さあ、機械種レッサーデーモンよ。
お前の名前はもう決めているんだ!
すぐにマスター登録を行って従属してやるからな。
その青く染まった目を俺に見せてくれ!
しかし……
いつまで経っても、赤い光を湛えた目はそのまま。
青に染まる様子も見えない。
10秒、
20秒、
30秒、
1分以上経っても変化は見られなかった。
これの意味するところは1つ……
「え…、そんな馬鹿な……失敗した?」
愕然とする俺。
予想もしなかった事態に狼狽を隠せない。
「嘘だろ? 5級の蒼石は一つしかないのに……」
血の気が引き、咽喉が急に乾いたような気がして、声がかすれる。
「あ……あああ、あああああ」
声にならない呻ぎ声が漏れた。
ただ、ただ、今の現実が信じられない。
なぜ? なぜ? こんなことになってんだ?
グオオオオオオオォォォ!!
そんな俺をあざ笑うかのように機械種レッサーデーモンが吼えた。
その絶望していた目は俺に対する嘲弄を滲ませ、口の部分を歪ませて笑みすら浮かべているように見える。
「何が可笑しい!!!」
ショックを受けていたところへ、獲物から馬鹿にされて、一瞬で沸点を突破した。
即座に七宝袋から莫邪宝剣を引き抜き、怒りに任せてソイツの首を切り落とす。
どのみちブルーオーダーに失敗した以上、コイツはもうこうするしかないのだ。
ゴロンと床に転がる雄羊の首。
それは生首となり果てても俺への侮蔑を隠そうともしない。
悪魔ごとき邪悪な笑みを浮かべたまま。
「クッ……、クソッ!!!」
踏みつぶしてやろうかと思ったが、それは流石に大人げない。
「はあ…」
ため息をついて怒りの感情を外へ吐き出す。
「そうか、俺は失敗したのか……」
意気消沈のあまりガクッと肩を落として、そのまま床にへたり込んでしまう。
あの5級の蒼石は日本円にして2,3百万円。
俺は一瞬でそれを無駄に失ってしまったのだ。
それどころか今後次に手に入るのがいつになるか分からない貴重品をだ!
胃の奥がぎゅっとした痛みを訴えてくる。
元の世界で万札をはたき、ガチャを回して爆死した時とは比べ物にならない絶望。
例えるなら株やFX等で貯金が消し飛んでしまったくらいの衝撃。
なんで! 何で! 俺は成功すると思ったのだろう?
7割しかないのに……いや、実際はもっと低くて67.9%って聞いていたのに!
前にコボルトをブルーオーダーする時にあれだけ失敗したはずなのに!
後悔が怒涛のように俺へと押し寄せてくる。
なんで確定ガチャがあるのが分かっているのに、そうでないガチャをわざわざ回すんだよ!
さっさとコイツの首を刎ねて置いて、七宝袋に入れておけばわざわざ5級の蒼石を使わなくても良かったんだ!
床に蹲り、頭を地面につけてひたすら自分の行いについて自省する。
予想しなかった極上の獲物を前にして、テンションが上がり過ぎていたことが原因かもしれない。
堕ちた街の探索が上手く行き過ぎて、調子に乗り過ぎていたのだろう。
蹲りながら、じっと自分の手を見つめる。
機械種を従属する為に蒼石を使ってブルーオーダーするという行為。
慎重を期すのであれば適正級の蒼石を使用するのが1番だ。
今回で言えば、4級の蒼石であれば確率は100%であった。
しかし、4級の蒼石は5級の倍以上の価格だ。
もし、5級でブルーオーダーできれば数百万円お得になったことになる。
さらにスキルが減らないというオマケ付き。
でも、失敗すれば何の意味も無い……
それでも挑戦したくなる気持ちも分からないでもない。
それだけこの7割という成功率が、3割しか失敗しないという確率が絶妙の数値なのだ。
これが『3割の悪魔』の誘惑ということか……
チョイチョイッ
んん?
なんだ?白兎か?
俺を慰めようとしてくれているのか?
ゴメンな。駄目なマスターで。
欲望に流されて、失敗しちゃったよ。
お前の後輩を作ってあげたかったんだけど……
いや、違う?
なになに、向こうにナニカがあるって?
白兎が俺の裾を引っ張ってどこかに連れて行こうとしている。
何か見つけたのだろうか?
そう言えば俺の目的地はこの先のエレベーターだったな。
そこからさらに地下へ降りられるようになっていたはず。
白兎に引かれるまま立ち上がり、フラフラとおぼつかない足取りで誘導に従う。
ここまできたのだから、せめて当初の目的物である『水瓶』は必ず確保しないと。
部屋の隅に置かれた金属製の箱。
それは俺が持つ酒が出るマテリアル精錬器『酒瓶』とそっくりだ。
おそらくこれが水を出すマテリアル精錬器『水瓶』。
俺が求めていたモノ。そして、わざわざ地下まで潜ってきた理由。
また、その周辺には他にも幾つかのマテリアル精錬器と思われる箱が置かれている。
これは食料を出す『鍋』か?
しかし、以前チームトルネラに渡したモノとは形状が違う。
マテリアル精錬器にも色々種類があったはず。
この非常用物資と一緒に置かれているということは、生活必需品を作り出せるモノだろうけど。
「まあ、持っていて損は無いだろう。売ればかなりの金額になると聞いているし」
マテリアルを投入するだけでモノを生産できるマテリアル精錬器はかなり貴重な物だ。
それ1台保有しているだけで、商売を始めることができる。
「実際には作り出せるモノによるみたいだけど……」
上位のモノほど作り出せる品質が上がり、種類が豊富になる。
たとえ下位でも生活に必要なモノであれば一定の需要があるが、役に立たない物だと微妙な扱いにしかならない。
以前聞いた話では、ぬいぐるみみたいな被り物だけを作ることができる『機織り』があって、様々な可愛らしい被り物を作れるけど、そんなモノは一般的に需要があるものではない。
結局、作った被り物はバラバラにして布や綿として再利用するしかなかったらしい。
多分、これは『機織り』の可能性があるな。
衣服は災害時にも必要な物だし。
こっちのは何だろう?
小物を作るなら『型抜き』か、それとも金属製品を作る『金床』か……
トン、トン、トン
白兎が何かを叩いて、こっちにアピール。
『早く来て』とばかりに耳をパタパタさせている。
珍しく興奮しているようだ。
ここまで白兎が反応するなんて……一体何が?
白兎が呼ぶ方に近づくと、すぐに目に入った。
白兎の横にあるモノ。
それは白い棺桶。
以前ダンジョンの最奥で紅姫を倒した後に出現したモノと同じ。
ヨシツネが入っていた機械種用保管庫。
「まさか……」
恐る恐る手を伸ばし、白い棺桶に触れる。
そして、開閉ボタンに指をかけ……
ポチ
プシューーー
中から空気が漏れる音が響く。
ゆっくりと棺桶の扉が開いていき……
そこに入っていたのは……
白い貫頭衣を着た10歳程度の少女……に見える機械種。
あどけなさと純粋さを前面に押し出した人間そっくりな可愛らしい寝顔。
起伏の少ない体形、少女型というより森羅と同じ中性型か。
黄金を梳いたような金髪、おかっぱのような髪型。
背にはフワフワとした純白の羽。
これは正しく……
「て、天使型? 機械種エンジェル! どういうことだ! さっきのレッサーデーモンといい、辺境にいるような機械種じゃないだろ!」




