227話 帰還
主人公視点の本編です。
巣から脱出を果たしたところになります。
赭娼を倒し、発掘品を手に入れた俺達は早々に巣からの脱出を果たす。
「巣の主を倒すと、割とあっさりと脱出できるものなんだな」
「赭娼が倒されたことは、巣の中のレッドオーダーにはすぐに知れ渡りますからね。下位機種であれば混乱状態に陥ってしまうのでしょう」
突然の主の消滅に慌てふためくレッドオーダーの集団を、片っ端から切り倒してきた。
集団でいても統制が取れていなければ何のことは無い。
「あの巣は再利用されることは無いんだな?」
「はい。巣はそのまま朽ちていって土に還ります。『砦』になってしまえば形が残ることもありますが」
巣を出た所で、森羅へ色々と確認している最中。
巣の主を倒されたことで、巣全体がいきなり崩壊するかもと思っていたが、森羅に聞くと攻略された巣は数年単位で徐々に土に埋もれて行ってしまうそうだ。
ただし、複数の巣が統合した『塞』等は数百年残ることもあるらしいから、巣の規模によって随分と差があるのだろう。
「ある程度間引きはしたし、これで当分開拓村の危険性は無くなったと言うべきか」
俺にできることはやり切ったかのように思う。
これ以上のことはベネルさんやブルソー村長の手腕に任せるしかない。
「さあ、そろそろ村に帰るとするか」
最後にチラッと出てきた穴に視線を飛ばす。
俺が初めて攻略した巣の跡だ。
今後、狩人として道を進んでいくのならば、何十、何百と攻略していくこととなるはずだ。
これが記念すべき第一歩というのなら、少しばかり感慨深いモノを感じてしまう。
「マスター?」
「お、すまん。じゃあ、行こうか」
森羅と2人、攻略した巣を後にする。
得たものは頼りになる参謀と、それを得る為に頑張ってくれた小さな功労者。
そして、初めの発掘品と未開封の大きい宝箱。
さらに赭娼と呼ばれる機械種の遺骸。
手に入ったモノの価値に自然と笑みが浮かんでくるのを感じながら、軽い足取りで村への帰途についた。
村に到着した俺は、森羅をスリープさせて七宝袋へ収納する。
どこかのタイミングで森羅をエンジュやユティアさんに紹介したいけど、手に入れた経緯を説明するのが難しい。
休憩している時に襲ってきたエルフを従属させたとか言って、連れていくのが適当かな。
あと、早めに白兎やヨシツネにも顔合わせさせたいし。
……廻斗はどこかで修理した後になりそうだな。
村と森との境界線である柵を飛び越え、俺の寝床である車を止めている小屋へと向かう。
空は朝靄とともに白み始め、早朝の2歩手前といった時間帯。
当然、村の中は静まり返り誰一人としてすれ違うことは無い……
あれ、人影が……2人?
いや、片方はあの門番のオーク?
もう一人は……ブルソー村長!
こんな朝早くから見回りか?
隠れてしまおうかと思ったが、確かオークの警戒範囲内はそこそこ広かったはず。
姿を隠す素振りを見せては不審がられるかもしれない。
ここは堂々としていよう。何も悪いことはしていないのだから。
「おはようございます、村長」
「んん? ヒロ君か。おはよう。随分早いのだな」
「はい、ちょっと身体を動かしてまして」
「ふむ。若いのに感心だ。訓練は継続してこそ意味がある。私は若い時にもっと身体を動かしておけばよかったと後悔しているよ」
そう言う村長の足取りは少しぎこちない感じ。
左足を庇っているような歩き方だ。
ベネルさんが言っていた大怪我の後遺症のせいだろうか?
同行しているオークは万が一の為か。
そんなにひどい怪我だったのだろうか?
「……村長は……見回りですか?」
「まあ、そんなところだ……私のリハビリも兼ねているがね」
左足に触れながら顔をしかめている。
あまりリハビリが進んでいないのだろう。
「あまりベネルばかりに負担をかけられないからな。早く私が復帰しないと、アイツが潰れてしまう」
「……あの、治療の薬みたいなもの……再生剤とかは無いのですか?」
こうやってリハビリしているのだから、そう簡単に手にはいるモノでは無いと思うけど。
でも疑問としてぶつけることで何か情報を得ることはできるだろう。
俺の質問に、やや面食らったような表情の村長。
それでも教師が生徒に説くような口調で説明してくれる。
「再生剤は中央でも貴重な物だ。権力者や一流どころの狩人であれば保有していることもあるのだろうが、この辺境では手に入れるのは不可能に近い」
まあ、そうだろうな。
魔弾の射手……魔風団の最盛期でも1本しか保有していなかったモノだ。
「ヒロ君、怪我には気をつけたまえ。機械種であれば部品を交換すれば修理できるが、人間はそうではない。我々は感応士ではないから、戦場では従属する機械種の近くにいないといけないが、それでも陣形を整えることで危険性を最小限に抑えることができるだろう」
やっぱり機械種を前衛、マスターは後衛が基本陣形なんだろうな。
「あと、防具はできるだけ品質の高いモノを求めるんだ。それが紙一重の差で命を救うことがある」
随分と実感がこもったアドバイスだ。
村長自らの経験談なのだろう。
「しかし、狩人である以上、必要以上に防具を着こむのもお勧めできない。なぜなら敵わない相手から逃亡することも良くあることだからだ。危険時にはすぐに取り外すことができるような防具が最も使いやすいな」
俺が手に入れた自動浮遊盾なんかは正にその類だ。
嵩張りもせず、重さも感じさせない防具としては最上級だ。
しかし、この村長も人に教えることが大好きなんだな。
それとも、それだけ俺を買ってくれているのだろうか?
さてどうしよう?
色々と世話になったし、破格の報酬も貰うことができた。
それにこの人が復帰すればベネルさんも楽になるだろうし……
仙丹は使えない。あれは効力が高すぎる。
でも、魔弾の射手ルートで俺が使用していた気功術であれば……
治癒力を高めるモノ。
傷口に手を当てて気を送り込むだけ。
それだけで人間の傷を治すスピードを何倍にもできる。
それが古傷まで効くのかどうかは分からないけど。
でも試すくらいなら問題は無いだろう。
「村長、ちょっと傷口を見せてくれませんか?」
「君が医術にまで心得があるとは思わなかったよ」
ブルソー村長は左足で地面を強く踏み込み、具合を確認している。
「あははは、ちょっとしたマッサージみたいなものです。血の巡りが悪い所を解しただけですよ」
「いや、本当にかなりマシになった。全く君には驚かされる」
怪我をした箇所に気を少し流し込んだだけであったが、効果は抜群のようだ。
仙丹であれば全身の古傷も癒してしまっていただろうが、気功術ならそこまでではない。
これから怪我人に出会うこともあるだろうし、この気功術であれば目立つことも無い。
計らずもちょうど良い実験になってしまったかな。
「これほど優秀な君であれば、安心してユティアを任せられる」
「はあ、事情は聞きましたけど……できる限りご期待に沿えるようがんばりますよ」
村長の顔は満足げだ。
多分俺の優秀さはベネルさんの伝聞でしかなかったから、少しばかり不安であったのかもしれない。
「ふふふ、君ならば中央に行っても活躍できるだろう……、そうだな、もう一つ忠告しておこう。中央では白の教会と揉めないよう気をつけたまえ。彼らは味方にすれば頼もしいが、敵に回せばこれほど厄介な物は無い」
「白の教会ですか?そりゃ、俺もそんな巨大組織と喧嘩したいとは思いませんが……、ひょっとして鐘守ですか? あの、人の発掘品を取り上げようとする奴等?」
「ほう、鐘守にすでに会ったような口ぶりだね。その言い方だとあまり良い印象を持っていないようだが」
鐘守という役職自体にあまり良い印象が持てない。
これは俺の中で雪姫と区別してしまっていることだ。
もし、鐘守と言う立場で無ければ、俺と雪姫はもっと違う道を進むことができただろう。
「彼女等の実力は脅威だが、こちらが悪人でなければそこまで無茶なことはしない。まあ、それぞれやり方も違うから一概には言えないがね。美しい彼女等に頼まれたのなら大人しく差し出した方が身の為だよ。君が悪事を働いていなければ、相応の金額で買い取ってくれるだろう。絶世の美女と知り合いとなれた対価と思えば安いものだ」
「それは、確かに美人でしたが……」
美人と知り合えるだけで発掘品を払わないといけないなんて、それってどんなボッタクリの合コンなんだよ・・・
うん? 今の言い方だと、鐘守は皆、雪姫並みの美人ぞろいなのか?
美人で感応士の力を持つ少女を集めて教育しているのだろうか?
「狩人の中には、彼女たちの気を引こうとして、せっせと発掘品を献上している者もいる。昔、私も憧れたものだよ。彼女達の傍に立つ『打ち手』とならんと目指したこともある。流石に途中で諦めてしまったが……」
少しばかり苦い表情の村長。
昔の若気の至りを苦々しく思い出しているのだろう。
……いや、ちょっと待て!
さっき村長の口から出た……『打ち手』と言う言葉。
それは確か、未来視での雪姫が口に出していた言葉。
俺と思いを通じ合って、一緒に中央へ行こうとなった時に……
『ヒロのおかげで【打ち手】が手に入った』
その物言いが、何かのモノを差していると思っていた。
俺が雪姫の為に集めた様々なモノ。
その中に雪姫の言う『打ち手』というものが含まれているのかと思っていたけど……
結局、雪姫に聞いても教えてくれなかったのだ。
俺も、顔を赤らめながら『内緒♡』と呟く彼女をそれ以上問い詰めることはできなかった。
「あの……、村長、その……『打ち手』とは?」
何度も口ごもりながら、それでも質問をせずにはいられなかった。
もう知ってしまってもどうしようもない事は分かっている。
多分、それを聞くことで俺が後悔してしまうことも……
「『打ち手』かね? ……一言で言えば鐘守のパートナーだな。白の教会に認められた聖戦士。赤の女帝を打ち倒し、白き鐘を打ち鳴らして、この世界に救いをもたらす……のを期待されている者達というべきかな」
鐘守のパートナー……
つまり雪姫は俺をパートナーとして白の教会に連れて行きたかったのか。
……『打ち手』か。
その名の通り、白鐘を打って鳴らす者という意味なのだろうが……
しかし、以前雪姫から聞いた『白き鐘を打ち鳴らす者』と何か関係があるのだろうか?
同一の存在のことなのか・・・、それとも、『打つ者』と『打ち鳴らす者』は別の存在なのか・・・
鐘守が複数いるということから、『打ち手』がたった1人ということは無いだろう。
複数の『打ち手』が存在し、その中で白き鐘を打ち鳴らすことに成功した者が『白き鐘を打ち鳴らす者』と呼ばれる・・・そういう意味なのかもしれない。
「ふふふ、ヒロ君も『打ち手』に興味を持ったかね?」
俺が『打ち手』のことについて思案していると、村長は野太い笑みを浮かべながら問いかけてくる。
その笑みは自分が辿ってきた道を思い出しながら、若者の野心を微笑ましく見る心境から浮かんできたのだろう。
「ええ、まあ……」
興味が無いと言えば嘘になる。
だが、その言葉に刺激されるのは野心ではなくて罪悪感だ。
しかし、俺の内心を他所に、村長は遠い目をしながら『打ち手』について語り始める。
「私が中央に居た頃に見たことがある。美しい銀髪の姫を従えた『打ち手』の姿を。あれこそ男であれば誰でも一度は目指してみたいと思うだろう」
声に込められているのは憧憬。
そして、僅かばかりの悔悟。
「白の教会のバックアップを受け、最新装備に身を包み、譲り受けた最上位の機械種とともに赤の帝国に立ち向かう……その傍には必ず鐘守が付き従っている」
村長の手はぎゅっと握り込まれている。
それは、熱く語りながらも、手に入れることができないと分かってしまったことへの悔しさか……
「鐘守は『打ち手』と認められた者に一生の忠誠を尽くすと言われている。絶大な力を振るう彼女達を手に入れ、レッドオーダーの支配圏を奪い取り、人類の生存圏を確保して、その土地に国を作った者もいると聞く。正しく『打ち手』とは英雄の代名詞といっても過言ではない」
英雄。
雪姫と旅立つ道はそこにつながっているのだろう。
もし、あのまま雪姫と中央に行っていれば、そうなっていた可能性が高い。
物語としては王道。
しかし、俺が進みたいと思っている道とは違う。
果たして、雪姫との道を断ってしまったことは、俺に取って良かったことなのか、それとも……




