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闘神と仙術スキルでアポカリプス世界を駆け抜けろ!  作者: クラント
放浪編

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201話 不払い


「ガキがうるさいぞ! お前みたいな気色の悪い赤毛のガキに、報酬なんて払うわけないだろうが!!」



 受付の男がエンジュに向かって怒鳴りつける。

 荒っぽい辺境の商会だからだろうか。

 受付の男はかなりの大柄な体格だ。

 おそらく武闘派でもあるのだろう。明らかに堅気の雰囲気ではない。

 


 エンジュはそんな厳めしい男の剣幕に一瞬身体をビクつかせるが、ぐっと堪えて反論する。


「でも、書類を届けたら払ってくれるって言ったじゃないか! こうやって受取書も貰ってきたんだよ!」


「はん! 同じ物を別の渡りがすでに持って行っている。だからお前の仕事は意味が無い!」


「なんでよ! そりゃ危険も考えて複数の渡りに頼むことはあるって知っているけど……」


「とにかくお前に払う報酬は無い。さっさと帰れ!」


「そんな……酷い」




 どうやら報酬の受け取りでトラブルになっているようだ。

 依頼は果たしたのに、向こうは知らぬ存ぜぬで押し通そうとしている様子。


 しかし、こういったことがないよう報酬の受け取りについて契約書とか結んでいないのか……


 いや、向こうの方が圧倒的に立場が上なのだから、契約書なんて結んでくれないんだろうな。

 それに契約書を結んでいたって、この街の商会と身寄りのない子供では、効力なんて無いに等しいだろう。


 なにせこのアポカリプス世界の辺境には法律も司法も無い。

 さらに言えば警察も裁判所も無い。

 あるのは権力者達の私兵と、同じく権力者達の合議による裁きだけだ。


 辛うじて中央寄りの街では、白の教会による宗教的な戒律と、商会同士が作った協定が法律の代わりをしているところがあると聞く。

 また、開明的な領主がいる街では稀に法律のようなものが作られているケースがあるというが……

 この辺境ではそういったものに期待するのは無駄だろう。




「なあ……約束していた報酬より少なくても良いから……少しだけでも良いから……払ってくれよう……」


「しつこいな。お前に払うものなんて無いって言っているだろう!」


「一生懸命頑張ったんだよう……、初めての仕事だったんだ……、ようやく認めてくれたと思って……グスン」


「早く受付から離れろ!」


「グスン、グスン……ちょっとだけでいいから……」




 すでにエンジュは泣き声になってしまっている。

 目にいっぱいの涙を溜めてお願いしているようだが、相手には暖簾に腕押しの様子。


 どれだけ情に訴えても無駄だろうな。

 周りの他の従業員を見ても、面白そうにこちらを見ているだけだ。

 

 エンジュの仕事に対して報酬を支払わないのは、受付の人間の独断ではなく、この事務所内の者達の総意のようだ。

 そもそも初めから報酬を渡す気なんてなかったのかもしれない。

 強者が弱者を食い物にする世界なのであれば、こういったことも良くある光景の一つなのだろう。

 


 さて、この状況について俺はいかがすべきだろうか?


 ネット小説の標準的な主人公であれば、颯爽とエンジュ側に立ち、商会の連中に食って掛かったであろう。

 冴えわたる頭脳を持って、弁舌によって相手を打ち負かしていたかもしれない。

 または、チートによる圧倒的なパワーによってねじ伏せるという選択肢もあるだろう。

 若しくは、それまでに手に入れた権力者とのコネを使う場合や、主人公補正による幸運が作用し唐突な援軍が登場するケースもある。




 しかし、俺はネット小説の標準的な主人公からは程遠い能力しか持たない。


 まず俺自身、商会相手に議論するだけの知識を持っていない。

 この世界の商慣習なんて知らないし、一般常識すらまだ不足している。

 エンジュと一緒になって泣き落としするくらいしかできないだろう。



 チートによるパワーでこの場の者達を蹂躙することは可能だが、それをしてしまえばエンジュはこの街には住めなくなってしまう。

 この街の有力者の一角である商会を完全に敵に回して、この街で生きていけるわけがないからだ。

 そもそも暴力に訴えても、俺の気は晴れるかもしれないが、今回のトラブルの根本的解決にはならない。



 権力者とのコネなんてない。

 あればこんなに苦労していない。

 雪姫ルートか魔弾の射手ルートであれば、様々なコネができているのだろうが……


 

 俺に主人公補正は無い。

 よって幸運にも期待できない。

 突然良心的な権力者が入ってきて、水戸黄門よろしく悪を断罪してくれるなんて期待しても無駄だ。



 俺にこの問題を解決することはできない。

 エンジュには悪いけど、この世界ではありふれたトラブルの一つでしかない。

 今回のことは勉強になったくらいに思って引き下がるより他はないのだ。

 それに 君はこの街で暮らすのなら、有力な商会を敵に回すのは得策じゃない。

 これ以上食い下がって、下手に恨みを買うのは良くないぞ。

 

 だからエンジュ……もう……





「仕事の邪魔だ。さっさと出ていけ!」


「……今回、助けて貰った人がいるんだよう……、その人にお礼を渡したいから……お願いだよう……」


「知るか! そんなもん!」


「ぐすん、頼むよう……、約束したんだ、お礼はするって。だから……」





 …………


 そうか。エンジュが食いついているのは、俺にお礼を渡したいからか。

 確かに約束してくれていたな。そんなに律儀にならなくても良いのに。


 なら俺から言うべきだろうな。

 これ以上見ているのは辛い。

 


「エンジュ……、もういいよ。お礼なんていいから。帰ろう」


「ヒロ、でも……でも……」


 俺の方を振り向いたエンジュの目は真っ赤だ。

 まるで髪の色が目に移り込んだかのように……



「チッ、お前か。余計なことをしやがって!」


 

 先ほどまでエンジュを怒鳴りつけていた受付の男の目がこちらに向く。


 余計な事? どういう意味だ?


「せっかく、あの添加剤をこのガキに渡したっていうのに、お前が連れてきたのかよ」


「添加剤? 何のこと?」


 意味が分からず聞き返す俺。


 俺の疑問を受けて、さらに男の目の睨みが強くなる。

 そして、何かを言おうと口を開けた時、


「え、添加剤……、ひょっとしてあの添加剤に何か入れたのか!」


 突然エンジュが悲鳴のような声をあげる。


「アレを入れてからバイクの調子が悪くなって……それでしばらくして動力部が動かなくなったんだ!」


「そりゃそうだろうよ。その為に渡したんだからな。そのまま機械種に食われちまえば良かったのによ、はははははっははは」


 笑い声をあげる男。

 そして、フロアにいた従業員達からもクスクスと忍び笑いが聞こえてくる。


「なんで! なんでそんなことするんだよ。アタイの大事なバイクなんだぞ!」


 怒りの形相で食って掛かるエンジュ。

 しかし、相手の男に簡単に振り払われる。


「ぎゃん! ……なんで?なんで?なんでそんな酷いことをするんだよ……」


 尻もちをついたエンジュは我慢できなくなったようで、そのままポロポロと涙を零し始める。


「お前のような縁起の悪い赤毛のガキにウロウロされたら、商売あがったりになっちまうだろうが!」


 勝ち誇ったような顔で男がそう吐き捨てる。


「二度とこの街に帰って来れないように渡したんだよ。それを無駄にしやがって」


「ううう、酷いよ。酷いよ……」


「エンジュ、もう帰ろう。ほら、立てる?」


 座り込んだまま涙を流すエンジュに駆け寄って立ち上がらせる。

 もうこの場に長居しない方が良さそうだ。


「ごめん、ごめん、ヒロ。アタイが、アタイが赤い髪をしているから……。せっかく助けてくれたのに……、お礼もできないなんて……」


「いいよ。大丈夫。エンジュは頑張ったんだ。もう十分だよ」



 エンジュに肩を貸しながら玄関へと向かう。

 エンジュは俺の肩口に顔を寄せて泣き崩れたままだ。

 俺の目いっぱいにエンジュの赤い髪が映り込む。



 だいたい事情は分かった。

 この異世界は随分と赤い髪の人間にあたりがキツイようだ。

 やはり赤い髪には、人類の敵対者たる赤の女帝、又は紅姫のイメージがあるのだろう。

 だからこうして赤毛であるエンジュは不当な差別を受けてしまうのか。

 エンジュの赤い髪はこんなにも綺麗なのに。




 正直、俺は腹が立っている。

 このまま暴れてやろうかとも思っているくらいだ。


 しかし、先にも述べたように、ここで俺が喧嘩をしかけてしまったらエンジュはこの街に住めなくなってしまう。

 俺がずっと護衛している訳にもいかないし、そもそも俺は中央に行かなくてはならない。

 当然、この街をホームにしているエンジュとはこの街で別れることになるから。

 



 『もし、君がこの街を離れて俺と一緒に来るのなら……』


 


 未だに涙を流し続けるエンジュの頭を撫でながら、ふとそんなことを考える。


 でもそうはならないだろう。

 人間はそう簡単にホームを変えられないのだ。

 土地が変わればすべて変わる。

 新しい環境で生きていくのは大変だから。


 エンジュ、大丈夫。

 この街には他の商会もあるだろうし、君が次の拠り所を見つけるまでくらいは付き合ってあげよう。


 だから君は……



「おい、小僧! ソイツをさっさと街の外へ捨てて来い。もう二度と帰ってこれないくらいまで遠くにな。そうしたらお前に報酬をくれてやるぞ」


 男から投げかけられた言葉に、エンジュの細い肩が一瞬震える。


 怯えているの? 大丈夫。

 俺はそんなことはしないし、誰にもさせやしない。


「……何を言っているんだ? エンジュはこの街に住んでいるんだぞ。勝手に街から追い出そうとするな」


 エンジュを心配させないよう細い腰に手を回して強く抱き寄せてから、男に反論する。


「フン。お前、随分とおかしな趣味をしているな。そんな気色の悪い髪の色のガキが好みなのか?」


「エンジュの赤い髪は赤い夕陽の色に似ていて、とても綺麗だよ。お前こそ見る目が無いな」


「……お前がソイツをどうしようと構わないが、この街を追い出そうとしているのは、この街の総意だ。赤毛のガキが街をウロウロして迷惑していると、商会同士の会議で話に上がる程だぞ」


「あっ……」


 エンジュから低く息を飲んだ音が聞こえた。

 抱きしめている腕からエンジュの震えが伝わってくる。


「ソイツはしつこくし過ぎたんだよ。商会の店先で仕事を貰おうとするガキは多いが、ここまでしつこいと流石にうっとうしくなる。おまけに赤毛ときた。そりゃ街から追い出されるだろう、ははははははっははははは!!」


「「「はははっははっはははっははっは」」」


 フロアの従業員達も一斉に笑い出す。

 中にはこちらを指さして、嘲りの表情を浮かべる者もいるくらいだ。


「さっさと出ていけ」「仕事の邪魔をするな!」「気色の悪いガキどもめ!」

「機械種に食われちまえ!」「荒野に出て二度と帰ってくるな!」


 次々に投げかけられる侮辱の嵐。

 歯を食いしばって罵倒に耐えるエンジュ。




 そして、俺は……



 

 





 黙ってエンジュの肩を抱きながら玄関へと誘導する。


 

「ヒロ……、アタイ……」


 力無く俺に引っ張られるままになっているエンジュが顔を上げる。

 その顔に昨日までの快活な雰囲気は見られない。

 もう何もかもを諦めてしまったような表情。


「エンジュ、俺と一緒に街を出よう。早くこんな街は出た方が良い」



 先ほどの話を鵜呑みにすることはできないが、話半分としてもエンジュはこの街には居続けることはできないだろう。


 こういった話はすぐに横に広がるモノだ。


 もうエンジュを雇おうとする商会はないだろうし、有力な商会がここまでやってくるのだから、街の人間の中にはエンジュに危害を加えようとする人間が出てくるかもしれない。


「他に良い街があるはずだ。俺が一緒に探してあげるから」


「グスン、あ、ありがとう。こんなアタイに……」


「気にしないで。君と俺の仲だろう?」


 ちょっと気障っぽくウインクしてみる。

 ああ、やっている自分が一番似合わないと思ってしまう。


「プッ」


 そんな俺のおどけた仕草に、小さく噴き出すエンジュ。


 分かっていたけど、やっぱり似合わないか。

 こんな気障な仕草はもっとイケメンじゃないとNGなんだろうな。

 

 でも少しだけエンジュに笑顔が戻った。

 目には涙が溜まったままだけど。


 でも、それだけでもやった価値はあったようだ。

 女の子は笑った顔が一番だから……




 あ! 危ない!

 


 ガシャン!!

 


 俺の頭に何かが当たった感触。

 割れ物がぶつかり砕け散った音。

 その何かの破片が辺りに乱れ飛んだ。


 どうやら何かを後ろから投げつけられたようだ。

 反射的にエンジュを庇ったおかげで、エンジュへ直撃は避けられたけど……


「ヒロ! 大丈夫!!」


 エンジュの顔から笑顔が消えた。

 悲壮な顔で俺の顔に手を伸ばす。


「怪我はない? 血が出ていない?」


 そう言うエンジュの額に流れる一筋の血。

 どうやら跳ねた破片がぶつかったのだろう。

 しかし、そんなことを気にせず俺の頭に手を伸ばす。



 女の子なのに自分の顔の傷より、俺のことを気にするなんて。

 いくら他にも顔に傷跡が残っているとはいえ……



 あ、そうか。

 エンジュの顔の傷跡は、こうやって付けられたモノなのか。

 赤い髪のせいで遠ざけられ、迫害され、虐げられた。

 だからエンジュにとってはこれが日常なのか……



「クソッ、おい小僧! 庇うんじゃねえ! 命中しなかっただろう!」


 男が後ろから愚痴を飛ばす。

 どうやら陶器の花瓶のような物を投げつけられたようだ。

 多分、エンジュが笑ったのが気に入らなかったのか。


 

 ああ、もう限界だ。



 俺の髪に絡まる破片を取り除こうとするエンジュの手を優しく抑え、反対の手で仙丹を召喚する。

 軽く指先で表面を擦り、エンジュの額の傷へ、血の拭うように指で一塗り。


「え、ヒロ?」


 きょとんとしたエンジュの顔。

 突然痛みが消えたから驚いたのだろう。

 これくらいならこの世界の傷薬でも可能だ。


 しかし、額の傷は跡形もなく綺麗に消えた。

 あと、多分気づくのはもう少し先だと思うけど、君の他の顔の傷も無くなった。


 こればっかりは説明するのが難しい。

 当面、聞かれても俺はとぼけるしかないな。

 


「さあ、エンジュ、下がっていて」


 エンジュの手を引き、玄関まで移動させると、俺はくるりと振り返り、未だこちらを睨みつけてくる男に向かって歩いていく。



「ヒロ?」


 エンジュの呼びかけに振り返らずに、軽く手を振って返す。


 ここから先は男の役目だ。


 俺は歩きながら覚悟を決めた。


 


「何だ? 小僧、何か文句があるのか?」


 男は俺に向かって威圧を込めて睨みつけてくる。


 そんな男に対し、俺は胸ポケットからマテリアルカードを取り出す。

 


 そして……




 カタッ




 そのまま床に落とした。






「ああ?」


 男は俺の意味不明な行動に一瞬戸惑いを見せるが、やがて俺を警戒しながら落としたカードを拾い上げる。


「ふん、何だこれは? ダンガ商会への迷惑料のつもりか?それともこれを渡すから、あのガキを雇えと言うのか?」


「いや、手が滑って落としただけだよ。返してくれない?」


 にこやかな表情で手を差し出す俺。


 しかし、男は馬鹿にしたような顔で俺を一瞥するだけ。


「これは俺の時間を無駄にした代わりに受け取っておいてやる。お前もさっさとこの事務所を出ていけ」


「そうか……、ふう、良かった。素直に返されたらどうしようと思ったよ……やるなら徹底的にやりたかったんだ。俺だけだと甘くなっちゃうかもしれないからね……で! 」




 オレカラウバッタナ?



「んん? 何を……、グァッ!」




 威力よりも弾き飛ばすことをイメージして、大柄な男の腹部に拳を叩き込む。


 車に正面衝突されたかのように身体をくの字に曲げて吹っ飛ぶ男。

 

 そのまま事務所中央のデスクに突っ込み、周りの机も巻き込みながら倒れ込む。



 


 先ほどまでの笑い声は嘘のように静まり返った。


 今までただの小僧としてしか見ていなかった従業員達が目を剥いている。


 倍近い体格の大男をパンチ一発でぶっ飛ばしたのだから当然だろう。


 まあ、俺からすれば、手加減に手加減を重ねたパンチに過ぎないが。





 エンジュがこの街に住み続けないのなら、もう遠慮する必要は無い。


 さあて、ここからは俺のエンジュを散々イジメてくれたことへのお返しの時間だ。


 お前ら全員叩きのめしてエンジュに詫びさせてやるからな!



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― 新着の感想 ―
[一言] 誰だよ、こんな健気な子を捕まえて、見えてる地雷だの、どうせ裏切るだの、自動車に爆弾あるんじゃね? とか考えてたやつは。 ごめんなさい、私です。 ええ娘やなぁ。
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