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193話 少女


「いやあ、助かったよ。本当に危ないところだったんだ」



 ニカッと歯を見せながら笑顔を見せる少女、エンジュは何度も俺に礼を言ってくる。



 見つけたのは少女一人と、バイク1台。

 バイクが故障してしまって、誰かが通りかかるのを待っていたそうだ。


 聞けば、彼女の行き先は俺の目的地への通り道ということもあり、車に乗せていってあげることにしたのだ。


 故障したバイクは荷室へ。

 白兎には後部座席へ移ってもらい、エンジュは助手席へ。


 図らずも、女の子とのドライブとなってしまった。



「やっぱり車の方が楽ちんでいいな。こうやって景色を楽しむこともできるし」


 助手席のエンジュは窓から見える光景を見て、そんな感想を漏らす。

 


 歳の頃は今の俺と同じくらいだろうか。

 しかし、随分と小柄なので初めは小学生くらいかなと思ってしまった。


 ボサボサの赤毛を短くまとめており、所謂ウルフボブのような髪型。

 古ぼけた茶色のジャケットに、擦り切れたジーパンのようなズボン。

 体形もやせ形で、女性らしい丸みに乏しく、声を聞かなければ少年かと思ってしまうだろう。


 

「バイクが壊れちまってさあ、何とか直そうとしたんだけど、部品が足りなくて。そうこうしているうちに夜が来て……、どうしようかと思ってたところだったんだ」


「なるほど。ここから一番近い町でも200km以上あるから、歩いて向かうのは難しいか……」


「途中に開拓村ならいくつかあるけど、手ぶらじゃ寄るのは危ないからな。幸い道から大きく外れてなかったし、親切な旅人が通りかかってくれるのを待ってることにしたんだよ」


「よく1人で救助を待とうと思ったね。機械種に襲われるかもしれないのに」


「こっちは女一人だからな。ウルフやラビットが近くまで来たけど、アタイ1人だけだから見逃してくれたぜ」


 恐ろしい体験だっただろうに、エンジュはまるで武勇伝でも語るように自慢げに話す。

 


 ……機械種が無力な女子供を見逃すというのは、良く聞く話だけど、本当だったんだな。

 

 どうやって女かどうかを判別しているのだろう?

 このエンジュって子は、あんまり女の子っぽくないぞ。



 助手席に座っている彼女の顔をこっそりと横目で眺める。


 不細工と言うほどではない。

 少女らしい愛嬌さは感じられる。

 しかし、お世辞にも美人だとは言えない顔立ち。

 頬にはそばかすが散らばり、唇の横や額に幾つかの古い傷跡が薄っすらと残っている。歳の割に随分な修羅場をくぐってきたのかもしれない。


 そんな傷跡とややきつい目元が相まって、野良猫のような野性味を醸し出しており、少女というより、少年の腕白さを感じさせる。

 

 ランクで言えば中の中。

 まあ、普通のモブ顔といったところか。

 

 助けを求めていたのが少女というのは嬉しい誤算だが、贅沢を言えば、もう少し美人度を上げてほしかった。


 あと、胸もペッタンコだ。これも頂けない。

 巨乳には巨乳の良さが、貧乳には貧乳の良さがあるのだろうが、全く無いのはどうしようもない。

 もしかしたら微乳というカテゴリーなのかもしれないが、それは男と変わらないだろう。

 どうせならもうちょっと育ってからの方が良かったのに……



「本当に助かったよ。故障したバイクも乗せてくれて、大助かりだ。このお礼は絶対するからな」


 俺の大変失礼な内心にも関わらず、俺に向けての礼を口にするエンジュ。


「アタイも運が良かったなあ。こんな優しい機械種使いに拾ってもらえて。おまけに車まで持っている御大尽様に」


 後部座席に移った白兎を覗き込みながら、エンジュは随分と俺を持ち上げてくている。


 さっきから礼を繰り返したり、俺を褒めちぎってくるのは、ちゃんと目的地まで運んでほしいからなのだろうな。


 別にそこまでしなくても、乗せていってあげるのに。


「この先の街でいいんだよね。確か……」


「ピルネーの街さ。アタイのホームでもあるんだ。と言っても、つい半年前に来たばっかりなんだけど」


「へええ、凄いね。外から来て、半年で街に居つくことができたの?」


 この世界では、外から来た人間が街に居つくのは難易度が高い。

 無許可でスラムに住んでいるのとは違う。

 街に居つくということは、街の施設や商会に所属しているということだ。

 

 これがなかなかに大変なのだ。元の世界で言えば、戸籍も無いのに会社の正社員になろうとするくらいだろう。



「へへっ、かなり苦労したけどな。でも、こうやって『渡り』の仕事を貰う事ができたんだぜ」


 自慢げに笑みを深くするエンジュ。

 その様子は、まるで腕白小僧が宝物を見つけて友達に自慢しているようなイメージ。



 『渡り』というのは、この世界の配達人みたいなものだ。

 街から街への通信手段は、感応士による伝書鳩か、人の手によって運ぶしかない。

 感応士に頼むのは非常に高価な為、緊急時以外の情報のやり取りは、『渡り』と呼ばれる配達人を通して行うことが多い。


 しかし、当たり前だが、街から街への移動は機械種に襲われるかもしれないという危険を伴う。


 かと言って、機械種に対抗する為に装甲車や戦車等で武装をしてしまうと、その分機械種が襲ってくる確率や脅威度も上がってしまう。 


 なので、『渡り』は極力武装をせず、機械種が見逃してくれることを期待しながら、街から街へと移動を続ける危険な職業なのだ。



 そんな危険な職業に、こんな年端もいかない少女が就いているなんて……



 いや、年端もいかない少女だからこそなのかもな。



 先ほどの話でも出たが、レッドオーダーの機械種は、野外で遭遇した人間が女子供であった場合、見逃すことも多いという。

 また、戦場でも機械種に狙われる確率は、男に比べ女の方がはっきりと低くなるらしい。

 なぜそんな偏りが出るのかは不明だが、そのせいもあって猟兵団でも女性を戦場に出すケースが多い。


 狙われては困る位置に女性を配置して、被弾率を下げるという試みだ。


 魔弾の射手で言えば、ジャネットさんやドーラさんがそれに当たる。


 ジャネットさんは砲手、ドーラさんは戦場での救護役として配置されていた。


 それでも絶対大丈夫という訳ではないのだけれど……

 現にジャネットさんは超重量級の砲撃で亡くなってしまったし。




 狙われる可能性が低いといったって、ゼロではない以上、道中に襲撃される時は必ず来るはずなのだ。

 スモールの銃くらいは持っているだろうが、そんなものでは草原でよく見かけるウルフの群れに対応できるわけがない。


 襲われたらそれで終わりだ。命のチップを機械種の気まぐれに預けるような物だ。


 そんなリスクを抱えて、バイクで街から街へと移動する仕事に就くなんて、エンジュはかなり大胆不敵な性格なのだろう。 






「なあ、ヒロは狩人なんだろう? 目的地はどこなんだ? もしよかったらピルネーの街を本拠地にしなよ。アタイが秤屋や藍染屋に口をきいてやるからさあ」


「あー、俺の目的地は中央なんだ。今は依頼を受けている最中でね」


「そっかー、それは残念だな。せっかく仲良くなれそうだったのに」


「でも、秤屋や藍染屋への紹介は、ぜひお願いしたい。お金……マテリアル化したい機械種の残骸や、修理したい機械種があるんだ」


「おー! 任せておいてくれよ。その残骸や修理したい機械種って、後ろの荷室に積んでいるのか?」


 エンジュは背もたれの上から顔を出して、後ろを覗き込む。

 しかし、荷室は車内からは見えないようになっているから、確認することはできない。



 危ない危ない。

 荷室には積み込んだバイクと水タンクくらいしか載っていないからな。

 残骸とか機械種とかは、全て七宝袋の中に入れてしまっている。

 こういったことがあるかもしれないから、何体かは取り出しておいた方がよさそうだ。



「なあ、なあ。どんな機械種なんだ? ヒロが狩ったのか?」


 エンジュは俺が言った機械種に興味津々のようだ。

 助手席から身を乗り出して、俺に圧し掛かるかのように迫ってくる。

 


 エンジュと俺の距離が近づく。


 お互いの瞳の虹彩まで見えるような至近距離。 

 

 美人ではないとはいえ、少女からの急接近は、俺の動揺を誘うには十分以上の威力を秘めているのだが、今回はそれ以上に……




 う……これは……



 さっきから気にはなっていたけど……



 ちょっと……、いや……、かなり臭い。





 街から街への移動には2,3日、下手したら一週間はかかるだろうから、当然、その間はシャワーや風呂なんて入れない。

 しかもバイクだから、飲み水を確保するだけで精一杯だろう。

 身体を拭く機会もあまりなかったに違いない。


 

 エンジュの身体からは、汗臭いというレベルを通り越した、すえた臭いが漂ってきている。



 俺は別に臭いフェチってわけじゃないから、全然嬉しくない。


 そう言えば今までいた街は水だけは豊富だったから、チームトルネラのメンバーは寝る前のシャワーは欠かさなかったし、女の子達はみんな身綺麗にしていた。


 スラムの街並みも、ゴミゴミはしていたが、臭いが気になる程の悪臭なんてなかったように思う。


 しかし、旅を続けていけば、不潔な場所に行くこともあるだろうし、これくらいの臭いを気にしてはいけないのだろうけど……



「なあ、なあ、なあ。何の機械種なの? ラット? フロッグ? キャット?」


 フロッグ? キャット?

 ラットは分かるけど、後ろの2つは蛙と猫型の機械種か?

 蛙型は見たことないけど、猫型は未来視で見たような気が……


 いや、それよりも何て答えようか?


 優先順位なら護衛として威圧感が期待できるオーガなんだけど……


 あ、無理だ。あの大きさでは車の荷室に入らない。

 細かくバラバラにしてしまえば入るかもしれないが、それでは修理代が高くついてしまう。


 当たり前だが、機械種ロキや超重量級のフェンリルは不可。


 修理してもらうだけならパラディンやビショップを取り出しておきたいところだが……


 いくらエンジュのコネがあろうと流石にストロングタイプは高価すぎる。

 わざわざ揉め事の種になるものを出す必要はない。

 それに辺境の街の藍染屋で修理できる可能性は低いような気がする。

 どうせならきちんと修理してもらいたいから、中央に行ってからの方が良いだろう。


 まあ、仕方が無い。ここは無難に中量級であるオークとコボルトにしておこう。


 

「えーと、オークとコボルトが何体か置いてあるよ」


「オーク!! スゲー! ヒューマノイドタイプでもかなり大きいヤツだろう!」


「まあね。バラバラになっているのもあるけどね」


「ねえ、ねえ、ねえ、ヒロ。後で見せてもらってもいい?」


「ええ?」


「オークなんてこの辺りじゃあ、あんまり見ないし。アタイ、ちょっと機械種に興味があるんだ」


 機械弄りが好きなのだろうか?

 女の子の趣味としては珍しいような。

 

「ねえ、ねえ、ねえ、ちょっとだけでいいからさあ」


 エンジュは俺のパーカーの裾を掴んでおねだりしてくる。


 俺は女の子のおねだりにはとことん弱いのだけれど、今回はそれに鼻がひん曲がりそうな悪臭がプラスされている。


 もう俺には白旗を挙げる以外の選択肢はないようだ。



「わ、分かったよ。だから、離れ……裾を掴むのは止めて。伸びるから……」

 

「やったー! へへへっ。やっぱりヒロは優しいなあ」


 嬉しそうに笑みを零すエンジュ。


 まあ、笑った顔はちょっと可愛いかな。


 それより、何とかしてエンジュの臭いを取る方法を考えよう。


 このままだと車内まで臭いが染みつきそうだ。


 水タンクの水を使って身体を拭いてもらうのが一番だろうな。


 問題は何と言って身体を拭いてもらうかだ。

 直接『臭いから拭いて』なんて、デリカシーの無い発言はできないし。



 昨日までは、一人旅に一抹の寂しさを感じていたけれど、旅の連れ合いが増えたら増えたで、これまた悩み事も一緒に付いてくる。

 

 

 まあ、『旅は道連れ世は情け』とも言いますし。

 一時的にせよ、せっかく増えた道連れなんだ。これも新たな出会いとして楽しんで行こうか。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 助けた女の子が臭い!うーん、確かに大いにあり得るのに初めて見たパターン [一言] スラム編とても楽しく読ませていただきました 放浪編も面白そうで嬉しいかぎり
[一言] グイグイきますねw
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