192話 発見
「本当にこれで大丈夫なんだろうな?」
運転席前のメーター付近に突き立てられた打神鞭に向かって問いかける。
ダイジョーブ! マーカセテ!
打神鞭から随分軽い感じのリアクションが返ってきたことで、俺の不安がさらに増大する。
とは言っても、ここまで来たらコイツに頼るしかないのが今の状況だ。
幸いなことに打神鞭の占いは、日を跨げばリセットされるタイプだったようで、占いの実行に問題は無かった。
問題があったのは、その占い方法。
毎回、ユニークな占いバリエーションを見せてくれる打神鞭だが、今回は極め付け。
車に装着されているナビ画面に占い結果を映し出すという、古代中国発祥の宝貝とは思えない占い方法を提示してきたのだ。
俺の要望に応じて、助けを求める人間の位置を画面で分かりやすく表示してくれるらしい。
「もはや、何でもありだな」
仙術と電子機器の組み合わせなんて聞いたことが無いぞ。
魔術とコンピューターならあるのだけれど。
打神鞭の指示に唯々諾々と従い、メーター部分の隙間に打神鞭を突っ込んだ俺が言うのも何なんだが・・・
おっ!
映った!
ナビ画面が映し出す地図が拡大していき、所々に点滅する光点が現れる。
ふむ。この点滅する光点の位置に助けを求める人間がいるということか?
しかし、結構数が多いな。
地図の寸借が大きくなって広範囲になったからかもしれないが、ぱっと見るだけで数十個くらいありそう・・・
あ、1個消えた……
え、これって……
助けを求めていた人間が死んでしまったということか?
間に合わなかったのか……もう少し俺が早く思いついていれば……
あ、また一つ消えた。
と思ったら、別な場所に1つ増えて・・・いや、2つか。
寸借から概算すると10km以上は離れているから別々の案件だと思うけど。
おお、気がついたら右端部分の光点がまとめて4つくらい消えてしまっている。
でも、別な場所で3つ増えていて……
おい! これは無理だろう!
こんなの瞬間移動でもないと助けられるわけがないぞ!
かぶりつくように見ていたナビの画面から目を反らす。
もう俺の力ではどうしようもない。
はああああああああ
ため息をついて、運転席にもたれ掛かかり、目の辺りを右手で覆う。
そりゃそうか。
現在進行形で助けを求めるくらいの危機に襲われているのだから、あっという間に殺されてしまうことだってあるだろう。
ある程度抵抗を続けたって、危機的な状況の戦闘を、救助が間に合うくらいの長時間も持たせるのは非常に困難だ。
危機に陥ってから、その命を奪われてしまうまでの僅かな時間。
その間に俺が助けに駆けつけなくてはならない。
そんなのどうやっても不可能だろう。
襲われている所に出くわして、主人公が助けに入るという物語でよく見るシーンは、実は天文学的な確率なのかもしれない。
それこそ主人公補正という名の運命操作が無いと、到底成し遂げられるものではないのだ。
考えが甘かったかなあ。
だいたい地図が広すぎるんだ。
端から端まで何百キロあるんだよ!
俺が全速力で走ったって、時速100kmはいかないだろう。
今から助けに向かったって、到着するのは半日後になってしまう。
どう考えても間に合う訳がない。
もっと近ければ、駆けつけてあげても良かったけど……
おや、この光点は……
意外に近い……あれ?ひょっとして……
ナビの操作ボタンを弄って、寸借を縮めてみる。
やっぱり、かなり近い位置だ。
俺の目に留まった光点は、地図から見る限りここから5キロも離れていない。
それにしばらく眺めていても消える様子は無く、ピカピカと点滅したままの状態を維持している。
ここに映っているということは、助けを求めているということだ。
しかも俺の手の届く位置にいる。
これこそが俺が求めていたモノである可能性が高い。
では、善は急げといきますか。
「よし、出発だ!46725号。ナビが示した地点へ向かってくれ」
「リョウカイシマシタ」
俺の号令に、車はゆっくりと動き出して目的地に向かって走り出す。
すると、助手席に座って大人しくしていた白兎が何かを訴えるかのように、俺の方を向いて、身体を少し浮かせながら耳をパタパタさせてくるが……
うん? これは……また、屋根に乗って警戒役をしたいということか。
「いや、屋根の上で待機する必要はないぞ。これから人の目に触れることになるから、あまり突拍子もない所を見せるわけにはいかない」
機械種ラビットをわざわざ走っている車の屋根に乗せる人間はいないだろう。
「いいか、白兎。他の人間の目があるところでは、極力普通の機械種ラビットのように装うんだ。プカプカ浮かぶのも禁止。白い流星になって飛び回るのも禁止だぞ」
俺の指示を聞いて、耳をヘニャっとさせる白兎。
せっかく得ることができた能力を禁止されるのは面白くないのだろう。
だが、こればっかりは譲れない。
「白兎。これはゲームなんだ。白兎がとっても強くて何でもできるということを、上手に隠し通すというゲームだ」
ゲームという言葉を聞いて、白兎は垂れ下がった耳を半分だけ立ち上がらせる。
白兎の精神年齢? は多分幼稚園児か小学生くらいだと思われる。
このくらいの年代の子ならこういった言い方が心に響くだろう。
「実はとっても強いのに、普段はそれを隠し通す。そして、皆の見えないところで力を振るうんだ。『能ある兎は爪を隠す』って言うんだぞ。カッコいいと思わないか?」
まあ、本当は『鷹』なんだけど。
白兎は俺の言葉を噛みしめるように、耳をピクピク動かしながら考え込む素振りを見せるが、やがて……
パタ、パタ、パタ、パタ
激しい勢いで耳をパタパタさせて、了解の意思を示してくれる。
どうやら『能ある兎は爪を隠す』というフレーズが気に入った様子。
普段はほんの少し見えている前脚の爪を完全に引っ込めている。
いや、そう言う意味じゃないんだけどな。
多分理解してくれているだろうと思うけど。
運転席から眺める窓の外の景色は、相変わらず代わり映えしない草原一色。
そんな景色が後ろに流れていくスピードを見ると、車の速度は時速30~40km程度と思われる。
あと10分くらいで現場に駆け付けることができるだろう。
さて、どんな人間が救助を求めているのかな。
できれば可愛い女の子が良いのだけれど……
でも、今までの経験から、そんな旨い話にはならないのだろうな。
思い出されるのは、今までの草原や道中での突然の出会い……
半分以上の確率で皆殺しにしているような気がする。
俺から仕掛けたことはほとんどないのだけどなあ。
やはりこの世界は何かと物騒なことが多いせいだろう。
今回はそんなことにならないことを祈るしかない。
そんな祈りが通じたのか……
助けを求めていたのは一人の少女であった。




