113話 物語 承
IFルートの話となります。
この世界についての情報の補完も兼ねています。
雪姫からは色々と学ぶことが多い。スラムでは到底教えてもらえないような知識が色々入ってくる。
こういった知識は本来貴重なものであるはずだが、雪姫はそれを知ってか知らずか俺に惜しみなく教えてくれる。
まあ、単に自慢がしたいだけなのかもしれないが。
「雪姫、これは?」
「ふふん。ヒロが知らないのも当然。これは自動車」
「いや、それくらい知ってるけど、どうして自動車がここに?」
俺と雪姫の前に置かれた自動車。前の世界の軽ワゴン車みたいだな。
今日は草原まで狩りに行くはずなのだけど。これで移動するのだろうか。
「むう。自動車を知ってるなら分かるはず。乗る為に決まってる」
そう言うとさっさと車の後部座席に乗り込む雪姫。
「ヒロもさっさと乗る。これで草原に行く」
雪姫の隣にはモラが乗り込んだので、俺が乗るなら前の席しかない。
ルフは乗り込む様子がなさそうだから、走っていくのだろう。
パサーでは明らか背が高すぎて、この車には乗れない。
ひょっとして、俺が運転すんの?
「俺、この世界の運転免許書持っていないけどなあ」
せめて、オートマチック車であってくれ。今更マニュアル車を運転できる自信がない。
強く願いながら運転席に乗り込むと、そもそもハンドルがなかった。
「これじゃあ、運転できねえよ!」
「何言ってるの?ヒロ。これは自動車って言った」
「だから、ハンドルが無いと操作できないだろ? ……うお! アクセルもブレーキも、ミッションもない。どうやって運転するんだよ!」
「だから『自動』車って言ってる。ほら、15454号、前へ動く。目的地は草原36番辺り」
「ハイ、リョウカイシマシタ」
「ぎゃああ!車がしゃべったあああ!!」
俺の驚愕を他所に15454号と呼ばれた『自動車』は勝手に前へ進んでいく。
おお、この異世界では前の世界では実現していなかったAI自動運転がすでに完成しているとは……
「ヒロは知ったかぶり。知らないなら正直にそう言う」
「いや、俺の知ってる自動車は運転が必要だから……」
「それは、すでに自動じゃない。手動車」
え、俺が間違ってるの? え、自動車ってそういう意味何だっけ?
確か鉄道と比べて線路を走る必要が無いとか、原動機で自動でタイヤが回転するからとか、そんなんだったと思うけど。
草原に着くまでの間、必死に説明するも理解してもらえなかった。
「ヒロは知識がまだまだ。私が教えてあげないと」
くそっ、戦闘力で俺に負けたから、知識の面でマウントを取ってきやがる。
負けたわけじゃないからな。
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雪姫との草原での狩りの最中のことだ。
「ヒロ、ちょっと花摘みに行く」
と言うなり、雪姫はその場をモラと一緒に離れていく。
『花摘みに行く』ということが、トイレに行くということくらい俺にも分かるが、この荒野でどうするんだ?
と思っていたら、モラが抱えていたスポーツバックのようなものから、明らかにその中には収まらないようなものを取り出してくる。
1.5m程の長さの棒や、段ボール箱のようなもの、ブルーシートのような布等。
モラは手慣れた手つきで、それらを組み合わせていき、細長い三角錐のようなテントを数分のうちに立ててしまう。
そして、その中に身を屈めて入っていく雪姫。
おお、簡易トイレか。なるほど。確かに雪姫には絶対必要だな。
それよりも、あのスポーツバックはいわゆる無限収納袋なのか。どこかにあると思っていたけど、ようやくその存在を確認できたな。
これで七宝袋から物を取り出しても、それほど目立つことは無いかもしれない。
あとで、無限収納袋について雪姫に聞いてみよう。
あ、モラがめっちゃ俺を睨みつけてきている。
イカン、凝視し過ぎた。女性がトイレに入っているところをあんまり眺めたら良くないな。
俺もトイレに行く振りをして、ちょっと離れるか。
「雪姫、そのバックは無限収納袋なの?」
少し時間を置いてから、雪姫に尋ねてみる。
「ん? この空間拡張機能付きバックのこと?」
名前長いな。いや、別にいいか。
「やっぱり空間を拡張しているんだ。さっきそのバックには入らない大きさの物が出てきたからそうじゃないかと。思った通り無限収納袋だったか」
「何言ってるの? ヒロ。この世界に無限に収められる袋なんてない。このバックの中の拡張は10倍くらい」
「ショボい! それじゃあ、せいぜいタタミ2畳くらいしか入れられないぞ」
「む! タタミって分からないけど、今、このバックを貶したのは分かった。ヒロは物が分かっていない。これは超高級品。この軽さでこの収納力。マテリアル空間器とマテリアル重力器を極限までコンパクトにした特別品」
また新しい単語が出てきた! 名前からして空間を操る装置と、重力を操作する装置のことかな?
中の空間を広げて、中に入れたものの重さを軽くする機能があるってことか。
まあ、確かにそれがあれば買い物でもかなり楽にできる……
「おい! それがあるなら、俺がいちいち買い物の荷物持ちしなくてもいいじゃないか!」
「ヒロは分かっていない」
はあ、とため息をつく雪姫。
顔を左右に軽く振って『分かってないなあ』感を表現してくる。
「女の買い物は、男が荷物持ちするのが当たり前」
「今時流行らない女子特有のご都合フェミを持ち出してきやがったな」
「それに空間拡張機能付きバックで買い物をすると大変。どれだけ物を買ったか一目で分からないから、物を買い過ぎて後でモラに怒られる」
……なんとなく最後のが、そのバックを買い物に使わない理由なような気がする。
しかし、今の話を総合すると、やはり俺の七宝袋の能力は収納機能という点においても、この世界の品を圧倒している。
あまり巨大な物や、大量にある物を収納するときは、気を付けないといけないな。
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雪姫と一緒に行動することになると、街へと出ていく機会が増える。
俺が街に来た時に見つけた『白鐘』と思われる設備を備えた建物に行ったり、街の有力者っぽい人達と会談したりと、雪姫の行動範囲はスラムから街にまで及んでいる。
しかし、どのような用事なのかは全く分からない。ほとんどの場合、俺は外で待たされるケースが多いから。その場合、雪姫の付き添い兼護衛はルフとモラが行っている。
まあ、相手方も雪姫が従属している機械種ならともかく、素性の分からないスラムのガキなんて同席するのも嫌なはずだ。
俺もおっさん相手に気を遣うのも御免だし、別に不満は無いけど。
今も街のご立派なビルの近くで雪姫を待っている状態だ。
周りを見渡せば、スラムとはかけ離れた街並み。
雑多な雰囲気はあるものの、前の世界でも海外であれば珍しくないような光景が広がる。
海外旅行にはほとんど行ったことのない俺だが、別にこういった異国情緒溢れる様子は嫌いじゃない。
特に前の世界では絶対に見られないロボット=機械種が動く姿を見ることができるんだから。
「あれ、カッコいいなあ」
俺が見ているのは、機械種が売りに出されている店先。
電気屋かと思うような店舗の前に並んでいるのは、騎士のような鎧を装備した人型の機械種と、2.5m程もある超合金シリーズロボットのような形状の機械種だ。
俺はラビットとか、ウルフとかは何体も倒したし、ダンジョンではオークを3体も葬っている。
しかし、あの店先に並ぶ機械種は、それらをはるかに上回る大きさだ。
当然、ウルフやオークよりも強い機械種に違いない。
ひょっとしたら、宝貝を使わなければ俺でも苦戦する程強いのかもしれない。
できれば俺が前にでなくても戦えるような機械種を従えてみたい。
「あれ、ほしいなあ。いくらくらいするんだろう」
思わず心の声が零れる。
「んん? あのオーガとワータイガー? ヒロはあれがほしいの? やめておいた方が良い」
突然、後ろから聞こえてきた雪姫の声に慌てて振り返る。
話が終わったらしい雪姫がルフとモラを連れてビルから出てきたところのようだ。
「ああ、終わったんだ。早かったんだね」
「挨拶だけ。面倒くさい。でもお仕事。それよりヒロ。あれはやめておいた方が良い。あれを買うくらいなら、少し遠くに行って、レッドオーダーのを捕まえてきた方が良い」
「なぜ? 結構強そうだけどなあ。ええと、オーガ? ワーダイガー? 別に鬼っぽくないし、虎の顔をしていないけど」
「あれはリビルト品。壊れたのをつなぎ合わせただけ。しかもそれが分からない様に鎧っぽいのや仮面っぽいのを付けてるし、スキルもロクなのが入っていない。この街の機械種の品ぞろえは悪いから、買うのだったらシティに近い街の方が良い」
「え! そうなの? リビルト品かあ。事故車みたいなものなのか。ありがとう。教えてくれてなかったら、お金を貯めて買おうとしてたかも」
「オカネ? ヒロはたまに知らない言葉を言う。でも、礼は受け取っておく」
「ああ、ごめん。貯めるのはマテリアルだったな。それはそうと、あのリビルト品ってのは、そんなに強くないの?あの大きさだからかなり強いと思うけどなあ」
「ん~、ヒロ。従属させている機械種に戦闘をさせると、傷つくことがある。傷つくと修理しないといけない。たとえば、ラビットの足が折れちゃったら、同じラビットの足をくっつければ済む。ラビットはこの辺りにたくさんいるから、交換部品に事欠かない。でも、オーガとか、ワータイガーも含めたワービーストシリーズはこの辺りじゃほとんど見かけない。だから修理する時に他の機械種の部品を使う。コボルトとか、ゴブリンとか、ウルフとかのを色々継接ぎして」
そ、それはヒドイ。弱い機械種の部品を使えば、その分弱くなってしまうな。
「それだけじゃない。機械種も本来の部品と違うものをくっつけられたら、動きにくくなる。そうなると晶石の中のスキルも使えなくなることもあるし、誤作動を起こすことだってある。だからリビルト品は加工者によっぽどの腕が無いと、本来のスペックから弱くなってしまうことが多い」
そんなことを聞いてしまうと、機械種を購入するのが怖くなるな。
自分で狩ってブルーオーダーしてしまう方が良いのかもしれない。
「もちろん、きちんと腕の良い藍染ならそんな心配が無い。格上の機械種の装備を取りつけることで、性能アップを図ることもできる。このモラやルフやパサーみたいに」
えっへん、とばかりに胸をはる雪姫。
自分の機械種を自慢する時は、本当に子供みたいだ。
もう3ヶ月程、雪姫に付き合ってきたが、すでに初対面の時に感じた冷たい感じの美少女の印象は微塵にも残っていない。
外では取り繕うものの、中身は15歳の少女よりもさらに幼い感じだ。
特に親しくなった相手には口調が子供っぽくなってしまい、話していると、おしゃまな小学生を相手にしているような気分になってくる。
それを指摘すると烈火のごとく怒りだしてしまうが。
俺の雪姫への恋心は、若干暗礁に乗り上げて行き場を失っているところだ。
雪姫から俺に対して感じるのは、『力は強いけど、物を知らない弟のような存在』、『たまに生意気なことを言う優秀な後輩』、『気に入っている従者』。
俺からは『同年代のくせに姉を気取りたがる妹のような存在』、『やたらマウントを取りにくるポンコツ先輩』、『手間のかかる雇い主』、『でも、その美貌に時折心を奪われる憧れの人』。
ここからどうやって先に進めればいいのか、全くわからない状態だ。
しかも、だんだん、もうこのままでもいいかという気持ちも湧いてきている。
俺と雪姫の関係の行きつく先は、いったいどこなのだろうか?




