10話 ヒロイン?
結局、何事もなかったかのように、アジトへ連れて行かれた。
まあ、連れていかれる間は全く会話がなかったが。
廃墟を通り過ぎ、大通りから少し離れた辺りに入る。大通りにあった活気のようなものは全く感じられず、薄暗くジメジメした印象を受ける。正しくスラム街という雰囲気だ。
その中の薄汚れた感じの4階建て程のビルに入っていく。
中は意外に綺麗に片づけられている。やはり小学生から中学生くらいの集まりのようだ。10人くらいがこちらを見定めるように見つめてくる。男女半々といったところか。
「サラヤを呼んでくれ」
3人のうちの一人が呼びかけると、一番年齢の低い女の子が2階へ上がっていく。
10分程だろうか。待っていたのは。その間ずっと好奇の視線で見られていて、ちょっとつらかった。一緒に来た3人は全く話しかけてくれないし、俺から話しかけても無視するし。
2階から降りてきたのは15歳くらいの女の子だった。
髪は茶色のショート、少し端っこが擦り切れた薄手のブラウスを着ている。
やや童顔で可愛い系の顔立ち。少し肌が浅黒いところから、何となくフットサルやソフトボールをやっている運動系女子のイメージだ。
ついに来たか!ヒロイン登場か?
「ごめん。遅くなって。そっちの人が新人さん?」
スタスタと歩いてきて、俺の前に立って顔を近づけてくる。
思わずのけ反ってしまうと……
「あ、ごめんなさい。あんまり見かけない顔付だったから。随分遠くの人なのかな?」
「いや、別に……その……」
俺は小学生か! でもこんな若い女の子と話すことなんて何年ぶりだ?
「あはは。別に詮索しているわけじゃないよ。だいたいこの町に来る人って大抵開拓村から来てるから。どこの開拓村からなのか気になっちゃって」
ん、自分の設定は決めてなかったな。さあどうしよう。
「結構離れたところから来ました。途中、運よく車に乗せてもらったりして、何とかこの町にたどり着いたんです。で、この町に着いた後、どうしたら良いか分からなくてウロウロしてたら、あちらの方に見つけてもらって、ここに連れてきてもらいました」
即興だが、うまく設定できたように思う。昔から言い訳は得意なんだ。
車に乗せてもらった云々は、距離間を分からなくする為だ。開拓村とやらがどれだけ離れているか分からないし。うかつに徒歩で1週間なんて答えて、徒歩1週間圏内に開拓村はありませんなんてなったら目も当てられない。
「運が良かったね。開拓村からの避難民は8割くらい途中で機械種に食べられちゃうらしいから。10人いて、8人が食べられている間に逃げるしかないんだって」
怖いことをサラッと言われた。
そんなに道中は危険だったのだろうか。
ここまではほとんど走ってきたから捕捉されなかったのであろうか。
「こっちに来てくれる?。簡単にチームについて説明したいから」
と言って俺の手を掴んで二階へ連れて行こうとする。
わ、手が暖かくて柔らかい。
「え、あ、ちょっと」
「良かった。最近、人数が足らなくて。チームはいつでも入団希望者募集中なの」
そのまま強引に2階へと連れていかれ、応接間のような部屋に通される。
応接間っていったってボロいソファが2つ並んでいるだけだが。
俺をここに連れてきた女の子は俺に奥のソファに座るように勧めてくる。
俺がソファに座ったのを確認すると、向かいのソファにボフッと座る。
ソファの沈み込み具合から、これは安産型ですなあ。
いや、久しぶりの女の子に何舞い上がっているんだ俺は!
まだチームに入るとも言っていないのに。このまま流されてしまうぞ。
何か言わなければと考えていると、ソファに座り込んでいる女の子は少し前かがみで俺の方を眺めている。
ん。ブラウスの隙間から胸の谷間が見える。年の割に結構でかい!
イカンイカン!こんな色仕掛けにひっかかっては!
ちらっと女の子の顔を見ると、ニコっと微笑まれた。
まあ、いいか。話くらい。
決して色仕掛けに引っかかった訳ではない。
「わたしの名前はサラヤ。このチーム『トルネラ』のまとめ役をしているの」
サラヤがソファの間の低いテーブルに置いていた水差しで、コップに水を入れながら自己紹介してくれる。
チーム名が普通の名前だ。良かった。
ここで「ジェット団」とか「ダークコンドル」とか名乗られたら一目散に退散していたところだ。
「見てのとおり、このスラムで子供たちが身を守るために集まった集団なの。今の人数は22人。5歳くらいから17歳くらいかな。年齢は」
意外に多いな。しかも幼児までいるのか。
「もちろん、子供だけじゃやっていけないから、バックについてもらっている団体があるよ。っていうか、このチームがその団体の下部団体になるんだけど」
やっぱり後ろ盾がいるのか。そりゃそうだな。半グレ集団のバックに暴力団がついているみたいなもんか。たとえが悪いが。
「この町を仕切る5大組織のうちの『バーナー商会』が上部団体ね」
バーナー商会?なんで商会がスラムに関わっているんだ?慈善事業の一環とかかな。
「このチームがやっているのは3つ。バーナー商会へ素材を卸すこと。他の4団体の監視と情報収集。最後は、イザって時の予備戦力」
素材を卸すとか情報収集は分からないでもないが、予備戦力ってなんぞ?
「まあ抗争なんて最近は起こってないから、その辺りは安心して。でも、同じような下部団体との小競り合いは結構あるかも」
おいおい。完全に暴力団の傘下じゃねえか!
俺の顔色が変わったのに気が付いたのか、慌てた様子で、立ち上がりこちらに詰め寄ってくる。
「大丈夫、そんなに頻繁にあるわけじゃないから。安心して」
その慌て具合が安心できないんですが。それに、そう近くに来られると、女の子特有の甘い香りが鼻腔をくすぐってくる。色仕掛けに惑うわけには……うーん。
「あ、そうだ。お腹すいてない?ちょっと待ってて」
そう言って応接間に置かれた棚から紙につつまれたものを持ってくる。
灰色の3cm×15cmくらいのブロック状の物体だ。これは……
「どうぞ。食べたことない?『シリアルブロック』よ」
まんま大きいカロ○ーメイトだな。シリアルって穀物のことか。
「開拓村では『マッドブロック』か『ウィードブロック』くらいしかないでしょう?このチームで頑張ってくれたら毎日『シリアルブロック』や『ビーンズブロック』が食べられるわよ」
シリアルブロックを手に取り、一口かぶりつく。
う、ゴリゴリッといった食感。まるで生米を食べているかのような。
味はあんまりしない。まあ食べられないこともないが。
ちょっと喉が渇くので、水を一口。
俺の反応がイマイチだったのか、サラヤは棚から別のブロックを差し出してくる。
「今日は特別。私の秘蔵の『ミートブロック』を出しましょう!」
そういいながら、手の上において差し出してくる薄ピンク色のカロリーメ○ト。
ただし、表面はつるりとしていて、蒲鉾のよう。大きさは5cmくらいしかないが。
まあ、せっかくなんで頂くとしよう。
ミートブロックは気になっていたんだ。
ひょいっとサラヤの手からミートブロックを取って、口に入れる。
「あ……」
サラヤがちょっと悲しそうな目で俺の口に放り込まれるブロックを追うが、気にせず念願のミートブロックを咀嚼する。
うん。味の薄いハムってとこか。
ちょっと油臭いが、まあいけるかな。
「どう?美味しいでしょ。ミートブロックは滅多に手に入らないけど。すごく頑張ったら手に入るかもしれないよ。ほんとに滅多に手に入らないけど」
最後のセリフにはやや泣きが入っていたが、俺をチームに引き入れたくて必死のようだ。
どうすべきか?もう少し情報を引き出しておいて、チームに入らないという選択肢も可能だ。その場合は若干恨まれるだろうが。
チームに入るメリットはこの世界の情報をもっと聞き出すことができること。そして、今夜以降の寝床が確保できる。
デメリットは自由な行動に制限ができること。チームの仕事を主にしなければならないだろうし、年齢層が低いものも多いようだから、足手まといが増えるだろう。
うーん。どうしよう。テーブルを挟んでサラヤが祈るような目で俺を見てくる。
まあ美少女だ。スタイルも良いし。
こんな人数をまとめているんだから能力も高いはずだし、話をしているかぎり性格も良さそうだ。
まあヒロインとしては合格点かな。頑張れば特別なお礼もしてくれるかもしれない。
よし。ここはヒロインのために頑張ってみますか。
「決めた。俺、チームに入るよ」
「本当!良かった!ありがとう!」
ぎゅっとサラヤが俺に抱き着いてくる。うわ、やわらかっ!
これだけでチームに入って良かったかも!
「ああ、そうだ。みんなに紹介しなきゃ」
すぐに俺から離れて、手を引っ張て行く。
おいおい、そんなに急がなくても。しょうがないなあ。
一階へ降りてくると、先ほどこのビルに入った時にはいなかった面子がいた。
俺やサラヤより少し年上と思われる若者。高校生くらいだろうか。
少しくすんだ金髪にスッキリとした細面のイケメン風。なんかサッカー部員を思い出させる。今の俺より背が高い。クソっ。
足元には50cm程の小動物型らしき機械種が転がっている。
色が黒いから敵対的な機械種だろうか。動かないから黒い石の置物のように見える。
「ジュード!今帰ってきたの?」
サラヤから今まで俺と話していた時とはあきらかに違うトーンの声が響く。
俺から手を放し、ジュードと呼ばれた若者に駆け寄って行く。
「サラヤ!見てくれ。ラビットをやったんだ!」
嬉しそうに機械種:ラビットを両手で持ち上げてアピールする。
前足と頭の部分が半壊しているが、形は確かに兎のように見える。
周りの子供たちは尊敬の目でジュードを眺めている。
「もう!ラビットなんて、危険種じゃない!危ないことはあれだけ辞めてって」
「ごめん、ごめん。でもチャンスだったんだ。見つかる前に見つけることができて。でも銃を使ったからマテリアルをちょっと消費しちゃったけど」
「別にちょっとくらいなら大丈夫。ジュードの体には代えられないんだから。でも、危ないことはやめてほしい。ジュードが『兎狩り』をしなくても、このまま『虫取り』や『草むしり』『砂さらい』で十分ノルマはこなせるから。それに、ほら、今日は新人も増えたのよ」
え、そこで俺に振りますか?
ジュードがラビットを地面に置いて、俺の方に近づいてくる。
「君が新人かい。よろしく。俺はジュード。ここでは『鼠狩り』をメインに仕事をしている。まあ、今回は運よくラビットが狩れたけど」
イケメンオーラを漂わせながら握手を求めてくる。
陽キャラは苦手なんだがと思いながらも、握手に応じる。
「今日はいいことばかりね!秘蔵のブロックを出しちゃおうかな」
サラヤの言葉に周りから歓声が上がる。
「そういえば君の名前は?」
「あ、やだ。私、名前を聞くの忘れてた」
「…………ヒロっていいます」
「ヒロ!これからよろしく」
「ヒロ!よろしくね!」
わざとらしい挨拶を受けるが、ここは空気を呼んで曖昧な笑みを浮かべるにとどまる。
ふう、俺はこの中でやってけるのだろうか?
食事の用意をするのか、皆が準備を始めるため散っていく。
そんな中、ジュードとサラヤがまだ話を続けていたので、つい聞き耳を立ててしまった。
「ねえ。今夜いいだろう?」
「……うん。いつもの部屋で待っておくね。」
知ってた。可愛い子には大抵彼氏がいるって。
知ってた。ある程度の年齢の可愛い子はだいたい経験済みだって。
知ってた。異世界に来て、すぐに可愛くて処女のヒロインなんて出会えるわけがないって。
チームに入るの辞めときゃ良かったかも(泣)。
この世界に来て一番落ち込んだ瞬間だった。




