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プロローグ・1 十数年前――惨業革命の日

『全ての機械には乙女が宿る――。

        これは例外なくほんとうのことなんだ――』



 その時その場所にはぜんたい無事なところなんていっこもなかったんだ。


 それはこの場所だけでなくてこの世界全部のことだったかもしれないのだけれど。


 ぼくの住んでいた施設の建物も、わずかな友達と一緒に遊んだ園庭のブランコや滑り台もろとも跡形もなく粉砕されてしまっていたし。


 背くらべをしたポプラの樹も、体の調子がいい時に許可してもらえた散歩の道もろとも全てが焼き尽くされてた。


 ぼくの周りだけじゃなく、あちこちで火の手が上がっていたし、身震いするくらいの大きな爆発音がとどまることはなかった。


 ガシャン!


「おねえちゃんっ!」


 ぼくの耳にでさえ致命的だってわかるくらいの音をたてて『おねえちゃん』が崩れかけたコンクリートの壁に叩きつけられた。


 体のいろんな場所を壊されて、自らの流した血で顔の半分を濡れさせたまま、それでもおねえちゃんはぼくに笑みかけてくれたんだ。


 彼女の姿がたくさんの粒子と共に弾け、残されたのは致命的なくらいに画面が割れ、キーボードさえめちゃくちゃになったノートパソコン。


 ぼくがここに来て初めて出会って、まだ小さかったぼくにいろいろな言葉を教えてくれた――ノートパソコンのおねえちゃん。


 もう、彼女はそこにはいない。機械ではなくなってしまったから。ただの――物質になってしまったから――。


「せやああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 自分の体よりも大きな刃を振るいながら、めちゃくちゃに砕かれた道路の圧し曲がった標識を蹴って自動裁断機のおねえちゃんが『あいつ』に斬りかかる。


 園内報のプリントを刷る仕事を任された時にコピー機やシュレッダーのおねえちゃんと一緒に出会ったおねえちゃん。


 コピー機のおねえちゃんはぼくを守るための虚像デコイを産み出す事に必死になりすぎてとっくにやられてしまったし――。


 シュレッダーのおねえちゃんの自慢だった高速回転する無数の剣は半分以上が叩き折られてしまっている。


 この場にいる全ての『おねえちゃん』に、無事なところなんていっこもなかった。


 ぜんぶ――ぼくを守るために――。


 ギイィィィン!


 裁断機おねえちゃんの刃が『あいつ』の巨大な腕――ブルドーザーのショベルを受け止める。


「くっ……!」


 ぼくを狙った腕の勢いこそ殺したものの、刀身に大きな亀裂を入れられておねえちゃんはとっさに身をひるがえす。


「お願い!」


「うん!」


 距離を取った裁断機おねえちゃんの剣をアーク溶接棒のおねえちゃんが補修する。


 技術実習で出会った溶接棒おねえちゃんも、既に数え切れないくらいの修理を重ねていて修理に必要な被覆剤もほとんどゼロなはずだ。


「アンタはもう下がって!」


「ううん……盾くらいにはなれるから。意外と頑丈なんだよ、わたし」


 疲労を隠せないまま、それでも笑顔を見せ合うふたりのおねえちゃん。


「もう……もういいよ。もういいよ、おねえちゃん……」


 それでも、立ち向かう。


『あいつ』に。ブルドーザーやダンプカーや消防車……果ては電動ドリルやチェーンソーのようなものまでをデタラメに取り込んで……。


 いまやビルくらいの大きさに変貌した『あいつ』に。


『あいつ』に取り込まれた機械にも、きっとおねえちゃんが宿っていたはずだ。


 でも、いまはもう……いない。少なくともぼくに応えてはくれない。


 ただただ……絶望的なくらいに巨大で凶暴で凶悪な怪物の一部でしかなくなってる。


「もういいよ! ぼくを……ぼくなんかを守ってくれなくても! ぼくなんかのためにがんばらなくていいんだ!」


 かなわない――あんな化け物なんかに――。

 みんな――みんなやられてしまう――。

 ぼくなんかを守って――。


「……主君を守るのはそれがしの役目。否、存在意義にござる」


 それでもおねえちゃんたちは決して諦めてくれない。


「にゃはは、監視カメラちゃんは相変わらず大げさな言い方するっスね~。大事な友だちだから、でいいんじゃないっスか、そこは」


 ぼくを……ぼくを守るため、たったそれだけのために。


「だめだ……だめだよ……そんなのだめだ。ぼくの……ぼくなんかのために……」


 だって――だって、ぼくは――。


「自分のことを『なんか』なんて言っちゃだめだよ」


 そっと――暖かな手が背中に触れる。


「ううん、キミだけじゃない。この世界に生まれてきたもの……ぜんぶ、なにひとつとっても無くなっていいものなんてないんだよ」


 いたずらっぽく、歯を見せるようにしながらニッ、と笑う。


「おねえちゃん――」


「キミはね、ボクたちの事を見つけてくれて……そして名前を与えてくれた。それだけでね、それだけのことなのかもしれないけど」


 ぼくが生まれて初めて出会って……それからずっとぼくと一緒にいてくれた、おねえちゃん。


「それだけで……ほんとそれだけで十分なんだよ、ボクたちが命をかけるのには」


 真っ白な大きな翼がはためく。


 左右二枚、真ん中にひときわ大きな一枚の翼を持ったおねえちゃん。


「だから」


 おねえちゃんはもう一度、ニッと歯を見せて笑う。


 そして人差し指をぴんと空に向けて立てるようにして……。


「キミはね……今度はキミが――――するんだ」


 その指先を、ぼくの鼻先に突きつけるようにして何か大切なことをぼくに言った。


 そして――。


「おねえちゃんっ!」


「約束だよ、キミとボクの……約束だからね」


 そのまま……他のおねえちゃんたちと一緒に『あいつ』に立ち向かっていった。


「おねえちゃあぁぁぁぁぁんっ!」


 おねえちゃんには――おねえちゃんたちには、絶対にかなうはずもない『あいつ』と決着をつけるために。


 ぼくを――まもるために――。


 あのおねえちゃんは――何の機械の『オトメ』だったろうか――。



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