7.親?カーストに年齢なんて関係ない。
ギャグ無しです。
すみません。
「その……ここが私のお家だよ。」
守と森川結菜は公園から10分ほど歩いて彼女の自宅前まで着ていた。
その家は少し大きめの一軒家という感じなだけで、ほぼ一般的な外観をしている。
「それじゃあ。行くか。」
守が家の門を開き玄関の戸を開けようとする。
その時、森川結菜が守の腕をガシリと掴んだ。彼女の手は震えており、父親に対する恐怖がひしひしと伝わってくる。
「やっぱりダメ!行かないで。私のことはどうでも良いから。………守君が傷つくのだけは見たくないよ!」
涙を零しながら森川結菜は言った。
「心配すんな。こう見えて俺、喧嘩とか結構強い自信があるんだよ。」
守は笑って見せた。その笑顔は彼女を落ち着かせるためだ。
「どうして……どうしてそんな顔するの?
私の為なんかに………守君が頑張る必要なんて………」
「あるよ。少なくとも俺にはお前を守ってやる義務がある。」
守は森川結菜の言葉に割り込んだ。
その守の返答に森川結菜も「え?」と困惑した表情を浮かべている。
「そりゃ。お前がそんな顔するからだよ。
こっちの身にもなれってんだよ。目覚めがわりーわ。」
森川結菜から視線を外してそう言った。
「だがまぁ、心配すんな。お前の事は俺が何とかしてやるから。……そんな顔すんな。」
守は自分の目の前で泣いている女の子の頭を優しく撫でた。
「…………………バカ………そんな事、言わないでよ………」
その女の子は小さな声でそのように囁いた後
涙を拭い言葉を続けた。
「私も、父親にはガツンと言ってやりたかったのよ!守君!協力、期待してるよ!」
この言葉に先ほどの泣きじゃくる女の子の姿は見受けられない。
代わりに頬と目元を真っ赤に染め上げた無邪気に笑う女の子の姿がそこにはあった。
「ああ!んじゃ、お前の親父に後悔させてやりますか。」
守はドアを開いた。
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家の中はまるで誰もいないかのように、静寂に包まれており、玄関から入り込む赤い夕焼けの光だけがその家の光源といっても良いほど家の中は真っ暗だった。
その為玄関からリビングへ延びる短めの廊下はまるで闇を吸い込んでいるかのように薄暗く、気味の悪い感じを醸し出していた。
「なぁ森川。この家に本当にお前の親父いるのか?誰もいねぇーみてーだぞ。帰ってないんじゃねーのか?」
守は小声で森川結菜に話しかけた。
「ううん。ずっとこんな感じ。きっと今もお酒飲んでると思う。」
「そうか。…分かった。」
一言。守はその一言だけ言ってドシドシと歩き始めた。
そして、リビングのドアを蹴り破ってその中に入り込んだ。
「あん?誰だ?てめぇー。」
リビングには1人の男性が椅子に座った状態で守達を睨んでいた。
髪は無くスキンヘッドでムキムキに鍛え上げた体のいかつい男だ。
机には大量の酒の缶やタバコの吸殻が乱雑な状態で放置されており、床にも同じ状態が見受けられる。
その中で守は更にズカズカと歩みを進めて行く。
そして……………………………………………
……………………………………………………………………………………………………ズドンッッ!!!
守がその男の顔面を思いっきり殴った音が部屋中に響く。
ガハッ!?
男は血を吹き出し床に倒れ込んだ。
「このクソゆで卵が!森川の気持ち!何で分かってやらなかった!!」
守には珍しく大きな声をあげた。
この声に森川結菜の頬は赤く染められた。
「てめぇー。お前が誰だか知らねーが、ここから生きて帰れると思うなよ。」
その男は上着を脱ぎながら立ち上がる。
鬼の形相を浮かべて本気で怒っている。
「はっ!どうやらあんた。相当なドMらしい。……いいぜ。お望み通りボコボコにしてやるよ。」
守も制服を脱ぎ捨て動きやすい格好になる。
露出した腕には相当な筋肉が付いていることがわかる。
「殺してやる………」
森川結菜の父親はその一言だけを言い放って強烈な右ストレートを繰り出す。
一方で守はそれを左腕でガードする態勢に入りそれをブロックした。
しかし、右ストレートを完璧にブロックしたはずの守の左腕はまるで骨を折ったかの様な音を立てた。
(くっ!?こいつ死ぬほど強いんですけど!………でも、俺もここで引き退るわけにはいかねぇ!)
守は自分の意思に従い、左腕の痛みに耐え右腕でカウンターを入れた。
守の右腕は森川結菜の父親の顔面に直撃し、
再び床に倒れ込んだ。
だがそれもつかの間、森川結菜の父親は再び
立ち上がる。
「ちっ。普通の奴ならあれで病院送りのはずなんだけどな……」
守は苦笑する。
「なぁ。お前。なかなか強いじゃねーか。」
森川結菜の父親は立ち上がるなりそんな事を言ってきた。だが今の彼には何故か喜んでいるかの様な笑顔が見える。
「それはこっちの台詞だ。」
それから殴り合い、蹴り合いが再開された。
森川結菜の父親は強烈な右ストレートで守の左腕にダメージを蓄積させる。
他方、守は相手からの攻撃をブロックしてカウンターを入れる。
それを繰り返して15分は経っただろうか。
森川結菜の父親が口を開いた。
「おい、…ガキ。お前は何でこの家に殴り込みに……来た。結菜がそこにいる以上……強盗とかでも無さそうだしな。」
息切れをしながら守に聞いた。
「はぁ?……ふざけんなよ。…お前が1番分かってんじゃねーのか?…ハゲタカが。」
守もかなり疲弊していたがまるで疲れていないかの様に振る舞っている。
「ガキのくせに生意気な野郎だ。」
「……何で森川を大切にしてやらなかった。」
「はは……ふざけんな。それはお前に関係ない事だ。答えてやる義理はねぇ。それにあいつがどうなろうと俺には何の関係もない。分かったら、とっとと……」
ボコンッ!!
守は森川結菜の父親が話している最中に一発顔面を殴り飛ばした。
その衝撃で父親のポケットからスマホが床に落ちた。
「ふざけてるのはお前だ!女を泣かせて、偉そうな事いってんじゃねー!!森川は…お前の為に涙を流して、苦しんで、辛い思いをしてたんだぞ!」
守の声がその部屋に轟く。
今はまだ夕方、赤い西日がリビングの大窓から差し込んでおり、この場所の雰囲気をより寂しくさせた。
その中で守が口を開いた。
「森川はお前の為にって今まで死ぬ気で仕事してきたんだ。好きだったはずのアイドルっていう仕事が嫌になるくらい、ずっと頑張ってきたんだ。……あんたの奥さんが亡くなって、辛くても1人で頑張ってきたんだ。……………それくらいの事さ、あんたにだって分かってるだろ。」
それからほんの少しの静寂が訪れ、仰向けに倒れたままの森川結菜の父親が小さな声で呟いた。
「結菜……………本当に……ごめんな。」
その呟きには全く覇気がなく、声が震えていた。腕で目を隠しているが、頬に通った涙の筋ははっきり見えていた。
森川結菜の目も充血している。今にも泣きだしそうだ。
「ふっ。やればできるじゃねーか。」
守は落ちているスマホを拾い上げ、森川結菜の父親の方に歩を進めた。
「なぁ。あんたも、苦しんでたんだろ?こんな待ち受けにする奴が、大好きな娘にまで暴力を振るう事何てするはずがねーもんな。」
守はしゃがみこみ。寝転がっている持ち主にそれを返した。
そのスマホには、森川の家族3人の笑顔が写っていた。
それから守は立ち上がり無言でその家の玄関の戸を開いて出て行った。
それに続いて誰かが玄関の戸を開いた。
もちろん森川結菜だ。
「ねぇ。守君!」
「ん?なんだ?森川。」
守は森川結菜の言葉を足を止め振り返った。
「ありがとう。……私、あなたにはいつも助けられてばかり………」
森川結菜の目には涙が浮かべられている。
だがこの涙は今までのものとは違う安堵の涙だ。
「そんな事ねーよ。森川にはよく世話になったよ。こちらこそありがとな。」
「ううん。お礼を言わなきゃいけないのは私の方。本当にありがとう。」
森川結菜は涙を流しているが、その顔は笑顔でいっぱいだった。
「あぁ。まぁ。またなんかあったら、頼れ。
その時は助けてやるよ。」
「うん。分かった。」
「じゃあな。俺もう帰るわ。森川も今日はあのスキンヘッドとしっかり話をすればいい。」
守は森川結菜に背を向け右手を軽く振った。
「あっ!守君!ちょっと待って!」
その時、森川結菜は慌てた様に守を呼び止めた。
そしてその慌てた声に守も振り返る。
すると………頬に柔らかい感触。
「これで守君のほっぺは私の物だよ。」
森川結菜は可愛らしい笑顔であった。
「おい。森川。何でキスしてんだ。」
守は無表情でそう答える。
「むぅー。流石にその対応は乙女心も傷つくよ。」
「すまねぇーな。俺はこう見えて妹以外女には見えねーんだ。」
「ふふ。知ってる。というより家でいる時はいっつもチコちゃんと一緒じゃん。」
「まぁな。あいつ、可愛いからな。妹としてだけど……」
「そこはちゃんと節度ある感じなんだ。意外だよ。」
森川結菜はクスクスと笑う。
「お前、俺の事どう思ってんだよ。」
守は呆れた、と言うより疲弊して気だるげな視線を森川結菜に送った。
「あはは。別に決してシスコンモンスターだなんて思ってないよ。」
森川結菜は白々しい口笛を吹き始めた。
「はぁ。もういい。今日は疲れたから今度こそ帰るわ。じゃあな」
守は再び森川結菜に背を向けてトボトボと歩き出す。
夕日はもうすでに沈みかけており。守の姿は黒い影となって消えて行った。
「あんなのずるいよ。……好きにならない方が無理な話だよ。……」
誰もいない家の正面の道路に突っ立っていた少女がそのように呟いた。
そしてその少女は
「あっ。それと守君、強かったなぁ。私のお父さん、もとボクシング世界チャンピオンなのに勝っちゃったよ。………ああ。かっこよかった。」
と独り言を喋りながら家に入って行った。
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「ただいまー。」
守が家の玄関の戸を開く。
「おかえりー、お兄ちゃん!?」
チコは家に帰った守を、見るなり目を見開いて驚いた。
「どうしてそんなにボロボロなの!」
そう。守は先ほど死闘によりボロボロになっていた。
「気にすんな、チコよ。お兄ちゃんはいつだって……グハッ!!」
守は口から血を吹き出し、床に寝そべった。
どうやら相当無理をしていたようだ。
「お兄ちゃん!?」
「大丈夫だ。チコの唾つけときゃ何とかなる。」
守は力なくそう言った。
「お兄ちゃん。今お母さん呼んでくるね。」
そう言ってチコはピューンと走って言った。
(いや無視かい。)
守は心の中で密かにツッコミを入れた。
その後すぐに守の母親である玲奈がやってきた。
「!?まーくん!大丈夫!?」
玲奈は守を抱きかかえて、ブンブン揺さぶった。
「おい。……お袋。傷が痛むんだけど。」
「あっ。ごめんなさい。……あれ?ところで、結ちゃんは?一緒に買い物に行ったんじゃなかったの?」
玲奈は素直に揺さぶることを辞めた。
「あぁ。あいつなら今日家に帰ったよ。」
その言葉にチコと玲奈が沈黙した……のもつかの間、2人は急に叫び出した。
「えええ!お姉ちゃん帰っちゃったの!
チコ、もうちょっと遊びたかったよ!」
「家事はどうすんのよ!あの子がいないと誰が家事してくれるのよ!」
玲奈に関しては守を放り投げてまで騒ぎ立てている。
「グハッ!!」
守が血反吐を吐く。
しかし、そこにはそんな事御構い無しに叫び立てる女が2人いた。