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6.アイドルはカースト最下位とデートする。

守は今、駅前の犬の像の前で誰かと待ち合わせをしていた。


その姿は私服で、左腕にはオンボロの腕時計をつけている。

時刻は昼の11時を指していた。


私服と言うのも、この日は土曜日。学校は休みで守は外出しているからなのである。


守は眠そうに大きなあくびをする。


その時、不意に誰かが守の背後から

「だーーれだ」

と視界を塞いで来た。


「はぁ。森川だろ。……てかお前がここに呼んだんじゃねーか。」


守はその行為に抵抗せずにそう答えた。


「当ったりー!!結菜でした〜!」


森川結菜が守の目から手を外して、守の正面にヒョコッとその姿を現した。

白い大きな帽子に、白のワンピースは森川結菜の顔が可愛いからこそ誰の目から見ても似合って見えた。


「おはよ!守君!今朝以来だね。」


森川結菜がニコニコとした表情を守に向けた。


「なぁ。森川。何で駅前集合にしたんだ?

家から一緒に来ればよかったじゃねーか。」


「それはアレだよ。乙女心ってやつだよ!」


森川結菜が少し顔を赤らめてそう言った。


「乙女心?何じゃそりゃ。」


「むぅー。もう!守君はホントに鈍感何だから!」


森川結菜のその言葉を全く理解できていない守の姿がそこにはあった。


「そんな事よりも、守君!なんか言う事ないの?」


森川結菜がクルッと一回転して、何かを期待した顔を守に向けてくる。

その際ワンピースのスカートの部分がフワッと持ち上がり、可憐な感じであった。


「俺が森川に?……何やろ。なんかあったっけ?……………。」


守は真剣に考え始めた。

そこ間、森川結菜はワンピースのスカートをバサバサさせたり、「今日は暑いなぁー。」

と言いながら服の襟元をバタつかせたりして、守に自分の服の事をアピールしていた。


「あっ!まさか!アレのことか!」


急に何かを閃いた様に守が大きな声を上げた。


「そう!アレのことだよ!」


森川結菜の期待は膨らんでいく。

その表情は満面の笑みに支配されていた。


「お前が買って来たプリンをこっそり食っちまった事だよな!…マジでごめん!あん時は、止むを得なかったんだ。」


守がその一言を発した時、森川結菜の表情は

無となっていた。


「はぁ。守君。プリンの事はどうでもいいの!それよりも私を見て何か言う事ないの?ほら。コレだよ。」


森川結菜の表情が再び期待に満ち溢れる。


「んんー。あー。なるほどね。」


守は何かを悟ったかの様に頷いた。

森川結菜は期待のあまり浮き足立っている。


「お前。前髪2センチ切っただろ。」


その瞬間、森川結菜から再び表情が失われ、どこかどんよりとしたオーラを纏っている様に見えた。


「あははは。もういいや。守君。正解だよ。

実は前髪2センチだけ切ったんだ〜。すごいね〜。」


そう、実は森川結菜は今朝前髪をほんの少しだけ切っていたのだった。それは事実である。

だが、森川結菜は

(何で前髪2センチ切った事には気づいて、服装の方にはなにも言わないのよ!普通逆でしょ!)

と心の中で叫んでいた。


「やっぱり、前髪の事だったか。女心を完全に理解している俺には簡単すぎる問題だったぜ。」


守のその一言に森川結菜はジト目で守を見つめる事しか出来なかった。


「ん?何だ?森川。」


「何でもない。もう行こっか。時間がもったいないよ。」


「まぁ。そうだな。んじゃ、行きますか。」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


森川結菜がボウリングの穴に指を通し、それを重たそうに持ち上げた。


「守君!勝負しましょう。このボウリングで負けたほうがカフェで奢るの!どう?楽しそうでしょ。」


そう。守達は今、ボウリングをするためにラウンドTWOに来ていた。


「賭け。いいぜ。一応言っておくが俺はボウリングがものすごくうまいんだぜ。」………

…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

…………………結果は守の惨敗だった。


「んな馬鹿な!おれが……負けた?ボウリングで?」


守は地面に四つん這いになってブツブツと呟いていた。


「ふふーん。守君!まだまだだね!私の足元にも及ばなかったよ。」


森川結菜が"にしし"と悪い笑顔を浮かべている。


「と言う事で、守君。カフェに行こっか。」


地面に伏した守に視線を合わせる様に、体勢を低くした森川結菜がそう言った。


「はぁ。仕方ねぇ。約束は約束だ。奢ってやるよ。…………バイトの時間……増やさねーといけねーかも。」


守は涙ながらに呟くのだった。


ちなみに守と森川結菜のボウリングのスコアの差は100以上もあった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


カフェでお茶を終え守達が次に向かったのはカラオケだった。


もちろんそこでも賭けをしたが守は惨敗。

歌を歌うことなど本職でしかない森川結菜にとって、その賭けは勝ち試合でしかなかった。


試合、と言うか勝負の終わり頃にはいつも地面に伏した守の姿が見受けられる。


ちなみに今回の賭けの内容は"次の目的地である映画をどちらが奢るか"と言うものであった。



と言うことで映画も守が奢った。

ジャンルは恋愛系で、これは勝負に勝利した森川結菜に選択の決定権が委ねられたから、守はその映画を観ることとなった。

"アイドルが恋したのは、ド貧民!?"というのがその映画の題名だった。



ちなみに守が観たかったのは"ドラゴンテール"と言うアクション系のアニメ映画であった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「今日は楽しかったよー。」

森川結菜が両腕を伸ばし蹴伸びをする。


現在の時刻は午後6時。

春という季節もあって、まだ日は沈んでなく、赤く光った夕日が町中を照らしている。


守と森川結菜は帰宅のため住宅街を歩いていた。


「守君は楽しかった?」


森川結菜は守の顔を覗き込む様な体勢をとる。


「ああ。楽しかったぞ。………財布もだいぶ軽くなったわ。……と言うより重さがなくなったわ。」


守は複雑な表情を浮かべながらそう答えた。


「あはは。何かごめんね。次一緒にどこか行くときは、私が奢ってあげるよ。」


「いや。奢らなくて良い。金はバイトの時間増やせばまたたまる。」


「なら。次も賭けようね!いろいろと。」


森川結菜は綺麗な笑顔を浮かべている。


「え!また賭け事するの!それはちょっとね〜。いや、俺はいいんだよ!でも賭け事ってのはあんまり良いことじゃねーからな。」


守は苦しい言い訳をする。


「ふふ。冗談だよ。次は普通に楽しみたい。」


守はその言葉に安堵のため息をつく。

その時、住宅街の中にポツンと小さな公園が姿を現した。

その公園の中には人がおらず、滑り台とブランコ、砂場、そしていくつかのベンチがあるだけのこじんまりとした公園だった。


「ねぇ。守君。あそこでちょっと休憩しない?」


「あぁ。いいぜ。」


守は森川結菜の意見に賛同し2人で並ぶ様にしてベンチに腰掛けた。


ほんの少しの沈黙の後、森川結菜が話始めた。


「今日はホントにありがとね。私、こんなに楽しかったこと生まれて初めてだよ。」


「大袈裟だな。お前。………てゆーか。何で今日は俺を誘ったんだ?正直びっくりしたぞ。」


「ごめんね。迷惑だったかな。」


森川結菜は顔を沈める。


「いや。別に迷惑だったとかそういうことじゃない。お前、アイドルだから友達多そうじゃん。だからそいつらと遊んだほうがいいんじゃね?とか思ってたわけ。」


守のその言葉に森川結菜は顔を上げる。


「……あはは。なんだ。そんな事か。迷惑と思われてないんだったら、良かったよ。」


少しの時間唖然とした森川結菜であったが、すぐに守に返事を返した。


「ああ。俺も楽しかったしな。こちらこそ感謝だぜ。」


「ふふ。ありがと。」


その短い会話の後、またも沈黙が訪れる。

その沈黙を破ったのは今回も森川結菜だった。


「私、アイドル辞めたいんだよね。」


その言葉に守が耳を傾ける。


「あの日、守君が私を家に連れてきてくれた日。実は大きなライブがあってね。ライブが終わった後、マネージャーさんとか、いろんな人に仕事を辞めたいって言ったの。」


森川結菜は体勢を変えて話を続ける。


「そしたら、もう大げんかになっちゃってさ。それで思わず飛び出してきちゃったの。笑っちゃうよね。」


森川結菜は笑顔でそう言う。

だが、その笑顔にはどこか寂しげな感情が隠されている様だった。


「それだと、結構心配されるだろ?もう俺の家に居候を始めて数日経ってるぜ?」


「心配なんてされてないよ。誰も私を探してないでしょ?それが何よりの証拠。」


守は何も言わないで……と言うより何も言えないでいた。

森川結菜のその言葉が何より正しい事だったからだ。


「でも今は本当に幸せだよ。守君の家に泊めてもらって、チコちゃんやお母さんにも優しくしてもらって……本当に幸せ。」


森川結菜の目には薄っすらと涙が浮かんでいる。


「お前がその気なら、俺らはいつまででもお前をうちに泊めてやれるぜ?」


守は、らしくない笑顔を森川結菜に向けて親指を突き立ててそれを彼女の方に向けた。


「ふふ。ありがと。……守君は優しいね。」


森川結菜は涙をぬぐいながらそう言った。


「ところで。何でアイドル辞めたいんだ?」


「うん。実はね。私のお父さんが原因なんだ。」


夕焼けの空を仰ぐ様にして言う。


「私のお母さん。…ずっと前に死んじゃってね。それからお父さんが変わっちゃったんだ。………私の稼いだお金でお酒飲んだらタバコ吸ったり、女の人と遊んだり。私を叩いたりもした。………もう辛いんだよね。アイドルしてると、そのお金でお父さんがおかしくなってくの。………だからアイドルを辞めたいんだよね。変な理由でしょ。」


夕日が少しずつ傾いてきて、影が広く長く伸びていく。


「そうか。……なぁ。森川。」


「ん?何?」


「お前は、アイドルを辞めたいのか?」


思いもよらぬ守の質問に森川結菜は唖然とする。


「う、うん。だからさっきもそう言ったはず………」


「いや。俺が聞いたのは今のお前の状況だけだ。決してお前の気持ちを聞いていない。」


守が森川結菜の言葉に割り込む様にして言葉を発する。


「私の……気持ち?」


守はベンチから立ち上がる。


「そうだ。どうなんだ?お前はアイドルを辞めたいと思っているのか?」


再び沈黙。

風に揺られてギコギコと鳴るブランコの音だけがその場を支配した。


その沈黙の中で森川結菜の目から先ほど拭ったはずの涙が溢れてきた。


「………辞めたくない。辞めたくないよ。

守君。私、アイドルを続けたい。」


一言。森川結菜はそう呟いた。


「よし。よく言ったな森川。それじゃあ、行くとこが増えちまったな。まだ俺らの遊びは終わってねぇ。最後まで付き合ってやるよ。」


「え?」


森川結菜は守の言葉を理解できなかった。


「ほら行くぞ。立てれ。」


森川結菜は涙をぬぐいながら立ち上がる。

その目元は真っ赤になっていた。


「どこに行くの?守君。」


守は森川結菜の方に振り返りこう言った。


「そんなの決まってんだろ?お前のお父さんに挨拶しに(を殴りに)行くんだよ。」




読んでくださりありがとうございました!

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