4.カースト最上位のアイドルは、結局何かある
side 森川結菜
私。森川結菜は小学生になる前からアイドルになるための勉強に励んできた。
と言うのも私が4歳の頃、とある音楽系のテレビ番組を観てアイドルのキラキラした姿に心を奪われてしまったからである。
それから、血の滲むような努力をして、とうとう初めてライブを行ったのは中学生の時。
ステージの上でスポットライトを浴びた時は胸が高鳴った。
客席から沸き立つ大きな声援は、自分をどこまででも押し上げてくれる様なそんな気さえした。
私にとっての初ライブは結果大成功を収め、自身もライブの楽しさやアイドルとしての充実感を感じた。
でも、それらを感じていられたのは初めだけだった。
私のデビューから2年が経ったある日のことだ。
その日、珍しく母が夕食の買い出しに行ったきり6時間経っても帰ってこなかった。
そして、とうとう時刻が10時を過ぎようとしていた時、家に1本の電話が入った。
電話をかけてきたのは警察で、それを知った私は動揺の色を隠せないでいた。
電話の内容は私の母親が亡くなったと言う話だった。
買い物の帰り道に通り魔に襲われ、心臓をナイフで刺されてしまったんだそうだ。
私はその報告を聞いた時は警察が言っていることを全く理解できていなかった。
急に1番近くにいた大切な人が死んだなんて言われても簡単に信じんことなんてできるはずがない。
しかし、実際に遺体確認を行った際、ようやく警察官が言っていたことを理解した。
特に母親好きだった私にとって、その事実は私の心を閉ざさせるのに十分であり、生活も引きこもりがちになっていった。
しかしそんな中、幼少期から仲良くしていたメアリーが必死になって慰め、元気付けようとしてくれたのだった。
それもあって、私は少しずつ気持ちを立ち直していき、再び仕事をこなせる様になった。
あの時は、メアリーに本当に感謝している。
でも、この話はここでは終わらない。
母親が死んで心を閉ざしたのは私だけではなかった。そう、父親もその心を閉ざしてしまったのだった。
毎日酒に溺れてはタバコを吸いの繰り返しの日々、流石の私も何度か声をかけてみたが返事は返ってきたことがない。
ある日、私は食費を得るために銀行に出向いた。母親が亡くなって父親が働くことをやめてからは、アイドル活動で蓄えたお金で生活していたのだ。
だが、私は預金残高を見て衝撃を受けた。
と言うのも、数千万はあるはずの残高が0円になっていたからだ。
家には私と父親しかいない。だからこんなことできるのは父親しかいなかった。
怒りがフツフツと込み上げてきた私は家の玄関の戸をドンと開いた。
父親はリビングで酒を飲んでおり、片手にはパチンコの本が握られていた。
「お父さん!私のお金一体どうしたの!」
「ん?あぁ。お前の金か。パチンコに使った。惨敗だったけどな。」
左手に握ったパチンコの本をヒラヒラと振りながら小さな声で言葉を出した。
その態度に私はさらなる怒りを感じた。
「ふざけないで!あのお金は大事な生活費だったのよ!」
「あ?お父さんに口答えするのか?」
ものすごい剣幕の父親がのそりと立ち上がり、私の目の前まで来た。
正直この時、私は恐怖を感じていた。しかし、かと言って、私も引き下がるわけにはいかなかった。
「あのお金!私の何だけど!何で勝手に使ったの!」
「うるせー。お前には関係ないだろ。ほら、とっとと自分の部屋に帰れ。」
「関係あるよ!私が稼いだお金だし!」
「お父さんの言う事が聞けないのか?」
「あんたの言うことなんて聞かない!毎日毎日お酒とタバコばっかり!お母さんが死んでから人が変わったみたいに…」
その時強く握られた父親の拳が私の顔を思いっきり殴った。
私はバランスを崩して床に倒れ込んでしまう。
手持ちの荷物もその勢いで床に散りばめられた。
そして、父親はその荷物の中から私の通帳だけを取り出して、
「あんまりお父さんに反抗するな。また痛い目にあいたくないのならな。」
と一言だけ呟いて再び席について酒を飲み始めた。
私は、何も言い返せなかった。
初めて親から振るわれた暴力は、私に恐怖を植え付けたのだった。
それからと言うもの、私のアイドル活動での収入は全て父親の酒とタバコとパチンコで消えていった。
私の収入が父親を悪くする。
そう考えると、私は自分の仕事に楽しさや充実感を感じることは無くなっていた。
そして、今日。私の大きな単独ライブが開かれる。正直、ライブなんてどうだっていいのだが、このライブだけは絶対成功させたいと思ってる。
と言うのも、私の親友であるメアリーが彼氏を連れてくるからだ。
流石の私でも親友に不甲斐ない姿を見せたくないし、楽しんでもらいたいと思ってる。
「よし!頑張るぞ!」
自分の顔をパンパンと叩いて気合いを入れる。
そして最後のリハーサルを始めるのであった。
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午後18時。学校の裏門前に守は立っていた。
(ライブかぁー。初めてだな。ちょっと緊張するな……)
その姿は、学校終わりという事もあって制服姿であり、これからライブに行く若者には見えない。
すると不意に守の左側から声が聞こえて来た。
「守くーん。おまたせー!」
その正体はメアリーであった。
彼女は一旦帰宅し私服に着替えて来たのだ。
控えめのワンピースにワンポイントの髪留めは、メアリーをより引き立てている。
「おう。メアリー。早速行くか!」
守が歩を進めようとすると、メアリーが制服の袖を引っ張って引き止めて来た。
「?どうしたんだ?早くいかないと始まるぞ?」
「何か言いたいことはないの?」
メアリーは顔を伏せながら言う。
少し照れくさいのか顔は赤面している。
「何か言いたいこと?……ああ、昼の弁当美味かった。ありがとな。」
守は親指を突き立てて、それをメアリーの方に向けた。
「はぁ。もういい。守くんは本当にどうしようもない人だよ。服を褒めるとか無いのかしら……」
語尾がだんだん消えて行くような声でメアリーはプンスカプンスカと怒っている。
「?何だ?何で怒ってんの?………は!もしかして!」
守は何かを思いついた様に大きな声をあげた。
「な、なに?」
メアリーもどこか期待の眼差しを守に向けている。
「メアリー、お前。本当は俺に弁当食われたことを怒ってるんだろ。すまねぇな、無理して……俺なんかに………」
守は男泣きを始めた。
一方でメアリーには期待を裏切られたという
怒りがこみ上げて来ていた。
「もう!行くよ!ライブが始まっちゃうよ。」
守が困惑していると、メアリーがズカズカと
足を進めて行く。
「ちょっ!メアリー。そっち真逆。ライブ会場はこっちだ。」
メアリーが足を止めてギュン!と光速で守の目の前まで戻って来た。
「べ、別に間違えてないよ!間違えてないんだから!」
守に迫るように訴えてくるメアリーの姿がそこにはあった。
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ライブは無事終了し、守とメアリーは帰路についていた。
辺りはすでに真っ暗になっており、街灯の光のみがチカチカと光っている。
「それにしても、すごかったな。ライブ。」
守は感嘆の声をもらす。
「だよねー。流石我が友って感じだったよ。」
メアリーも余韻に浸っている。
ライブ会場には何万人もの観客が来ており、ものすごく白熱していた。
「なぁ。メアリー。本当に、お前の友人に会わなくてよかったのか?」
「いいのよ。結菜ちゃん。今いろいろ大変な時期だから。」
メアリーの表情にはどこか悲しさが垣間見えた。
「そ、そんな事より。守くんは今日楽しめた?」
「おう。スッゲー面白かった。メアリーのおかげだ。サンキューな。」
そう言って、守はメアリーの頭をワシャワシャと撫でてやった。
「へへへへ。気持ちい~~~。」
メアリーは満足げに口の形を緩ませた。
「あっ。そうだ。メアリー。ほれ。」
守は何かをメアリーに投げ渡した。
メアリーは慌ててそれをキャッチする。
「缶ジュース?なんで?」
「いや。ほら。ライブって喉乾くじゃん?いらなかったか?」
「え?ああ、そういう事じゃなくて、コレ何処から盗んで来たのかなって思って。」
「お前。俺の事どう思ってんの?ジュースだよ?130円のジュースだよ。それを俺がケチるほど貧乏だと思ってんのか?メアリーさん。君の考えている事が聞きたいなぁ!
はは。はははははは。」
守が真顔でメアリーに近づきながら、その言葉を放つ。
するとメアリーは
「ごめんなさいー!お願いだから夢の国に連れてかないでーー!」
と謎の言葉だけを残して何処へ去っていった。
「気をつけて帰れよー!」
守はメアリーの背中に声をかけたが、もうその姿は見えない。
夜道に取り残された守は再び歩み始める。
すると、もう家まであと10分位の所で道路の脇の方に何か、と言うより誰かがうつ伏せで倒れているのを発見した。
守は不審に思って近づいた。
服装的に女性であることはわかった。
本当はこう言う時は警察に連絡っていうのが1番な解決方法なのだろう。
しかし、守は携帯電話を持っていない。
だからその解決法方を取る事ができない。
(困ったな・・・。仕方ないし家に連れていくか。)
守は、そのような結論を出し、仕方なくその倒れている女性を抱え上げお姫様抱っこし、顔を確認した。
そして、守はその顔を見て絶句した。
何故ならば、その顔がメアリーの友人でありアイドルでもある、森川結菜の顔であったからだ。
守がこの日参加したライブのアイドルがそこにはいた。
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